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第1部

血の味がするキス

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手足を振り上げ、激しく抵抗を繰り返す宮原の身体を沢海は少しでも離さないように抱き締める。
それでも宮原の四肢は沢海の腕の中で踠き苦しみ、
沢海の身体を力の限り何度も痛み付けてしまう。

血の滲む宮原の両指がまた傷付いてしまわないように、沢海は壁際に宮原を追い詰め、タイルに縫い付けるように押さえ込んだ。

全力で抗う宮原の身体は熱を持ち、肩で呼吸を重ねていくと落ち着かない息遣いが溢れていく。
お互いの吐息が耳鳴りのように煩わしく響いてくる。

「ーーー宮原……
落ち着けって…
大丈夫…
大丈夫だから!
…頼むから!
ーーーオレを信じてくれよ…
オレの事ーーー
…オレの事くらい…
信じてくれたって、いいだろ?」

問い掛けるような沢海の声音にも宮原は顔を背け、眉間に皺を寄せたまま頑なに目を閉じている。

沢海は身動きも取れない程に宮原の身体を拘束しまい、それが原因で更に四肢が硬直してしまうと分かっていても、それでも宮原の身体を抱き締める事しか出来なかった。

宮原は全身で言葉を伴わない訴えをしてくる。

自分の目に見える視界の中に、誰1人として入って欲しくない。
自分の耳に聞こえる言葉の羅列を繋げ、非現実と現実にある事由を考え、その先にある真実を追い求めたくない。
自分の身体に無理矢理に入り込んでくる指先が、これ以上自分の肌を切り裂き、体内まで触れてほしくない。

「ーーーやだ……
いやだ・・・
…もう、離して……
離せぇ!!
…離せよぉぉ…!…」

宮原の閉じられた両目から零れた涙が頬を滑り、拒絶を重ねる度に着ているユニフォームの胸元を濡らしていく。
緩くかぶりを振ると宮原の長めの前髪が眸に流れ、曇る表情を隠していく。

助けを求めるような、救いを求めるような宮原の苦悩に満ちた細く、苦しい声音が沢海を鈍く抉る。
それは沢海自身の胸懐を深く傷付け、改めて自分が宮原に対して何もしてやれなかった、無力さを実感してしまう。

宮原は振り解けない沢海の腕に翻弄され続け、力なく諦念する身体がゆっくりと、足元から崩れ落ちていく。
強張った肢体が漸く脱力し、声が微かに掠れていく。

「ーーーっや……ぅ・・・」

沢海は宮原と視線の高さを合わせ、宮原の身体を支えるように腰を折り、弱い抵抗しか示さなくなった顔をそっと覗き込む。
だが、宮原は沢海が気が付く間もない程に静かな抵抗を重ね始め、自らの口唇を緊く噛み殺し、下唇の隙間から薄らと紅を差したように血が滲ませていた。

噦り上げながら肩を震わせ、何度も自棄に走る宮原をどうにかして落ち着かせようと沢海は一度、宮原を強く拘束する自らの手を弛緩させた。
すると、煩わしい沢海の腕を振り解くように、宮原は自由になった片手を振り上げ、その手先が沢海の右頬を掠めてしまう。

「ーーーッてぇ…
宮原!
宮原っ!
………お前っ!いい加減にしろよ!
ふざけんなっ!」

沢海は宮原の両肩を壁に叩き付けるように押し戻し、抵抗を繰り返す身体を再度、拘束するように縛り付けた。

強く組み伏せ、身体を引き剥いでしまうと比例するように宮原は自傷に耽ってしまう。
まるで他人から与えられる痛みを自分の痛みに変え、罅の入った自我を引き止める行為として感じている。

宮原の口元に滲む血液は段々と色を濃くし、止める事が出来ない傷の拡がりを、沢海は目の当たりにしてしまう。

「宮原っ!
宮原っ!!
くそっ!」

宮原の心の中に届かない言葉を少しだけでも受け入れてほしいという気持ちが空回りし、焦燥感に苛立つ。

何が正常な判断で、何が異常な判断なのか分からなくなっていく。

止まらない宮原の自傷行為に沢海は宮原の名前を何度も呼ぶが、何度声を発しても宮原は沢海を見返す事がない。

「ーーーんっ…ふ…ぅ・・・
いた、い……痛い、よぅ…
…やぁ・・・やだぁ……
やだ……
……やだ……
…うっ…
ーーーうぇぇ…ん……」
「…宮原…
ーーー宮原…
宮原・・・頼むよ…
もう、泣かないでよ…
ーーーオレを見てよ…
…宮原…」

声を上げて幼児のように泣きじゃくる宮原の名前を沢海は優しく呼び、宮原の首元に顔を埋める。

宮原の顎が上がり、口元が撓むと浅く呼吸をする咽喉がヒュッと鳴り、沢海は宮原の食い縛っていた下唇を舐め、甘く食んだ。
宮原は自分の唇に感じる沢海の唇の感触に首を竦め、呼吸が絡み、顔を背けようとする。

「ーーーんっ…
……やぁ・・・」

自傷を止めた宮原の顎を上げ、沢海は宮原の歯列を舌で割り裂き、深い口付けをする。

口唇の縁を辿るように舌で擦り、傷付いた箇所を沢海は自らの舌を使って癒していく。
舌を潤していた唾で優しく宮原の傷口から流れる血を舐め取り、渇いた唇を啄む。

柔らかい唇の感触を確かめるように何度も角度を変え、口付けを繰り返すが宮原から求めるような事はなかった。

「……っふ・・・うぅ…んっ…
やぁ……っぐぅ………
・・・んっ………やぁ、だ……」

口内を犯す沢海の舌に翻弄され、宮原は沢海の肩を震える指で掴む。
硬口蓋を辿るように舐められ、宮原は絡め取られる呼吸でさえ混乱をしてしまう。

侵食するように入り込む自分以外の存在に、宮原は受け入れる事が出来ないと拒絶をする。
だが、沢海は無理矢理宮原の中に入り込み、自分の存在を表していく。

お互いの舌が絡み合い、沢海は宮原の舌を口内から引き摺り出そうと唾液ごと吸い込むと宮原の背中が弧を描いて逸れていく。
宮原は苦しくなる呼吸に口を閉じようとするが、沢海に後ろ髪を押さえられ、僅かな身動きでさえ取れなくなっていく。

他人に侵食されていく恐怖に追い込まれてしまい、反射的に宮原は歯を立て沢海の舌に噛み付いてしまう。

「ーーーっつ!!」

沢海はビリッと痺れる痛みを舌先に感じるが、そのまま更に深く宮原の口内を掻き回し、自らの唾液を宮原に注いだ。
自らの舌が傷付くのも構わずに宮原の歯列に触れ、お互いの口内の唾液が血の味で掻き混ぜられていく。

宮原は閉じていた歯列の隙間から舌を深く差し込まれ、強引な口付けに薄く目を開いていく。

『ーーー血?
血の味?』

宮原の視界の先で至近距離で沢海の表情が見え、呼吸を求めて口元が緩んだ瞬間、沢海の柔らかい舌が宮原の舌の上をなぞる。
その愛おしむような深い口付けと共に宮原の口内にぬるりとした血の滑りが伝わっていく。

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