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第1部
国立へ!
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長浜は大袈裟に溜息を吐くと宮原の鋭い視線を受け流し、身体中を駆け巡る激しい怒りを抑える為に拳をきつく握り締める。
「今からって、じゃあ今まで何してたんだよ。
何を練習していたんだよ。
今からだって?
ーーー今からじゃ、遅いんだよ!
そういう甘い考えに虫唾が走るんだよ!」
宮原はグッと奥歯を噛み締める。
長浜の一方的な言葉に対して、宮原は否定の言葉を発したかったが、他人から自分自身を客観的に見ると欠落している事が多くあるのかもしれないと感じ、何も言わなかった。
蒼敬学園に入学をした志望理由もサッカー部に入部する事が自分の目標だったし、サッカー部に入部してからも、日々のトレーニングは精一杯、全力で練習をしてきたつもりだ。
特に走力テストを含めたフィジカルは各個人の数値がリストアップされる為、絶対にサブチームのメンバーには負けたくもなかったし、負けた事もなかった。
ただ、それはトップチームのメンバーから見れば当然の事であって、全く特別な事ではない。
数値は上位である事が既に最低限の基本なのだ。
同じサブチームのメンバーの長浜でさえ宮原自身の練習量と練習内容が全く不足というのなら、トップチームのメンバーからすれば、尚更足元にも及んでいないというのが分かる。
トップチームに選出される願望は必死に頑張っていれば、いつか手に入るだろうと、あまりにも漠然とした単純で安易な考えを抱いてしまい、勝手な自己満足に浸っていた。
宮原自身に対しても自分の甘さを感じる事が出来ずに気が緩み、自分に甘えていたところがあったのかもしれない。
自分を律する事を回避する事で、気が付かないうちに怠惰の念を抜けていなかった。
ーーー沢海先輩と同じピッチに立ちたい。
自分の目標の為に今まで自分は一体何をしてきた?
ーーーその理由に対して直ぐに答えられない自分がいる。
ーーー沢海先輩と同じピッチに立ちたい。
他のメンバー全員に絶対に負けたくないという、誰よりも確固としたプライドは、あまりにも脆く剥がれ、崩れていく。
「去年、選手権の県予選で決勝まで行けたんだ。
ーーーオレ達もやれるって。オレ達も出来るんだって。
だから、今年こそは絶対に、国立に行きたい!
ーーー今までの練習内容が間違えている訳じゃないけど、今までと同じ練習を繰り返していてもダメなんだ。
もっと練習量も増やさないといけないし、もっと質の良い練習内容にしないといけない」
沢海を含めた現在の2年生、3年生はこの蒼敬学園サッカー部を選手権、県予選の決勝まで駒を進めた。
試合は延長戦でも決着が付かず、PK戦にまで入り、たった一本のシュートミスで失ってしまった国立競技場への切符は手を擦り抜け、消えてしまった。
PK戦はどんなにチームの底力があっても、どんなに個人の実力があっても、その半分は『運』も味方にしないと勝ち進む事が出来ない。
試合でしっかりと勝負を決めていれば、延長戦もPK戦もなかった筈なのだ。
試合終了の笛と共に相手メンバー全員がピッチ上に雪崩れ込み、歓喜に沸く。
相反するように、蒼敬学園のメンバーはピッチ上で蹲ったまま動けない選手、倒れ込むように泣き崩れる選手、立ったまま呆然とする選手と打ち拉がれていた。
ーーー絶望と挫折ーーー
あの時、蒼敬学園のメンバー全員がこの悔しさを絶対に忘れてはならない、二度と同じ過ちを繰り返してはならないと誓った。
必ず蒼敬学園を選手権、県予選の優勝へ導き、全国への挑戦の舞台となる国立競技場を目指すと決めたのだ。
「…オレ、練習相手としては不足かもしれないけど……
ーーーこれからもっと、もっとオレも…」
喉から絞り出すような宮原の声に長浜が胸ぐらを掴み上げる。
「あぁ!?
もう一回言ってみろ!
お前みたいに中途半端な奴が一番、邪魔なんだよ!」
「おい!2人とも止めろ!」
トップチームのミーティングから外れたキャプテンの藤本が2人の間に仲裁に入る。
長浜が宮原の胸元を突き飛ばすかのように、ユニフォームから手を離す。
「長浜!
1年生に八つ当たりしてどうするんだよ。
トレーニングゲームに負けたのは宮原だけの所為じゃないだろう?
お前も含めたサブチーム全員の問題だ。
個人を責めるというのなら、お前はどうなんだ?
失点を抑え切れないんだったら、失点以上に得点を決めれば良いだろう?
点取り屋は数字で結果を出してみろよ」
「ーーーそんなの、分かっている!」
藤本は長浜の身体を宮原から引き離すと、声のトーンを落とした。
「ここにいる、みんなが国立に行きたいんだ。
だからみんな、毎日必死に練習をしているんだ。
オレ達は、あの時の屈辱を忘れた訳じゃない。
ーーー国立の舞台で全国を勝ち進んできた他の強豪校とサッカーをしたい。
まして3年生は今年で最後のチャンスだ。
オレ達2年生は去年の悔しさも分かるし、だからこそ1年生にはオレ達と同じ思いはしてほしくない。
ここにいる全員が国立に立てる、国立に挑戦する権利はあるし、それを奪うことは出来ない。
……長浜……
お前の考え方は間違ってはいない。
だけど、それを特定の個人だけ、まして1年生に押し付けるのはダメだ。
どうしても自分のやり方を通すっていうのなら、お前をサブチームのメンバーからも外す。
それでも良いのなら、勝手にしろ」
藤本の凛とした声がピッチ上に響き、辺りが静まり返る。
長浜は興奮した気持ちを落ち着かせるようにゆっくりと呼吸をすると、宮原に視線を向ける。
「ーーー悪かったよ。
自分勝手過ぎた。
ゴメン。
ーーーゴメンな、宮原」
「オレもーーーすみませんでした。
もっと練習します。
長浜先輩に認められるくらい、もっと沢山練習して、上手くなります。
ーーーこれからまた宜しくお願いします!」
長浜は宮原の背中を軽く叩き、そのまま部室に向かっていく。
藤本はピッチに立ち尽くしたままの宮原の肩に触れ、「一緒にこのチームで頑張ろうな」と声を掛けた。
宮原は黙って頷くだけで、何も答えられなかった。
「今からって、じゃあ今まで何してたんだよ。
何を練習していたんだよ。
今からだって?
ーーー今からじゃ、遅いんだよ!
そういう甘い考えに虫唾が走るんだよ!」
宮原はグッと奥歯を噛み締める。
長浜の一方的な言葉に対して、宮原は否定の言葉を発したかったが、他人から自分自身を客観的に見ると欠落している事が多くあるのかもしれないと感じ、何も言わなかった。
蒼敬学園に入学をした志望理由もサッカー部に入部する事が自分の目標だったし、サッカー部に入部してからも、日々のトレーニングは精一杯、全力で練習をしてきたつもりだ。
特に走力テストを含めたフィジカルは各個人の数値がリストアップされる為、絶対にサブチームのメンバーには負けたくもなかったし、負けた事もなかった。
ただ、それはトップチームのメンバーから見れば当然の事であって、全く特別な事ではない。
数値は上位である事が既に最低限の基本なのだ。
同じサブチームのメンバーの長浜でさえ宮原自身の練習量と練習内容が全く不足というのなら、トップチームのメンバーからすれば、尚更足元にも及んでいないというのが分かる。
トップチームに選出される願望は必死に頑張っていれば、いつか手に入るだろうと、あまりにも漠然とした単純で安易な考えを抱いてしまい、勝手な自己満足に浸っていた。
宮原自身に対しても自分の甘さを感じる事が出来ずに気が緩み、自分に甘えていたところがあったのかもしれない。
自分を律する事を回避する事で、気が付かないうちに怠惰の念を抜けていなかった。
ーーー沢海先輩と同じピッチに立ちたい。
自分の目標の為に今まで自分は一体何をしてきた?
ーーーその理由に対して直ぐに答えられない自分がいる。
ーーー沢海先輩と同じピッチに立ちたい。
他のメンバー全員に絶対に負けたくないという、誰よりも確固としたプライドは、あまりにも脆く剥がれ、崩れていく。
「去年、選手権の県予選で決勝まで行けたんだ。
ーーーオレ達もやれるって。オレ達も出来るんだって。
だから、今年こそは絶対に、国立に行きたい!
ーーー今までの練習内容が間違えている訳じゃないけど、今までと同じ練習を繰り返していてもダメなんだ。
もっと練習量も増やさないといけないし、もっと質の良い練習内容にしないといけない」
沢海を含めた現在の2年生、3年生はこの蒼敬学園サッカー部を選手権、県予選の決勝まで駒を進めた。
試合は延長戦でも決着が付かず、PK戦にまで入り、たった一本のシュートミスで失ってしまった国立競技場への切符は手を擦り抜け、消えてしまった。
PK戦はどんなにチームの底力があっても、どんなに個人の実力があっても、その半分は『運』も味方にしないと勝ち進む事が出来ない。
試合でしっかりと勝負を決めていれば、延長戦もPK戦もなかった筈なのだ。
試合終了の笛と共に相手メンバー全員がピッチ上に雪崩れ込み、歓喜に沸く。
相反するように、蒼敬学園のメンバーはピッチ上で蹲ったまま動けない選手、倒れ込むように泣き崩れる選手、立ったまま呆然とする選手と打ち拉がれていた。
ーーー絶望と挫折ーーー
あの時、蒼敬学園のメンバー全員がこの悔しさを絶対に忘れてはならない、二度と同じ過ちを繰り返してはならないと誓った。
必ず蒼敬学園を選手権、県予選の優勝へ導き、全国への挑戦の舞台となる国立競技場を目指すと決めたのだ。
「…オレ、練習相手としては不足かもしれないけど……
ーーーこれからもっと、もっとオレも…」
喉から絞り出すような宮原の声に長浜が胸ぐらを掴み上げる。
「あぁ!?
もう一回言ってみろ!
お前みたいに中途半端な奴が一番、邪魔なんだよ!」
「おい!2人とも止めろ!」
トップチームのミーティングから外れたキャプテンの藤本が2人の間に仲裁に入る。
長浜が宮原の胸元を突き飛ばすかのように、ユニフォームから手を離す。
「長浜!
1年生に八つ当たりしてどうするんだよ。
トレーニングゲームに負けたのは宮原だけの所為じゃないだろう?
お前も含めたサブチーム全員の問題だ。
個人を責めるというのなら、お前はどうなんだ?
失点を抑え切れないんだったら、失点以上に得点を決めれば良いだろう?
点取り屋は数字で結果を出してみろよ」
「ーーーそんなの、分かっている!」
藤本は長浜の身体を宮原から引き離すと、声のトーンを落とした。
「ここにいる、みんなが国立に行きたいんだ。
だからみんな、毎日必死に練習をしているんだ。
オレ達は、あの時の屈辱を忘れた訳じゃない。
ーーー国立の舞台で全国を勝ち進んできた他の強豪校とサッカーをしたい。
まして3年生は今年で最後のチャンスだ。
オレ達2年生は去年の悔しさも分かるし、だからこそ1年生にはオレ達と同じ思いはしてほしくない。
ここにいる全員が国立に立てる、国立に挑戦する権利はあるし、それを奪うことは出来ない。
……長浜……
お前の考え方は間違ってはいない。
だけど、それを特定の個人だけ、まして1年生に押し付けるのはダメだ。
どうしても自分のやり方を通すっていうのなら、お前をサブチームのメンバーからも外す。
それでも良いのなら、勝手にしろ」
藤本の凛とした声がピッチ上に響き、辺りが静まり返る。
長浜は興奮した気持ちを落ち着かせるようにゆっくりと呼吸をすると、宮原に視線を向ける。
「ーーー悪かったよ。
自分勝手過ぎた。
ゴメン。
ーーーゴメンな、宮原」
「オレもーーーすみませんでした。
もっと練習します。
長浜先輩に認められるくらい、もっと沢山練習して、上手くなります。
ーーーこれからまた宜しくお願いします!」
長浜は宮原の背中を軽く叩き、そのまま部室に向かっていく。
藤本はピッチに立ち尽くしたままの宮原の肩に触れ、「一緒にこのチームで頑張ろうな」と声を掛けた。
宮原は黙って頷くだけで、何も答えられなかった。
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