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第1部
満身創痍
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「ーーーってぇ…」
今日1日で3試合のトレーニングゲームが終わり、クーリングダウン走でピッチ外周を1人でゆっくりと宮原は走る。
トップチームの左右のハーフサイドを担える3年生の登坂大志とのマッチアップは3試合全てに絡み、宮原の体力を激しく消耗させた。
オンザボール、オフザボールでのポジションの取り方、ボール動きと人の動きの洞察力と展開力、全てが宮原のプレイよりも上回っていた。
登坂のプレイの一つ一つが自分よりも正確で竣敏な上、ハイレベルなパフォーマンスを存分に発揮され、ピッチを自由に走らされた。
改めて同じポジションを争う他の選手のプレイに自分の実力の差を思い知らされる。
『ーーーはぁ……
これじゃぁ、ダメだなぁ…』
宮原は試合最中の登坂とのマッチアップの際に自分の不注意で痛めてしまったらしい右肘を左手で押さえる。
怪我をしたという記憶が曖昧な程、極限にまで集中力を高め、感覚を研ぎ澄まし、試合に没頭していた。
3試合目の主審の試合終了の笛の音がピッチに鳴り響き、そこで漸く身体の痛みに気が付いた。
指先にまで響くビリビリとした痺れる痛みが、クーリングダウン走で身体を動かすと、更に鈍痛を伝えてくる。
天然芝のピッチの上に身体を投げ出し、大の字で横たわると青臭い匂いが鼻腔をツンと刺激する。
宮原は太陽が傾き始めた空をぼんやりと眺め、呼吸を整えると両腕で自分の顔を隠した。
ーーー勝てなかったーーー
ボールと人の動きを分析と予測をして、失点をもっと最小限に防げる守備のポゼッションがあったんじゃないか?
トップチームも全てが完璧ではない。守備の綻びから僅かなミスさえ逃す事をしなければ、切り崩せる攻撃のタイミングがあったんじゃないか?
ーーー1点しか取れなかったーーー
もっと自分自身が良いプレイが出来たんじゃないか?ーーー自分のプレイに自己満足をしていないか?
もっと緩急を付けた試合展開を出来たんじゃないか?ーーー試合の時間の使い方を考えていたのか?
もっと展開力のある攻撃ともっと強固な守備が出来たんじゃないか?ーーーサブチーム個々の特色を引き出し、サブチーム全体のバランスを作り上げ、練習をしていた事を十分に発揮出来たのか?
ピッチ上にいる時はあまりにも自分自身が必死になり過ぎてしまい、ミスが更にミスを生み、そのカバーに廻る余りに周囲との連携は何度も掛け違えた。
連携のズレは波紋のように段々と広がり、次のプレイで切り替えをしようと試みても、元の状態には戻らない。
宮原は自分の現状での実力を改めて実感する。
自分の意思とは関係なしに勝手に涙が溢れ、悔しさに痛めた右手の拳でピッチを何度も叩く。
「ーーー宮原」
こんな情けない自分を1番見られたくない人の声が、宮原の直ぐ近くで聞こえる。
宮原は涙が頬を伝う寸前で息を詰めるが、瞬きをした瞬間にこめかみに涙が幾筋も流れてしまう。
「…宮原」
沢海は声をかけても返事をしない宮原の名前をもう一度呼び、宮原の直ぐ隣に座り込む。
「ーーーすみません…
さっき、ランニングしていたら砂埃が目に入っちゃって…」
宮原は少しでも泣き顔を見られないようにユニフォームのシャツの耳元まで引き上げ、真っ赤になった鼻や充血する目元を隠し、ピッチから上半身を起き上がらせた。
ユニフォームの腹部の箇所を捲り上げ、何度か顔を擦ると宮原は無理矢理、顔の表面に笑顔を貼り付ける。
宮原は何事もなかったかのように振る舞い、「沢海先輩、これから居残り練習やりますか?」と聞いてくる。
沢海は無表情のまま宮原の顔を見詰めると、手にしていたラッピングテープとアイシング用の氷をピッチに置く。
「ちょっと見せてみろ」
「…え?
ーーー何を?」
「いいから!ーーー無理すんな。
右腕、出せよ…」
まだ何も話していないにも関わらず、宮原は沢海の予想外の行動にまた目頭が熱くなる。
『ーーー沢海先輩…
どうして、分かるんだよ…』
「ほら、早く。
腕、貸せって」
宮原は沢海に右腕を差し出すと手首を掴まれ、ユニフォームの袖を捲られる。
沢海が腕を伸ばした瞬間に痛みが走ったのか、宮原の口から声が漏れるが、ぐっと奥歯で噛み締めるのが分かる。
宮原の上腕は相手選手と激しく身体を競り合った所為で、皮膚や皮下組織の血管や筋肉が傷つき、内出血を起こしていた。
患部が腫れ上がり、所々の皮膚が青紫色に変わり、熱感のある痛みが伴っていた。
沢海に向かって伸ばした腕も筋肉の収縮が妨げられているのか、可動域の制限が生じている。
「…大分、腫れてるな…
アイシングするぞ」
「大丈夫です!練習します!
居残り練習、出来ます!
練習させて下さい!
ーーーオレ…もっと練習をしないと!
全然、練習が足りないんです!
ーーーもっと上手くなりたい…
上手くなって………」
『沢海先輩と同じピッチに立ちたい!』
宮原は最後の言葉を自分の心の中で叫んだ。
全心全力で3試合全てを消化した為に、疲弊した身体が鉛のように重く感じるが、これから沢海との練習が行えるというのであれば、力の限り走る事も、ボールをポイントで合わせて蹴る事も、身体を張って競り合う事もまだ出来る。
自分に対しての自信が喪失している今、宮原にとって沢海と一緒に練習が出来る時間は、自壊してしまった自分の存在を保つ事に必要だった。
『チームに必要とされたい』という自分勝手な我儘は、トップチームのメンバーに認められたい『チームに必要な選手だ』という願望になっていく。
自分が目指すべき更なる高みを失わないように、『トップチーム』という頂点の中で『沢海直哉』という選手と一緒にプレイをしたい。
それは宮原の中で絶対に譲れない、自分に課した目標でありーーー願いだった。
沢海は頑なに食い下がる宮原に溜息を吐くと、少しだけ語気を強める。
「明日も部活はあるんだし、今日の練習はもう終わりだ。
もう身体のケアをして帰るぞ。
ーーーほら」
沢海が氷の入った袋を手に持つと宮原の右の上腕に
押し当て、アイシングを施していく。
沢海の言葉の強さとは反比例するように、宮原の怪我の治療する沢海の手付きは優しく、労るように触れてくる。
宮原は沢海の長い指先を見詰めていると、沢海の視線を感じ、そのまま視線を上げると沢海と目が合う。
そして、沢海は宮原を安心させるかのように温かく笑った。
宮原はその笑顔に更に自己嫌悪に浸り、俯いてしまう。
ーーー今、優しくされるのはとても辛かった。
何で出来なかったんだ、何で勝てなかったんだ、と蔑まれた方が宮原の気持ちをしっかりと整理出来たのかもしれない。
「ーーー宮原。
明日からまた頑張って練習しよう。
試合は負けてしまったけど、何度でもチャレンジすれば良いだろう?
オレはいつでも練習相手になってやるよ」
沢海の言葉に耳を傾けると宮原は黙って頷いた。
頷いた瞬間にまた涙が零れてしまい、顔を上げられずにいた。
沢海は宮原の頭を自分の胸元に引き寄せると、耳元で囁く。
「もう泣くなって」
「ーーーオレ、泣いていませんから!」
沢海は半ば呆れて、「そうだったな」と口元を上げた。
今日1日で3試合のトレーニングゲームが終わり、クーリングダウン走でピッチ外周を1人でゆっくりと宮原は走る。
トップチームの左右のハーフサイドを担える3年生の登坂大志とのマッチアップは3試合全てに絡み、宮原の体力を激しく消耗させた。
オンザボール、オフザボールでのポジションの取り方、ボール動きと人の動きの洞察力と展開力、全てが宮原のプレイよりも上回っていた。
登坂のプレイの一つ一つが自分よりも正確で竣敏な上、ハイレベルなパフォーマンスを存分に発揮され、ピッチを自由に走らされた。
改めて同じポジションを争う他の選手のプレイに自分の実力の差を思い知らされる。
『ーーーはぁ……
これじゃぁ、ダメだなぁ…』
宮原は試合最中の登坂とのマッチアップの際に自分の不注意で痛めてしまったらしい右肘を左手で押さえる。
怪我をしたという記憶が曖昧な程、極限にまで集中力を高め、感覚を研ぎ澄まし、試合に没頭していた。
3試合目の主審の試合終了の笛の音がピッチに鳴り響き、そこで漸く身体の痛みに気が付いた。
指先にまで響くビリビリとした痺れる痛みが、クーリングダウン走で身体を動かすと、更に鈍痛を伝えてくる。
天然芝のピッチの上に身体を投げ出し、大の字で横たわると青臭い匂いが鼻腔をツンと刺激する。
宮原は太陽が傾き始めた空をぼんやりと眺め、呼吸を整えると両腕で自分の顔を隠した。
ーーー勝てなかったーーー
ボールと人の動きを分析と予測をして、失点をもっと最小限に防げる守備のポゼッションがあったんじゃないか?
トップチームも全てが完璧ではない。守備の綻びから僅かなミスさえ逃す事をしなければ、切り崩せる攻撃のタイミングがあったんじゃないか?
ーーー1点しか取れなかったーーー
もっと自分自身が良いプレイが出来たんじゃないか?ーーー自分のプレイに自己満足をしていないか?
もっと緩急を付けた試合展開を出来たんじゃないか?ーーー試合の時間の使い方を考えていたのか?
もっと展開力のある攻撃ともっと強固な守備が出来たんじゃないか?ーーーサブチーム個々の特色を引き出し、サブチーム全体のバランスを作り上げ、練習をしていた事を十分に発揮出来たのか?
ピッチ上にいる時はあまりにも自分自身が必死になり過ぎてしまい、ミスが更にミスを生み、そのカバーに廻る余りに周囲との連携は何度も掛け違えた。
連携のズレは波紋のように段々と広がり、次のプレイで切り替えをしようと試みても、元の状態には戻らない。
宮原は自分の現状での実力を改めて実感する。
自分の意思とは関係なしに勝手に涙が溢れ、悔しさに痛めた右手の拳でピッチを何度も叩く。
「ーーー宮原」
こんな情けない自分を1番見られたくない人の声が、宮原の直ぐ近くで聞こえる。
宮原は涙が頬を伝う寸前で息を詰めるが、瞬きをした瞬間にこめかみに涙が幾筋も流れてしまう。
「…宮原」
沢海は声をかけても返事をしない宮原の名前をもう一度呼び、宮原の直ぐ隣に座り込む。
「ーーーすみません…
さっき、ランニングしていたら砂埃が目に入っちゃって…」
宮原は少しでも泣き顔を見られないようにユニフォームのシャツの耳元まで引き上げ、真っ赤になった鼻や充血する目元を隠し、ピッチから上半身を起き上がらせた。
ユニフォームの腹部の箇所を捲り上げ、何度か顔を擦ると宮原は無理矢理、顔の表面に笑顔を貼り付ける。
宮原は何事もなかったかのように振る舞い、「沢海先輩、これから居残り練習やりますか?」と聞いてくる。
沢海は無表情のまま宮原の顔を見詰めると、手にしていたラッピングテープとアイシング用の氷をピッチに置く。
「ちょっと見せてみろ」
「…え?
ーーー何を?」
「いいから!ーーー無理すんな。
右腕、出せよ…」
まだ何も話していないにも関わらず、宮原は沢海の予想外の行動にまた目頭が熱くなる。
『ーーー沢海先輩…
どうして、分かるんだよ…』
「ほら、早く。
腕、貸せって」
宮原は沢海に右腕を差し出すと手首を掴まれ、ユニフォームの袖を捲られる。
沢海が腕を伸ばした瞬間に痛みが走ったのか、宮原の口から声が漏れるが、ぐっと奥歯で噛み締めるのが分かる。
宮原の上腕は相手選手と激しく身体を競り合った所為で、皮膚や皮下組織の血管や筋肉が傷つき、内出血を起こしていた。
患部が腫れ上がり、所々の皮膚が青紫色に変わり、熱感のある痛みが伴っていた。
沢海に向かって伸ばした腕も筋肉の収縮が妨げられているのか、可動域の制限が生じている。
「…大分、腫れてるな…
アイシングするぞ」
「大丈夫です!練習します!
居残り練習、出来ます!
練習させて下さい!
ーーーオレ…もっと練習をしないと!
全然、練習が足りないんです!
ーーーもっと上手くなりたい…
上手くなって………」
『沢海先輩と同じピッチに立ちたい!』
宮原は最後の言葉を自分の心の中で叫んだ。
全心全力で3試合全てを消化した為に、疲弊した身体が鉛のように重く感じるが、これから沢海との練習が行えるというのであれば、力の限り走る事も、ボールをポイントで合わせて蹴る事も、身体を張って競り合う事もまだ出来る。
自分に対しての自信が喪失している今、宮原にとって沢海と一緒に練習が出来る時間は、自壊してしまった自分の存在を保つ事に必要だった。
『チームに必要とされたい』という自分勝手な我儘は、トップチームのメンバーに認められたい『チームに必要な選手だ』という願望になっていく。
自分が目指すべき更なる高みを失わないように、『トップチーム』という頂点の中で『沢海直哉』という選手と一緒にプレイをしたい。
それは宮原の中で絶対に譲れない、自分に課した目標でありーーー願いだった。
沢海は頑なに食い下がる宮原に溜息を吐くと、少しだけ語気を強める。
「明日も部活はあるんだし、今日の練習はもう終わりだ。
もう身体のケアをして帰るぞ。
ーーーほら」
沢海が氷の入った袋を手に持つと宮原の右の上腕に
押し当て、アイシングを施していく。
沢海の言葉の強さとは反比例するように、宮原の怪我の治療する沢海の手付きは優しく、労るように触れてくる。
宮原は沢海の長い指先を見詰めていると、沢海の視線を感じ、そのまま視線を上げると沢海と目が合う。
そして、沢海は宮原を安心させるかのように温かく笑った。
宮原はその笑顔に更に自己嫌悪に浸り、俯いてしまう。
ーーー今、優しくされるのはとても辛かった。
何で出来なかったんだ、何で勝てなかったんだ、と蔑まれた方が宮原の気持ちをしっかりと整理出来たのかもしれない。
「ーーー宮原。
明日からまた頑張って練習しよう。
試合は負けてしまったけど、何度でもチャレンジすれば良いだろう?
オレはいつでも練習相手になってやるよ」
沢海の言葉に耳を傾けると宮原は黙って頷いた。
頷いた瞬間にまた涙が零れてしまい、顔を上げられずにいた。
沢海は宮原の頭を自分の胸元に引き寄せると、耳元で囁く。
「もう泣くなって」
「ーーーオレ、泣いていませんから!」
沢海は半ば呆れて、「そうだったな」と口元を上げた。
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