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第1部
MYカップはペアカップ?
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熱いシャワーを浴びてきた宮原がダイニングに入ってくると、ドリップ式コーヒー特有の焙煎された香ばしい匂いが室内を燻らせている。
沢海にとって朝のルーティーンでもあるコーヒーを淹れる事は急き立てられる時間帯の中でも唯一、もう一度微睡むことが出来る。
デキャンタに一滴、一滴と落ちていく砂時計のような時間の経過と共に生活のリズムを整えていく。
その重なる1秒の針を刻みながら、数学の方程式を覚えたり、英会話のリスニング力を試したり、サッカーの1対1でのイメージトレーニングをしたり、自分にとって必要な時間を楽しむ。
「そこ、座って」
沢海はダイニングのカウンターテーブルの上には2人分の朝食を並べ、ペアのコーヒーカップを置く。
デキャンタに入っている淹れたてのコーヒーを注ぎ、自分用にブラックで、宮原にはたっぷりの牛乳を入れて差し出す。
簡単なメニューとはいうものの、目玉焼き、温野菜付きスモークチキン、グリーンサラダ、食パン、蜂蜜入りヨーグルト、バナナ、オレンジジュースと用意する。
選手権で常に上位に名を連ねる強豪チームとして、県内外から注目されている私立蒼敬学園は日常の『食』のコンディションにも気を使うようにキャプテンの藤本、佐伯監督から細かく指導されている。
常勝を掲げ、優勝を目標とするチームは各個人の身体を作る、身体を鍛える、身体を休める為に一日の必要な栄養バランスが考えられ、それを継続して維持するように日々のカロリーコントロールも決められている。
だが、それを毎日のように実行する事は現在、1人暮らしの沢海にとってなかなか容易ではなかった。
普段のように1人きりの食卓ならば、食事のバランスによる栄養の吸収率、燃焼率を講じてカロリーコントロールをし、選手権のある日程から逆算して体調を合わせていく。
体脂肪を10%以下で維持し、屈強な体幹を持つ沢海は、そのやり方で自分の身体をベストコンディションにまで引き上げる事が出来るが、今は自分のテーブルに向かいに宮原がいる。
いつものように自分だけカロリーコントロールを数日間の総合計単位で短縮して考える事は出来ない。
蒼敬学園のサッカー選手であり、レギュラーを維持している、レギュラーを狙っている立場上、自身の身体のコンディションだけではなく、宮原の身体のコンディションも考え、安易な方法で身体を作り上げ、基盤を誤魔化すような事はしたくなかった。
ーーーかと言って、厳密な摂取カロリー計算をした朝食を作り、宮原と過ごす幸せの余韻という時間を十分に過ごす訳にもいかない。
今日はサッカー部の朝練がある曜日でもある。
沢海は宮原を食事をするように促しながら、食器棚から数種類のプロテインの入っている箱を持ち出す。
『ーーーそういえば…
宮原って、プロテインが嫌いだったような……飲めない訳じゃないしな……
ーーーまぁ、いっか…』
沢海は新品のプロテインのパッケージを幾つか取り出し、カウンターの上に並べると宮原に選んでもらう。
宮原は沢海の作った朝食を早速食べようと「いただきます!」と手を合わせていた。
「宮原。プロテイン、何味がいい?」
「ーーーえ?……プロテインですか?」
手にした箸を持ち直し、明らかにプロテインを飲みたくないという怪訝そうな声を出される。
沢海は宮原に話し掛けながら、右手で自分用のザスバのショコラ味をシェイカーに入れて容器を振り、左手で開封したばかりのチョコレート菓子のような甘ったるい香りのするプロテインのパッケージを眺めてしまう。
「ーーーなんか、コレ、甘そうだなぁ…」
手にしたショコラ味のプロテインを箱の中へ戻すと他のプロテインの袋を手に取り、宮原に「どれにする?」と訊いてみる。
宮原は沢海が手にするプロテインを見詰めたまま考え込んでしまい、眉間に皺を寄せる。
沢海は手にしているプロテインの粉末が溶けたのを確認すると透明なグラスに注ぎ、一気に飲み干す。
「…う~ん…
まぁ、味は薄いけど……まだ飲める方かな。
ーーー宮原、決めた?」
プロテインを飲む事を回避したい宮原は流石にもう逃げられないと観念したのか、小声で訴える。
「ーーー甘いのがいいです。
…あんまり、飲みにくい味は…ちょっと…」
宮原の癖なのか、相手の意思を探る話し方をする時に少し首を傾げてしまう。
相手の目線より下から相手の顔を見詰めるので、その甘えるような仕草にあどけなさを感じてしまう。
無意識に上目遣いで見上げてくる宮原の視線に、沢海も揶揄いたくなる反面、そんな拙い表情にも見惚れてしまう。
「ーーーすみません。
オレ…あんまりプロテインが好きじゃなくて…」
「……可愛いなぁ……」
「…え?」
「ーーーあ、いや。なんでもない」
宮原が沢海のぼんやりした態度に更に上半身を乗り出し、沢海の顔を覗き込んでくる。
沢海は宮原に口元の緩んだ表情を悟られまいと、片手で自分の視界を遮り、宮原に背を向けてしまう。
沢海の『先輩らしく』振る舞おうと軽く咳払いをして、宮原に伝える。
「これから1年は新人戦が始まるから、大会前だけでもプロテインは飲めるようにしておいた方がいいぞ」
「ーーーはい…」
沢海は宮原の好みのプロテインを作ろうとシェイカーのキャップを外すと、箱の中に入っているある商品に目が止まる。
それは以前に薬局でザスバを購入した際のメーカー試供品であり、宮原の好みに合うような甘くて飲みやすい商品なのだと合致し、それを勝手に用意をする。
手慣れた手付きでシェイカーを振り、付属していた赤いカップに入れて宮原に差し出す。
「ーーー先輩、オレのこと、絶対に馬鹿にしてるでしょ…」
あからさまにムッとして頬を膨らませる宮原は、沢海から黙ってそのカップを手に取る。
宮原がちらりとキッチンを覗くとプロテインのミ●キー味の袋が見える。
当然、専用の赤いカップもぺ●ちゃんのイラスト付きだ。
沢海は口元だけ釣り上げながら「専用のマグカップが付いていたから、それを使ったんだよ。ぺ●ちゃんだっけ?」と呑気に言う。
不服そうな宮原は、ただでさえ飲みたくないプロテインを口に運び、小声で文句を言う。
「…別に『ぺ●ちゃん』でも『ポ●ちゃん』でも、もうどっちでもいいですけどっ!」
「ん? 何??
プロテイン飲ませてやろうか?
口移しだったら飲む?」
「飲ーめーるっ!
飲めます!!」
宮原は『でも、以外にミ●キー味のプロテインは美味しいかも』と思いつつも、益々プロテイン嫌いに拍車が掛かるのであった。
沢海にとって朝のルーティーンでもあるコーヒーを淹れる事は急き立てられる時間帯の中でも唯一、もう一度微睡むことが出来る。
デキャンタに一滴、一滴と落ちていく砂時計のような時間の経過と共に生活のリズムを整えていく。
その重なる1秒の針を刻みながら、数学の方程式を覚えたり、英会話のリスニング力を試したり、サッカーの1対1でのイメージトレーニングをしたり、自分にとって必要な時間を楽しむ。
「そこ、座って」
沢海はダイニングのカウンターテーブルの上には2人分の朝食を並べ、ペアのコーヒーカップを置く。
デキャンタに入っている淹れたてのコーヒーを注ぎ、自分用にブラックで、宮原にはたっぷりの牛乳を入れて差し出す。
簡単なメニューとはいうものの、目玉焼き、温野菜付きスモークチキン、グリーンサラダ、食パン、蜂蜜入りヨーグルト、バナナ、オレンジジュースと用意する。
選手権で常に上位に名を連ねる強豪チームとして、県内外から注目されている私立蒼敬学園は日常の『食』のコンディションにも気を使うようにキャプテンの藤本、佐伯監督から細かく指導されている。
常勝を掲げ、優勝を目標とするチームは各個人の身体を作る、身体を鍛える、身体を休める為に一日の必要な栄養バランスが考えられ、それを継続して維持するように日々のカロリーコントロールも決められている。
だが、それを毎日のように実行する事は現在、1人暮らしの沢海にとってなかなか容易ではなかった。
普段のように1人きりの食卓ならば、食事のバランスによる栄養の吸収率、燃焼率を講じてカロリーコントロールをし、選手権のある日程から逆算して体調を合わせていく。
体脂肪を10%以下で維持し、屈強な体幹を持つ沢海は、そのやり方で自分の身体をベストコンディションにまで引き上げる事が出来るが、今は自分のテーブルに向かいに宮原がいる。
いつものように自分だけカロリーコントロールを数日間の総合計単位で短縮して考える事は出来ない。
蒼敬学園のサッカー選手であり、レギュラーを維持している、レギュラーを狙っている立場上、自身の身体のコンディションだけではなく、宮原の身体のコンディションも考え、安易な方法で身体を作り上げ、基盤を誤魔化すような事はしたくなかった。
ーーーかと言って、厳密な摂取カロリー計算をした朝食を作り、宮原と過ごす幸せの余韻という時間を十分に過ごす訳にもいかない。
今日はサッカー部の朝練がある曜日でもある。
沢海は宮原を食事をするように促しながら、食器棚から数種類のプロテインの入っている箱を持ち出す。
『ーーーそういえば…
宮原って、プロテインが嫌いだったような……飲めない訳じゃないしな……
ーーーまぁ、いっか…』
沢海は新品のプロテインのパッケージを幾つか取り出し、カウンターの上に並べると宮原に選んでもらう。
宮原は沢海の作った朝食を早速食べようと「いただきます!」と手を合わせていた。
「宮原。プロテイン、何味がいい?」
「ーーーえ?……プロテインですか?」
手にした箸を持ち直し、明らかにプロテインを飲みたくないという怪訝そうな声を出される。
沢海は宮原に話し掛けながら、右手で自分用のザスバのショコラ味をシェイカーに入れて容器を振り、左手で開封したばかりのチョコレート菓子のような甘ったるい香りのするプロテインのパッケージを眺めてしまう。
「ーーーなんか、コレ、甘そうだなぁ…」
手にしたショコラ味のプロテインを箱の中へ戻すと他のプロテインの袋を手に取り、宮原に「どれにする?」と訊いてみる。
宮原は沢海が手にするプロテインを見詰めたまま考え込んでしまい、眉間に皺を寄せる。
沢海は手にしているプロテインの粉末が溶けたのを確認すると透明なグラスに注ぎ、一気に飲み干す。
「…う~ん…
まぁ、味は薄いけど……まだ飲める方かな。
ーーー宮原、決めた?」
プロテインを飲む事を回避したい宮原は流石にもう逃げられないと観念したのか、小声で訴える。
「ーーー甘いのがいいです。
…あんまり、飲みにくい味は…ちょっと…」
宮原の癖なのか、相手の意思を探る話し方をする時に少し首を傾げてしまう。
相手の目線より下から相手の顔を見詰めるので、その甘えるような仕草にあどけなさを感じてしまう。
無意識に上目遣いで見上げてくる宮原の視線に、沢海も揶揄いたくなる反面、そんな拙い表情にも見惚れてしまう。
「ーーーすみません。
オレ…あんまりプロテインが好きじゃなくて…」
「……可愛いなぁ……」
「…え?」
「ーーーあ、いや。なんでもない」
宮原が沢海のぼんやりした態度に更に上半身を乗り出し、沢海の顔を覗き込んでくる。
沢海は宮原に口元の緩んだ表情を悟られまいと、片手で自分の視界を遮り、宮原に背を向けてしまう。
沢海の『先輩らしく』振る舞おうと軽く咳払いをして、宮原に伝える。
「これから1年は新人戦が始まるから、大会前だけでもプロテインは飲めるようにしておいた方がいいぞ」
「ーーーはい…」
沢海は宮原の好みのプロテインを作ろうとシェイカーのキャップを外すと、箱の中に入っているある商品に目が止まる。
それは以前に薬局でザスバを購入した際のメーカー試供品であり、宮原の好みに合うような甘くて飲みやすい商品なのだと合致し、それを勝手に用意をする。
手慣れた手付きでシェイカーを振り、付属していた赤いカップに入れて宮原に差し出す。
「ーーー先輩、オレのこと、絶対に馬鹿にしてるでしょ…」
あからさまにムッとして頬を膨らませる宮原は、沢海から黙ってそのカップを手に取る。
宮原がちらりとキッチンを覗くとプロテインのミ●キー味の袋が見える。
当然、専用の赤いカップもぺ●ちゃんのイラスト付きだ。
沢海は口元だけ釣り上げながら「専用のマグカップが付いていたから、それを使ったんだよ。ぺ●ちゃんだっけ?」と呑気に言う。
不服そうな宮原は、ただでさえ飲みたくないプロテインを口に運び、小声で文句を言う。
「…別に『ぺ●ちゃん』でも『ポ●ちゃん』でも、もうどっちでもいいですけどっ!」
「ん? 何??
プロテイン飲ませてやろうか?
口移しだったら飲む?」
「飲ーめーるっ!
飲めます!!」
宮原は『でも、以外にミ●キー味のプロテインは美味しいかも』と思いつつも、益々プロテイン嫌いに拍車が掛かるのであった。
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