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第1部

腹黒王子参上

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「誰が腹黒だって?」

突如、宮原の両肩を背後からガシッと掴まれ、その声のする方向へと上半身を引き寄せられる。

「…ひゃっ!」

沢海の胸の中に宮原の背中を合わせるような形になると、地を這うような沢海の低い声音が宮原の耳元で聞こえ、予想をしていない事態に宮原は悲鳴を漏らしてしまう。

「な、な、なんでっ…もう…ここにいんの?」
「なんでって、集合時間に間に合いそうになかったから、タクシーで来たんだよ。
人の事、オバケみたいに言うな。
ーーーで、誰が腹黒だって?」
「ーーーいや、あの……」

宮原は恐る恐る声の持ち主の方向に視線を上げると沢海の切長の目が更に目蓋を眇め、宮原と視線が絡み合う。
明らかに沢海のご機嫌が悪い方行に曲がっている様子が分かり、宮原は口籠ってしまう。

部室内にあるエキップメントルームとはいえ、宮原の周囲から数名の射抜くような視線を浴びているのを肌で感じる。

ーーー彼等のその視線の先は沢海を見ている。

沢海は蒼敬学園に入学してから、1年生で不動のレギュラーとして守備の要を任され、その当時から蒼敬学園の『黄金世代』と呼ばれる時代を確立させた。  

数年前まで全くの無名だった蒼敬学園サッカー部を強豪高校へと押し上げた立役者の1人でもあるという事が、更に沢海をカリスマ的な存在として憧憬の眼差しを集めていた。

『蒼敬学園サッカー部所属・沢海直哉』は様々な大会で高い評価を受け、昨年末の選手権では最優秀選手賞、ベストイレブンに選ばれた事で沢海を孤高の存在にさせた事も要因にある。

ただ困った事に沢海を偶像崇拝する一部のチーム内の選手とその保護者が沢海を取り巻く周囲の環境、つまりは人の選別をするようになってしまった。

当然、本人の意思とは関係なしに沢海の友人関係を整理され、沢海には吊り合わないと判断されるとあらゆる方法を駆使して、潔癖なまでに排除する事が見受けられた。

それ故に沢海の盲目的な信者にとっては宮原は邪魔な存在としてターゲットにされ、宮原自身も少なからず影響を受けていた。

それだけの圧力を持つ『沢海信者』とも呼ばれている存在があるにも関わらず、当の本人は全くその存在を気にもせず、全くその存在を知ろうともしなかった。

今、この現状でも『沢海信者』からの突き刺さす程の視線を受け、宮原をどうすればいいのか分からずに焦燥に駆られ、強張る全身が鼓動を早めていく。

宮原自身もあまり気にはしないようにはしていたのだが、最近の周囲の居心地の悪さに辟易していた。

渇いた表情で引き攣り、完全に怯えている宮原に沢海は口元を緩め、宮原に最良の提案をする。

「ホッペにチューしてくれたら許してあげる」
「ーーーーー」
「聞こえてんのか?
ーーーここ。ここにキス。
分かってんのか?」

沢海は自分の頬を指差し、少し腰を屈めると宮原の口元の高さに合わせてくる。
沢海は顔を傾け、宮原の表情を伺うと口唇を動かし、声を閉ざすと『キス』ともう一度形を作る。

当然、宮原はこの状況を上手く回避し、簡単に受け流す事が出来ずに、頭の中を酷く混乱させてしまう。

宮原と沢海の2人だけしか見えていない世界を、客観的に直ぐ傍で見る羽目になった大塚はこれから何が起こるのか楽しそうに2人の様子を伺っている。

宮原は数回瞬きをすると眉間に深い皺を寄せた。

「ーーーあ、あの…
沢海先輩…
ーーー無理です……ダメです…
出来ませんよぅ……」

半泣きのような宮原の声に沢海は居丈高に振舞い、更に宮原を追い詰めていく。

沢海は段々と窮地に陥ってしまう宮原の当惑した顔を眺め、『こういう表情も可愛いな…』と勝手に悦に浸っていた。

「ふぅん…
2人して、こそこそとオレの悪口を言っていたのに、宮原は出来ないんだぁ。
……そうなんだぁ」
「…沢海先輩…
ーーーや、だ……やだ……
出来ないよぅ…」
「じゃぁ、何処でならするんだよ?
ーーーなぁ?」

2人の距離間であっても宮原の声が段々と小さく霞んでしまい、沢海も甘く問い掛けるように聞き返す。

宮原は上目使いに沢海を見詰め、渇いた唇を噛み締めるとそっと沢海の身体に凭れる。
様々な視線を浴びていると知っていながらも、沢海に甘えられるこの時間は奪われたくないと、宮原は沢海の頬に顔を寄せていった。

「ーーー沢海、せんぱ…い……」

完全に2人の空間に入り込んでいる状態を大塚は水を差すように咳払いをし、最良の提案をしてみる。

「よし!分かった!
オレが沢海にチューしてやろう!」
「ーーー頬が腐るから止めて下さい」

何が分かったのか理解不能な大塚の言葉を沢海は即座に却下すると、沢海は乱雑な仕草を見せ付ける動作で、さり気なく宮原の肩を抱き締める。

沢海は宮原から離れる素振りで耳朶に口付けをすると人前にも関係なく触れてくる沢海の手早さに、宮原は慌てて距離を取る。

当然、この2人の行為を間近で見ていた大塚は一瞬、周囲を気にして目を配った後、沢海の首に肘を回し、宮原との距離を態と離していく。

「直哉くぅ~ん。
オレとチューしようよ」
「離せ!気色悪い!」

大塚と沢海のやり取りを見ていた宮原は、沢海の心底嫌そうな表情と態度に口を手に当てながら笑いを堪えている。

「宮原っ!!」
「はいっっ!!」

必然的に宮原の背筋が糸を張ったようにピンと伸びる。

「今日のトレーニングの後、オレの居残り練習に付き合う事!
ーーーいいな!」
「は…はいっっ!!!
宜しくお願いします!!』

試合中にピッチに響き渡る指示の声の音量で沢海は声を出し、宮原も首を竦めながらも大声で返事をしてしまう。

大塚が笑いながらエキップメントルームから出ようとすると、沢海は1番の笑顔で大塚を引き止める。

「大塚先輩。
セットプレイの練習したいから、居残り練習に付き合ってもらえますよね?」
「ゲッ……マジかよ……」
「オレも!オレもやりたい!!
やります!!
キッカーやらせて下さい!」

1人だけテンションが高い宮原に沢海と大塚が同じ意見を言う。

「宮原……
お前、ちょっとくらい嫌がれよ…」




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