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第1部
信頼関係
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サッカー部の部室前に到着すると松下は宮原の様子を見て一歩下がって立ち、宮原は入り口の扉の前で深呼吸をする。
サブチームの1年生でもある宮原は走力テストを含めた基礎体力で、トップチームの上位者よりも上回る数字を叩き出している。
だが、今まで良き指導者に巡り会えておらず、サッカーをする為に宮原を取り巻く周囲の環境の不十分さが宮原自身の伸び悩みの原因を作っていた。
ダイヤの原石のように磨けば光る逸材を佐伯監督も見逃す事はなく、トップチームを中心に指導をする中でサブチームの数名の選手に宮原はリストアップされており、練習から声を掛けられている1人でもあった。
この一件が要因になり、宮原がチーム内で何かと目立つ存在になると、監督指示での正当な理由を当然知る筈のない一部のメンバー内で、1年生でもある宮原を妬ましい、疎ましい存在として差別し、卑下する事が相次いだ。
松下のようにJリーグの下部組織出身者や、サッカー推薦での入部者に対して佐伯監督から熱心な指導を受けていても、他の選手からは羨まれる事は少ない。
しかし、無名のクラブからの入部者でもある宮原に対しては羨望と嫉妬に隠れた敵愾心が剥き出しになる事が多かった。
チーム内での個々の競争意識の高さを上げる為にとは言え、宮原自身もこの状況を柔軟に受け止めなければならないと分かってはいるが、実際には精神的にかなり疲労困憊しており、心労が耐えなかった。
サッカー部の部室の扉を開けると宮原は背筋を伸ばし、入り口で深々と一礼をする。
「おはようございます!
昨日は途中で練習を抜けてしまいまして、すみませんでした!
今日も練習、宜しくお願いします!」
2年生、3年生の先輩から、「もう怪我は大丈夫か?」「コレでガチでやれるな」と声が掛かり、同学年からは笑われながら「レギュラー争いの人数が減ったと思ったのに」と言われ、宮原の内心はホッと安堵した。
だが、中には宮原を睥睨するように一瞥する者、無関心を決め込んだまま自身のケータイを眺めている者等、誰が何をしていようと一切興味がないと否定的な行動をする選手もいるので、宮原は過剰な意識をしないように振る舞った。
その様子を見ていた松下が背後から宮原の肩を叩き、部室内に入るように促すと宮原は頷き、下を向いて気を引き締めた。
部室内に入ると、宮原のロッカーの隣に松下のロッカーがあり、2人は並んで練習着に着替える。
宮原は無言で練習着に着替え、トップチームのロッカーを見詰めた。
週明けには松下はサブチームのロッカーではなく、トップチームのロッカーを使用する事になる。
ーーー悔しい。
ーーー悔しい。
ーーー悔しい。
自分自身の力の無さに、ただ悔しさだけが募る。
実際、宮原自身も今の自分に何が一番足りないのか、今の自分に何が一番必要なのか、十分に理解している。
理解しているからこそ、理想と現実の差に自分自身の実力の内容と結果に歯噛みを感じてしまう。
周囲との攻撃の連携、守備の受け渡しのタイミングのズレ、自分の独り善がりのプレイスタイルがゲームの流れの中で空回りをしてしまう。
ピッチの中にいると試合全体のゲーム感覚を掴めず、一方的に焦燥を感じてしまい、身体が自由に動けなくなってしまう。
自分の意図としている事がピッチの上で表現をする事が出来ずに自滅してしまう。
何度もチャレンジをしても、何度も失敗をしても、虚栄心も自尊心も一切をかなぐり捨て、必死にこの『蒼敬学園のサッカー』に食らい付いて行くしかない。
同学年でも実力の差を見せ付けられ、宮原はグッと唇を引き締めた。
練習着に着替え終わり、前日にクリーナーをかけておいたお気に入りのモレリアのスパイクを取りに別室に向かう。
エキップメントルームの引き戸を開けた瞬間、宮原は扉の反対側にいた誰かの胸元に思い切り顔面をぶつけてしまう。
「ーーー痛って!
…ごめん」
宮原は自分の鼻を強かに打ち付けてしまい、慌てて見上げると、目の前にいたのはキーパーの大塚が立っていた。
大塚は態とらしく両手を広げると、真正面から宮原をギュッと抱き締めた。
「うわっ!…ちょっと!!」
宮原は大塚の胸に顔を埋めるような格好になってしまい、そこから逃げ出そうと必死に踠いた。
悪戯に身体を押し付けられ、逃げられないように拘束される緊張感に宮原は髪を振り乱すと、大塚は宮原の顔を覗き込む。
「あれ?
沢海と同じ匂いしない?」
「ーーーえ……?」
「甘ったるいような、乳臭いような…」
「あ、あの……それは……」
「まぁ、いいや」
宮原の動揺も一向に構わずに大塚は再度、宮原をギュッと抱き締める。
「昨日の練習早々に腹黒王子が宮原を拉致したから、トレーニングがつまらなかったわぁ…」
宮原は辛うじて大塚の胸から顔を出すと流石に困った顔を覗かせる。
「お、大塚、先輩……!
大塚先輩!!もう離せってば!」
「腹黒王子じゃなくって、オレにしない?」
「は?
何、言ってんスかっ!!
離して下さいって!……もう、離せっ!
ーーー松下!助けろよ!」
松下は哀れんだ表情のまま宮原を眺めると、片手を振って、2人のいるその場を離れていく。
取り残された宮原は大きく溜息を吐くと、大塚に雁字搦めに囚われたまま愛玩具のように自由勝手にされ、抵抗をする事なく諦めた。
大塚が宮原の耳元に口元を寄せると2人にしか聞こえない声音で話す。
「沢海ってさ、顔が良いだけの欠陥人間だし、どうしようもない奴だけど…
ーーー宮原、頼むよ…」
「ーーー大塚先輩?」
驚いて大塚の胸から顔を上げると、大塚はニッコリと笑っている。
「大塚先輩……あの……」
「あいつ、表面上はニコニコ笑っているフリしてるけど、面の皮1枚剥げば、悪どい事を考えているからなぁ…
まぁ、あいつの腹黒は一生治んねーだろうけどな!」
キーパーの特有でもある大きな手でバシッ!と宮原の背中を叩かれ、あまりの勢いに少し咳き込んでしまう。
「……確かに沢海先輩は腹黒かもしれないですね…」
「だろ?
宮原もそう思うよな?」
「でも、腹黒王子って……酷いなぁ……」
「そのまんまだろ?
宮原だって、酷いって言っておきながら笑ってるじゃん」
宮原と大塚はお互いに顔を合わせて、吹き出してしまう。
サブチームの1年生でもある宮原は走力テストを含めた基礎体力で、トップチームの上位者よりも上回る数字を叩き出している。
だが、今まで良き指導者に巡り会えておらず、サッカーをする為に宮原を取り巻く周囲の環境の不十分さが宮原自身の伸び悩みの原因を作っていた。
ダイヤの原石のように磨けば光る逸材を佐伯監督も見逃す事はなく、トップチームを中心に指導をする中でサブチームの数名の選手に宮原はリストアップされており、練習から声を掛けられている1人でもあった。
この一件が要因になり、宮原がチーム内で何かと目立つ存在になると、監督指示での正当な理由を当然知る筈のない一部のメンバー内で、1年生でもある宮原を妬ましい、疎ましい存在として差別し、卑下する事が相次いだ。
松下のようにJリーグの下部組織出身者や、サッカー推薦での入部者に対して佐伯監督から熱心な指導を受けていても、他の選手からは羨まれる事は少ない。
しかし、無名のクラブからの入部者でもある宮原に対しては羨望と嫉妬に隠れた敵愾心が剥き出しになる事が多かった。
チーム内での個々の競争意識の高さを上げる為にとは言え、宮原自身もこの状況を柔軟に受け止めなければならないと分かってはいるが、実際には精神的にかなり疲労困憊しており、心労が耐えなかった。
サッカー部の部室の扉を開けると宮原は背筋を伸ばし、入り口で深々と一礼をする。
「おはようございます!
昨日は途中で練習を抜けてしまいまして、すみませんでした!
今日も練習、宜しくお願いします!」
2年生、3年生の先輩から、「もう怪我は大丈夫か?」「コレでガチでやれるな」と声が掛かり、同学年からは笑われながら「レギュラー争いの人数が減ったと思ったのに」と言われ、宮原の内心はホッと安堵した。
だが、中には宮原を睥睨するように一瞥する者、無関心を決め込んだまま自身のケータイを眺めている者等、誰が何をしていようと一切興味がないと否定的な行動をする選手もいるので、宮原は過剰な意識をしないように振る舞った。
その様子を見ていた松下が背後から宮原の肩を叩き、部室内に入るように促すと宮原は頷き、下を向いて気を引き締めた。
部室内に入ると、宮原のロッカーの隣に松下のロッカーがあり、2人は並んで練習着に着替える。
宮原は無言で練習着に着替え、トップチームのロッカーを見詰めた。
週明けには松下はサブチームのロッカーではなく、トップチームのロッカーを使用する事になる。
ーーー悔しい。
ーーー悔しい。
ーーー悔しい。
自分自身の力の無さに、ただ悔しさだけが募る。
実際、宮原自身も今の自分に何が一番足りないのか、今の自分に何が一番必要なのか、十分に理解している。
理解しているからこそ、理想と現実の差に自分自身の実力の内容と結果に歯噛みを感じてしまう。
周囲との攻撃の連携、守備の受け渡しのタイミングのズレ、自分の独り善がりのプレイスタイルがゲームの流れの中で空回りをしてしまう。
ピッチの中にいると試合全体のゲーム感覚を掴めず、一方的に焦燥を感じてしまい、身体が自由に動けなくなってしまう。
自分の意図としている事がピッチの上で表現をする事が出来ずに自滅してしまう。
何度もチャレンジをしても、何度も失敗をしても、虚栄心も自尊心も一切をかなぐり捨て、必死にこの『蒼敬学園のサッカー』に食らい付いて行くしかない。
同学年でも実力の差を見せ付けられ、宮原はグッと唇を引き締めた。
練習着に着替え終わり、前日にクリーナーをかけておいたお気に入りのモレリアのスパイクを取りに別室に向かう。
エキップメントルームの引き戸を開けた瞬間、宮原は扉の反対側にいた誰かの胸元に思い切り顔面をぶつけてしまう。
「ーーー痛って!
…ごめん」
宮原は自分の鼻を強かに打ち付けてしまい、慌てて見上げると、目の前にいたのはキーパーの大塚が立っていた。
大塚は態とらしく両手を広げると、真正面から宮原をギュッと抱き締めた。
「うわっ!…ちょっと!!」
宮原は大塚の胸に顔を埋めるような格好になってしまい、そこから逃げ出そうと必死に踠いた。
悪戯に身体を押し付けられ、逃げられないように拘束される緊張感に宮原は髪を振り乱すと、大塚は宮原の顔を覗き込む。
「あれ?
沢海と同じ匂いしない?」
「ーーーえ……?」
「甘ったるいような、乳臭いような…」
「あ、あの……それは……」
「まぁ、いいや」
宮原の動揺も一向に構わずに大塚は再度、宮原をギュッと抱き締める。
「昨日の練習早々に腹黒王子が宮原を拉致したから、トレーニングがつまらなかったわぁ…」
宮原は辛うじて大塚の胸から顔を出すと流石に困った顔を覗かせる。
「お、大塚、先輩……!
大塚先輩!!もう離せってば!」
「腹黒王子じゃなくって、オレにしない?」
「は?
何、言ってんスかっ!!
離して下さいって!……もう、離せっ!
ーーー松下!助けろよ!」
松下は哀れんだ表情のまま宮原を眺めると、片手を振って、2人のいるその場を離れていく。
取り残された宮原は大きく溜息を吐くと、大塚に雁字搦めに囚われたまま愛玩具のように自由勝手にされ、抵抗をする事なく諦めた。
大塚が宮原の耳元に口元を寄せると2人にしか聞こえない声音で話す。
「沢海ってさ、顔が良いだけの欠陥人間だし、どうしようもない奴だけど…
ーーー宮原、頼むよ…」
「ーーー大塚先輩?」
驚いて大塚の胸から顔を上げると、大塚はニッコリと笑っている。
「大塚先輩……あの……」
「あいつ、表面上はニコニコ笑っているフリしてるけど、面の皮1枚剥げば、悪どい事を考えているからなぁ…
まぁ、あいつの腹黒は一生治んねーだろうけどな!」
キーパーの特有でもある大きな手でバシッ!と宮原の背中を叩かれ、あまりの勢いに少し咳き込んでしまう。
「……確かに沢海先輩は腹黒かもしれないですね…」
「だろ?
宮原もそう思うよな?」
「でも、腹黒王子って……酷いなぁ……」
「そのまんまだろ?
宮原だって、酷いって言っておきながら笑ってるじゃん」
宮原と大塚はお互いに顔を合わせて、吹き出してしまう。
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