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第1部
オレだけを見ろ
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カウンターテーブルで向かい合って朝食を食べながら、数日前にサッカー専用チャンネルで放送された海外のリーグ戦の試合の話をする。
私立蒼敬学園サッカー部は現在、ディフェンダー4、ミッドフィルダー4、フォワード2の通称4-4-2のシステムを起用している。
トップチームを狙う宮原のポジションはミッドフィルダー左サイドハーフ、現トップチームの沢海のポジションはディフェンダーセンターバックに位置している。
普段から自分と同じポジションに入る他のチームの選手が様々な状況のゲームの流れの中で、自分と味方と相手がどのような動きをしているのかというのを注視してしまう。
特に好きな選手に関しては状況判断の速さと展開の先読み、ワンタッチでの的確な受け手、出し手のパス精度、オフザボールでのポジショニングと様々なサッカーロジックとして、勉強が出来る。
ある監督が右手にロジック【論理】左手にパッション【情熱】という言葉を残している。
それ故にサッカーという競技はチームプレイというベースを元に戦術を何度も組み立てては壊す【論理】と圧倒的な走力の延長にあるゴールを抉じ開ける【情熱】が備わっていないといけない。
そして、この蒼敬サッカー部のチームの中で自分が何を求められているのか、何をするべきなのか、数々のプレイを当て嵌めて、イメージを固めていく。
「この前の試合のフランク・ラベリーの3人抜いてのシュートはカッコ良かったなぁ…
サイドでダブルダッチで2人、中でフェイントで1人抜いてからの、中に切り込んで一瞬に空いたスペースを突いての右足でゴール。
ーーーボールを受けてからシュートまで完璧!」
宮原はカウンターテーブルのピッチの上で、塩、胡椒などの調味料を相手ディフェンダーに見立てて、その試合の状況を説明する。
宮原の好きな選手の1人でもあるフランク・ラベリーのプレイを振り返り、自分の理想とするプレイスタイルをイメージする。
「ボールを持った時の間合いの取り方も、中に入るタイミングとスピードも、右足の振り抜き方も、相手とのポジションを一瞬で見抜いて、そこに入ってくるんだよなぁ…」
夢中になってサッカーの話をする宮原に沢海はサラダを口に運びながら「そうだね」と関心がなさそうに頷く。
「ね、やっぱり、対戦する側のディフェンダー視点としては、ラベリーみたいな選手を止めるのは難しい?」
宮原は無邪気にテーブルの上に身を乗り出して聞いてくるが、沢海には『先輩にそのプレイは止められるの?』と言われているような気がしてしまい、些かムッとする。
手にしたフォークを置き、調味料ディフェンダーを使って対戦相手の視点側の状況を説明してみる。
「オレもその試合見たけど、ラベリーを入れて2人でサイドを崩されて、中で1対1のフェイントに引っかかった時点で終わっているね。
オレがあそこのセンターバックであれば、サイドからクロスが入る可能性もあるからエリア内にいるゴール感覚に鋭いフォワードのマークを外してまで、中のカバーにいけないからね」
「スペースを潰すか? 人を潰すか?
ーーーそれとも沢海先輩だったら、どう対処します?」
「バイタルエリアでマークを上手く外しても、逆サイドに振られてしまえば、今度はその広大なスペースを使われてしまう。
サイドからのクロスが入ることを予測して、ディフェンスのラインコントロールは出来るけど、エリア内のパスコースを限定するような状況ではない。
左右に振られてもシュートを打たせないようにスペースを潰して、相手のマークする選手の受け渡し、もしくはマークする選手を外さない。
ボールの動きと人を動きを同時に見ながら、どのタイミングでボールを奪えるか、奪った後の攻撃に繋げるかを判断する」
宮原は沢海の意見を何度も頷きながら聞いてはいるが沢海の表情が段々とご機嫌が斜めになっている事に未だに気が付いていない。
それにも関わらず、宮原は話を続けようとしていたので沢海が少し話題を逸らしてみる。
「宮原は自分がマッチアップした時に当たりたくないディフェンダーは誰なの?」
「ーーーえ?
ディフェンダーで?」
「じゃあ、宮原が試合中に合わせやすい、好きなディフェンダーは?」
沢海から矢継ぎに質問され、宮原が頬杖を付いて考え込む。
「考え込まなくても、直ぐにいるだろ」
「ーーー考え込むよ。
好きな選手はいっぱい、いるから」
沢海は態とらしく溜息を吐いて、自分の指を折り、イメージする選手のストロングポイントを挙げていく。
「フィジカルが強くて1対1は絶対に負けない、ロングフィード、パスと足元の技術もあって、空中戦でのヘディングも強い、守備の要でもあって尚且つ攻撃の起点になるアンカーの役割も出来る。
そういえば、この前の試合でセットプレイでヘディングも決めたなぁ…」
宮原は更に考え込むが、沢海が一体どの選手のことを話しているのか全く分からない。
「…え?…誰だろ…
セルヒオ・ラスモ?
フィルジル・ファン・ダクイ?」
宮原が海外の各国代表クラスの選手の名前を挙げるがどれも違うらしく、沢海の両目が段々と据わってくる。
沢海の気に障るような事を宮原が言ってしまったかのように不穏な空気が流れ、流石の宮原も気付いたのか、沢海の表情を伺う。
「ーーーえっと……そうだ!
日本代表選手とか?」
空笑いをして誤魔化す宮原は沢海の無表情の目を何度も下から覗き込み、その場を取り繕おうとする。
だが一瞬にして、訳も分からずに混乱してしまい、宮原は更に焦燥感に駆られる。
「…あ、あの……」
宮原は憂慮に堪えられなくなり、俯いて黙り込んでしまうと沢海が宮原の後頭部をコツンと叩く。
叩かれた頭を手で押さえながら、ちらりと視線を上げると沢海は口元を緩め、傲慢な表情を作り、居丈高な態度で長い足を組み直している。
「こういう時は、好きなディフェンダーの選手は『沢海直哉』ですって言えよ」
「ーーーえ?」
「そこはオレの名前だろ?
ーーー普通、そうだろ?
当たり前だろ??」
「……スッゲー、オレ様なんですけど……」
宮原は海外サッカー選手、もしくは日本代表選手の名前を考えていたが、自分の目の前にいる『選手』の事までは全く考えてはいなかった。
それ以前に海外のサッカー選手の話をしていたという状況で、当たり前のように自分の名前を出せる絶対的な自信に閉口してしまう。
沢海がサラダの中に入っている野菜を何度も乱暴に突き刺し、陶器が割れそうな勢いで音を立てている。
『ーーーってかさ、沢海先輩、怒ってる?
なんで、怒っているんだよ…』
宮原は明確な理由も分からずに沢海から八つ当たりを受けているようで困惑してしまう。
相変わらず沢海は憮然と不貞腐れた表情をして、食事を続けていると自分自身を落ち着かせるようにコーヒーを飲み、宮原と目を合わせる。
「オレと2人っきりでいる時くらい、他の男の話なんてするなよ」
「ーーーへ??」
『…好きなサッカー選手の話をしていただけなんだけど…
ーーーってか、さっきから沢海先輩が不機嫌だった理由がまさか、コレが原因なの?』
沢海らしくない可愛い嫉妬が原因なのだと分かると宮原は途端に不服そうな顔を描いて、沢海を睨み付ける。
優しい束縛をされる事は自分が大事にされているのだと分かるのだが、理不尽な子供の我儘のように駄々を捏ねられると、宮原も対処の仕様がない。
「ほら、宮原。言ってみろって。
ーーー『沢海先輩が好きです』って」
「……え?
なんか、さっきと違うんだけど…」
「じゃぁ、『沢海先輩、キスして』でもいいや」
「もっと違うし!!」
沢海は自分勝手な願望を言うと宮原と顔を見合わせ、声に出して笑ってしまう。
普段あまり他人には見せない屈託のない沢海の笑顔に『沢海先輩が1番カッコいいです』と宮原は心の中で小さく呟いた。
私立蒼敬学園サッカー部は現在、ディフェンダー4、ミッドフィルダー4、フォワード2の通称4-4-2のシステムを起用している。
トップチームを狙う宮原のポジションはミッドフィルダー左サイドハーフ、現トップチームの沢海のポジションはディフェンダーセンターバックに位置している。
普段から自分と同じポジションに入る他のチームの選手が様々な状況のゲームの流れの中で、自分と味方と相手がどのような動きをしているのかというのを注視してしまう。
特に好きな選手に関しては状況判断の速さと展開の先読み、ワンタッチでの的確な受け手、出し手のパス精度、オフザボールでのポジショニングと様々なサッカーロジックとして、勉強が出来る。
ある監督が右手にロジック【論理】左手にパッション【情熱】という言葉を残している。
それ故にサッカーという競技はチームプレイというベースを元に戦術を何度も組み立てては壊す【論理】と圧倒的な走力の延長にあるゴールを抉じ開ける【情熱】が備わっていないといけない。
そして、この蒼敬サッカー部のチームの中で自分が何を求められているのか、何をするべきなのか、数々のプレイを当て嵌めて、イメージを固めていく。
「この前の試合のフランク・ラベリーの3人抜いてのシュートはカッコ良かったなぁ…
サイドでダブルダッチで2人、中でフェイントで1人抜いてからの、中に切り込んで一瞬に空いたスペースを突いての右足でゴール。
ーーーボールを受けてからシュートまで完璧!」
宮原はカウンターテーブルのピッチの上で、塩、胡椒などの調味料を相手ディフェンダーに見立てて、その試合の状況を説明する。
宮原の好きな選手の1人でもあるフランク・ラベリーのプレイを振り返り、自分の理想とするプレイスタイルをイメージする。
「ボールを持った時の間合いの取り方も、中に入るタイミングとスピードも、右足の振り抜き方も、相手とのポジションを一瞬で見抜いて、そこに入ってくるんだよなぁ…」
夢中になってサッカーの話をする宮原に沢海はサラダを口に運びながら「そうだね」と関心がなさそうに頷く。
「ね、やっぱり、対戦する側のディフェンダー視点としては、ラベリーみたいな選手を止めるのは難しい?」
宮原は無邪気にテーブルの上に身を乗り出して聞いてくるが、沢海には『先輩にそのプレイは止められるの?』と言われているような気がしてしまい、些かムッとする。
手にしたフォークを置き、調味料ディフェンダーを使って対戦相手の視点側の状況を説明してみる。
「オレもその試合見たけど、ラベリーを入れて2人でサイドを崩されて、中で1対1のフェイントに引っかかった時点で終わっているね。
オレがあそこのセンターバックであれば、サイドからクロスが入る可能性もあるからエリア内にいるゴール感覚に鋭いフォワードのマークを外してまで、中のカバーにいけないからね」
「スペースを潰すか? 人を潰すか?
ーーーそれとも沢海先輩だったら、どう対処します?」
「バイタルエリアでマークを上手く外しても、逆サイドに振られてしまえば、今度はその広大なスペースを使われてしまう。
サイドからのクロスが入ることを予測して、ディフェンスのラインコントロールは出来るけど、エリア内のパスコースを限定するような状況ではない。
左右に振られてもシュートを打たせないようにスペースを潰して、相手のマークする選手の受け渡し、もしくはマークする選手を外さない。
ボールの動きと人を動きを同時に見ながら、どのタイミングでボールを奪えるか、奪った後の攻撃に繋げるかを判断する」
宮原は沢海の意見を何度も頷きながら聞いてはいるが沢海の表情が段々とご機嫌が斜めになっている事に未だに気が付いていない。
それにも関わらず、宮原は話を続けようとしていたので沢海が少し話題を逸らしてみる。
「宮原は自分がマッチアップした時に当たりたくないディフェンダーは誰なの?」
「ーーーえ?
ディフェンダーで?」
「じゃあ、宮原が試合中に合わせやすい、好きなディフェンダーは?」
沢海から矢継ぎに質問され、宮原が頬杖を付いて考え込む。
「考え込まなくても、直ぐにいるだろ」
「ーーー考え込むよ。
好きな選手はいっぱい、いるから」
沢海は態とらしく溜息を吐いて、自分の指を折り、イメージする選手のストロングポイントを挙げていく。
「フィジカルが強くて1対1は絶対に負けない、ロングフィード、パスと足元の技術もあって、空中戦でのヘディングも強い、守備の要でもあって尚且つ攻撃の起点になるアンカーの役割も出来る。
そういえば、この前の試合でセットプレイでヘディングも決めたなぁ…」
宮原は更に考え込むが、沢海が一体どの選手のことを話しているのか全く分からない。
「…え?…誰だろ…
セルヒオ・ラスモ?
フィルジル・ファン・ダクイ?」
宮原が海外の各国代表クラスの選手の名前を挙げるがどれも違うらしく、沢海の両目が段々と据わってくる。
沢海の気に障るような事を宮原が言ってしまったかのように不穏な空気が流れ、流石の宮原も気付いたのか、沢海の表情を伺う。
「ーーーえっと……そうだ!
日本代表選手とか?」
空笑いをして誤魔化す宮原は沢海の無表情の目を何度も下から覗き込み、その場を取り繕おうとする。
だが一瞬にして、訳も分からずに混乱してしまい、宮原は更に焦燥感に駆られる。
「…あ、あの……」
宮原は憂慮に堪えられなくなり、俯いて黙り込んでしまうと沢海が宮原の後頭部をコツンと叩く。
叩かれた頭を手で押さえながら、ちらりと視線を上げると沢海は口元を緩め、傲慢な表情を作り、居丈高な態度で長い足を組み直している。
「こういう時は、好きなディフェンダーの選手は『沢海直哉』ですって言えよ」
「ーーーえ?」
「そこはオレの名前だろ?
ーーー普通、そうだろ?
当たり前だろ??」
「……スッゲー、オレ様なんですけど……」
宮原は海外サッカー選手、もしくは日本代表選手の名前を考えていたが、自分の目の前にいる『選手』の事までは全く考えてはいなかった。
それ以前に海外のサッカー選手の話をしていたという状況で、当たり前のように自分の名前を出せる絶対的な自信に閉口してしまう。
沢海がサラダの中に入っている野菜を何度も乱暴に突き刺し、陶器が割れそうな勢いで音を立てている。
『ーーーってかさ、沢海先輩、怒ってる?
なんで、怒っているんだよ…』
宮原は明確な理由も分からずに沢海から八つ当たりを受けているようで困惑してしまう。
相変わらず沢海は憮然と不貞腐れた表情をして、食事を続けていると自分自身を落ち着かせるようにコーヒーを飲み、宮原と目を合わせる。
「オレと2人っきりでいる時くらい、他の男の話なんてするなよ」
「ーーーへ??」
『…好きなサッカー選手の話をしていただけなんだけど…
ーーーってか、さっきから沢海先輩が不機嫌だった理由がまさか、コレが原因なの?』
沢海らしくない可愛い嫉妬が原因なのだと分かると宮原は途端に不服そうな顔を描いて、沢海を睨み付ける。
優しい束縛をされる事は自分が大事にされているのだと分かるのだが、理不尽な子供の我儘のように駄々を捏ねられると、宮原も対処の仕様がない。
「ほら、宮原。言ってみろって。
ーーー『沢海先輩が好きです』って」
「……え?
なんか、さっきと違うんだけど…」
「じゃぁ、『沢海先輩、キスして』でもいいや」
「もっと違うし!!」
沢海は自分勝手な願望を言うと宮原と顔を見合わせ、声に出して笑ってしまう。
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