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第1部

男子厨房に入る

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宮原は手早くシャワーを浴び終えると、バスタオルを頭に被せたまま脱衣所から出てきた。

真水のシャワーは宮原の昂った身体も心も落ち着かせ、少しだけ冷静さを取り戻してくる。
だがその分、平静さを纏ってしまうと自分の強い想いを認識させてしまう要因となってしまう。

時折、水分を吸った毛先から滴が垂れ、自分の肩を濡らす度に「オレは一体何をしているんだろうな」と自己嫌悪の深みに嵌っていく。

止められない衝動に自分の自我が壊れていく。
ーーー沢海先輩の事が好きだ。

「好き」という肯定する理由だけが自分を生かしてくれる。
ーーー沢海先輩の事が好きだ。

部活用の着替えで持ってきていたアレスタのTシャツとハーフパンツ姿になり、裸足で廊下を歩く。

『ーーー絶対にさっきの、気付いていたよな…
ってか、オレも先輩の家で……何、してんだよ…
普通に、普段通りにしていないと。
ーーーまたヘンな事、考えたりしたら…
もう誤魔化す事なんて出来ない…』

バスルームで半ば強制的に鎮めた陰茎は、些細な動作と不安定な感情でまた簡単に勃起をしてしまう気がする。
下半身に燻る熱がジクジクと蝕むように広がり、押さえきれない快感とその解放を望んでいる。

ーーー触れて、擦って、欲望のまま吐き出してしまいたいーーー

キッチンに向かう廊下の壁に隠れ、沢海の後ろ姿をそっと目で追うと宮原の気配に気がついたのか、急に振り向かれる。

「ーーーん?
宮原?……もう風呂、上がったのか?」

言い訳の準備をする間もなく沢海に声を掛けられ、宮原は仕方なくキッチンに入ると、バスタオルを被ったまま黙ってコクンと頷く。

頷いたまま何も話そうとしない宮原に沢海は訝しみ、腰を屈めて宮原が頭から被っているバスタオルを掴み上げる。
一瞬、宮原がバスタオルを取られないように手を伸ばすが、沢海は全く構わずに乱暴に剥ぎ取ってしまう。

バスタオルの下には、宮原の黒目がちの両眼が今にも泣きそうな程に潤み、沢海を上目遣いに見上げていた。
2人の視線が絡み合うと宮原は静かに目を伏せ、そのまま黙って下を向いてしまう。

「ーーーあれ?
髪、乾かさないのか?
ドライヤーの場所分からなかった?」
「ーーーほっとけば……乾くかなって……」

沢海は大袈裟に溜息を吐き、びしょ濡れの宮原の髪をバスタオルでゴシゴシと力任せに拭く。

「…った!……痛いって!
ーーーやめろってば!!
ハゲるっ!!」

悪態を吐く宮原の襟足をタオルで拭こうとするとシャワーを浴びて温かい筈の身体がひんやり冷たく感じ、違和感を覚える。

「ーーー宮原。なんか、身体冷たくない?」
「あ、暑くて……水シャワーを浴びて、ました…」
「水??
バカか?お前!
夏場でもないんだから風邪引くだろ!」

呆れたように沢海は大声を上げ、宮原は更に萎縮して下を向いてしまう。

「…だってーーーだって…
ーーーごめ…
……ごめん、なさい……」
「ーーーったく……
男の生理現象だろ。
あんなのいちいち気にするなよ」
「ーーー沢海先輩…」

宮原は沢海にまるで許しを乞うように手を伸ばし、沢海の右腕に触れ、顔を上げられずに沢海の右肩に額を乗せる。

宮原がもう一度「ごめんなさい…」と消えそうな声で謝る。

素直に謝罪の言葉を口にする宮原に沢海は「…うん…」と頷き、宮原の濡れた髪を梳き、毛先の滴を指で払う。

沢海の口元に宮原の髪が靡き、悪戯心で宮原の毛先を食む。

『ーーーあぁ……
オレと同じ匂いがする……
ーーー同じものを使っているだけなのに、なんだろう…
……凄く、凄く……嬉しいな……』

そのまま宮原の額に口付けをしようと唇を寄せた瞬間に、宮原がクンクンと鼻を鳴らしながら爪立ちになり、沢海の肩越しにコンロを覗く。

「ーーーうわっ!パスタ!
美味しそう!」

今先程まで、バスルームで自慰行為をしていた事を沢海に暴露てしまい、居た堪れずに両眼に涙を浮かべていた筈の宮原が、途端に一変してしまう。

口付けをするまでの距離が短かっただけに、沢海は宮原の冷えた首筋に顔を埋めるが、何だか途中で可笑しくなってしまう。

『ーーーったく、もう……
このまま、こっち見ろって抱きしめないと分からないんだろうなぁ…
…鈍い奴だな…
ーーーそんなところも、好きなんだけどな…』

沢海は宮原の右耳にフッと息を吹きかけると、宮原は奇声と共に飛び跳ねるように沢海から距離を取る。
右耳を押さえて慌てふためく宮原の脇を抜け、沢海はまたキッチンへ立つ。

「宮原。コレは美味しそうじゃなくて、美味しいんだよ」

フライパンの中にはキャベツを使ったペペロンチーノが調理途中のまま放置され、フライドニンニクとベーコンの香りに宮原のお腹がグウッと鳴る。

「ーーーーーー」

「宮原は素直じゃないけど、宮原の腹の方は正直だな」
「ーーーすみません…」

沢海は最後の仕上げにコンロに火をつけるとパスタとソースを絡め、塩加減を調整する。

宮原が沢海の隣に並び、その手際の良さに尊敬をしてしまう。

「すげぇ!沢海先輩って料理上手?」
「一応、一人暮らしだからね。
たまにお袋も来たりするけど、基本自分でやるようにしているんだ。
ーーー取り敢えず、お前はそのビショビショの頭を早く乾かしてきなさい!」

沢海は宮原の頭にバスタオルを被せると、宮原は「はーい」と従順に返事をして、脱衣所に戻っていく。

その間に沢海はパスタを皿に盛り付け、スプーンとフォークを用意する。
添え付けで地元のスーパーで購入した野菜サラダを小鉢に2つに取り分け、上に素焼きのナッツを乗せて今日の献立を完成させた。
冷蔵庫からバルサミコ酢、ノンオイルドレッシング、ペリエを取り出し、リビングのテーブルの上に並べる。

準備が完了すると宮原も脱衣所から戻ってきて、感嘆の声を上げた。

「出来たよ。
ーーーさ、食べようか」
「はいっ!」

「「いただきます!」」

2人はリビングのソファーで隣同士に座り、手を合わせて合掌をする。

宮原はフォークにクルクルとパスタを巻き付け、あーんと大きい口を開け、一口を食べる。

「んーー!おいひい!」
「ーーーッ…」

宮原が口をモゴモゴしながら、料理の感想を言ってくれるのは有り難いが、その反面日本語が不自由になっている。

「ほーみせんふぁい!コレ、まひうま!」

沢海は下を向いて肩を震わせて笑っている。
宮原は相変わらず、口一杯にパスタを詰め込んで食べているが、沢海が一体、何に笑っているのか理由が分からない。

「ーーーん?
ほーしたんでふ?」
「ーーー分かったから、ゆっくり食べろって…」

沢海は目に浮かんだ涙を指で払いながら、漸く自分のパスタに手を付けた。

ふいに宮原を見ると口元にバルサミコ酢が付いているのが分かり、沢海はそれを指で拭い、パクッと自分の口に入れてしまう。

「バルサミコ、酸っぱ……」

突然、至近距離で沢海の顔が近付き、宮原は思わずゴクッとパスタを噛まずに丸呑みにしてしまう。

「ーーーゲホッ!ゲホッ!!
ーーーの…喉、詰まった!」
「ーーー何、してんだよ…」

沢海はペリエのキャップを外すと宮原に差し出しながら、立ち上がり、宮原の背中を摩る。

トントンと優しく背中を叩かれ、漸く落ち着くと宮原はグイッと顎を持ち上げられ、上を向かされる。
頭の上から覗き込まれ、「大丈夫か?」と沢海に笑われてしまう。

目の前にいる沢海が笑顔を自分に向けてくれる。
そして、その笑顔は自分も笑顔にしてくれる。

ーーー沢海先輩が好き。

自分の言葉で「好きだ」と伝えたい。
自分の行為で「好きだ」と教えたい。

ーーー沢海先輩が大好き。

宮原は顔を上げたすぐ先に間接照明の光があり、その虹彩を背に沢海の髪が飴色に透ける。
光の直射に目を眇めてしまう瞬間、沢海の笑顔ーーー大好きな人の笑顔ーーーが脳裏に映える。

「ーーーん……」

「今、目を瞑るのはーーー反則だよ」

小声で優しく注意を受け、宮原が逆光の中で薄目を開けると沢海の顔が数センチまで近付いて、触れるだけの口付けをされる。

チュッとリップ音を鳴らして、沢海は宮原の顎から手を離す。

吐息が触れる距離で沢海は笑みを溢すと、顔を真っ赤に染めた宮原が口元を手で押さえている。

宮原の心臓が沢海に距離で聞こえてしまいそうな程、ドキドキと音を鳴らし、鼓膜の奥にまで響いてくる。

沢海は幸せそうに照れ笑いをして、宮原の瞳を見詰める。

「だってさ、顔を近付けて目を瞑られたら、キスしてって事だろ?
ーーーそれに、キスしてって顔、していたよね?」

平然と言い放つ沢海の言葉に宮原は何も言う事も言い返す事も出来ない。

「キスの味はニンニク臭~」

呑気に歌いながら隣の席に座り直す沢海に宮原は、声も出せずに足を抱えて蹲る。

ーーー沢海先輩が好きなんだと、大好きなんだと自分の心を伝えたい。
止められない気持ちはーーー沢海先輩ーーーだけに向いている。

沢海は耳まで真っ赤になっている宮原を見ると、宮原の頭をグシャグシャに掻き乱す。

「ーーーゴメンって。
お詫びに歯、磨き終わったら、左膝テーピングしてやるからさ。
ーーーね?」

宮原は自分の都合の悪い時にだけニッコリと笑う沢海にも、その度に全部許してしまう自分にも呆れてしまう。
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