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第一章
12 遠い洋上で
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『アマネ』から遠く離れた海上に停止する高速戦艦『スティルフィーネ』の艦長室──
艦長のアズマ=ヒイラギ大佐は、年を重ねようやく貫禄の出た顔をわずかに歪めながら、前に佇む一人の女性佐官に尋ねる。
「例えば、ですが……深く潜航している潜水艦の存在──そこに乗っている人間たちの『心』を感じとることはできますか?」
艦長のアズマのほうに向き直った女性佐官が答える。
「普通は無理だな」
「そうですよね」アズマは顎に手を当てて再度尋ねる。「──貴女では?」
女性佐官は「ん?」と少し頭を傾けた。
顎の辺りまで伸ばされた色素の薄い白銀の髪がさらりと揺れる。
「状況による。例えば、その潜水艦のなかに能力を使える奴がいるなら感じとりやすいし、乗っているのが普通の人間でも、例えば全員が恐怖するとか興奮するとか……『心』になんらかの強い変化があれば感じとれなくもない」
「なるほど……すると、敵にもそれほどの手練れがいるかも知れませんね」
「どうだろうな」女性佐官は首を捻る。
「確かに、能力に熟達した奴は大抵は『感覚』も敏感になる。だが、生まれつき繊細な心を持った者でもそういう奴はいる──最近はとくにな」
「ああ……」アズマは納得したように小刻みに頷く。「確かに最近は、加速的に能力が発達していますね。以前はこんなではなかった」
「そうだな」女性佐官が、なにかを懐古するようにその赤い瞳を細めた。
「派遣されたのは重巡一隻、軽巡一隻、あとは駆逐艦二隻か」と女性佐官。
「ええ」アズマが応じる。「大艦隊までは動けないですからね」
「足りるのか?」
「……」アズマがわずかに沈黙する。「艦隊のなかの重巡『アマネ』は火力のあるミズホ級ですし、艦隊も全体的に船速も速いですから、最悪逃げられます」
「『アマネ』か……」女性佐官が呟く。
「それに、もし危ないときはそのための我々です」アズマが微笑みを向ける。
「うん……」女性佐官は納得するように頷いて、そして、再び口を開いた。
「もし味方が危機に陥れば、その時は私が先行していいか?」
「ええ?」アズマが驚いた顔をする。
「ここの偵察機に私を乗せて、戦闘海域まで運んでくれ」
「お一人で、ですか?」
「ああ」女性佐官は頷く。「──ここの戦力は十分あるだろう?」
「それはまあ……」アズマはまだ当惑したような表情だったが、「──わかりました。でも、無理はしませんように」
と女性佐官の身を案じながら答えた。
「わかった。ありがとう」
女性佐官が微笑む。
話が済み、女性佐官が艦長室から退出しようというとき、彼女が思い出したように口を開いた。
「それにしても、しばらく会わないうちに、また年を重ねたなアズマ」
旧知の彼女にそう言われ、アズマは「はは」と小さく自嘲すると、改めて目の前の女性佐官の方を見る。
「私に才能があれば、いまも貴女とともに戦えたでしょう」
「うん……」女性佐官は小さく微笑む。
「──役割だ。私には私の、お前にはお前の」彼女は優しい口調でアズマに言った。
「そうですね」アズマも微笑む。
初めてあったときと変わらない、彼らしい柔らかな笑みだった。
「では失礼する」
「はっ」
アズマの敬礼を背にして、女性佐官──ラヴァース=アルトカノン特別大佐は艦長室を後にした。
艦長のアズマ=ヒイラギ大佐は、年を重ねようやく貫禄の出た顔をわずかに歪めながら、前に佇む一人の女性佐官に尋ねる。
「例えば、ですが……深く潜航している潜水艦の存在──そこに乗っている人間たちの『心』を感じとることはできますか?」
艦長のアズマのほうに向き直った女性佐官が答える。
「普通は無理だな」
「そうですよね」アズマは顎に手を当てて再度尋ねる。「──貴女では?」
女性佐官は「ん?」と少し頭を傾けた。
顎の辺りまで伸ばされた色素の薄い白銀の髪がさらりと揺れる。
「状況による。例えば、その潜水艦のなかに能力を使える奴がいるなら感じとりやすいし、乗っているのが普通の人間でも、例えば全員が恐怖するとか興奮するとか……『心』になんらかの強い変化があれば感じとれなくもない」
「なるほど……すると、敵にもそれほどの手練れがいるかも知れませんね」
「どうだろうな」女性佐官は首を捻る。
「確かに、能力に熟達した奴は大抵は『感覚』も敏感になる。だが、生まれつき繊細な心を持った者でもそういう奴はいる──最近はとくにな」
「ああ……」アズマは納得したように小刻みに頷く。「確かに最近は、加速的に能力が発達していますね。以前はこんなではなかった」
「そうだな」女性佐官が、なにかを懐古するようにその赤い瞳を細めた。
「派遣されたのは重巡一隻、軽巡一隻、あとは駆逐艦二隻か」と女性佐官。
「ええ」アズマが応じる。「大艦隊までは動けないですからね」
「足りるのか?」
「……」アズマがわずかに沈黙する。「艦隊のなかの重巡『アマネ』は火力のあるミズホ級ですし、艦隊も全体的に船速も速いですから、最悪逃げられます」
「『アマネ』か……」女性佐官が呟く。
「それに、もし危ないときはそのための我々です」アズマが微笑みを向ける。
「うん……」女性佐官は納得するように頷いて、そして、再び口を開いた。
「もし味方が危機に陥れば、その時は私が先行していいか?」
「ええ?」アズマが驚いた顔をする。
「ここの偵察機に私を乗せて、戦闘海域まで運んでくれ」
「お一人で、ですか?」
「ああ」女性佐官は頷く。「──ここの戦力は十分あるだろう?」
「それはまあ……」アズマはまだ当惑したような表情だったが、「──わかりました。でも、無理はしませんように」
と女性佐官の身を案じながら答えた。
「わかった。ありがとう」
女性佐官が微笑む。
話が済み、女性佐官が艦長室から退出しようというとき、彼女が思い出したように口を開いた。
「それにしても、しばらく会わないうちに、また年を重ねたなアズマ」
旧知の彼女にそう言われ、アズマは「はは」と小さく自嘲すると、改めて目の前の女性佐官の方を見る。
「私に才能があれば、いまも貴女とともに戦えたでしょう」
「うん……」女性佐官は小さく微笑む。
「──役割だ。私には私の、お前にはお前の」彼女は優しい口調でアズマに言った。
「そうですね」アズマも微笑む。
初めてあったときと変わらない、彼らしい柔らかな笑みだった。
「では失礼する」
「はっ」
アズマの敬礼を背にして、女性佐官──ラヴァース=アルトカノン特別大佐は艦長室を後にした。
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