1 / 70
第一章
1 独りの絶望
しおりを挟む
心、それは、人類の歴史のある時点までは、形而上の感覚的な存在であったが、その実態は"粒子"であった。
心を込める、という言葉は、まさに物質としての心を対象に注入することである。
人の"心"が込められたものは、そうでないものより、得てして特別なもののように感じられるが、それは人間の感覚的なものではなく、じつは物理的にも事実であった。
すなわち、心がこめられたものは、そうでないものより、その存在が優位する。
人間の心によるこの能力は、のちに「鼓動」と呼ばれるようになり、「波動」、そして「律動」、これらの術と合わせて、戦争のあり方を変えていった。
(死にたい・・・死にたい・・・)
艦内居住区の三段ベッドの一番下、寝台と寝台に挟まれた狭い空間で、カウル=ハウンドは身を丸めて縮こまっていた。
白銀の髪は、──普段さえ癖が強くぼさぼさにはねているのに──頭を抱える両の手のひらでさらにぐしゃぐしゃになり、淡い水色の瞳は、瞬きを忘ればっちりと見開かれている。
カウルが乗っている艦──ミズホ級一等巡洋艦"アマネ"は、敵の駆逐艦隊を撃滅するべく、敵国の海上交通路を目指し西へと向かっていた。
後ろに僚艦である、二等巡洋艦"サクラ"を従え、前衛として二隻の駆逐艦"カザキリ"と"シブキ"が先行する。
一兵卒のカウルには詳しい説明まではされていない。だがなにやら、敵の海上交通路を寸断すべく派遣されている母国の潜水艦が、ここ最近、敵の駆逐艦に立て続けに沈められているらしい。
この艦隊はそれを排除すべく編成された部隊であった。
もうすぐ、戦いが始まる。
カウルのいる静寂な居住区の一室は重く苦しい空気に満たされている。
実戦が近づく緊張。人による物音はない。艦の低部にある缶室が発する低い機関音だけが伝わってくる。
(死にたい・・・死にたい・・・)
カウルは絶望していた。
戦いがはじまったら、どうなるのだろう。次の瞬間、顔面を銃弾に撃たれて死ぬのだろうか?砲弾の爆発に半身を吹き飛ばされるのだろうか?
恐怖がカウルの胸をきゅっとしめつける。息がうまくできない。苦しい。頭が冷たく重い。
カウルはこの戦争へ徴兵された。
郷里には父と母──大切な家族がいる。しかし、戦況が悪化し、国は徴兵令を出し、心身ともに健康なカウルは兵役を強いられた。
「ううっ・・・」
身を丸め、握り合わせた両の拳に額を押し付け、カウルが呻く。その声は誰にも届かないほどに小さい。
寝ていたのか、目をつむっていただけなのか、どちらともわからない浅いまどろみのうちに時間は過ぎ、起床のベルが鳴った。
心を込める、という言葉は、まさに物質としての心を対象に注入することである。
人の"心"が込められたものは、そうでないものより、得てして特別なもののように感じられるが、それは人間の感覚的なものではなく、じつは物理的にも事実であった。
すなわち、心がこめられたものは、そうでないものより、その存在が優位する。
人間の心によるこの能力は、のちに「鼓動」と呼ばれるようになり、「波動」、そして「律動」、これらの術と合わせて、戦争のあり方を変えていった。
(死にたい・・・死にたい・・・)
艦内居住区の三段ベッドの一番下、寝台と寝台に挟まれた狭い空間で、カウル=ハウンドは身を丸めて縮こまっていた。
白銀の髪は、──普段さえ癖が強くぼさぼさにはねているのに──頭を抱える両の手のひらでさらにぐしゃぐしゃになり、淡い水色の瞳は、瞬きを忘ればっちりと見開かれている。
カウルが乗っている艦──ミズホ級一等巡洋艦"アマネ"は、敵の駆逐艦隊を撃滅するべく、敵国の海上交通路を目指し西へと向かっていた。
後ろに僚艦である、二等巡洋艦"サクラ"を従え、前衛として二隻の駆逐艦"カザキリ"と"シブキ"が先行する。
一兵卒のカウルには詳しい説明まではされていない。だがなにやら、敵の海上交通路を寸断すべく派遣されている母国の潜水艦が、ここ最近、敵の駆逐艦に立て続けに沈められているらしい。
この艦隊はそれを排除すべく編成された部隊であった。
もうすぐ、戦いが始まる。
カウルのいる静寂な居住区の一室は重く苦しい空気に満たされている。
実戦が近づく緊張。人による物音はない。艦の低部にある缶室が発する低い機関音だけが伝わってくる。
(死にたい・・・死にたい・・・)
カウルは絶望していた。
戦いがはじまったら、どうなるのだろう。次の瞬間、顔面を銃弾に撃たれて死ぬのだろうか?砲弾の爆発に半身を吹き飛ばされるのだろうか?
恐怖がカウルの胸をきゅっとしめつける。息がうまくできない。苦しい。頭が冷たく重い。
カウルはこの戦争へ徴兵された。
郷里には父と母──大切な家族がいる。しかし、戦況が悪化し、国は徴兵令を出し、心身ともに健康なカウルは兵役を強いられた。
「ううっ・・・」
身を丸め、握り合わせた両の拳に額を押し付け、カウルが呻く。その声は誰にも届かないほどに小さい。
寝ていたのか、目をつむっていただけなのか、どちらともわからない浅いまどろみのうちに時間は過ぎ、起床のベルが鳴った。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説

万分の一の確率でパートナーが見つかるって、そんな事あるのか?
Gai
ファンタジー
鉄柱が頭にぶつかって死んでしまった少年は神様からもう異世界へ転生させて貰う。
貴族の四男として生まれ変わった少年、ライルは属性魔法の適性が全くなかった。
貴族として生まれた子にとっては珍しいケースであり、ラガスは周りから憐みの目で見られる事が多かった。
ただ、ライルには属性魔法なんて比べものにならない魔法を持っていた。
「はぁーー・・・・・・属性魔法を持っている、それってそんなに凄い事なのか?」
基本気だるげなライルは基本目立ちたくはないが、売られた値段は良い値で買う男。
さてさて、プライドをへし折られる犠牲者はどれだけ出るのか・・・・・・
タイトルに書いてあるパートナーは序盤にはあまり出てきません。
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)

親友と婚約者に裏切られ仕事も家も失い自暴自棄になって放置されたダンジョンで暮らしてみたら可愛らしいモンスターと快適な暮らしが待ってました
空地大乃
ファンタジー
ダンジョンが当たり前になった世界。風間は平凡な会社員として日々を暮らしていたが、ある日見に覚えのないミスを犯し会社をクビになってしまう。その上親友だった男も彼女を奪われ婚約破棄までされてしまった。世の中が嫌になった風間は自暴自棄になり山に向かうがそこで誰からも見捨てられた放置ダンジョンを見つけてしまう。どことなく親近感を覚えた風間はダンジョンで暮らしてみることにするが、そこにはとても可愛らしいモンスターが隠れ住んでいた。ひょんなことでモンスターに懐かれた風間は様々なモンスターと暮らしダンジョン内でのスローライフを満喫していくことになるのだった。

惣菜パン無双 〜固いパンしかない異世界で美味しいパンを作りたい〜
甲殻類パエリア
ファンタジー
どこにでもいる普通のサラリーマンだった深海玲司は仕事帰りに雷に打たれて命を落とし、異世界に転生してしまう。
秀でた能力もなく前世と同じ平凡な男、「レイ」としてのんびり生きるつもりが、彼には一つだけ我慢ならないことがあった。
——パンである。
異世界のパンは固くて味気のない、スープに浸さなければ食べられないものばかりで、それを主食として食べなければならない生活にうんざりしていた。
というのも、レイの前世は平凡ながら無類のパン好きだったのである。パン好きと言っても高級なパンを買って食べるわけではなく、さまざまな「菓子パン」や「惣菜パン」を自ら作り上げ、一人ひっそりとそれを食べることが至上の喜びだったのである。
そんな前世を持つレイが固くて味気ないパンしかない世界に耐えられるはずもなく、美味しいパンを求めて生まれ育った村から旅立つことに——。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。
異世界大使館雑録
あかべこ
ファンタジー
異世界大使館、始めますhttps://www.alphapolis.co.jp/novel/2146286/407589301のゆるゆるスピンオフ。
本編読まないと分かりにくいショートショート集です。本編と一緒にお楽しみください。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で最強に・・・(旧:学園最強に・・・)
こたろう文庫
ファンタジー
カクヨムにて日間・週間共に総合ランキング1位!
死神が間違えたせいで俺は死んだらしい。俺にそう説明する神は何かと俺をイラつかせる。異世界に転生させるからスキルを選ぶように言われたので、神にイラついていた俺は1回しか使えない強奪スキルを神相手に使ってやった。
閑散とした村に子供として転生した為、強奪したスキルのチート度合いがわからず、学校に入学後も無自覚のまま周りを振り回す僕の話
2作目になります。
まだ読まれてない方はこちらもよろしくおねがいします。
「クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる