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始の太刀 天命の魔剣
第0話 最初の過ち
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少女が過ちを犯してしまったのは八年前。
生まれて初めて理不尽を味わった、冬の初めの日のことだった。
深い森と豊かな田園地帯が広がるモリスト地方を治める伯爵家は、レスニア王国の建国史に名を連ねる英雄を祖に持ち、伝説に語られた秘剣を現在に伝える剣術の大家である。
少女は伯爵家の長子としてこの世に生を受けた。
父は、歴代当主の中でも最高峰の剣の達人。
若くして王国騎士団の隊を任され、その戦功から王室の剣術指南役に抜擢されるという華々しい経歴だけでなく、国一番の遣い手を決める天覧試合において名立たる剣客たちを退けて優勝した、正真正銘の王国最強の剣士であった。
そんな由緒ある家柄に生まれ、偉大な父の血を引く少女。
さぞやお転婆な姫に育つに違いない――そう、周囲の誰もが信じて疑わなかった。
……ところが。
『――ヤだ。けんじゅつなんて、したくない』
周囲の予想に反し、少女はまったくと言っていいほど剣術に興味を示さなかった。
気が小さく、泣き虫で、母親にべったりとくっついて離れない。
それでも一人で過ごさなければならない時は、絵巻物を読んだり人形遊びに夢中になったりするなど、武人の家系に生まれたとはとても思えないほど内向的な女の子だった。
屋敷の道場で稽古に明け暮れる門下生たちを、日常的に見てきたからかもしれない。
木刀同士がぶつかり合う激しい音。叱咤に怒号。絶えない生傷。時には流血。何より、彼らの鬼気迫る表情。その猛々しい光景は、根暗な少女にとって『剣術は痛いもの、恐いもの、楽しくないもの』という先入観を刻み込むには十分だったのだろう。
歳を重ねるにつれ、武芸に対する拒否的な態度はますます強まっていった。八つを数えてもなお、彼女の態度は変わらない。それでも、少女の振る舞いを咎める者はいなかった。
何故なら、女だったから。娘だったから。
継承権が与えられているとはいえ、まだ若い伯爵夫人には第二子、三子の出産が期待されている。跡取りの本命はこれから生まれてくるはずの男児であり、誰も少女が伯爵家を継ぐような緊急事態など夢にも思っていない。だからこそ、誰も無理強いはしなかった。中には怠惰姫などと呼ぶ者もいたが、それも揶揄ではなく、冗談めかした愛称だった。
怠惰でもいいと、少女は思った。
お父様は〈王国最強〉と謳われる剣士で。
自分の周りには、そんな父に教えを受けた腕利きの剣士がたくさんいる。
何があっても家の誰かが助けてくれるのだから、わざわざ痛くて怖い剣術の稽古に取り組んでまで、自分が強くなる必要はない。
幼いながらに、そんな幻想を心の底から信じるほど〈王国最強〉の剣士に守られた日々の暮らしは、絶大な安心感と――致命的とも言える危機感の欠如を少女にもたらしていた。
だから、少女はまだ知らなかった。知ろうとさえしなかった。
この世界に、真に安全な場所など存在せず。
また悲劇は――血の貴賤を問わず、万人に平等に訪れるものだということを。
生まれて初めて理不尽を味わった、冬の初めの日のことだった。
深い森と豊かな田園地帯が広がるモリスト地方を治める伯爵家は、レスニア王国の建国史に名を連ねる英雄を祖に持ち、伝説に語られた秘剣を現在に伝える剣術の大家である。
少女は伯爵家の長子としてこの世に生を受けた。
父は、歴代当主の中でも最高峰の剣の達人。
若くして王国騎士団の隊を任され、その戦功から王室の剣術指南役に抜擢されるという華々しい経歴だけでなく、国一番の遣い手を決める天覧試合において名立たる剣客たちを退けて優勝した、正真正銘の王国最強の剣士であった。
そんな由緒ある家柄に生まれ、偉大な父の血を引く少女。
さぞやお転婆な姫に育つに違いない――そう、周囲の誰もが信じて疑わなかった。
……ところが。
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周囲の予想に反し、少女はまったくと言っていいほど剣術に興味を示さなかった。
気が小さく、泣き虫で、母親にべったりとくっついて離れない。
それでも一人で過ごさなければならない時は、絵巻物を読んだり人形遊びに夢中になったりするなど、武人の家系に生まれたとはとても思えないほど内向的な女の子だった。
屋敷の道場で稽古に明け暮れる門下生たちを、日常的に見てきたからかもしれない。
木刀同士がぶつかり合う激しい音。叱咤に怒号。絶えない生傷。時には流血。何より、彼らの鬼気迫る表情。その猛々しい光景は、根暗な少女にとって『剣術は痛いもの、恐いもの、楽しくないもの』という先入観を刻み込むには十分だったのだろう。
歳を重ねるにつれ、武芸に対する拒否的な態度はますます強まっていった。八つを数えてもなお、彼女の態度は変わらない。それでも、少女の振る舞いを咎める者はいなかった。
何故なら、女だったから。娘だったから。
継承権が与えられているとはいえ、まだ若い伯爵夫人には第二子、三子の出産が期待されている。跡取りの本命はこれから生まれてくるはずの男児であり、誰も少女が伯爵家を継ぐような緊急事態など夢にも思っていない。だからこそ、誰も無理強いはしなかった。中には怠惰姫などと呼ぶ者もいたが、それも揶揄ではなく、冗談めかした愛称だった。
怠惰でもいいと、少女は思った。
お父様は〈王国最強〉と謳われる剣士で。
自分の周りには、そんな父に教えを受けた腕利きの剣士がたくさんいる。
何があっても家の誰かが助けてくれるのだから、わざわざ痛くて怖い剣術の稽古に取り組んでまで、自分が強くなる必要はない。
幼いながらに、そんな幻想を心の底から信じるほど〈王国最強〉の剣士に守られた日々の暮らしは、絶大な安心感と――致命的とも言える危機感の欠如を少女にもたらしていた。
だから、少女はまだ知らなかった。知ろうとさえしなかった。
この世界に、真に安全な場所など存在せず。
また悲劇は――血の貴賤を問わず、万人に平等に訪れるものだということを。
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