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27.ドレスの秘密

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王太子殿下のわかりづら過ぎる気遣いを若干引きつった笑顔で受け取り、私は諦めの境地で椅子に座った。

今日は何度も『ここが正念場』って思ってきたけど、本当にこれからが正真正銘の正念場になるだろう。

なんとなく、いつまでも閉店セールをやっておきながらずっと閉店しないお店みたいになってる感もあるけど、非公式の場とはいえ陛下が同席される以上、今度こそ、本当に、ここでの対応が今後の人生を決めることになるのは間違いない。

この後の私の人生が、閉店になるのか新装開店になるのかはわかんないけどね。

「そのドレスは本当に君によく似合っているな。髪の色はハワード譲りだし雰囲気自体も一見ハリス子爵夫人とは違って見えるけど、やっぱり彼女の娘なんだと思わせるものがある。儚さの中にある凛とした美しさは親子共通のものだな」

「……畏れ入ります」

国王陛下の言葉はなんだか面映ゆい。
たぶんどころか絶対にお世辞なのはわかってても、カリスマインフルエンサーのお母様と同じところがある(しかも見た目!)と言われれば悪い気はしない。

陛下とは反対側から調子に乗るなよとばかりに冷ややかな視線が向けられてるのがわかるけど、気にしない、気にしない。

「実はそのドレスはヘンリー・バンフィールド辺境伯が生前王都にある商会に依頼して仕立てていたもので、訳あって王宮で預かっていたものだ」

「……はい?」

「他にも数点預かったものがある。全部君の為にアイツが用意したものだ」

夫が何? そして私の為って?

言われたことが理解出来ずに固まっていると。

「ヘンリーは馴染みの商会に色々と頼んでいたようでね。その頼み事のひとつが『もし依頼していたものが揃う前に自分が亡くなっていたら、それらは全て王都の屋敷ではなく王宮に納めて欲しい』というものだったんだ。もちろん俺のところにも許可を求める手紙がきていた。その直後だったよ。ヘンリーが急死したという報せが届いたのは」

国王陛下から語られる予想もしていなかった事実。

今着てるみたいな身体にフィットするタイプのドレスって着る人のサイズできっちり作られてるはずなのに、私の体型にもピッタリ合うものなんだな、ってチラッと思わなくもなかったんだよね……。
まさかの私の為に作られたドレスだったとは。

よくよく思い返してみれば、案内された場所は王妃様の衣装部屋だったけど、ドレスが王妃様のものだとは一言も言ってなかった気がする。
しかも思いがけない亡き夫からの贈り物に、不意に視界が揺れ始めた。

泣いちゃダメだ。こんなバッチリメイクで泣いてしまったら、後で大変なことになる。
泣くのもおじさまの事を考えるのも、この場を無事に乗り切ればいくらでも出来るでしょ?

そう自分に言い聞かせ、ゆっくり瞬きをすることで瞳を覆い始めた涙を散らす。

しかし。

「どういうことなのですか? それではまるで辺境伯が自分の死を予測していたかのようではないですか」

王太子殿下の指摘に涙が一気に引っこんだ。

言われてみれば色々とおかしな話だと気付く。夫の行動は私の為ではあるものの、自分がいなくなった場合を前提にして行われている。
いくら親子以上に年が離れていて、普通に考えれば夫のほうが先に亡くなる可能性が高いって言っても、自分がいなくなった後に備えるには早すぎる。

しかもすっかり失念してたけど、こういうドレスとかって注文してから出来上がってくるまでに結構な時間がかかるのよね。

夫と結婚するまでの約五年間、服飾店で働いていた経験から、こういった貴族が着るドレスは見た目シンプルでも出来上がりまでにそれなりの日数をいただいていた事を思い出す。もちろん超特急で仕上げることも出来るけど、余程の事がない限りそういった案件は引き受けないことになっていた。
それはどこも同じだって聞いたような……。

結婚してから二ヶ月あまり。
その期間でこのドレスを準備するのは不可能じゃないけれど、自分がいなくなった後の指示がしてあったことがやっぱり気にかかる。

まさか私には知らされていなかっただけで何かの病気だったとか? それだったらあんなに元気ではいられなかったはず。
現に亡くなる前日の夜、一緒に夕食を摂った際に変わった様子は見られなかった。

おかしな点といえば、夫が亡くなった時、今まで領地に近寄りもしなかったアーネストが、たまたま領地に向ってる最中だったってことくらいかも。

その事と夫がどういうつもりだったのかっていう事の関連性はわからない。
でもこれからの話次第でその辺りも明らかになる可能性はある。
国王陛下がそれに繋がる話をしてくれるかどうかはわからないけど。

「まあ、そんな訳だから余計にメリンダ嬢には知っている事を全部話してもらいたいと思っているんだ。さっき君がエドヴァルド達に話そうとしていたことも含めてね」

国王陛下の言葉にみんなの視線が私に集まる。
私は私の知らなかった真実を知るためにも、慎重に言葉を選びながら全てを話した。
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