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16.夕顔 その4
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頭の中将に連れられてやってきたのは例の夕顔が咲いていた邸ではなく、そこから少し離れたところにある邸だった。
てっきりあの邸に行くのかと思っていただけに正直驚きを隠せない。
しかもその邸。
左大臣家の持ち物だけあって大きさや造りは立派だが、暫く使ってなかったとかでなかなかに趣のあるというか、ぶっちゃけ何か出ると言われても信じてしまいそうなほど寂れて見える邸だった。
そこに足を踏み入れた途端、なんか薄ら寒いものを感じたのは気のせいだと思いたい。
やっぱり帰ろう……!なんかここヤバい感じがビンビンすんだよ。
別にビビってる訳じゃないよ!?
俺、こういう得体の知れない雰囲気とか苦手なだけだから!
しかしながら、頭の中将にやっぱり帰ると言おうとしたところで勢い良く雨が降りだし、俺はあえなく自分の邸に帰ることを断念することになったのだった。
従者達は従者達だけで親睦を深めたほうがいいだろうという中将の計らいで、離れの部屋には俺と中将の二人きり。
僅かな灯りの中、雨の音以外一切何も聞こえない状況は何だか物凄く落ち着かない。
「源氏の君は随分と落ち着かれない様子。何か気がかりなことでも?」
「ええ……。まあ……」
曖昧な返答で言葉を濁す。
気がかりなことなんて山程ある。さっきまでは噂の真相が気になって仕方なかったけど、現在俄然トップに踊り出てるのはこの状況だ。
邸はこんなだし、そんなとこに二人きりだし、時々意味深な視線を向けられるし、妙にドキドキするし、だから何喋ったらいいのかわからなくなってるしで、はっきり言って間が持たない。
だから出された酒をひたすら呷る。
現実は未成年で呑み慣れてないせいか、正直旨くない。
でも何となく気まずいからとりあえず呑むしかない。
元々の光源氏は呑み慣れてるらしく、酒に弱いほうじゃないんだけど、こんな状況じゃ悪酔いしそうだ。
だったらここに来る前に聞く気満々だった事を聞けばいいんだろうけど、いざとなったらどう切り出したらいいのかマジでわかんねぇんだよな。
ここの貴族連中みたく遠回しな言い方で探りいれんのも面倒だし、だからってズバリ聞いたら単なる下世話な人間だし。
いくら現実世界じゃないとはいえ、仮にも光源氏っていうブランド背負ってる以上、本来の俺のやり方じゃ惟光の大事な『光る君』に悪評がたちかねないしな……。
あー、ホントに面倒。
光源氏になれば自動的にチンコが乾く隙もないほどウハウハハーレムライフを送れるって思ってたけど、ちっともそんな気配はないし、何故かネカマにヤられるし。
……まあ、現実でも桐山に抱かれちゃったけど。
それでもこっちにいると仕事はしなきゃだし、貴族のやり取りとか嗜みとかしきたりとかしがらみとか、はっきり言って面倒な事しかない!
こんなんだったら彼女にフラれて浮気相手にすら逃げられて暫く禁欲生活になったとしても、現実で高校生やってたほうが百倍マシだった。
──戻りてぇな……。現実に。
思わずため息が零れ出る。
「随分と憂い顔ですね……。華やかな噂ばかりの源氏の君にそのような顔をさせるのは一体何処の何方なのでしょう」
思いがけず中将の方から話題を振ってくれたお陰で、俺は噂を否定しつつ、酔いのせいで鈍くなり始めた頭をフル回転させて貴族らしい言い回しで探りを入れる。
「噂はあくまで噂に過ぎません。……現実は色々と儘ならないことばかりだと実感する毎日です。
中将どのこそ、この頃何かとお忙しいご様子。あのような場所で行き会ったのも案外そちらに由来しての事ではないのですか?」
要はあの場所にいたのは噂の彼女に会いに来たんでしょ?ってことだ。
「源氏の君が仰るとおり、本当に噂というものはあてにならぬもの。世の中では私が一度切れた縁を繋げているのだと思われているようですが、私が今繋げようと躍起になっている縁は他にあるのですよ」
え?ということは昔の女のとこに通いながら、本命にもアタックしてるってこと?
現実世界で散々フタマタしといてなんだけど。
なんて贅沢なことしてやがるんだ。この将平のそっくりさん。
俺は初めて『リア充爆発しろ』って言ってた非モテ野郎どもの気持ちがわかった気がした。
「……もしやそれは以前話しておられた方ですか?」
内心イラッとしたものの、俺は澄ました顔でそう尋ね、旨いとは思えない酒が入った盃を手に取り、話の先を促した。
すると。
「源氏の君」
いつの間にかすぐ近くに移動してきていた中将にその手を掴まれ、盃を取り落としてしまう。
あれ?なんかこんなシチュエーション。前にもあったような……?
「あの時。『もし、貴方が思いもよらぬ相手から愛を告げられたらどうしますか?』とお尋ねしたことを覚えていらっしゃいますか?」
「え……」
それってやっぱりあの時のこと?
確か中将の雰囲気がおかしくて、あれこれ考えてるうちに中将の顔が近付いてきて……。
そう。ちょうどこんな風に。
なんて宿直の夜の事を反芻してたら、あっという間に唇が重ねられた。
は!?なんで!?
驚きのあまり咄嗟に身体を捩ると、掴まれたままの腕を引かれ、そのまま床へと押し倒されてしまった。
視線を上げるとすぐ間近に中将の整った顔が見える。
その表情は酷く切なそうで、俺は何をどう言っていいのかわからずただ中将から視線が離せずにいた。
「身体を重ねることで相性を図る。貴方は私にそう答えてくださいました」
そんな上品な言い方じゃなかったけど確かに言った気がする。
それでこの状況ってことは、まさか……。
嫌な予感に心臓がドクリと跳ねた。
「私が想う相手は貴方です。どうか私の想いを受け取ってはいただけませんか?」
やっぱり!?
てっきりあの邸に行くのかと思っていただけに正直驚きを隠せない。
しかもその邸。
左大臣家の持ち物だけあって大きさや造りは立派だが、暫く使ってなかったとかでなかなかに趣のあるというか、ぶっちゃけ何か出ると言われても信じてしまいそうなほど寂れて見える邸だった。
そこに足を踏み入れた途端、なんか薄ら寒いものを感じたのは気のせいだと思いたい。
やっぱり帰ろう……!なんかここヤバい感じがビンビンすんだよ。
別にビビってる訳じゃないよ!?
俺、こういう得体の知れない雰囲気とか苦手なだけだから!
しかしながら、頭の中将にやっぱり帰ると言おうとしたところで勢い良く雨が降りだし、俺はあえなく自分の邸に帰ることを断念することになったのだった。
従者達は従者達だけで親睦を深めたほうがいいだろうという中将の計らいで、離れの部屋には俺と中将の二人きり。
僅かな灯りの中、雨の音以外一切何も聞こえない状況は何だか物凄く落ち着かない。
「源氏の君は随分と落ち着かれない様子。何か気がかりなことでも?」
「ええ……。まあ……」
曖昧な返答で言葉を濁す。
気がかりなことなんて山程ある。さっきまでは噂の真相が気になって仕方なかったけど、現在俄然トップに踊り出てるのはこの状況だ。
邸はこんなだし、そんなとこに二人きりだし、時々意味深な視線を向けられるし、妙にドキドキするし、だから何喋ったらいいのかわからなくなってるしで、はっきり言って間が持たない。
だから出された酒をひたすら呷る。
現実は未成年で呑み慣れてないせいか、正直旨くない。
でも何となく気まずいからとりあえず呑むしかない。
元々の光源氏は呑み慣れてるらしく、酒に弱いほうじゃないんだけど、こんな状況じゃ悪酔いしそうだ。
だったらここに来る前に聞く気満々だった事を聞けばいいんだろうけど、いざとなったらどう切り出したらいいのかマジでわかんねぇんだよな。
ここの貴族連中みたく遠回しな言い方で探りいれんのも面倒だし、だからってズバリ聞いたら単なる下世話な人間だし。
いくら現実世界じゃないとはいえ、仮にも光源氏っていうブランド背負ってる以上、本来の俺のやり方じゃ惟光の大事な『光る君』に悪評がたちかねないしな……。
あー、ホントに面倒。
光源氏になれば自動的にチンコが乾く隙もないほどウハウハハーレムライフを送れるって思ってたけど、ちっともそんな気配はないし、何故かネカマにヤられるし。
……まあ、現実でも桐山に抱かれちゃったけど。
それでもこっちにいると仕事はしなきゃだし、貴族のやり取りとか嗜みとかしきたりとかしがらみとか、はっきり言って面倒な事しかない!
こんなんだったら彼女にフラれて浮気相手にすら逃げられて暫く禁欲生活になったとしても、現実で高校生やってたほうが百倍マシだった。
──戻りてぇな……。現実に。
思わずため息が零れ出る。
「随分と憂い顔ですね……。華やかな噂ばかりの源氏の君にそのような顔をさせるのは一体何処の何方なのでしょう」
思いがけず中将の方から話題を振ってくれたお陰で、俺は噂を否定しつつ、酔いのせいで鈍くなり始めた頭をフル回転させて貴族らしい言い回しで探りを入れる。
「噂はあくまで噂に過ぎません。……現実は色々と儘ならないことばかりだと実感する毎日です。
中将どのこそ、この頃何かとお忙しいご様子。あのような場所で行き会ったのも案外そちらに由来しての事ではないのですか?」
要はあの場所にいたのは噂の彼女に会いに来たんでしょ?ってことだ。
「源氏の君が仰るとおり、本当に噂というものはあてにならぬもの。世の中では私が一度切れた縁を繋げているのだと思われているようですが、私が今繋げようと躍起になっている縁は他にあるのですよ」
え?ということは昔の女のとこに通いながら、本命にもアタックしてるってこと?
現実世界で散々フタマタしといてなんだけど。
なんて贅沢なことしてやがるんだ。この将平のそっくりさん。
俺は初めて『リア充爆発しろ』って言ってた非モテ野郎どもの気持ちがわかった気がした。
「……もしやそれは以前話しておられた方ですか?」
内心イラッとしたものの、俺は澄ました顔でそう尋ね、旨いとは思えない酒が入った盃を手に取り、話の先を促した。
すると。
「源氏の君」
いつの間にかすぐ近くに移動してきていた中将にその手を掴まれ、盃を取り落としてしまう。
あれ?なんかこんなシチュエーション。前にもあったような……?
「あの時。『もし、貴方が思いもよらぬ相手から愛を告げられたらどうしますか?』とお尋ねしたことを覚えていらっしゃいますか?」
「え……」
それってやっぱりあの時のこと?
確か中将の雰囲気がおかしくて、あれこれ考えてるうちに中将の顔が近付いてきて……。
そう。ちょうどこんな風に。
なんて宿直の夜の事を反芻してたら、あっという間に唇が重ねられた。
は!?なんで!?
驚きのあまり咄嗟に身体を捩ると、掴まれたままの腕を引かれ、そのまま床へと押し倒されてしまった。
視線を上げるとすぐ間近に中将の整った顔が見える。
その表情は酷く切なそうで、俺は何をどう言っていいのかわからずただ中将から視線が離せずにいた。
「身体を重ねることで相性を図る。貴方は私にそう答えてくださいました」
そんな上品な言い方じゃなかったけど確かに言った気がする。
それでこの状況ってことは、まさか……。
嫌な予感に心臓がドクリと跳ねた。
「私が想う相手は貴方です。どうか私の想いを受け取ってはいただけませんか?」
やっぱり!?
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