本の世界へ強制トリップ~俺がやりたかったのはコレじゃない~

みなみ ゆうき

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15.夕顔 その3

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その日の夜。

俺は噂の真相を確かめるべく、渋る惟光を強引に説き伏せて、頭の中将に縁のあるというあの夕顔の花の咲いていた邸近くまでやって来ていた。

今日の俺は割りと地味めな衣装に身を包み、いつも使っているものより格段に簡素な網代車あじろぐるまに乗っている。所謂『お忍びスタイル』っていうやつだ。

元々、人妻との密会とか人目を忍ぶような相手のところへ通う場合に使おうかと思って密かに準備していたものだったのだが、本来の目的で使う前に意外なところで役に立ったことに複雑な気持ちにさせられる。


俺が横恋慕してるっていう噂もさることながら、頭の中将が最近頻繁にこの邸に通ってるっていう話は、俺に結構なダメージを与えた。

とはいってもそれはべつに俺が頭の中将に対して特別な想いを抱いてるとかってことじゃない。
単に将平にそっくりな頭の中将の恋愛事情にちょっと興味があっただけ。

──興味だよ。興味。
自分が惨敗続きだからって妬んでる訳じゃないからな!

ただ前に一緒に宿直とのいをしていた時に聞いた話じゃ本命がいるっぽいこと言ってたのに、今は昔の恋人のところに入り浸ってるなんて、どうなってんのかなとは思ってるけど。

……本音を言えばほんのちょっとくらいは羨ましいって思ってる。でも、噂はあくまでも噂だし。


現に俺なんて噂は派手だけど、実際のところは可哀想になるくらい淋しい生活な訳じゃん。(男同士は数にいれねぇよ!)

だからさ、もしかしたら俺みたいに単なる噂だけで、ホントはリア充とは程遠い生活なのかも、とか考えた訳。

この世界の噂はあてにならないから実際のこの目で見て確かめてみようっていう純粋な探求心というか好奇心というか、野次馬根性的な?

要は実際どうなのかこの目で確認したかっただけなんだけど。




目的の邸から少し離れた場所に車を停め、車の中から邸の周りの様子をひっそりと窺いながら、予め惟光が手配してくれていた偵察からの情報を待つこと暫し。

未だに頭の中将らしき人物が邸を訪れているという報告はない。

そもそも頭の中将が絶対来るっていう確証がないまま俺が勝手に張り込みしてるだけだから無駄足ってことも充分にあり得るのも承知の上だったんだけど──。


それにしても暇だな……。

当たり前だけど電気すらない暗闇の中、ただぼんやりと車の中で待ってるだけの俺は、早くもこの状態に飽きはじめていた。

やっぱり惟光の言うとおり大人しくしてればよかったかな、とあくびを噛み殺しながらほんのちょっとだけ後悔する。


実はこの計画を話した時。

『光る君。本気でこのような真似をされるおつもりですか? これではまるで嫉妬に駆られて衝動的に行動する不埒な間男のようですよ?』

と惟光に散々嫌味を言われたのだが、その言い様があまりに癪に障ったため、半ば意地になって強引に決行に踏み切ったのだ。

惟光もなんだかんだ言っても光源氏には甘いので、結局は俺の意向に従ってくれたが、冷静に考えてみれば惟光の言うとおりこれがいかに馬鹿げたことかよくわかる。


なーんか興味も削がれたし、眠たくなってきたから帰ろうかな……。


さっきから段々と雲行きがあやしくなってきたこともあり、ここが潮時だろうと考え、早速物見の扉を開けて外にいる惟光にそれを伝えることにした。


ところが。
ちょうどそのタイミングで通りの向こう側から明らかに貴族のお忍びだとわかる一台の網代車が例の邸の方へと向かっていくのが見え、俺は慌てて物見の扉を閉める羽目になった。

真っ暗な車内に身を潜めドキドキしながら惟光からの報告を待っていると。


「おや?もしかしてそちらの車にいらっしゃるのは源氏の君ではありませんか?」


おもむろに声を掛けられ超ビビる。

ヤベ……。バレた……。

聞き覚えのある声に一方的に気まずさを感じつつ物見の扉を開けると、そこには案の定、俺と同じくいかにもお忍びですって感じの地味な格好をした頭の中将が立っていた。


「……やあ。このような場所で会うなんて偶然ですね」


待ち伏せしてたことなんておくびにも出さず、高い位置から白々しく挨拶してみる。まさかホントのことなんて言えないし。

頭の中将はそんな俺を見て口の端を僅かに上げると、「ええ。本当に」とどこか硬い声で返してきた。


もしかして俺がここで張ってたのバレてるとか?

だとしたら非常に気まずい。

俺は目が泳ぎそうになりながらも、何とか笑顔で中将と視線を合わせた。


「中将どのはこれからどこかへ向かわれる予定ですか?」

「ええ……。その予定だったのですが……。 ──源氏の君はどうしてこちらに?」


歯切れの悪い返事をした頭の中将は、まんま俺に同じ質問を返してきやがった。困る……。


「私も偶然この近くに用事がありまして……。ですが私の用事はもう終わったのでこれから邸へ戻ろうと思っていたところだったのです。 雲行きもあやしくなって来たことですし、急いで帰ろうかと話していたところでして。
──惟光。車を出してくれ。
中将どの。それでは失礼」


俺はすぐにこの場から退散するべく慌ただしく答えを返して惟光にすぐに車を出してくれるよう促し、中将に別れを告げてこの場を乗りきったと思ったのだが。


「この雲行きでは源氏の君の邸に着く前に確実に降られますよ。 ここで会えたのも何かの縁です。良かったら雨宿りにこの近くにある私の所有する邸へいらっしゃいませんか? ただでさえ遅い時間だというのにずぶ濡れになったのでは従者達も気の毒ですし、たまには夜通し語り合うのも一興でしょう」


なんと!頭の中将に阻止されてしまった。

しかも善意と思いやりに溢れる言葉で俺のワガママでこんな事に付き合わされている従者達まで気遣われるようなこと言われたら、とてもじゃないが嫌とは言えない。

どうするべきかと考えながら惟光のほうをチラリと見ると、頭の中将に同意するように小さく頷かれてしまった。


そうだよな……。ずぶ濡れ確定だってわかってるのに絶対帰るとか嫌に決まってるよな……。

俺は自分の行動を反省しつつ心の中で今回のワガママに付き合わせた惟光達に謝った。
もちろん後でちゃんと謝るつもりだけど。


それに考えてみればこれって本人に噂の真相を直接確かめてみるチャンスじゃね?


そう気付いた俺は、ありがたく中将の申し出を受けることに決めた。
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