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13.夕顔 その1
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初めて訪れた惟光の実家は俺が住んでいるところから少し離れた所にあった。
移動はいつもの通りの牛車でのんびりコース。
普段はこのトロい移動にイライラさせられたりしてるのだが、今日の俺はこの独特のスローなペースに、いつにないほどのどかな気分を味わうことができていた。
物見の扉を僅かに開けてそっと外を眺めて見ると、俺が普段いるところとは明らかに違う活気溢れる町の様子が見えた。
ここは貴族が政をするための場所じゃなく、人々が生活を営むための町だということがよくわかる。
なんか下町って感じがするよな~。
そう思うと妙にワクワクしてしまう。
その時。
物珍しげにあちこちを見回していた俺の視界に、ある一軒の屋敷が飛び込んできた。
俺の住んでいる邸に比べたら小ぢんまりしているが、すっきりと整えられている外観は貴族の隠れ家といった感じですごく興味がそそられる。
しかしその屋敷の側面を見た時、屋敷の外側に張り巡らされている木の塀に、見覚えのある光景を見掛けて思わず二度見した。
あれ、もしかしてエコな日除け?
見えたのは暑い日射しを避けて室内の温度を少しでも下げる効果があるという、緑のカーテン。……らしきもの。
近年夏によく見る風景だけど、普通は朝顔とかゴーヤ主流で、少なくとも俺はあんなのを今までに見たことがない。
花の形は朝顔っぽい。けど、ちょっと花びらが縮れてる感じ。しかもピンクとか紫はよく見るけど、真っ白いものは初めて見た気がする。
あれが本当に朝顔かどうか気になった俺は、すぐに外にいる惟光に聞いてみることにした。
「なあ、惟光。あそこに咲いてる花って何て名前?」
「ああ、あれにございますか? あれは夕顔という植物の花にございます。高貴な方のお住まいに咲いているような花じゃないのでご存知ないのですね。 興味がおありなら一房貰って参りましょう」
惟光は俺の返事を聞く前にさっさとその屋敷に向かってしまった。
別に欲しかったわけじゃないとは言い出せない俺は黙って惟光の戻りを待つことになった。
そして数分後。
惟光はやたらと雅な扇子に白い朝顔もどきを載せて戻ってきた。
なになに~? 貴族って花持ってくるだけでもこんな小洒落た事しなきゃなんないわけ?
ちょっと面倒臭いなって思ってると。
「光る君。そんなあからさまに面倒そうな顔をしないで下さい。これはあの家の方が『なよなよした花だから扇に載せたらどうか』と言ってくださった結果なのですよ」
俺がどう思っているかなど丸わかりだったらしい惟光にあっさり指摘され、こうなった経緯を説明された。
「へぇ、なるほどねー。気が利くなぁ」
感心しながら花が載っていた扇子をしげしげと眺めてみる。
見るからに高そうで良い匂いのついた扇子。相手は絶対貴族だな。
しかもよく見るとそこには何やら和歌らしきものまである。
「ほう、これはなかなか風流な方のようですね。おそらくここは貴族の仮住まいでしょうけど、きっと名のある方に違いないですよ。光る君、ここは負けていられません!すぐに返事をお願いします」
「えー、面倒くさ」
「光る君」
にっこり笑顔の筈なのに地を這うような声で名前を呼ばれ、俺は仕方なく脳ミソをフル回転させて、自分が持っていた扇子にそれっぽく見える和歌を書いてみた。
和歌を教えてくれるじいさんの指導のお陰か、はたまたこれがやっぱり夢なのか。
中身偽者の俺でもそれっぽく書けるようになってるんだからすごいと思う。
俺はそれを惟光に渡すと、一気にその屋敷への興味を失い物見の扉を閉めて大人しくすることに決めた。
その後、惟光の実家に無事到着した俺は、光源氏の乳母で惟光の母だというオバチャンの熱烈歓迎を受け、扇子の相手の事などすっかり頭の片隅に追いやったのだった。
──このニアミスが再び俺の身に大変な事態を引き起こす前触れになっていたとはつゆ知らず。
移動はいつもの通りの牛車でのんびりコース。
普段はこのトロい移動にイライラさせられたりしてるのだが、今日の俺はこの独特のスローなペースに、いつにないほどのどかな気分を味わうことができていた。
物見の扉を僅かに開けてそっと外を眺めて見ると、俺が普段いるところとは明らかに違う活気溢れる町の様子が見えた。
ここは貴族が政をするための場所じゃなく、人々が生活を営むための町だということがよくわかる。
なんか下町って感じがするよな~。
そう思うと妙にワクワクしてしまう。
その時。
物珍しげにあちこちを見回していた俺の視界に、ある一軒の屋敷が飛び込んできた。
俺の住んでいる邸に比べたら小ぢんまりしているが、すっきりと整えられている外観は貴族の隠れ家といった感じですごく興味がそそられる。
しかしその屋敷の側面を見た時、屋敷の外側に張り巡らされている木の塀に、見覚えのある光景を見掛けて思わず二度見した。
あれ、もしかしてエコな日除け?
見えたのは暑い日射しを避けて室内の温度を少しでも下げる効果があるという、緑のカーテン。……らしきもの。
近年夏によく見る風景だけど、普通は朝顔とかゴーヤ主流で、少なくとも俺はあんなのを今までに見たことがない。
花の形は朝顔っぽい。けど、ちょっと花びらが縮れてる感じ。しかもピンクとか紫はよく見るけど、真っ白いものは初めて見た気がする。
あれが本当に朝顔かどうか気になった俺は、すぐに外にいる惟光に聞いてみることにした。
「なあ、惟光。あそこに咲いてる花って何て名前?」
「ああ、あれにございますか? あれは夕顔という植物の花にございます。高貴な方のお住まいに咲いているような花じゃないのでご存知ないのですね。 興味がおありなら一房貰って参りましょう」
惟光は俺の返事を聞く前にさっさとその屋敷に向かってしまった。
別に欲しかったわけじゃないとは言い出せない俺は黙って惟光の戻りを待つことになった。
そして数分後。
惟光はやたらと雅な扇子に白い朝顔もどきを載せて戻ってきた。
なになに~? 貴族って花持ってくるだけでもこんな小洒落た事しなきゃなんないわけ?
ちょっと面倒臭いなって思ってると。
「光る君。そんなあからさまに面倒そうな顔をしないで下さい。これはあの家の方が『なよなよした花だから扇に載せたらどうか』と言ってくださった結果なのですよ」
俺がどう思っているかなど丸わかりだったらしい惟光にあっさり指摘され、こうなった経緯を説明された。
「へぇ、なるほどねー。気が利くなぁ」
感心しながら花が載っていた扇子をしげしげと眺めてみる。
見るからに高そうで良い匂いのついた扇子。相手は絶対貴族だな。
しかもよく見るとそこには何やら和歌らしきものまである。
「ほう、これはなかなか風流な方のようですね。おそらくここは貴族の仮住まいでしょうけど、きっと名のある方に違いないですよ。光る君、ここは負けていられません!すぐに返事をお願いします」
「えー、面倒くさ」
「光る君」
にっこり笑顔の筈なのに地を這うような声で名前を呼ばれ、俺は仕方なく脳ミソをフル回転させて、自分が持っていた扇子にそれっぽく見える和歌を書いてみた。
和歌を教えてくれるじいさんの指導のお陰か、はたまたこれがやっぱり夢なのか。
中身偽者の俺でもそれっぽく書けるようになってるんだからすごいと思う。
俺はそれを惟光に渡すと、一気にその屋敷への興味を失い物見の扉を閉めて大人しくすることに決めた。
その後、惟光の実家に無事到着した俺は、光源氏の乳母で惟光の母だというオバチャンの熱烈歓迎を受け、扇子の相手の事などすっかり頭の片隅に追いやったのだった。
──このニアミスが再び俺の身に大変な事態を引き起こす前触れになっていたとはつゆ知らず。
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