本の世界へ強制トリップ~俺がやりたかったのはコレじゃない~

みなみ ゆうき

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8.秘めたる恋の相手とは

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「なあ、惟光。俺ホントは本気で好きな相手がいたんじゃね?」


宿直とのいを終え、邸に戻るなりそう聞いた俺に、惟光はものすごーく渋い表情をした。


「……光る君。その言葉使いはお止めください。いくら鬼に記憶を食われて今までの事をすっかり忘れてしまったのだとは言っても、仮にも帝のご子息で今を時めく公達きんだちであらせられる事には変わりないのですから」


返ってきたのはこれまで何度も注意されてきた事と同じ事だけど、今一瞬だけ間があったの見逃さなかったもんねー。


「それはわかってる。外ではちゃんとやってるよ。 で?どうなの? いるの?いないの?」

「……何故そのように思われたのかお聞きしても?」

「実はさー、さっき宮中で好みの女の話とか今まで知り合った女の話をしてたんだけど。俺特に話すことないって正直に言ったら頭の中将に、秘めたる恋でもしてんじゃねぇの的なこと言われてさ。その時なんか胸の辺りに締め付けられるような痛みが走ったんだよね~。 だから中将の言うとおりホントにそういう相手がいたんじゃないかと思った訳」


途端に痛ましいものでも見るかのように切ない表情になった惟光を見て、俺はこの光源氏という人間に本当にそういう相手がいた事を確信した。


「……左様でございますか。やはりそういった想いは例え記憶を失っても深く心に根付き、そう簡単に忘れられるものではないということなのですね……」


お、ついに認めやがったな。でもって何で今まで隠してたんだよ!って言いたいとこだけど、シリアスモードに突入している惟光にそんな事は言えず、ただ「相手は?」と聞くだけにとどめておいた。


「此度の記憶喪失はあの方へずっと抱き続けてこられた苦しい想いをお忘れになる良い機会だと思ったのですが……」


そんな前置きから始まった話は俺にはちょっと理解し難いものだった。


結論から言おう。

この光源氏ってやつがずっと好きだった相手。
それは光源氏の父親である桐壺帝の奥さんのひとりの藤壺女御ふじつぼのにょうごという人だった。

義母に横恋慕してるなんてなかなかやるなぁ、なんて思ってたんだけど。


実はその人、俺っていうか光源氏の亡くなった母親に生き写しで、光源氏は幼い頃から母とも姉とも慕っていた人なんだってさ。

いくら奥さんを愛してたとはいえ、亡くなった奥さんそっくりの女を後妻に迎える父親にもドン引きだが、自分の母親にそっくりだって言われてる人を好きになってる光源氏にもドン引きだ。

俺だったらどんだけ美人でも、自分の母ちゃんに似てる顔の女と付き合いたいとか思わないけどな……。


ちなみに桐壺帝っていうのは桐山にそっくりな顔をしたあの人で、一番最初にこの平安チックな夢を見た時に俺にグイグイ迫ってきた挙げ句、俺の身体をあんなことにした張本人だ。

この夢で最初に会った時、やっぱり桐山そっくりの顔してたから、俺滅茶苦茶警戒しちゃったもん。

俺が今見てる夢はあの時とはかなり設定が変わってるようで、女の格好してる人はちゃんと中身も女の人らしいからとりあえずは安心だ。
でも残念ながらまだ一度もあの重たそうな着物の下に隠された神秘の部分を確認できてないから多少の不安は残るものの、今のところ男っぽい感じの女の人はいなそうだから大丈夫だろう。

あの夢はホントに最悪だった……。
男しかいない世界だった挙げ句に、俺が姫って呼ばれて男に迫られるなんてマジであり得ない。

この夢で色んな話を聞いた結果。どうやらあの夢での俺は桐壺更衣きりつぼのこういという人だったらしいことが発覚。

この夢とあの夢との繋がりはないんだろうけど、どっちも経験してるだけになんか俺的に桐壺更衣という人のことも他人事には思えないんだよな。

だからそんな桐壺更衣にそっくりな藤壺女御っていう人を攻略とか絶対無理。

──たとえこの光源氏の心と身体が無意識にその人を求めていたとしてもな。


俺はとりあえずこの話は聞かなかったことにして、その藤壺女御とやらには絶対に近づかないと固く心に決めた。



そして数日後。

最早これが夢だと思うことも大分無理が出てきた俺は、平安貴族の嗜みである漢文や詩歌の指導を受けるため、ある邸を訪れていた。

先生になってくれるおじいさんは元々光源氏と親交がある人で、全くといってもいいほどの別人になった俺のこともあっさり受け入れてくれた懐の深い人だ。

正直こんなのやりたくないし、何度聞いても興味も持てずにさっぱりだが、この世界はこういう教養が必要な上に、自分で和歌がつくれなきゃ女のひとりも口説けないらしいので仕方ない。

今日は勉強の一環で他の人が作った歌を見せてもらっているのだが、何が良くて何が悪いのかよく分からないままやたらと長い解説を聞きながら、俺は絶えず襲ってくる眠気と戦い続ける羽目になっていた。


「源氏の君はどれに興味をお持ちになられましたかな?」

「あ、え~と……。これですかね?」


まさか全く聞いていなかったとは言えず、手元近くにあった紙を適当に選ぶ。

すると。


「さすが源氏の君。記憶を失っておられてもやはりその目は本物ですな。 それは六条御息所ろくじょうのみやすどころ様のお手蹟にございます」

「六条御息所……?」

「今は亡き帝の兄上様のお妃様で、前の春宮妃であらせられた方です。今は六条で静かに暮らしておいでですが、あの方こそ当代一の貴婦人と申せましょう。歌の才や嗜みもさることながら、かな文字に関してはこの方の右に出るものはおりますまい」

「そのような方がいらっしゃるとは! 是非一度お会いしたいものです。なんとか直接ご指導いただけるよう、取り計らってはいただけませんか?」


もちろん歌や嗜みなんてどうでもいい。
当代一の貴婦人と聞いて俺のセンサーがビビッと反応しちゃったんだよね。しかも未亡人!このチャンスは逃せないでしょう。


「なんと熱心な。──わかりました。一度御息所様にお願いしてみましょう」

「よろしくお願い致します」


やたらと感心されてしまったが、俺はあえて否定せず心からの感謝の気持ちを伝えておいた。
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