本の世界へ強制トリップ~俺がやりたかったのはコレじゃない~

みなみ ゆうき

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2.桐壺 その1

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目を開けるとそこはさっきまでいた場所ではなく、見たこともない部屋だった。

やたらと広々とした畳敷きの薄暗い部屋には扉らしきものはなく、間仕切りのつもりなのかただヒラヒラとした布で出来た衝立が置かれ、天井からは夏に日除けのために窓に付けるようなすだれが掛けられているだけだ。


──え?ここどこ? 畳ってことは和室? 何で? っていうか桐山は?


薄っぺらい布団に寝かされていることから、どうやら俺は目眩を起こして倒れ、ここに運ばれたらしいということだけはわかった。

俺の身体に掛けられていた着物のような布を取り払いゆっくりと身体を起こすと、俺の格好もさっきまで着ていた制服ではなく、何故か白い着物に変わっていることに気付く。

何でこんな服に!?

驚きに固まっていると、突然衝立の向こう側から声が掛けられ超焦った。


「お気づきでございますか?姫様」


そう言った人物の声は全く聞き覚えのないもので、しかも『姫様』などという単語を口にしている事から俺に話し掛けてるわけではないことがわかりちょっとホッとする。

俺以外にもここに寝かされている人がいるのか?
しかも姫様ってことは女の子だよな?

ってことは……?

──早くも新しい出会いのチャンス到来か!?

ここがどこかとか、どうしてここにいるのかとかそういう事などどうでもよくなった俺は、物音を立てないように四つん這いの体勢になると、ちょっとだけウキウキしながら衝立のすぐ側まで近付き、そぉーっと向こう側の気配を窺った。

すると。


「あらあら姫様。そのような体勢でどうなさったのですか?
もしかしてどこか痛むところでも?」


突如衝立の向こう側から慌てた様子の着物姿の人物が現れ、覗き見しようとしていた俺はギクリと身体を強張らせた。

あれ?声は男っぽかったけど、女の人だった?

ちょっと低めというか、わりと低めのこの声の持ち主は長い黒髪を床に着くほどに伸ばし、結婚式で花嫁さんが着る打ち掛けに似たような着物を羽織っている。

なんか時代劇にでも出てきそうっていうか、さっき見た便覧に載ってた源氏物語の世界っぽい衣装だ。

よく見るとこの部屋とかもあの絵に載ってたところとよく似てる気がする。

そんな事を考えていると。


「姫様?本当にどうなさったのですか?」


その女の人(女だよな?)は俺の顔を覗き込みながら心配そうな表情をした。


「は!?まさかとは思うけど、姫って俺のこと言ってんの?」


驚きに声をあげた俺に、途端にその人の表情が険しくなる。


「まあ!なんという言葉使いをなさっているのですか!姫様らしくもない!」


え?俺らしくないって!?これがいつもの俺の標準装備だけど?


「やはりどこか打ち所が悪かったのかしら……」


独り言のように小さく呟かれた言葉に俺は首を傾げる。


「打ち所って?」

「やはり覚えていらっしゃらないのですね……」

「全く」


桐山のところで目眩を起こしたのは覚えてる。
でも何でここに運ばれたのかさっぱり見当つかないんだよな。


「姫様は先程お庭でお倒れになっておりましたのよ」

「どうして……?」

「昼間主上おかみの御衣装を整えてさしあげるお役目をされていた際に、その衣が外に飛ばされてしまったのです。私がどなたかに頼んで取って参りますと申しましたのに、姫様は日が落ちて人目に付かなくなってから取りに行くから大丈夫と仰られて……。
私が姫様のお姿を見つけた時には身体がすっかり冷えきった状態で意識を失っておられたのですよ。どれだけ心配したことか……」


涙ぐむ女の人に俺はただ呆気にとられていた。

全く身に覚えないんだけど、これホントに俺の話!?
そもそもおかみって誰だよ。それに俺が姫なんて呼ばれんのどう考えてもおかしいだろ。

あ、もしかしてこれ夢?夢なのか?

さっきの授業中に光源氏いいなとかって思ったからこういう平安チックな夢を見てるとか!

だとしたらこの状態も頷ける。

今までプチパニック状態で気付かなかったけど、どうやら俺もこの女の人と一緒で床に着くくらいに髪が長いみたいだし、今着ている白い着物もどことなく女物っぽい感じがしなくもない。

よりにもよって姫かよ……。確かに俺、女の子大好きだけど、それは自分がそうなりたいって訳じゃなかったんだけどな……。

クソッ。どうせ夢だっていうんなら男の身体で女の子とヤりまくりたかったぜ。

そこまで考えたところでふと気付く。

これ俺の夢なんだから強く念じれば設定が変わる可能性があることに。

俺は早速心の中で男に戻りたいと強く念じてみたのだが。


「あれ?変わらない」

「どうかなさいましたか?」

「いや、俺、元の身体に戻りたいって思ったのに」

「姫様は元からそのお身体でいらっしゃいますよ」


やはり打ち所が悪かったのかしらなんて呟きながら怪訝そうな表情をされても俺も何がなんだかさっぱりだ。

まさか俺の身体女体化とか!?

女の子大好きだしおっぱい大好きだけど自分に付いてんのは困るんだよ!


焦った俺は自分の身体の状態を確かめるために、手っ取り早い手段を取ることにした。

急いで着物の上から自分の身体を確かめてみると、いつもの感触があって心底ホッとする。

俺のチンコちゃんとある!


「じゃあ何で姫!?」


訳がわからずつい思った事をそのまま口にすると、女の人の表情は見る見るうちに可哀想な子を見るようなものになっていった。


「この世には元々殿か姫しかおりませぬ」

「だから男と女ってことでしょ!?」

「おんなとは……?」

「女は女だよ!男と違って柔らかくて可愛くて!!」

「姫様も充分お可愛らしいですよ」

「そういう事じゃなく!」


その後全く話の噛み合わないこの人に何とか色々説明した結果。

俺は衝撃の事実を聞かされた。


まず、この世界には女がいない。

いるのは殿と呼ばれる男と姫と呼ばれる男だけ。
どっちも身体の造りは同じ男のものだが、役割によって呼び方が違うんだと。

だからこの目の前にいる人もこんな格好してるけど身体は俺と同じ男な訳で。
こんな格好になってても俺が男だってことに変わりはない。……ただ姫と呼ばれているだけで。


どうやらここは男しかいない世界ってやつらしい。

──夢とはいえ無茶苦茶だし、最悪だ。


「じゃあどうやって子供が生まれるんだよ!?男同士でだってヤる事はヤれるけど、生めないじゃん!」

「姫様。そのようなはしたない事を口になさってはなりません。いずれ殿方に見初められた暁には自然とわかることですから」


スッゲー怖い顔で注意され、俺はそれ以上何も聞けなくなってしまった。

え~、なんかモヤモヤするけど、まあいいか。
所詮夢だしな。


しかし俺はこの直後。

そのお気楽な考えを激しく後悔することになる。
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