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70.魔王の執念
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「……これでどう?……少しは役に立ったかな?」
ゆっくりと唇が離れた直後、王太子殿下が力なくそう聞いてきた。その顔色は紙のように白く、今の譲渡によって王太子殿下の魔力が枯渇状態に近いのだということがわかる。
カイル様は少しふらつく王太子殿下の身体を支えると室内にあった椅子に座らせ、事前に準備していたらしい魔力回復薬を手渡している。王太子殿下は渡された瓶を見て心底嫌そうな顔をしながらも、文句も言わずに飲み干した。
その直後、王太子殿下の顔色が更に悪くなったことで、魔力回復薬にはかなりキツい副作用があったことを思い出した私は別の意味で青くなった。
「フェリクス様のことは俺に任せてお前は自分のやるべき事を為せ」
カイル様の言葉にハッとさせられた私は大きく頷くと、再びベッドに横たわる王弟殿下に覆い被さり、ほぼ体温を感じられない冷たく乾いた唇に自分の唇を重ねた。
ゆっくりと確実に王弟殿下の体内に魔力を送り込み飽和状態にしていく。
お願い……!成功して……!
しかし、祈るような気持ちで魔力を送り続けても王弟殿下は昏睡状態のまま変化の兆しは見られない。
もしかしたらこれじゃまだ魔力を消費する量のほうが多いのかもしれない。
その可能性に気付いた私は、注いでいく魔力の量を徐々に増やしていくことにした。
一気に大きな力を注ぐと身体に負担が掛かりそうで怖いが、今のところこれくらいしか王弟殿下を目覚めさせる手段が思い付かないのだからやってみるしかない。
王弟殿下!アルフレッド様!!
お願いですから目を開けて下さい!!
心の中で必死に呼び掛けながら、これ以上やると私自身も意識を保っていられるかどうかあやしいといったギリギリのところまで魔力を送り込んでいった。
すると。
心なしか王弟殿下の唇に今まで感じられなかった温かさが戻ってきた気がしたのだ。
何とか希望が見えてきたことに少しだけ気持ちが高揚した私は、既にこの時点で魔力がほぼ枯渇状態であったにもかかわらず、そのまま魔力を注ぎ続けた。
程無く王弟殿下の瞼が微かに震え、初めて彼と出会った時に魅了された青い瞳が姿を現す。
そして私は。
「叔父上!」「アルフレッド様!」
王太子殿下とカイル様がほぼ同時に声を上げたのが聞こえたのを最後に呆気なく意識を失ったのだった。
◇◆◇◆
ぼんやりと目を覚ますと、私は以前にも来た覚えのある大草原にいた。
「ここって……」
「やっほー。ロザリー。またここに来ちゃったね!」
「ッ!」
すぐ隣から声を掛けられ、寸でのところで悲鳴はあげなかったものの驚きのあまりにビクッとしてしまい、つい声の主に恨みがましい視線を向けてしまった。
そして前回の出会いもこんな感じで大いに驚かされた事を思い出す。
「そんなに驚いたー? っていうか、オレのこと覚えてる?」
燃えるような赤い髪に見る角度によって色彩を変える不思議な瞳を持った文句なしの超絶イケメンは、全く悪びれることもなく無邪気な笑顔を向けてきた。
見覚えがあるもなにも。
「……『聖魔の書』ですよね」
「それは人間が勝手につけた名前。本当の名前教えたよねー?そっちで呼んでよ」
「……ロッソ」
「うん。よく出来ましたー!」
あくまでも軽い調子で答える『聖魔の書』ことロッソを見ているとなんだか拍子抜けした気分にさせられ、先程心臓が口から飛び出るかと思うほど驚かされたことなど些細なことに思えてきた。
しかし気持ちが少し落ち着いたところで今度はそれまで自分がおかれていた緊迫した状況を思い出し青くなる。
「何で私ここにいるんでしょう?! 王弟殿下の容態は一体どうなったのですか!?」
「あの者の事ならばとりあえずは問題はない」
「え!?」
またしても何の前触れもなく背後から聞こえてきた声に驚き振り返ると、そこにはいつの間にか目の覚めるような鮮やかな青い髪を持つ青年が立っていた。
──えーと、彼は『聖邪の書』。確か名前は……
「……アスール」
「然り」
ずっと笑顔のロッソとは対照的にニコリともしないアスールの瞳もまた、ロッソと同じく見る角度によって色彩を変える不思議な光を湛えている。
「とりあえずは問題ないということは、王弟殿下の意識は戻られたということなのでしょうか?」
「うん。一応目を覚ましたよー。ケガも一応は治ってるみたいだし普通に過ごすだけなら問題ないんじゃない?」
良かったと言いかけた私の言葉を遮るようにロッソが続ける。
「でも暫くは戦闘力としては使い物にならないだろうから、大人しくしておいたほうがいいだろうね」
「え……?」
「人間ってのは脆い存在のくせに表面の傷さえ治ってれば元通りだって思ってるみたいだけど、今回みたいに内側の細かい組織全体が傷ついたり大量に出血しちゃったりすると、正常な状態になるにも時間がかかるものなんだよ」
「……そうですよね」
最近ずっと治癒魔法を使っていたせいか、魔法を使えなかった時には当たり前だったことを忘れがちになっている。
治癒魔法は傷付いた箇所を修復する魔法ではあるが、全てが元通りになるわけじゃない。失った血液が増えるわけじゃないし、目に見えない組織まで完全に修復されているかまで確認することは不可能なため、本当に元通りになっているかどうかはわからないのだ。
「それに加え、あの人間の身体は何もしなくとも常に魔力が消費され続けている状態になっている。大ケガで体力を失い、魔力の回復も遅れている今の状態では普通の生活を送るにも時間がかかるやもしれん」
「ちょっと待ってください!それってどういう事ですか!?」
アスールからさらっと告げられた重要な情報に、私は即座に食いついた。
「あの女が死の直前に掛けた魅了の呪いは無意識に自身の魔力を使って発動し続けるもの。そしてそれは瀕死の状態になっても変わらないどころか、生命の維持活動よりも優先される非常に厄介なものなのだ。
今回はお前が魔力を急激に注いだ事でかろうじて呪いで消費する魔力量より体内の魔力量を上回せる事が出来たが、あの呪いがある限り、あの者の身体が再び危険な状態に陥る可能性は高いとみたほうがよいだろう」
私は再び魔王と呼ばれた女性の執念の凄さに戦慄した。
ゆっくりと唇が離れた直後、王太子殿下が力なくそう聞いてきた。その顔色は紙のように白く、今の譲渡によって王太子殿下の魔力が枯渇状態に近いのだということがわかる。
カイル様は少しふらつく王太子殿下の身体を支えると室内にあった椅子に座らせ、事前に準備していたらしい魔力回復薬を手渡している。王太子殿下は渡された瓶を見て心底嫌そうな顔をしながらも、文句も言わずに飲み干した。
その直後、王太子殿下の顔色が更に悪くなったことで、魔力回復薬にはかなりキツい副作用があったことを思い出した私は別の意味で青くなった。
「フェリクス様のことは俺に任せてお前は自分のやるべき事を為せ」
カイル様の言葉にハッとさせられた私は大きく頷くと、再びベッドに横たわる王弟殿下に覆い被さり、ほぼ体温を感じられない冷たく乾いた唇に自分の唇を重ねた。
ゆっくりと確実に王弟殿下の体内に魔力を送り込み飽和状態にしていく。
お願い……!成功して……!
しかし、祈るような気持ちで魔力を送り続けても王弟殿下は昏睡状態のまま変化の兆しは見られない。
もしかしたらこれじゃまだ魔力を消費する量のほうが多いのかもしれない。
その可能性に気付いた私は、注いでいく魔力の量を徐々に増やしていくことにした。
一気に大きな力を注ぐと身体に負担が掛かりそうで怖いが、今のところこれくらいしか王弟殿下を目覚めさせる手段が思い付かないのだからやってみるしかない。
王弟殿下!アルフレッド様!!
お願いですから目を開けて下さい!!
心の中で必死に呼び掛けながら、これ以上やると私自身も意識を保っていられるかどうかあやしいといったギリギリのところまで魔力を送り込んでいった。
すると。
心なしか王弟殿下の唇に今まで感じられなかった温かさが戻ってきた気がしたのだ。
何とか希望が見えてきたことに少しだけ気持ちが高揚した私は、既にこの時点で魔力がほぼ枯渇状態であったにもかかわらず、そのまま魔力を注ぎ続けた。
程無く王弟殿下の瞼が微かに震え、初めて彼と出会った時に魅了された青い瞳が姿を現す。
そして私は。
「叔父上!」「アルフレッド様!」
王太子殿下とカイル様がほぼ同時に声を上げたのが聞こえたのを最後に呆気なく意識を失ったのだった。
◇◆◇◆
ぼんやりと目を覚ますと、私は以前にも来た覚えのある大草原にいた。
「ここって……」
「やっほー。ロザリー。またここに来ちゃったね!」
「ッ!」
すぐ隣から声を掛けられ、寸でのところで悲鳴はあげなかったものの驚きのあまりにビクッとしてしまい、つい声の主に恨みがましい視線を向けてしまった。
そして前回の出会いもこんな感じで大いに驚かされた事を思い出す。
「そんなに驚いたー? っていうか、オレのこと覚えてる?」
燃えるような赤い髪に見る角度によって色彩を変える不思議な瞳を持った文句なしの超絶イケメンは、全く悪びれることもなく無邪気な笑顔を向けてきた。
見覚えがあるもなにも。
「……『聖魔の書』ですよね」
「それは人間が勝手につけた名前。本当の名前教えたよねー?そっちで呼んでよ」
「……ロッソ」
「うん。よく出来ましたー!」
あくまでも軽い調子で答える『聖魔の書』ことロッソを見ているとなんだか拍子抜けした気分にさせられ、先程心臓が口から飛び出るかと思うほど驚かされたことなど些細なことに思えてきた。
しかし気持ちが少し落ち着いたところで今度はそれまで自分がおかれていた緊迫した状況を思い出し青くなる。
「何で私ここにいるんでしょう?! 王弟殿下の容態は一体どうなったのですか!?」
「あの者の事ならばとりあえずは問題はない」
「え!?」
またしても何の前触れもなく背後から聞こえてきた声に驚き振り返ると、そこにはいつの間にか目の覚めるような鮮やかな青い髪を持つ青年が立っていた。
──えーと、彼は『聖邪の書』。確か名前は……
「……アスール」
「然り」
ずっと笑顔のロッソとは対照的にニコリともしないアスールの瞳もまた、ロッソと同じく見る角度によって色彩を変える不思議な光を湛えている。
「とりあえずは問題ないということは、王弟殿下の意識は戻られたということなのでしょうか?」
「うん。一応目を覚ましたよー。ケガも一応は治ってるみたいだし普通に過ごすだけなら問題ないんじゃない?」
良かったと言いかけた私の言葉を遮るようにロッソが続ける。
「でも暫くは戦闘力としては使い物にならないだろうから、大人しくしておいたほうがいいだろうね」
「え……?」
「人間ってのは脆い存在のくせに表面の傷さえ治ってれば元通りだって思ってるみたいだけど、今回みたいに内側の細かい組織全体が傷ついたり大量に出血しちゃったりすると、正常な状態になるにも時間がかかるものなんだよ」
「……そうですよね」
最近ずっと治癒魔法を使っていたせいか、魔法を使えなかった時には当たり前だったことを忘れがちになっている。
治癒魔法は傷付いた箇所を修復する魔法ではあるが、全てが元通りになるわけじゃない。失った血液が増えるわけじゃないし、目に見えない組織まで完全に修復されているかまで確認することは不可能なため、本当に元通りになっているかどうかはわからないのだ。
「それに加え、あの人間の身体は何もしなくとも常に魔力が消費され続けている状態になっている。大ケガで体力を失い、魔力の回復も遅れている今の状態では普通の生活を送るにも時間がかかるやもしれん」
「ちょっと待ってください!それってどういう事ですか!?」
アスールからさらっと告げられた重要な情報に、私は即座に食いついた。
「あの女が死の直前に掛けた魅了の呪いは無意識に自身の魔力を使って発動し続けるもの。そしてそれは瀕死の状態になっても変わらないどころか、生命の維持活動よりも優先される非常に厄介なものなのだ。
今回はお前が魔力を急激に注いだ事でかろうじて呪いで消費する魔力量より体内の魔力量を上回せる事が出来たが、あの呪いがある限り、あの者の身体が再び危険な状態に陥る可能性は高いとみたほうがよいだろう」
私は再び魔王と呼ばれた女性の執念の凄さに戦慄した。
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