66 / 71
66.曖昧な記憶
しおりを挟む
「落ち着きましたか?」
「……はい。申し訳ございませんでした」
ひととおり泣いて漸く落ち着きを取り戻した私は、先程まで瀕死の重症を負っていた二人に慰められるという何とも情けない状態に、ただ平謝りするだけになっていた。
「気にせずとも良いのです。むしろ謝らなければならないのはこちらのほうです。一番年若いあなたに随分な負担をかけてしまいました」
「いえ、元はといえば僕の不注意が原因でこんなことになってしまったのですから……」
あの時私がちゃんとしていれば王弟殿下があんなことにはならず、クルトさんとディルクさんも先程のような目に合うことはなかったのかもしれないと思うと、本来ならば謝罪の言葉を口にすることすら憚られる気がする。
そう考えて項垂れている私の頭を、隣に座っていたディルクさんが優しくポンポンと撫でてくれた。
「俺達はお前に助けられた。その事実に変わりはない。ありがとうな」
見上げたディルクさんの瞳があまりにも優しくて、私はまたしても泣きそうになってしまったのを必死に堪えた。
まだ上手く身体を動かすことが出来ないクルトさんは、この家に残されていたベッドに横たわり、微笑ましいものを見るような表情で私達のやり取りを見守っている。
二人は私が落ち着きを取り戻すのを待ってから漸く、一番知りたかったであろう話題を口にした。
「アルフレッド様のご容態は?」
「王宮で治癒師や医官の方々が懸命に治療してくださっていますが、すぐにこちらへ戻ってきてしまったので詳しいことはわからなくて……。……お役に立てず申し訳ございません」
王弟殿下のことに関しては、どこかへ運ばれたということ以外何もわからないため、詳しい報告など何も出来ないのが心苦しい。しかし二人はそんな私を責めることはなく、むしろ私を勇気づけるような言葉をかけてくれた。
「お前はよくやった。お前の頑張りがあったからこそ最悪な事態が起こる前に、アルフレッド様を王宮に連れていくことが出来たんだ」
「私も全く同意見です。正直アルフレッド様の容態は深刻なものでした。しかし、王宮で治癒師と医官の治療を受けているのなら大丈夫でしょう」
二人にそう言われても自分を責めてしまう気持ちがなくなったわけではないが、王弟殿下は絶対大丈夫なんだと信じることで落ち込んでいくばかりの気持ちを切り替えることに決めた。
「クルトさんとディルクさんのほうは、あれからどうなったんですか?」
「お前がいなくなってすぐに魔物の大群が現れたが、何とか二人で殲滅することが出来た。まあ、さっき見たとおり無傷でとはいかなかったがな」
ディルクさんはクルトさんから身体強化の魔法をかけてもらって主に地上の魔物を倒すことに専念し、クルトさんは空を飛ぶ魔物を魔法を使って撃破していたらしい。
「一気にカタをつけたまでは良かったのですが、大きな魔法を連発したせいで、情けないことに魔力切れ寸前になってバテてしまいまして」
魔物を殲滅した後、ディルクさんは明らかに様子のおかしいクルトさんに気付いたものの、自分自身も魔物の攻撃を数ヶ所に受け満身創痍の状態だったため、今いる場所まで運ぶだけで精一杯だったと説明された。
「お前に無事に見つけてもらえて良かった」
ディルクさんに感謝されたが、当然のことながら素直に喜ぶ気にはなれず苦笑いする。
無事にというわけじゃないもんね……。
「……実は最初ここに戻ってきた時、私もすぐに魔力切れをおこしてしまってお二人に気付けなかったんです」
私の言葉に二人が驚いた顔をしている。特にディルクさんは私がクルトさんに魔力の譲渡を行ったのを見ていたのだから当たり前といえば当たり前だろう。
「大丈夫なのですか?」
「はい。ここに戻ってくる前に王太子殿下から魔力回復薬をいただいたのでそれでどうにか。でもあれを一気に飲んだら気分が悪くなってしまって暫く意識を失ってたんですけどね」
「ということは、もしかして私にも魔力回復薬を?」
「えーと……」
咄嗟の事とはいえ、あのような手段で魔力の譲渡を行ったとはさすがに言いづらく、自然と目が泳いでしまうのを止められない。
すると。挙動不審な私に全ての事情を知っているディルクさんが助け船を出してくれた。
「そういや外の状態はどうなんだ? お前がここに現れる少し前。突然辺り一面が眩しいほどの光に覆われたと思ったら、それまでたちこめていた凄まじいまでの死臭が一瞬にして消え失せたのだが……」
そういえばここに戻ってきた時にあった、おびただしい数の魔物の死骸と辺り一面に死の臭いが漂っているという地獄絵図のような光景が、気が付いた時にはキレイさっぱり消え失せていた。
さっきはその事を不思議に思いながらも、二人の捜索を優先したのだが、よく考えてみたら不自然極まりない不思議な現象だ。
「私がここに戻ってきた時は、まだお二人が殲滅した時のままの状態でした。でも次に目を覚ました時には、その痕跡がキレイさっぱり無くなっていたのは事実です。……何があったのかということまではわかりません」
「では、その外の状態はアーサーがしたことではないのですね」
「……はい」
肯定の返事をしたところで、少しだけ引っ掛かるものを感じ返事が遅れた。
「もしかしたら、何者かが浄化の魔法を使ったのかもしれませんね……。しかしあれほどまでに広範囲に魔術を展開できる人物がいるとは……」
その言葉を聞いた途端。ぼんやりとではあるが誰かが私に言ってくれた言葉を思い出す。
『君の大事な人達はオレが責任持って護るから、今は何も考えずにオレに協力して欲しい』
その言葉とともに赤い髪をした人物が一瞬脳裏を過った。
もしかして彼が……?
「どうかしましたか?」
「え?」
クルトさんの問いかけに我に返った途端、さっき思い出しかけていたことがすっと頭から消えていった。
その事にちょっとモヤモヤするものの、これ以上考えても思い出せそうにないと判断した私は、静かに首を横に振る。
「……いえ、何でもありません」
クルトさんとディルクさんはそんな私を見て何か言いたそうな表情をしていたものの、それ以上何も追及してはこなかった。
「……はい。申し訳ございませんでした」
ひととおり泣いて漸く落ち着きを取り戻した私は、先程まで瀕死の重症を負っていた二人に慰められるという何とも情けない状態に、ただ平謝りするだけになっていた。
「気にせずとも良いのです。むしろ謝らなければならないのはこちらのほうです。一番年若いあなたに随分な負担をかけてしまいました」
「いえ、元はといえば僕の不注意が原因でこんなことになってしまったのですから……」
あの時私がちゃんとしていれば王弟殿下があんなことにはならず、クルトさんとディルクさんも先程のような目に合うことはなかったのかもしれないと思うと、本来ならば謝罪の言葉を口にすることすら憚られる気がする。
そう考えて項垂れている私の頭を、隣に座っていたディルクさんが優しくポンポンと撫でてくれた。
「俺達はお前に助けられた。その事実に変わりはない。ありがとうな」
見上げたディルクさんの瞳があまりにも優しくて、私はまたしても泣きそうになってしまったのを必死に堪えた。
まだ上手く身体を動かすことが出来ないクルトさんは、この家に残されていたベッドに横たわり、微笑ましいものを見るような表情で私達のやり取りを見守っている。
二人は私が落ち着きを取り戻すのを待ってから漸く、一番知りたかったであろう話題を口にした。
「アルフレッド様のご容態は?」
「王宮で治癒師や医官の方々が懸命に治療してくださっていますが、すぐにこちらへ戻ってきてしまったので詳しいことはわからなくて……。……お役に立てず申し訳ございません」
王弟殿下のことに関しては、どこかへ運ばれたということ以外何もわからないため、詳しい報告など何も出来ないのが心苦しい。しかし二人はそんな私を責めることはなく、むしろ私を勇気づけるような言葉をかけてくれた。
「お前はよくやった。お前の頑張りがあったからこそ最悪な事態が起こる前に、アルフレッド様を王宮に連れていくことが出来たんだ」
「私も全く同意見です。正直アルフレッド様の容態は深刻なものでした。しかし、王宮で治癒師と医官の治療を受けているのなら大丈夫でしょう」
二人にそう言われても自分を責めてしまう気持ちがなくなったわけではないが、王弟殿下は絶対大丈夫なんだと信じることで落ち込んでいくばかりの気持ちを切り替えることに決めた。
「クルトさんとディルクさんのほうは、あれからどうなったんですか?」
「お前がいなくなってすぐに魔物の大群が現れたが、何とか二人で殲滅することが出来た。まあ、さっき見たとおり無傷でとはいかなかったがな」
ディルクさんはクルトさんから身体強化の魔法をかけてもらって主に地上の魔物を倒すことに専念し、クルトさんは空を飛ぶ魔物を魔法を使って撃破していたらしい。
「一気にカタをつけたまでは良かったのですが、大きな魔法を連発したせいで、情けないことに魔力切れ寸前になってバテてしまいまして」
魔物を殲滅した後、ディルクさんは明らかに様子のおかしいクルトさんに気付いたものの、自分自身も魔物の攻撃を数ヶ所に受け満身創痍の状態だったため、今いる場所まで運ぶだけで精一杯だったと説明された。
「お前に無事に見つけてもらえて良かった」
ディルクさんに感謝されたが、当然のことながら素直に喜ぶ気にはなれず苦笑いする。
無事にというわけじゃないもんね……。
「……実は最初ここに戻ってきた時、私もすぐに魔力切れをおこしてしまってお二人に気付けなかったんです」
私の言葉に二人が驚いた顔をしている。特にディルクさんは私がクルトさんに魔力の譲渡を行ったのを見ていたのだから当たり前といえば当たり前だろう。
「大丈夫なのですか?」
「はい。ここに戻ってくる前に王太子殿下から魔力回復薬をいただいたのでそれでどうにか。でもあれを一気に飲んだら気分が悪くなってしまって暫く意識を失ってたんですけどね」
「ということは、もしかして私にも魔力回復薬を?」
「えーと……」
咄嗟の事とはいえ、あのような手段で魔力の譲渡を行ったとはさすがに言いづらく、自然と目が泳いでしまうのを止められない。
すると。挙動不審な私に全ての事情を知っているディルクさんが助け船を出してくれた。
「そういや外の状態はどうなんだ? お前がここに現れる少し前。突然辺り一面が眩しいほどの光に覆われたと思ったら、それまでたちこめていた凄まじいまでの死臭が一瞬にして消え失せたのだが……」
そういえばここに戻ってきた時にあった、おびただしい数の魔物の死骸と辺り一面に死の臭いが漂っているという地獄絵図のような光景が、気が付いた時にはキレイさっぱり消え失せていた。
さっきはその事を不思議に思いながらも、二人の捜索を優先したのだが、よく考えてみたら不自然極まりない不思議な現象だ。
「私がここに戻ってきた時は、まだお二人が殲滅した時のままの状態でした。でも次に目を覚ました時には、その痕跡がキレイさっぱり無くなっていたのは事実です。……何があったのかということまではわかりません」
「では、その外の状態はアーサーがしたことではないのですね」
「……はい」
肯定の返事をしたところで、少しだけ引っ掛かるものを感じ返事が遅れた。
「もしかしたら、何者かが浄化の魔法を使ったのかもしれませんね……。しかしあれほどまでに広範囲に魔術を展開できる人物がいるとは……」
その言葉を聞いた途端。ぼんやりとではあるが誰かが私に言ってくれた言葉を思い出す。
『君の大事な人達はオレが責任持って護るから、今は何も考えずにオレに協力して欲しい』
その言葉とともに赤い髪をした人物が一瞬脳裏を過った。
もしかして彼が……?
「どうかしましたか?」
「え?」
クルトさんの問いかけに我に返った途端、さっき思い出しかけていたことがすっと頭から消えていった。
その事にちょっとモヤモヤするものの、これ以上考えても思い出せそうにないと判断した私は、静かに首を横に振る。
「……いえ、何でもありません」
クルトさんとディルクさんはそんな私を見て何か言いたそうな表情をしていたものの、それ以上何も追及してはこなかった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
220
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる