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64.新たな契約
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「じゃあ、早速契約してくれる? やり方はオレの時と一緒」
どこか焦った様子の『聖魔の書』に促され、私は自分の持っていた短剣で親指の腹を少し傷付けると、差し出された古びた魔術書を手に取り、表紙を捲ったところに描いてある幾何学模様にその血を垂らした。
その途端、『聖邪の書』が光り出す。徐々にその光が強くなっていき、とてもじゃないが目を開けてなどいられなくなったところで、突如手に持っていた本の感触が消えた。
強すぎる光がおさまったところで恐る恐る目を開けると──。
そこには『聖魔の書』に負けず劣らずの超イケメンがいた。
目の覚めるような青い髪に『聖魔の書』と同じ見る角度で色彩を変える不思議な瞳。しかし髪の色同様、受ける印象はまるで違う。
『聖魔の書』が天真爛漫なヤンチャ系イケメンなら『聖邪の書』はどこか影があるクール系イケメン。
うん。確かにイケメンなんだけど、なんか『聖魔の書』と同じでどこか残念な感じするんだよな……。
「お前が新しい契約者か?」
「……はい」
「貧相だな。欲しいと思えるものがない」
ほら、やっぱり。
この失礼さには苦笑いするしかないが、内心少しだけホッとしてしまう。──正直これ以上何か持っていかれたら溜まらない。
「だが、あの女の呪縛から解放してくれたことに関しては礼を言う」
「あの女……?」
それってもしかして……。
「魔王……?」
「そう名乗っていたこともあった」
ロイド村の全てを滅ぼし、死の直前に王弟殿下に呪いをかけたという女性。そしてその力の源である魔術書は確か……。
「彼女が契約した魔術書は王弟殿下が破棄したって聞きました。なんでそれがここに……?」
「あんなのいくらでも作れるから」
『聖魔の書』からそう説明されてもいまいちその原理がよくわからない。
──どういうこと?
「我々は聖霊だ。普段は本という形のものの中で眠っているが、実態はあってないようなもの。あの男が焼いたのは、単なる器。その時俺はあの魔王と名乗った女によって、器から切り離されている状態だった」
「そんなことが可能なんですか?」
「普通は出来ない。でもあの女はそれを執念でやり遂げたのだ。──凄まじい狂気と怨嗟に取り憑かれた女だった。死して尚、人間達に復讐するために俺を器から離してこの地に縛り続けるほどに」
『聖邪の書』は苦しそうな表情でそう呟いた。
「彼はその呪縛によって自我を失いかけてたのさ。この村に来てそのことに気付いたオレは必死にキミを呼んだんだ。キミが彼と契約することでその呪縛から解き放たれる可能性があることに気付いてね」
「そういう訳だったんですね……」
漸くここに呼ばれた理由に合点がいき、ホッとしたその時。
ぼんやりと霞みのかかったような脳裏に一瞬、王弟殿下の苦しそうな表情が浮かぶ。
何、これ……?
「そろそろ時間切れかな? いくら記憶が曖昧になるっていっても長居すれば忘れられなくなるし、ここは生身の人間にとってあまり長くいられる場所じゃないから」
「そうか。では急ごう」
『聖邪の書』はいきなり私の手を取ると、その不思議な色合いの瞳で真っ直ぐに私を見つめた。
「俺達は対価がなくても気に入れば契約する。その逆も然り。対価と為り得るものを多く持っているものでも契約できない者もいる。お前の場合は、完全にソイツの気紛れだったようだが、その髪の色と魂の輝きは悪くはない」
私は手を握られたこともさることながら、初めて聞く内容に思わず目を瞠る。そしてつい『聖魔の書』に恨みがましい視線を向けてしまった。
「その話、さっきしたけどね。キミやっぱり聞いてなかったんだ」
「え!?いつ?!」
全く聞いていなかった私に、赤い髪のイケメンは呆れたように笑う。
「対価はオレ達聖霊と繋がるための手っ取り早いツールの役割でしかないってこと。他の方法もあるんだよ。そんなことは滅多にしないんだけどね」
王太子殿下やカイル様が認識していた魔術書に関する話と全く違うことに驚きを隠せない。
「どっちにしろ契約した以上、お前と繋がるものは必要だ」
これ以上何を取られるのかとビクビクしていると。
「俺の名は『アスール』だ」
「アスール?」
その名前を口にした途端、私の中に温かい光のようなものがスッと取り込まれていく。
アスールはそれを見届けると、直ぐ様握っていた私の手を解放した。
「本の名前は人間達が勝手につけたものであり、本当の名は別にあるのだ。名前にはその者を縛る効力がある。故に滅多なことでは口にしない。だが今回はこの方法が最適であると判断した。──これで俺の力も自由に使えるようになったはず」
「それって重要なものじゃないんですか!?」
所謂真名というもので契約したのだと知りひとり焦る私に、『聖魔の書』はどこかのんびりとした口調で口を開いた。
「さっきも言ったけど、元の世界に戻ったらオレ達に会ったことも曖昧になって思い出せなくなるから大丈夫だよ。因みにオレは『ロッソ』っていうんだ。覚えてないと思うけどよろしくね」
知りたくなかった情報に青くなる私を他所に、ロッソは改心の笑みを見せる。
「じゃあキミを現実世界に戻すよ。新たに手に入れたその力で仲間を助けてあげてね。また会おう!」
そして私は全く訳がわからないまま、一瞬の浮遊感と共に現実世界へと戻ったのだった。
どこか焦った様子の『聖魔の書』に促され、私は自分の持っていた短剣で親指の腹を少し傷付けると、差し出された古びた魔術書を手に取り、表紙を捲ったところに描いてある幾何学模様にその血を垂らした。
その途端、『聖邪の書』が光り出す。徐々にその光が強くなっていき、とてもじゃないが目を開けてなどいられなくなったところで、突如手に持っていた本の感触が消えた。
強すぎる光がおさまったところで恐る恐る目を開けると──。
そこには『聖魔の書』に負けず劣らずの超イケメンがいた。
目の覚めるような青い髪に『聖魔の書』と同じ見る角度で色彩を変える不思議な瞳。しかし髪の色同様、受ける印象はまるで違う。
『聖魔の書』が天真爛漫なヤンチャ系イケメンなら『聖邪の書』はどこか影があるクール系イケメン。
うん。確かにイケメンなんだけど、なんか『聖魔の書』と同じでどこか残念な感じするんだよな……。
「お前が新しい契約者か?」
「……はい」
「貧相だな。欲しいと思えるものがない」
ほら、やっぱり。
この失礼さには苦笑いするしかないが、内心少しだけホッとしてしまう。──正直これ以上何か持っていかれたら溜まらない。
「だが、あの女の呪縛から解放してくれたことに関しては礼を言う」
「あの女……?」
それってもしかして……。
「魔王……?」
「そう名乗っていたこともあった」
ロイド村の全てを滅ぼし、死の直前に王弟殿下に呪いをかけたという女性。そしてその力の源である魔術書は確か……。
「彼女が契約した魔術書は王弟殿下が破棄したって聞きました。なんでそれがここに……?」
「あんなのいくらでも作れるから」
『聖魔の書』からそう説明されてもいまいちその原理がよくわからない。
──どういうこと?
「我々は聖霊だ。普段は本という形のものの中で眠っているが、実態はあってないようなもの。あの男が焼いたのは、単なる器。その時俺はあの魔王と名乗った女によって、器から切り離されている状態だった」
「そんなことが可能なんですか?」
「普通は出来ない。でもあの女はそれを執念でやり遂げたのだ。──凄まじい狂気と怨嗟に取り憑かれた女だった。死して尚、人間達に復讐するために俺を器から離してこの地に縛り続けるほどに」
『聖邪の書』は苦しそうな表情でそう呟いた。
「彼はその呪縛によって自我を失いかけてたのさ。この村に来てそのことに気付いたオレは必死にキミを呼んだんだ。キミが彼と契約することでその呪縛から解き放たれる可能性があることに気付いてね」
「そういう訳だったんですね……」
漸くここに呼ばれた理由に合点がいき、ホッとしたその時。
ぼんやりと霞みのかかったような脳裏に一瞬、王弟殿下の苦しそうな表情が浮かぶ。
何、これ……?
「そろそろ時間切れかな? いくら記憶が曖昧になるっていっても長居すれば忘れられなくなるし、ここは生身の人間にとってあまり長くいられる場所じゃないから」
「そうか。では急ごう」
『聖邪の書』はいきなり私の手を取ると、その不思議な色合いの瞳で真っ直ぐに私を見つめた。
「俺達は対価がなくても気に入れば契約する。その逆も然り。対価と為り得るものを多く持っているものでも契約できない者もいる。お前の場合は、完全にソイツの気紛れだったようだが、その髪の色と魂の輝きは悪くはない」
私は手を握られたこともさることながら、初めて聞く内容に思わず目を瞠る。そしてつい『聖魔の書』に恨みがましい視線を向けてしまった。
「その話、さっきしたけどね。キミやっぱり聞いてなかったんだ」
「え!?いつ?!」
全く聞いていなかった私に、赤い髪のイケメンは呆れたように笑う。
「対価はオレ達聖霊と繋がるための手っ取り早いツールの役割でしかないってこと。他の方法もあるんだよ。そんなことは滅多にしないんだけどね」
王太子殿下やカイル様が認識していた魔術書に関する話と全く違うことに驚きを隠せない。
「どっちにしろ契約した以上、お前と繋がるものは必要だ」
これ以上何を取られるのかとビクビクしていると。
「俺の名は『アスール』だ」
「アスール?」
その名前を口にした途端、私の中に温かい光のようなものがスッと取り込まれていく。
アスールはそれを見届けると、直ぐ様握っていた私の手を解放した。
「本の名前は人間達が勝手につけたものであり、本当の名は別にあるのだ。名前にはその者を縛る効力がある。故に滅多なことでは口にしない。だが今回はこの方法が最適であると判断した。──これで俺の力も自由に使えるようになったはず」
「それって重要なものじゃないんですか!?」
所謂真名というもので契約したのだと知りひとり焦る私に、『聖魔の書』はどこかのんびりとした口調で口を開いた。
「さっきも言ったけど、元の世界に戻ったらオレ達に会ったことも曖昧になって思い出せなくなるから大丈夫だよ。因みにオレは『ロッソ』っていうんだ。覚えてないと思うけどよろしくね」
知りたくなかった情報に青くなる私を他所に、ロッソは改心の笑みを見せる。
「じゃあキミを現実世界に戻すよ。新たに手に入れたその力で仲間を助けてあげてね。また会おう!」
そして私は全く訳がわからないまま、一瞬の浮遊感と共に現実世界へと戻ったのだった。
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