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59.離脱
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王弟殿下の身体が地面に倒れたのと同時に、術者の力を失った結界が解除される。
その途端。
瞬きひとつ出来なかった私の身体は羽根が生えたように軽くなり、混乱した思考がクリアになっていく。
その研ぎ澄まされていく感覚に突き動かされるように一歩前に歩み出ると、私は頭の中に浮かんだ呪文の言葉を片っ端から口にした。
次の瞬間。王弟殿下を襲った翼竜は跡形もなく砕け散る。
リィィィーーン……リィィィーーン……
再び聞こえてきた鈴の音が私の戦闘意欲を高めていくような気がして。頭の中で段々と大きくなっていく鈴の音に操られるように、その場に残っていた翼竜を次々と殲滅していった。
まだ、だ……。まだ足りない……。こんな程度じゃまだ……。
もっと強い力が欲しい。圧倒的に強い力が……!
そう考えながら無意識のまま更に歩み出そうとした瞬間。
「アーサー!!」
ディルクさんに強い力で肩を掴まれ、私は漸く正気に戻ることが出来た。
そして、クルトさんに治療されている王弟殿下を見て、一気に青褪める。
毒を持つ尖った尻尾で裂かれた背中からはおびただしい量の出血が見られ、苦痛に歪むその顔からは段々と生気が失われていくのが手に取るようにわかった。
『当事者であるお前がそんな甘ったれた考えじゃ、確実にこの旅で死人が出るぞ』
この旅に出る前に王弟殿下に言われた言葉がぐるぐると頭を駆け巡る。
自分の未熟さと力不足が招いた結果をまざまざと見せつけられ、私は後悔の念だけを胸に王弟殿下の元へ走り寄っていった。
「……王弟殿下!!」
「竜から受けた傷は溶血作用が働くために塞がりにくい上に、今回は毒の侵食が思ったよりも早く、普通の治癒魔法では追い付きません」
「そんな!!」
私はクルトさんの隣に座ると、すぐに治癒魔法に加勢するために手を翳す。 しかしそれはやんわりと重ねられたクルトさんの手によって中断させられてしまった。
「何故止めるんですかッ!? 二人でやればもっと早く回復できるでしょ!?」
焦りと苛立ちのあまりクルトさんの手を乱暴に振り払った私に、クルトさんは怖いほど真剣な表情で口を開く。
「アーサー、よく聞いて下さい。 血の臭いを嗅ぎ付けたらしい他の魔物がこちらへ迫ってきている気配がします。
後のことは私とディルクに任せて、あなたはアルフレッド様を連れて今すぐここから離脱してください」
確かにこんな状態の王弟殿下を護らなければならない上に、戦闘の素人である私がいるんじゃクルトさんもディルクさんも大変だろう。
でも、私だってさっき翼竜を殲滅した時のように魔物と戦う術は持ち合わせているのだ。
「私も戦います」
「そうしていただきたいのは山々ですが、今はアルフレッド様の容態が一刻を争うのです」
「え……?」
「このままでは全身に毒が回って呼吸困難に陥るか、出血多量で命を落とすことになるでしょう」
──王弟殿下が死んでしまうかもしれない。
その現実に頭が真っ白になる。
「あなたには転移魔法があるでしょう。それですぐに王都まで飛んで下さい。王宮には優秀な魔術師や治癒師や医官が数多く揃っています。それに治療の設備も充実している。ここでただ進行を遅らせるだけの治癒魔法を使い続けながら戦うよりも、確実にアルフレッド様の為になります」
「だったら、クルトさんとディルクさんも一緒に!」
そう提案した途端、首を横に振られてしまう。
「我々は一緒には行けません。転移魔法はただでさえ大きな魔力を必要とする魔法です。いくらあなたの魔力が強大でも、さすがに四人もの人間を遠く離れた王都まで転移させるとなると、消費する魔力は桁違いの筈です」
確かにクルトさんのいうことは尤もで。私自身、転移魔法に必要な魔力がどのくらいかどころか、自分の魔力量さえ把握出来ていない。
「……例え私ひとりであっても成功するとは限りません。でも試してみる価値はあると思うのです」
「だからこそ、確実な手を打っておきたいのです。これはあなたなら出来ると信じているからこその提案です。 それに我々はこれからやってくる魔物が危険だと承知の上で、駆逐せずに逃げるような真似は死んでも出来ません。──騎士の誇りにかけて」
クルトさんの最後の一言にディルクさんも大きく頷いている。
「わかりました。でも王弟殿下を無事に王宮に送り届けたらすぐに戻って加勢します」
「頼もしいですね。では意地でもまだまだ若い人には負けないというところを見せなければなりません」
「ああ、ひよっこに心配されるにはまだ早いってところを見せてやる」
クルトさんとディルクさんの言葉に後押しされ、私は漸く二人を残して転移魔法で一旦王都に戻る決心をした。
そして。
すっかり力を無くした王弟殿下の手をしっかりと握り締めると、こんな時、一番頼りになりそうなカイル様の顔を思い描く。
すると、すぐに頭の中に呪文の言葉が浮かんできた。
この言葉が浮かんでくるってことは使えるってことだよね!? お願い!どうか成功して!!
私は転移魔法の成功を心の底から祈りながら、古代魔法語の呪文を詠唱した。
その途端。
瞬きひとつ出来なかった私の身体は羽根が生えたように軽くなり、混乱した思考がクリアになっていく。
その研ぎ澄まされていく感覚に突き動かされるように一歩前に歩み出ると、私は頭の中に浮かんだ呪文の言葉を片っ端から口にした。
次の瞬間。王弟殿下を襲った翼竜は跡形もなく砕け散る。
リィィィーーン……リィィィーーン……
再び聞こえてきた鈴の音が私の戦闘意欲を高めていくような気がして。頭の中で段々と大きくなっていく鈴の音に操られるように、その場に残っていた翼竜を次々と殲滅していった。
まだ、だ……。まだ足りない……。こんな程度じゃまだ……。
もっと強い力が欲しい。圧倒的に強い力が……!
そう考えながら無意識のまま更に歩み出そうとした瞬間。
「アーサー!!」
ディルクさんに強い力で肩を掴まれ、私は漸く正気に戻ることが出来た。
そして、クルトさんに治療されている王弟殿下を見て、一気に青褪める。
毒を持つ尖った尻尾で裂かれた背中からはおびただしい量の出血が見られ、苦痛に歪むその顔からは段々と生気が失われていくのが手に取るようにわかった。
『当事者であるお前がそんな甘ったれた考えじゃ、確実にこの旅で死人が出るぞ』
この旅に出る前に王弟殿下に言われた言葉がぐるぐると頭を駆け巡る。
自分の未熟さと力不足が招いた結果をまざまざと見せつけられ、私は後悔の念だけを胸に王弟殿下の元へ走り寄っていった。
「……王弟殿下!!」
「竜から受けた傷は溶血作用が働くために塞がりにくい上に、今回は毒の侵食が思ったよりも早く、普通の治癒魔法では追い付きません」
「そんな!!」
私はクルトさんの隣に座ると、すぐに治癒魔法に加勢するために手を翳す。 しかしそれはやんわりと重ねられたクルトさんの手によって中断させられてしまった。
「何故止めるんですかッ!? 二人でやればもっと早く回復できるでしょ!?」
焦りと苛立ちのあまりクルトさんの手を乱暴に振り払った私に、クルトさんは怖いほど真剣な表情で口を開く。
「アーサー、よく聞いて下さい。 血の臭いを嗅ぎ付けたらしい他の魔物がこちらへ迫ってきている気配がします。
後のことは私とディルクに任せて、あなたはアルフレッド様を連れて今すぐここから離脱してください」
確かにこんな状態の王弟殿下を護らなければならない上に、戦闘の素人である私がいるんじゃクルトさんもディルクさんも大変だろう。
でも、私だってさっき翼竜を殲滅した時のように魔物と戦う術は持ち合わせているのだ。
「私も戦います」
「そうしていただきたいのは山々ですが、今はアルフレッド様の容態が一刻を争うのです」
「え……?」
「このままでは全身に毒が回って呼吸困難に陥るか、出血多量で命を落とすことになるでしょう」
──王弟殿下が死んでしまうかもしれない。
その現実に頭が真っ白になる。
「あなたには転移魔法があるでしょう。それですぐに王都まで飛んで下さい。王宮には優秀な魔術師や治癒師や医官が数多く揃っています。それに治療の設備も充実している。ここでただ進行を遅らせるだけの治癒魔法を使い続けながら戦うよりも、確実にアルフレッド様の為になります」
「だったら、クルトさんとディルクさんも一緒に!」
そう提案した途端、首を横に振られてしまう。
「我々は一緒には行けません。転移魔法はただでさえ大きな魔力を必要とする魔法です。いくらあなたの魔力が強大でも、さすがに四人もの人間を遠く離れた王都まで転移させるとなると、消費する魔力は桁違いの筈です」
確かにクルトさんのいうことは尤もで。私自身、転移魔法に必要な魔力がどのくらいかどころか、自分の魔力量さえ把握出来ていない。
「……例え私ひとりであっても成功するとは限りません。でも試してみる価値はあると思うのです」
「だからこそ、確実な手を打っておきたいのです。これはあなたなら出来ると信じているからこその提案です。 それに我々はこれからやってくる魔物が危険だと承知の上で、駆逐せずに逃げるような真似は死んでも出来ません。──騎士の誇りにかけて」
クルトさんの最後の一言にディルクさんも大きく頷いている。
「わかりました。でも王弟殿下を無事に王宮に送り届けたらすぐに戻って加勢します」
「頼もしいですね。では意地でもまだまだ若い人には負けないというところを見せなければなりません」
「ああ、ひよっこに心配されるにはまだ早いってところを見せてやる」
クルトさんとディルクさんの言葉に後押しされ、私は漸く二人を残して転移魔法で一旦王都に戻る決心をした。
そして。
すっかり力を無くした王弟殿下の手をしっかりと握り締めると、こんな時、一番頼りになりそうなカイル様の顔を思い描く。
すると、すぐに頭の中に呪文の言葉が浮かんできた。
この言葉が浮かんでくるってことは使えるってことだよね!? お願い!どうか成功して!!
私は転移魔法の成功を心の底から祈りながら、古代魔法語の呪文を詠唱した。
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