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58.竜の咆哮
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『翼竜』自体はそれほど厄介な魔物ではない。 私もこの旅で二度ほど遭遇し、倒したことがある。
──問題はその数だった。
私の探査が間違っていなければ、優に三十匹はいるだろうと思われる。
どういう訳かはわからないが、そんな集団が真っ直ぐこちらに向かってきている状態なのだ。 本当に遭遇することになれば、それだけたくさんの翼竜の集団に、たった四人で立ち向かわなければならないということになる。
「チッ!なんでこんなとこに集団で現れんだよ! まさかこれもアイツの置き土産とか言わねぇだろうな!」
舌打ちした後、吐き捨てるようにそう言った王弟殿下は、既に鞘から抜いていた剣を天に翳し何やら呪文を唱えると、今度はそれを勢いよく地面へと突き立て、再び呪文を唱え出す。
何が行われたのかわからず戸惑う私に、すぐ隣にいたクルトさんがその行為の意味を説明してくれた。
「あれは王族だけが使える結界魔法です。 アルフレッド様は今、周辺に結界を張って空間を閉鎖する準備をされているのですよ。 あれだけの飛竜の集団を倒すとなるとどうしても周りに甚大な被害が出る可能性がありますし、何よりここから先へは一匹たりとも通す訳にはいきませんから。
──あれが通常の飛竜であればこれで充分対処可能なのですがね……」
クルトさんのその言葉には僅かに苛立ちのような感情が滲んでいる。
こんな余裕のないクルトさんを見るのは初めてで。 これから確実に起こるであろう今まで経験したことがないレベルの大量の魔物の襲来を前に、私は益々緊張を深めていくばかりだった。
そして。
やはり王弟殿下の『置き土産』という言葉と、さっきのクルトさんの最後の一言がどうしても気にかかる。
基本的に翼竜は個々の能力に優劣がない上、魔物の中でも上位種である竜種なので、基本単体で行動することが多く、今回のように明確な意思を持って集団行動するケースは稀なのだ。
例外があるすれば、突然変異などで他の個体よりも能力が勝ったリーダー的存在が現れた場合、というのがあげられるのだが、この二人の口振りでは、どうもそれ以外の原因を考えているように思えてならないのだ。
まさかこれも七年前に起きたという人為的な魔物の襲来に関係しているのだろうか……?
もしも、術者が存在しなくなってからもそんなに強力な影響を及ぼし続けるのだとしたら、『魔術書』というものは本当に恐ろしい存在なのだと改めて実感させられると共に、『魔術書』から得た力で魔物を自在に操り、七年経った今でも王弟殿下を苦しめ続けているような強力な呪いを生み出した彼女が相当凄い術者だったのだと思い知らされる。
そんなことを考えながら、遠くの空に向かってジッと目を凝らしていると。
遥か西の空に、徐々に大きくなってくる複数の黒い影を認めることが出来た。
「いいか。ここでヤツらを絶対に全滅させる。この先にある人間の居住区へは一匹たりとも進ませねぇ。
アイツら全部が結界の有効範囲に入ったら、俺は呪文を発動する。クルトは俺のフォローを頼む」
「畏まりました」
「アーサー、やり方はお前が考えたあの方法でいい。でも数が多過ぎるから風魔法は使わずに、先ずはアイツらの翼に氷の刃で風穴を開けて打ち落とすことだけに専念しろ」
「……わかりました」
「ディルク。アーサーがアイツらを落としたら、片っ端から止とどめを刺してくれ。俺も結界を完成させ次第加勢する」
「承知致しました」
王弟殿下は地面に刺さったままの剣から手を離すことなく、翼竜が来る方向をじっと見据えながら矢継ぎ早に指示を出す。
私は自分の役割がハッキリしたことで、妙なプレッシャーを感じてしまい、一瞬返事が遅れてしまった。
すると。
「アーサー。お前はごちゃごちゃ難しいことを考えなくてもいい。とにかく集中しろ。 集中力を無くした時に怖いのは、攻撃を失敗することじゃねぇ。 隙が出来たことにより自分や仲間を危険に晒すことだからな。 集中してりゃ自分がどう動けばいいか自然とわかってくるもんだ。
──いいか、俺が言ったこと絶対に忘れんなよ!」
王弟殿下から檄が飛ぶ。
私は一旦目を閉じて大きく深呼吸すると、猛スピードで近付いてくる翼竜を見据えながら、今度こそ躊躇うことなく「わかりました」と答えたのだった。
その後、ものの五分ほどで飛竜の集団が私達のすぐ側まで迫ってきた。
王弟殿下が結界を発動させ、クルトさんがその周囲の護りに入る。
ディルクさんは剣を手に前方へと走り出し。
私は意識を集中させ、飛竜に向かって次々と氷の刃を飛ばしていった。
『グワァァァァァッ!!』
『ギャァァァァァーーーッ!!』
翼部分の薄い皮膜を氷の刃に貫かれ、バランスを失って地面へと落ちた翼竜達が怒りの咆哮をあげる。
それはすぐにディルクさんの剣により、瞬く間に断末魔の叫びに変わり始め、更に結界魔法を完成させた王弟殿下とクルトさんが攻撃に加わったことで、怨嗟の雄叫びとない交ぜになり大きく拡がっていく。
私はといえば。 とにかく翼竜を全てを打ち落とし、尚且つ空から降り注ぐ氷の刃を前線にいる三人に当ててしまわないよう素早く溶かすということだけで手一杯の状態だった。
その時。
リィィーーーン……
またしてもあの音が私の頭の中に鳴り響く。
途端に私の集中力は削がれ、コントロールにミスが生じてしまった。
一匹の翼竜が咆哮をあげながら真っ直ぐに私のほうに突っ込んでくる。 攻撃しなければと思うのに、身体が金縛りにでもあったかのように動けない。
──ああ、これが本で読んだ『竜の咆哮』の効果というものか……。
それは全てがゆっくりとした早さで目に映るというのに私は瞬きひとつすら出来ず。自分の呼吸や心臓の音だけがやたらと大きく聞こえるのに周りの音は何も聞こえないという不思議な感覚で。
私は身動ぎひとつ出来ずに、他の個体よりも一回り大きい翼竜をただただぼんやりと眺めていた。
あ、これが群れのリーダーだ……。
気付いたところでどうすることも出来ない。
「バカッ!何やってんだッ!!」
王弟殿下の怒号がどこか遠いところから聞こえてくる。
次の瞬間。
「「アルフレッド様ッ!!」」
目の前で血飛沫を上げながらゆっくりと傾いでいく王弟殿下の姿に──。
──私は漸く状態異常から抜け出せたのだった。
──問題はその数だった。
私の探査が間違っていなければ、優に三十匹はいるだろうと思われる。
どういう訳かはわからないが、そんな集団が真っ直ぐこちらに向かってきている状態なのだ。 本当に遭遇することになれば、それだけたくさんの翼竜の集団に、たった四人で立ち向かわなければならないということになる。
「チッ!なんでこんなとこに集団で現れんだよ! まさかこれもアイツの置き土産とか言わねぇだろうな!」
舌打ちした後、吐き捨てるようにそう言った王弟殿下は、既に鞘から抜いていた剣を天に翳し何やら呪文を唱えると、今度はそれを勢いよく地面へと突き立て、再び呪文を唱え出す。
何が行われたのかわからず戸惑う私に、すぐ隣にいたクルトさんがその行為の意味を説明してくれた。
「あれは王族だけが使える結界魔法です。 アルフレッド様は今、周辺に結界を張って空間を閉鎖する準備をされているのですよ。 あれだけの飛竜の集団を倒すとなるとどうしても周りに甚大な被害が出る可能性がありますし、何よりここから先へは一匹たりとも通す訳にはいきませんから。
──あれが通常の飛竜であればこれで充分対処可能なのですがね……」
クルトさんのその言葉には僅かに苛立ちのような感情が滲んでいる。
こんな余裕のないクルトさんを見るのは初めてで。 これから確実に起こるであろう今まで経験したことがないレベルの大量の魔物の襲来を前に、私は益々緊張を深めていくばかりだった。
そして。
やはり王弟殿下の『置き土産』という言葉と、さっきのクルトさんの最後の一言がどうしても気にかかる。
基本的に翼竜は個々の能力に優劣がない上、魔物の中でも上位種である竜種なので、基本単体で行動することが多く、今回のように明確な意思を持って集団行動するケースは稀なのだ。
例外があるすれば、突然変異などで他の個体よりも能力が勝ったリーダー的存在が現れた場合、というのがあげられるのだが、この二人の口振りでは、どうもそれ以外の原因を考えているように思えてならないのだ。
まさかこれも七年前に起きたという人為的な魔物の襲来に関係しているのだろうか……?
もしも、術者が存在しなくなってからもそんなに強力な影響を及ぼし続けるのだとしたら、『魔術書』というものは本当に恐ろしい存在なのだと改めて実感させられると共に、『魔術書』から得た力で魔物を自在に操り、七年経った今でも王弟殿下を苦しめ続けているような強力な呪いを生み出した彼女が相当凄い術者だったのだと思い知らされる。
そんなことを考えながら、遠くの空に向かってジッと目を凝らしていると。
遥か西の空に、徐々に大きくなってくる複数の黒い影を認めることが出来た。
「いいか。ここでヤツらを絶対に全滅させる。この先にある人間の居住区へは一匹たりとも進ませねぇ。
アイツら全部が結界の有効範囲に入ったら、俺は呪文を発動する。クルトは俺のフォローを頼む」
「畏まりました」
「アーサー、やり方はお前が考えたあの方法でいい。でも数が多過ぎるから風魔法は使わずに、先ずはアイツらの翼に氷の刃で風穴を開けて打ち落とすことだけに専念しろ」
「……わかりました」
「ディルク。アーサーがアイツらを落としたら、片っ端から止とどめを刺してくれ。俺も結界を完成させ次第加勢する」
「承知致しました」
王弟殿下は地面に刺さったままの剣から手を離すことなく、翼竜が来る方向をじっと見据えながら矢継ぎ早に指示を出す。
私は自分の役割がハッキリしたことで、妙なプレッシャーを感じてしまい、一瞬返事が遅れてしまった。
すると。
「アーサー。お前はごちゃごちゃ難しいことを考えなくてもいい。とにかく集中しろ。 集中力を無くした時に怖いのは、攻撃を失敗することじゃねぇ。 隙が出来たことにより自分や仲間を危険に晒すことだからな。 集中してりゃ自分がどう動けばいいか自然とわかってくるもんだ。
──いいか、俺が言ったこと絶対に忘れんなよ!」
王弟殿下から檄が飛ぶ。
私は一旦目を閉じて大きく深呼吸すると、猛スピードで近付いてくる翼竜を見据えながら、今度こそ躊躇うことなく「わかりました」と答えたのだった。
その後、ものの五分ほどで飛竜の集団が私達のすぐ側まで迫ってきた。
王弟殿下が結界を発動させ、クルトさんがその周囲の護りに入る。
ディルクさんは剣を手に前方へと走り出し。
私は意識を集中させ、飛竜に向かって次々と氷の刃を飛ばしていった。
『グワァァァァァッ!!』
『ギャァァァァァーーーッ!!』
翼部分の薄い皮膜を氷の刃に貫かれ、バランスを失って地面へと落ちた翼竜達が怒りの咆哮をあげる。
それはすぐにディルクさんの剣により、瞬く間に断末魔の叫びに変わり始め、更に結界魔法を完成させた王弟殿下とクルトさんが攻撃に加わったことで、怨嗟の雄叫びとない交ぜになり大きく拡がっていく。
私はといえば。 とにかく翼竜を全てを打ち落とし、尚且つ空から降り注ぐ氷の刃を前線にいる三人に当ててしまわないよう素早く溶かすということだけで手一杯の状態だった。
その時。
リィィーーーン……
またしてもあの音が私の頭の中に鳴り響く。
途端に私の集中力は削がれ、コントロールにミスが生じてしまった。
一匹の翼竜が咆哮をあげながら真っ直ぐに私のほうに突っ込んでくる。 攻撃しなければと思うのに、身体が金縛りにでもあったかのように動けない。
──ああ、これが本で読んだ『竜の咆哮』の効果というものか……。
それは全てがゆっくりとした早さで目に映るというのに私は瞬きひとつすら出来ず。自分の呼吸や心臓の音だけがやたらと大きく聞こえるのに周りの音は何も聞こえないという不思議な感覚で。
私は身動ぎひとつ出来ずに、他の個体よりも一回り大きい翼竜をただただぼんやりと眺めていた。
あ、これが群れのリーダーだ……。
気付いたところでどうすることも出来ない。
「バカッ!何やってんだッ!!」
王弟殿下の怒号がどこか遠いところから聞こえてくる。
次の瞬間。
「「アルフレッド様ッ!!」」
目の前で血飛沫を上げながらゆっくりと傾いでいく王弟殿下の姿に──。
──私は漸く状態異常から抜け出せたのだった。
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