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56.廃村の秘密
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王弟殿下の口から、ここが王太子殿下がでっち上げた私の経歴に使われている村だと聞かされた私は言葉を失った。
ここにこうして連れて来られたということは、ずっとアーサーの出自に疑問を抱いていたと云うことに他ならないだろうし、今更下手な言い訳など通用しないということだけはわかる。
「ここがお前の出身地である『ロイド村』の筈なんだがな。どうしてこの村出身のお前が、自分の村のことをわからないんだ?」
「それは……」
「まあ、答えられる筈がないことくらいはわかってるがな。
──で?お前の言い分を聞こうか」
言い分と言われても、正直どの程度まで本当のことを話したらいいのか、その加減がさっぱりだ。
どうしようかと考えれば考えるほど、どうするのが正解かわからなくなっていく。
何も答えられないでいる私に、王弟殿下の射すような視線が向けられる。
私はその嘘は許さないと云わんばかりの視線に耐えられず、思わず俯いてしまった。
すると。
「まあ、お前が『ロイド村のアーサー』じゃないってことは薄々わかってた。でもって、お前がその名前に隠された意味を知らねぇらしいってことも」
とっくにバレていたという事を知らされ、今度はどう答えていいのかわからずにいると。
「ちょっと、昔話ってやつをしてやろうか。
この村はな、七年前まで普通に人が住んで生活していた、ごく普通の田舎の小さな村だった。それが、ある日、たったひとりを除いて突如として姿を消したんだ。
──信じられないほどの大きな魔力が使われた痕跡とともにな」
思いもよらない話を切り出され、私は軽く目を見開いた。
「当時、第一師団の団長に就任したばかりの俺は、国王陛下である兄貴の命令で、団の精鋭五名と共に調査のためにこの村へと派遣された。
──そしてここで俺は信じられない光景を目の当たりにした」
おそらくクルトさんとディルクさんはここであったという出来事のことを知っているのだろう。
二人ともどこか沈んだような表情で沈黙している。
「そこにいたのは自らを魔王と名乗る人物と、ソイツによって石に変えられた住民達の姿だった」
物語か何かだと思いたいほどのとんでもない話に、青褪めずにはいられない。
恐る恐る視線を彷徨せると、延び放題の草に覆われているために気づきにくいものの、あちこちで崩れ落ちて風化したような石の塊のようなものが見える。
あれがかつて人間だったものかと思うと、あまりの惨さに堪えきれないものが自然とせり上がってきてしまいそうになり、私は爪が食い込む程に拳を強く握り締めることで、必死に込み上げてくる嘔吐感と戦った。
こんなことじゃいけない。
そうはわかっていても生理的に滲んでくる涙をとめることは出来なかった。
「俺がここに到着した時には、既に石像の大半は壊されて原型を留めていなかった。それだけヤツがこの村の住民に向ける憎しみが深かったということだろう。まあ、ヤツの憎悪の対象はこの村だけじゃなかったんだけどな……」
意外にも、魔王と名乗った人物に対する憐憫の情を感じさせるような王弟殿下の口振りに、私は震える声で問い掛けた。
「一体何が……?」
そこまでしなければならないほどの憎しみがどのようなものか想像もつかない。
「十年程前、この村から初めて魔力持ちの人間が出た。ソイツはほんの少しの魔力しか持ってはいなかったが、魔力を持つ人間は全て国の管理の対象となるため、当然ソイツも国に登録し、王都にある魔法学校に入学した。
そして、規定の一年で普通に卒業したソイツは、普通に王都にある研究機関に就職した。ここまではよくある話だ」
そこで一旦話を区切った王弟殿下は、酷く疲れたようにひとつ大きく息を吐き出した。
「……七年前、ソイツは職場の休暇を利用して初めて里帰りをした。 だが、久々に帰ってきた故郷で待っていたのは、家族全員の死亡の知らせと、了承した覚えのない村長の息子との結婚の事実だった」
魔王と名乗った人物が女性であったことに驚きつつも、その人物に起こった最悪な出来事に何も言葉が出てこない。
王弟殿下は苦々しい表情を隠そうともせずに話を続けた。
「村長は魔力持ちと認められた人間に対して国から支払われる補助金と、ソイツが家族のために王都から月々送ってくる仕送り欲しさに家族全員を皆殺しにし、自分達がその立場に成り代わるために息子と結婚させてたんだ。村人達はそれを薄々察していながら見てみぬふりをしていたらしい」
「そんな事って……」
その話に強い嫌悪感を覚えつつも、何故そんな事になってしまったのか疑問に思わずにはいられない。
国から支払われる補助金ははっきり言って名目上だけと言っても過言ではないほど微々たる金額であり、それを受け取ったからといって、家族全員が普通に暮らしていけるほどの額には程遠い。仕送りの事を考えれば多少生活にゆとりが出るだろうとは思うが、いくらここが王都から遠く離れた田舎の村で、物価に違いがあったとしても、贅沢が出来るほどの金額ではない筈だ。
だからこそ、それを得るために殺人を犯すほどの価値があるようには思えない。
「この辺一帯は今はエセルバート公爵領となっているが、嘗ては別の貴族が納める領地だった。 十年程前、突然領主が代替わりした頃から急激に領民達の生活に余裕がなくなっていったらしい。 新しい領主は、正直領地経営に向いていないほどの強欲な人間で、領民は容赦なく課せられる高い税金に苦しんでいた。──たぶん色んな意味で限界だったんだろう」
「だからってそんなの……!」
「人間というやつはどこまでも強欲になれる醜い生き物だし、時には僅かな糧を得るために人を殺すことも厭わない身勝手な生き物だ。
──そして全てを憎むあまり、禁忌を犯すことだって出来る。それが人間だ」
どこか虚しさを感じさせる王弟殿下の言葉に、私はハッとさせられた。
確か七年前。
とある領地で魔物が大量発生し、町や村、農地や山林だけでなくそこに暮らす人々も襲われ大きな被害を受けたということがあった筈。
しかも天災かと思われたそれは、実は国から出ている魔物対策費を横領した領主が、決められた対策をきちんと行っていなかったために起こった人災だったことがわかり、領主だった子爵は爵位剥奪の上、死罪となり、それに加担した者全員が処刑された。
そして私の記憶が確かならば、その領地は一旦国に返還された後、すぐに他の領地に統合されていた気がする。
その話と、今聞いた内容から察するに、恐らく魔物の大量発生は、魔王を名乗る人物による本当の人災だったのだろう。
あれ? でもちょっと待って。
魔王なんて名乗る以上は物凄い魔力を思った人ってことだよね……? なんてたって魔物を呼んだり、人間を石に変えたり出来るくらいだし。
王都からも大きな魔力を使った形跡を感じたっていうくらいだから相当だと思うんだけど。
でも確かさっき王弟殿下はその人のこと、『ほんの少しの魔力しか持っていなかった』っていってたような……。
だったら何故、と思ったところでふと気付く。
不自然なまでの急激な魔力の増幅。
その話、なんかどこかで聞いたことある話どころか、それと酷似した状況を身を以て体験してるような気がするんだけど……。
「この世界には、信じられないような魔力を与えてくれる古代の魔術書が存在する」
全てを見透かしているような王弟殿下の言葉に、私は身を強張らせた。
「『魔術書に魅入られし者』」
「……え?」
「魔術書の力で莫大な魔力を得た者をそう呼ぶんだ。
──お前のその力もそういうことなんだろ?」
ここにこうして連れて来られたということは、ずっとアーサーの出自に疑問を抱いていたと云うことに他ならないだろうし、今更下手な言い訳など通用しないということだけはわかる。
「ここがお前の出身地である『ロイド村』の筈なんだがな。どうしてこの村出身のお前が、自分の村のことをわからないんだ?」
「それは……」
「まあ、答えられる筈がないことくらいはわかってるがな。
──で?お前の言い分を聞こうか」
言い分と言われても、正直どの程度まで本当のことを話したらいいのか、その加減がさっぱりだ。
どうしようかと考えれば考えるほど、どうするのが正解かわからなくなっていく。
何も答えられないでいる私に、王弟殿下の射すような視線が向けられる。
私はその嘘は許さないと云わんばかりの視線に耐えられず、思わず俯いてしまった。
すると。
「まあ、お前が『ロイド村のアーサー』じゃないってことは薄々わかってた。でもって、お前がその名前に隠された意味を知らねぇらしいってことも」
とっくにバレていたという事を知らされ、今度はどう答えていいのかわからずにいると。
「ちょっと、昔話ってやつをしてやろうか。
この村はな、七年前まで普通に人が住んで生活していた、ごく普通の田舎の小さな村だった。それが、ある日、たったひとりを除いて突如として姿を消したんだ。
──信じられないほどの大きな魔力が使われた痕跡とともにな」
思いもよらない話を切り出され、私は軽く目を見開いた。
「当時、第一師団の団長に就任したばかりの俺は、国王陛下である兄貴の命令で、団の精鋭五名と共に調査のためにこの村へと派遣された。
──そしてここで俺は信じられない光景を目の当たりにした」
おそらくクルトさんとディルクさんはここであったという出来事のことを知っているのだろう。
二人ともどこか沈んだような表情で沈黙している。
「そこにいたのは自らを魔王と名乗る人物と、ソイツによって石に変えられた住民達の姿だった」
物語か何かだと思いたいほどのとんでもない話に、青褪めずにはいられない。
恐る恐る視線を彷徨せると、延び放題の草に覆われているために気づきにくいものの、あちこちで崩れ落ちて風化したような石の塊のようなものが見える。
あれがかつて人間だったものかと思うと、あまりの惨さに堪えきれないものが自然とせり上がってきてしまいそうになり、私は爪が食い込む程に拳を強く握り締めることで、必死に込み上げてくる嘔吐感と戦った。
こんなことじゃいけない。
そうはわかっていても生理的に滲んでくる涙をとめることは出来なかった。
「俺がここに到着した時には、既に石像の大半は壊されて原型を留めていなかった。それだけヤツがこの村の住民に向ける憎しみが深かったということだろう。まあ、ヤツの憎悪の対象はこの村だけじゃなかったんだけどな……」
意外にも、魔王と名乗った人物に対する憐憫の情を感じさせるような王弟殿下の口振りに、私は震える声で問い掛けた。
「一体何が……?」
そこまでしなければならないほどの憎しみがどのようなものか想像もつかない。
「十年程前、この村から初めて魔力持ちの人間が出た。ソイツはほんの少しの魔力しか持ってはいなかったが、魔力を持つ人間は全て国の管理の対象となるため、当然ソイツも国に登録し、王都にある魔法学校に入学した。
そして、規定の一年で普通に卒業したソイツは、普通に王都にある研究機関に就職した。ここまではよくある話だ」
そこで一旦話を区切った王弟殿下は、酷く疲れたようにひとつ大きく息を吐き出した。
「……七年前、ソイツは職場の休暇を利用して初めて里帰りをした。 だが、久々に帰ってきた故郷で待っていたのは、家族全員の死亡の知らせと、了承した覚えのない村長の息子との結婚の事実だった」
魔王と名乗った人物が女性であったことに驚きつつも、その人物に起こった最悪な出来事に何も言葉が出てこない。
王弟殿下は苦々しい表情を隠そうともせずに話を続けた。
「村長は魔力持ちと認められた人間に対して国から支払われる補助金と、ソイツが家族のために王都から月々送ってくる仕送り欲しさに家族全員を皆殺しにし、自分達がその立場に成り代わるために息子と結婚させてたんだ。村人達はそれを薄々察していながら見てみぬふりをしていたらしい」
「そんな事って……」
その話に強い嫌悪感を覚えつつも、何故そんな事になってしまったのか疑問に思わずにはいられない。
国から支払われる補助金ははっきり言って名目上だけと言っても過言ではないほど微々たる金額であり、それを受け取ったからといって、家族全員が普通に暮らしていけるほどの額には程遠い。仕送りの事を考えれば多少生活にゆとりが出るだろうとは思うが、いくらここが王都から遠く離れた田舎の村で、物価に違いがあったとしても、贅沢が出来るほどの金額ではない筈だ。
だからこそ、それを得るために殺人を犯すほどの価値があるようには思えない。
「この辺一帯は今はエセルバート公爵領となっているが、嘗ては別の貴族が納める領地だった。 十年程前、突然領主が代替わりした頃から急激に領民達の生活に余裕がなくなっていったらしい。 新しい領主は、正直領地経営に向いていないほどの強欲な人間で、領民は容赦なく課せられる高い税金に苦しんでいた。──たぶん色んな意味で限界だったんだろう」
「だからってそんなの……!」
「人間というやつはどこまでも強欲になれる醜い生き物だし、時には僅かな糧を得るために人を殺すことも厭わない身勝手な生き物だ。
──そして全てを憎むあまり、禁忌を犯すことだって出来る。それが人間だ」
どこか虚しさを感じさせる王弟殿下の言葉に、私はハッとさせられた。
確か七年前。
とある領地で魔物が大量発生し、町や村、農地や山林だけでなくそこに暮らす人々も襲われ大きな被害を受けたということがあった筈。
しかも天災かと思われたそれは、実は国から出ている魔物対策費を横領した領主が、決められた対策をきちんと行っていなかったために起こった人災だったことがわかり、領主だった子爵は爵位剥奪の上、死罪となり、それに加担した者全員が処刑された。
そして私の記憶が確かならば、その領地は一旦国に返還された後、すぐに他の領地に統合されていた気がする。
その話と、今聞いた内容から察するに、恐らく魔物の大量発生は、魔王を名乗る人物による本当の人災だったのだろう。
あれ? でもちょっと待って。
魔王なんて名乗る以上は物凄い魔力を思った人ってことだよね……? なんてたって魔物を呼んだり、人間を石に変えたり出来るくらいだし。
王都からも大きな魔力を使った形跡を感じたっていうくらいだから相当だと思うんだけど。
でも確かさっき王弟殿下はその人のこと、『ほんの少しの魔力しか持っていなかった』っていってたような……。
だったら何故、と思ったところでふと気付く。
不自然なまでの急激な魔力の増幅。
その話、なんかどこかで聞いたことある話どころか、それと酷似した状況を身を以て体験してるような気がするんだけど……。
「この世界には、信じられないような魔力を与えてくれる古代の魔術書が存在する」
全てを見透かしているような王弟殿下の言葉に、私は身を強張らせた。
「『魔術書に魅入られし者』」
「……え?」
「魔術書の力で莫大な魔力を得た者をそう呼ぶんだ。
──お前のその力もそういうことなんだろ?」
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