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55.旅路の果て

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 たった二日の休養で一応の回復をした私は、予定より一日早く最初の街を後にすることができた。


 それから二週間。

 王弟殿下に私が魔法を使って変身していたのがバレたらどうしよう、なんて無駄な心配をしていた事もあったが、それが全くの杞憂だったとわかってからの私は絶好調。

 苦手にしていた剣で魔物と対峙することも出来るようになってきたし、何より、空を飛ぶ魔物をスムーズに狩れるようにもなったのだ。

 風魔法で魔物のバランスを崩したところで、魔法で作った氷の刃で翼を貫通させれば、勝手に空から落ちてくる。そこを狙ってトドメを刺せば、あっという間に狩りは終了。 地上の魔物を狩る時と違って、魔法で地面に開けた穴をまた魔法で埋め戻すという手間もないため、無駄な労力も使わない。

 お陰で、野宿する回数も減り、通ってきた町や村の比較的いい宿に泊まることが出来た上、採れた素材をギルドに売ることが出来て懐も随分温まった。

 さて、次はどんなとこかな~。楽しみ!

 漸く冒険ではなく旅らしくなってきたきたことに少しだけウキウキしながら、馬をのんびり歩かせる。
 最初の頃より私が成長した事で、こういった移動にも多少の時間の余裕が持てるようになり、時折立ち止まっては自然素材の採取なども出来るようになったのだ。


「随分ご機嫌ですね。何か良いことでもありましたか?」

「やっと魔法や剣を使いこなせるようになってきたから嬉しくて」

「あとは術式の構築だけですね。そちらもこれから頑張りましょう」

「はい!」


 クルトさんに声を掛けられ、俄然やる気の私は笑顔で頷いた。


 最初の街に辿り着くのにあんなに手こずったのはなんだったのかと思うほど、あれからハイペースで旅は進み、今、私達は王弟殿下がこの旅の最終目的地と決めた村へと向かっている最中だ。


 ところが。

 その村に近づくにつれ、ご機嫌の私とは対称的に王弟殿下の様子がおかしいような気がしてならないのだ。

 最初は私のせいで通常なら王都から五日で辿り着ける距離を、一ヶ月近くかけて移動する羽目になったことを怒っているのかとも思ったのだが、クルトさん曰くそれは最初から想定の範囲内だそうで。

 じゃあ、一体何が原因なのかと考えたところで、最初の街での偶然の遭遇のことかと戦々恐々としたものの、すぐにそれも違うようだとわかってからは、さっぱり見当がつかなかったため、速やかに考えるのをやめた。

 口数が減り、常に何かを考え込んでいる様子の王弟殿下は、普段標準装備だったチンピラ仕様がすっかり鳴りを潜め、憂いを帯びた貴公子といった雰囲気になっている。

 これが正しいの王族の姿だとわかっていても、罵倒されなくなった事になんか物足りないと思ってしまう自分がいたりして。……慣れって怖い。


 そんな事をつらつらと考えながら馬を進めていると。


「アーサー、こちらです」


 私のすぐ前の位置で馬を歩かせていたクルトさんにそう言われ、正直面食らった。

 え……?ここ?

 クルトさんの指の先にあるのは、今まで馬を歩かせてきたような整備された道ではなく、ただの森。

 鬱蒼と生い茂っている草木が覆い隠しているせいで、一見しただけではそれが道だと気付く人はいないだろう。

 チラリと王弟殿下を窺い見ると、険しい表情でその道の先をジッと見据えている。

 もしかして、王弟殿下が憂鬱そうにしてたのって、村へと続く道がこんなことになってるのを知ってたから、とか?

 内心どういう事かと首を傾げていると。


「では行きましょうか」


 クルトさんはそう一声掛けてから、先頭にたって藪の中に入っていった。

 続いて王弟殿下、私、ディルクさんの順で馬を進めていく。


 踏み固められた土の状態で、かろうじて嘗て使われていた道であることがわかるものの、とても人が歩いて通れるような状態ではなく、馬で進むのすらも結構大変だ。

 大きく道にはみ出した枝を避け、人の背丈程ある草を踏み分けながらひたすら前進すること一時間。

 漸く視界が開け、民家らしき建物が点在する場所に出ることが出来た。


 しかし。

 生活道路であると思われるところには、先程ここにくる道中程の背丈ではないものの、足の踏み場もないほどの雑草が生い茂り、民家や店だと思われる建物は、あちこち傷んでいるのに修繕されているような気配すら見当たらない。

 そして何よりも、人の気配というものが全くしないため、まさしく『うらぶれた村』といった言葉がしっくりくるのだ。


「まさかここが目的地ってことはないですよね?」


 何か得体の知れないものが出てきそうな陰鬱な雰囲気に耐え兼ねてそう尋ねると。


「あ?ここが目的地じゃ、なんか都合の悪いことでもあんのか?」


 不機嫌さマックスの王弟殿下の言葉に、慌てて首を横に振った。

 都合の悪いことなんてないが、出来るなら今晩ここに泊まるのは遠慮したい。──まあ、言えるわけないけど……。


「ここは、今は誰も住んでない廃村だがな、かつてはちゃんと生活している人間がいたんだよ」

「廃村……?」


 何でそんなところに用があるのか聞きたいのはやまやまだが、とてもそれを聞けるような雰囲気ではない。


「そんなに驚くことかよ。見りゃわかんだろうが。 それとも何か? お前、ここがどこかわかってねぇとか言うつもりか?」


 国内の地理は頭に入っていても、方向音痴の私では今自分がどこにいるのか皆目見当がつかなかった。


「……申し訳ございません」


 謝ることしか出来ずにいると。


「なあ、小僧。お前の名前は何だ」

「……アーサー・ロイド ですが」


 唐突な話題転換に戸惑いながらも新しい人生を歩むにあたって王太子殿下から授けられた名前を口にする。


「お前の名乗っている『ロイド』という名字は、出身の村の名前だと聞いたが本当か?」

「……はい」


 決められた設定どおりのことを確認され、素直に肯定すると。
 途端に、王弟殿下の口の端に皮肉に満ちたような笑みが浮かんだ。

 ──嫌な予感しかしない。


「確かお前の出身の『ロイド村』はエセルバート公爵領の端にあるんだったな……?」


 その含みのある物言いに、鈍さでは定評のある私でも、それがどういうことかピンときた。

 まさか……!


「ここがそのエセルバート公爵領最果ての村、『ロイド村』だ」
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