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53.クルトの事情聴取 その1※クルト視点

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「では、部屋も移動したことですし、じっくりお話を伺いましょうか。」


 突然アーサーの部屋に飛び込んで来て、突拍子もないことを言い出したアルフレッド様と一緒に、アルフレッド様が使われている部屋へと移動した私は、少々うんざりした気分でそう尋ねました。

 アルフレッド様はご自分の行動が少々バツが悪かったのか、先程までの勢いはありません。


「……さっき街で具合の悪そうな女を助けた」


 具合の悪い女性と聞いて真っ先に、先程血相変えて戻ってきたアーサーの事が思い浮かびました。


 そういえば、あの子はさっき何か言いたそうな顔をしてましたねぇ。

 ……まさかとは思いますが、あの姿でアルフレッド様と遭遇したということなんでしょうか。

 それはまたおもしろ……、……失礼。大変なことになったものです。


「で、その女性は?」

「……逃げられた」

「おや、まあ、それはそれは……」

「おもしろがってんじゃねぇぞ」


 ついいつもより口元が緩んでしまっていたらしく、不貞腐れたような表情のアルフレッド様から恨みがましい視線が飛んできてしまいました。


「おもしろがっているわけではないですが、非常に興味深いなと思いまして。で、逃げられたから呪いが効かなかったと仰りたいのですか?見ず知らずの男性相手に恥じらっていただけなのでは?」

「恥じらって、というより青褪めてたな。最初戸惑ってるだけかと思ってたんだが、目があった瞬間、信じられないものを見るような目付きで逸らされた」

「それだけのことで呪いが効かないと?」


 アルフレッド様に掛けられている呪いというのは、先程ご自身でアーサーに説明されていたように『目があった女性をひと目で虜にする呪い』というものなのです。

 正確にいうならば『自分より魔力の低い女性』に対して、目があった瞬間に精神干渉系の魔法で禁呪とされている『魅了の魔法』を発動してしまうという些か厄介なもので、その効果は相手の魔力に比例します。

 つまりは魔力がない相手ほど効果が高く、簡単にアルフレッド様の事を好きになってしまうということなのですが、残念なことにアルフレッド様に匹敵する魔力を持っている人間などほぼいないので、言い方は悪いですが所謂『入れ食い』状態になってしまうのです。


 それだけ聞くと、女性にモテたいと願う男性ならば垂涎ものの便利な能力のように聞こえますが、少し目があっただけで誰かれ構わず自分に好意を寄せてくるなどということは実際におこると非常に煩わしく、私は少しも羨ましいとは思えません。

 国内でも極一部の人間しか知らない国家機密となっているこのアルフレッド様にかけられた呪いは、七年前、ロイド村に突如として現れた『魔術書に魅入られし者』から受けた呪いであり、その者が絶命の寸前に放ったその魔法は術者本人が死んでも解呪できないという怨念の結晶のような呪いなのでした。

 実際アルフレッド様もその呪いに掛かった直後は意中の女性だけでなく、目があった女性全員から漏れなく好意を寄せられるという状態に辟易していたようにも見えたのですが、ある時から気持ちを切り換えたのか、はたまた天性の女好きという血が寝覚めたのか、御本人はそれを利用して王位に相応しくないというアピールがてら華やかな生活を送られています。


「でもって、こっちは必死に気を惹こうと、さりげなく手を握ってみたり、名前を聞いてみたりしたんだが、気が惹けるどころか手を振り払われて凄い勢いで逃げられた。普通の女だったらそこでポーッとなるか、メロメロになるか、少なくとも頬を染めるくらいはするはずだ」

「左様でございますか……」


 一緒にいる時のアルフレッド様しか知らない奥手のアーサーが、アルフレッド様に口説かれて動揺した様子が目に浮かぶようです。さぞや驚いた事でしょう。後でさりげなく状況を聞き出さねば。

 あ、言っておきますが面白がっているわけではないですよ。ただ興味深いと思っているだけで。


「その方はどのような女性だったのでしょう?」


 その女性が誰かということをほぼ確信しながらも、万が一ということもあるのでしっかりとそこのところを確認しておかねばなりません。


「輝くような金色の髪に、エメラルドグリーンの瞳。透き通るような白い肌。そして、目に毒といえるほどの素晴らしいプロポーション。身なりも上等だったし、身のこなしもそこら辺にいる街娘とは違う。あれは絶対貴族の令嬢だな。しかも俺に匹敵するくらいの魔力持ち」


 それを聞いて、私はアルフレッド様が出会ったという『呪いの効かない女性』がアーサーであると確信しました。


「この旅が終わって城に戻ったら絶対に会いにいってやる。魔力持ちは全員国に登録されてんだから、どこの誰だか簡単にわかるだろ」


 いつになくやる気に満ちたその表情に、聞かされた私は苦笑いするしかありません。
 何せ幻が相手では絶対に見つからないことは分かりきっていますから。


 それにしても、アルフレッド様のこのご様子。

 いくら呪いの効かない女性が存在していることが嬉しかったとはいえ、今日あった嬉しい出来事を帰宅後すぐに母親に聞いて貰いたくて堪らない子供のようで非常に驚かされています。

 まさかこの方がそのような真似をなさるとは。

 いつもなら他人の事情を積極的に聞き出したいとは思えない私も、些か興味が湧いてきました。


「アルフレッド様はその方を探しだしてどうなさるおつもりで?」

「実は前々から考えていたことがあってな。呪いの効かない女が現れたら、絶対にフェリクスの妃にしようと思ってたんだ。釣り合いがとれる家柄の娘なら正妃に、そうじゃなかったら側室にすればいいと思ってな」


 斜め上をいく発想に私は不覚にも一瞬固まってしまいました。

 先程のご様子から察するに、アルフレッド様はあの姿になったアーサーに並々ならぬご興味を示された──つまりは一目惚れというものをされたのだと思っていたからです。


「……その方を王太子妃に……?ご自分のお相手ではなく」

「ああ。俺の呪いにかからない貴重な人材だぞ?そういう人間はそれに相応しい場で活躍してもらうべきだと俺は思う。義姉上のようにな」


 アルフレッド様は王位に対し微塵も興味を示されることはありませんし、普段はわざと適当に見えるような言動をされていらっしゃいますが、その心の奥底には常に王族に相応しい矜持をお持ちです。

 アルフレッド様の性格を考えるに、フェリクス様が王位に就かれ、次代の王太子様がご誕生されるまで、ご自分の幸せのことなど考えようともしないのでしょう。


 ──でも、人の心ほどままならないものはありません。


 アーサーの隠された事情といい、アルフレッド様の一目惚れといい、これは少々厄介なことになりました。
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