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45.センスの問題

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    あれから私達は王都から一番近い魔物の生息地帯である『魔の森』で三日もの時間を過ごすことになった。

 通常なら半日ほどで抜けられる森に何故三日も滞在することになったのか……。


 それはひとえに私のせいです……(汗)。


 次の街へ行く前にこの森で魔物を狩って素材を手に入れ、旅の軍資金を得て街に向かう予定だったのだが、その素材集め自体が予想以上に難航しているのだ。

『魔の森』と呼ばれているだけのことはあり、素材となる魔物がウヨウヨとまではいかなくてもそれなりにいる。
 もちろんその魔物の強さもピンキリなのだが、基本ひとりでは手に負えないような強さの魔物は生息していない。

 それにも関わらず素材集めが捗っていないのは、私がその魔物を素材が取れる状態で仕留められてないからだった。


 私。壊滅的に戦いのセンスがないようで……。


 エセルバート公爵家での一ヶ月間の特訓の成果もあり、剣や魔法での攻撃は一応魔物に通用するレベルにはなっている。
 ただ、剣の稽古や魔法の練習の時のように、『これからこういうことをこういう感じでやるぞ』という心構えをすることが出来ないせいか、魔物と対峙しなきゃならない状況で咄嗟の判断での加減というものが一切出来ないのだ。


 その結果。


 身体強化の魔法を使いつつ剣を振るえば、大事な素材となる部分を損傷させ。火魔法や雷魔法を使えば消し炭にし。水魔法を使えば周りを全て水没させ。氷魔法を使えば魔物以外も全て凍りつかせて自分まで戦闘不能状態になり。風魔法に到っては、勢いが強すぎて一瞬で目の前から魔物が消えたりすることもある。

 お陰で素材集めが捗らないどころか、自分や味方にまで被害が出る始末。

 王弟殿下の私を見る目が最初の苛立ちや呆れたようなものから、段々と可哀想な子を見るような感じになってきてるのがいたたまれない。


「お前さ、力を加減するとかっていう融通は効かねぇワケ?」

「……スミマセン」


 効かせようと頑張ってるんですが、まだそこまで使いなれてないんです。

 そう言ったところで天才と名高い王弟殿下に通用するとは思えないので、とりあえず神妙な顔で謝っておく。


 呪いの恩恵で膨大な魔力量があるらしい私は、意識して加減をしないと結構な威力の魔法になってしまうらしいのだ。

 普通の状態なら魔法の規模も調整することが出来るのだが、咄嗟の場合だと、どの程度の力で魔法を使えば丁度いいのか考えてる余裕がない。

 ここに来るまで魔法においては術式の構築が最大の難関だと思っていた私だったが、余裕のない状況で魔法の威力を判断するということもなかなかの難易度だということがわかった。


 これってやっぱり剣の事も含めてセンスの問題だと思うのです。

 王弟殿下にそう進言してみたところ。


「じゃあ、センスのない奴は身体が覚えるまで反復しろ」


 あっさりそう返され、私は身体が覚えるまでひたすらこの森の魔物を狩ることが決定したのだった。


 サヨナラ……。私の快適宿屋ライフ……。いつになったら野性味溢れるこの生活とおさらば出来るんだろう……。
 お風呂入りたい。ベッドで寝たい。フカフカのパンが食べたい……。


 そこに辿り着くまでの道のりがあまりに遠く感じて、私は涙目になっていく。


「俺もそろそろこんな禁欲生活に耐えられねぇから、すぐにでも次の街に進みてぇんだよ。マジで気合い入れてさっさと覚えてくれ」


 最初に基本自給自足だって言ってたくせに自分勝手な理由で発破をかけられ、私のやる気は一気にダウンした。


「アルフレッド様。そんな言い方では折角のやる気も無くなってしまいます。それに出来ないことを一番気にしてるのは本人ですよ。こういう場合は本人がやる気になれるような言葉掛けを心掛けてください」


 救いの神が来た!!

 声のした方向を見ると、そこにはいつもと変わらぬ柔和な笑みを浮かべるクルトさんがいた。


「クルトさん!」


 思わず喜色満面でクルトさんの名前を呼ぶと、王弟殿下に盛大に舌打ちされてしまった。


「チッ!──単純なヤツめ……」


 クルトさんは私と王弟殿下の中間あたりの位置で横に立つと、いつもどおりの笑みを浮かべながら口を開く。


「アルフレッド様。アーサーの場合は気合いを入れたくらいでどうにかなるものではないと思います。我々が一ヶ月間付きっきりで特訓してもダメだったものが、いくら環境が変わったとはいえ、たった三日で改善するとは思えませんから」

「お前も結構酷いこと言ってるけどな……」


 王弟殿下はクルトさんの言葉を受けて、憐れむような視線で私の顔をチラリと見た。


「しかも言われた本人気付いてねぇし……」


 ボソッと呟くようにそう言われたが、クルトさんが言ったことは事実なので、私は特に何とも思わない。

 それに下手に何か言おうものなら王弟殿下の容赦ない撃がやってくることは必至なので黙っておいた。


「ちょっと考えたんですけど」


 クルトさんが私にチラリと視線を送る。

 何だろう?


「アーサーは街に行ったらやりたいことってありますか?」


 唐突な質問に戸惑いながらも、大きく頷く。

 ……そりゃ、山ほどあります。

 返事をするために口を開きかけたところで、王弟殿下が先に喋りだしてしまった。


「だから、それがやりたかったら自分で稼げって最初に言っただろうが」

「アルフレッド様。おそらくそれではプレッシャーになるばかりで上手くいかないのだと思います。なので責任制ではなく、ご褒美制にしてみませんか?」

「どういう事だ?」

「とりあえず手っ取り早くやる気をアップさせましょう」


 ニッコリと微笑むクルトさんの目が一瞬あざとい感じに見えたのは気のせい、だよね……?


「ねぇ、アーサー、魔物と対峙して臨機応変に対応できるようになったら、ご褒美をあげましょう。
──次の街であなたがやりたいこと、全て叶えてあげますよ」

「本当ですか!?」


 それまで自分のセンスのなさに色んなことを諦めかけていた私は、クルトさんの提案に凄い勢いで食い付いた。


「ええ。それにはまず、素材を採取できる状態で魔物を倒せるよう頑張りましょうね。それが出来たら素材の価値に関係なく次の街に進みましょう。だから、そうなるまで諦めずに反復練習しましょうね。」


 優しく耳障りのよいクルトさんの声が、やる気を無くした私の心に沁みていく。

 やっぱりクルトさんって優しい……。

 単純な私は俄然やる気を取り戻したのだった。
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