上 下
43 / 71

43.男達の密談 その1※アルフレッド視点

しおりを挟む
「なあ、クルト。お前ホントは全部事情知ってんだろ?だからさっき俺の追及の邪魔したんだよな?」

「さあ、何の事やら。私は陛下のご命令に従い動くだけの人間ですので、何とも」


 俺の問い掛けに対し、クルトは是とも否とも答えてくれなかった。しかし、その性格をよく知る俺にとっては、その的外れとも思える答えは真実を確かめる上で充分な肯定の返事だった。

 やっぱり、コイツは何か知ってるらしいな。さて、どうやって聞き出そう……。

 表面上は柔和な笑顔を崩さず一見人当たりが良さそうなクルトだが、その実、煮ても焼いても食えない厄介な人物なのだと俺は身を持って知っている。素直に聞いたところで親切に情報を提供してくれるとは思えない。

 厳つい見た目のディルクのほうが余程温かみのある人間だと、二人をよく知る人間なら誰もが口を揃えて言うだろう。

 なのに。アイツときたら。計算し尽くされたクルトの上部だけの優しさにコロッと騙されやがって……。

 俺は少し離れた所で無邪気に寝ている『アーサー・ロイド』に目をやった。


 今日一日慣れぬことばかりで疲れはてたのか、今はグッスリと眠っていて、俺達の話し声で起きる気配もない。その寝顔はあどけない子供のようで、転移魔法なんていうとてつもなく高度な魔法を使えるようにはとても見えなかった。

 一方、俺とクルト、そしてディルクは焚き火を囲んでアイツには聞かせられない話の真っ最中だ。
 話題の中心は勿論、非常識なことを仕出かしてくれたアイツの事。

 アイツがここに戻ってくる手段として使ったのは、まさかの転移魔法。しかも、その術式はおそらく、現在緊急時の手紙のやり取りなどで使われているものとは全く違うだろうと思われるものだった。

 手紙の転移魔法はあらかじめ決められた場所に物を転移させるというだけのもので、アイツが使った魔法のように転移先が臨機応変に選べるものではない。しかも、その術式を発動させるには、紙一枚転移させるだけでもかなりの魔力を必要とするのだが、アイツは枝だけでなく自分の身体までもを転移させるという大魔法を平然とやってのけたのだ。

 アイツの保有している魔力量が桁外れに多いのか、それともアイツの使った術式が極端に少ない魔力で出来るものなのかはわからない。

 でも、現在実用化されている連絡用の転移魔法の術式を苦心の末ようやく生み出した身としては、人間が移動出来るほどの転移魔法をいとも簡単に使う様子を目の前で見せられると、はっきり言って立つ瀬がない。

 俺は苛立ち紛れにアイツが俺の頭に降らせた枝を火にくべた。


「アイツは一体何者だ?」

「そう言った事情は一切聞かされておりません。我々はただ、『彼』の教育をするために陛下直々のご命令でエセルバート公爵家に出向しているだけですから」


 クルトの隣に座っているディルクも無言で頷き同意する。


「ディルク・アーロンにクルト・エイベル。国王陛下の近衛隊の両翼と云われるお前達が、いくら優秀な人材候補とはいえ、魔法学校入学前の子供の指導なんざ、わざわざする必要ねぇよな」


 俺が咎めるような鋭い視線を向けると、二人揃って苦笑いした。


「クルトの言うとおり、我々は本当に彼の事情とやらを知らんのです。ご容赦下さい」


 大きな身体を窮屈そうに折り曲げてディルクが頭を下げてくる。俺は深いため息を吐くと、忠誠心の塊とも云える二人と交互に視線を合わせた。

 ディルクとクルトは国王陛下の身辺を護る近衛隊に所属しており、滅多な事ではその側を離れることはない忠実な騎士だ。その二人が揃いも揃ってひとりのガキに付きっきりとなれば、どう考えても、その『滅多な事』というものが起きていると思って間違いないだろう。

 武芸全般に秀でたディルクは陛下の右の翼。カイルと俺の次に高い魔力を持ち、特に攻撃魔法を得意とする優秀な魔術師のクルトは陛下の左の翼といわれている。そんな二人が派遣されてきた挙げ句、王弟である俺まで出張らせるなんざ、どんな破格待遇の人間だ……。


「こんだけの面子が揃ってて、まさかただのガキのお守りに付き合わされてるだけってオチはねぇよなぁ?」


 俺が遠回しに探りを入れると、すかさずクルトの攻撃がやってくる。


「少なくとも私やディルクはアルフレッド様のように何か王都にいられなくような事態を引き起こした覚えはないので、そういう役目ではないと断言出来ますが」


 明らかに嫌味とわかるクルトの言葉に、俺は心底嫌そうな顔をしてやった。

 実を言うと、俺も最初、兄貴とフェリクスからこの話をされた時、てっきりこの間の意図せず起こしてしまった揉め事に対する個人的な罰なのかと思ってしまった。でなけりゃ、一応王族である俺にこんな役目が回ってくるはずがない。

 因みにその揉め事とは、とある侯爵夫人から一方的に懸想され、面倒そうなのでやんわりお断りしたところ逆恨みされ、危うく刃傷沙汰になるところだったというものだ。

 俺はそのほとぼりが醒めるまで宮廷に顔を出すこともままならない事態となり、最近漸く以前と変わりない生活に戻ったばかりだったのだが。


「……その件ならとっくにカタがついてんだよ」

「私は別にこの間の出来事だけを申し上げてる訳ではございませんよ?」


 いけしゃあしゃあと王弟である俺に意見してくるクルトに対し、口では絶対敵わないことを察した俺は、げんなりしながら話題の矛先を変えた。


「……アイツの事、お前ら個人の見解として聞かせてくれ」

「そうですね。あくまでも私個人の見解として申し上げるのならば、『彼』は本人が名乗っている名前のとおりの『ロイド村のアーサー』でないことだけは確かでしょうね」

「……ロイド村、だと?」


 俺はその言葉に目を眇めると同時に、最初にアイツの事を聞いた時、兄貴とフェリクスにその素性を深く掘り下げて聞いておかなかったことを心底後悔した。

 ロイドという名字は決して珍しいものじゃない。しかも、『ロイド村』の人間がこの世に存在するはずがないことを、誰でもない、俺が一番よく知っているだけに、アイツが『ロイド村』の出身だから『アーサー・ロイド』と名乗ってるとは考えもしなかったのだ。

 ディルクのほうに目をやると、何やら苦虫を噛み潰したような顔で黙り込んでいた。ディルクも『ロイド村』に関しては思うところがあるのだろう。


「……その話、本当なのか?」

「ええ。本人はその生き残りだという設定を主張しています。──まあ、そんなはずがない事は我々が一番よく知っているんですがね」

「……ああ、そうだな。そんなはずはねぇ」


 クルトは『絶対あり得ないこと』という前提で話をしているようだが、俺にとっては『絶対にあってはならないこと』だけに、ロイド村の話題を出され、変な緊張で自然と身体が強張っていく。


「……最後の生き残りは俺がこの手で間違いなく抹殺した」


だから絶対あり得ない。俺は自分にそう言い聞かせた。

しおりを挟む

処理中です...