上 下
40 / 71

40.聞くと見るとは大違い その2

しおりを挟む
    がむしゃらに焚き火に使う小枝を集めていた私は、いつの間にかうっかり森の奥深くまで入り込んでしまっていた。

 ……はっきり言って、絶賛迷子中です(泣)

 両手で抱えきれないほどの小枝を集めることできたことは喜ばしいが、哀しいかな。帰り道がわからない。森は同じような木があちらこちらに生い茂っていて、どこもかしこも似たような景色となっており、自分がどこから来て、どこに戻ればいいのかさっぱりわからない状態になっているのだ。

 そういった場合はどうすればいいのか。自分の中に蓄えてきた知識を必死に呼び起こしてみる。

 森で迷ったら、まずは落ち着いて、太陽の位置を頼りに自分の行きたい方角を推測するんだったよね……?

  早速私は、それを実践してみることにした。

 日が暮れかけている今、太陽があるのは西の方角。私がいる『魔の森』は王都の北側に位置している。

……ということは、南の方角に歩いて行けば王弟殿下がいる今夜の宿泊ポイントに行き着くはず!!

 そう考えた私は小枝を抱えたまま、ひたすら南と思われる方角に進んでみた。


 ところが──。


 王弟殿下がいるはずの場所に全く辿り着く気配がない。しかも、何故だか来た時の倍くらい歩いている気さえする。

 この方法は私自身は本で読んだだけの知識ではあるが、数々の本で取り上げられてきた方法であり、何かしらの根拠があって試されてきた方法に違いないのだ。

 もしかして、覚え間違いしてるとか……?

 不安な気持ちになっているせいか疲労感が増してきて、湿った地面を踏み締める足がやけに重く感じられる。それでも私は自分自身を鼓舞するように回復の魔法を使いつつ、王弟殿下がいると思われる方角に向かって森の中をひたすら歩き続けた。


 やがて日はとっぷりと暮れ、元々薄暗い森が完全に闇に覆われる頃、私はある決断をした。

 ……というかさすがにせざるを得なかった。

 夜になったらなったで、星を読んで方角を確認するという方法もあるらしいが、背の高い木々に囲まれて空もろくに見えない状態じゃ、目印となる星を探すだけでも一苦労だし、最早それを試そうと思うだけのガッツが足りない………。自分の知識と本来の実力だけで勝負するのは潔く諦めることにした。

 私には『聖魔の書』の呪いという素晴らしい恩恵があるのだ。

 全てを失ってまで手に入れた能力を、こんな時に使わないでどうする!!

 自分でも現金なものだとは思うが、すぐに気持ちを切り替えると、どんな魔法を使って今夜の宿泊ポイントに戻ろうか考え始めた。自力での術式の構築は大の苦手だが、呪いの力を使うのならば面倒な工程は全て省くことが出来る。

 なんといっても、頭の中でこういう感じの魔法が使いたいって思うだけだし。

 カイル様には、『他人に仕組みを説明出来ない力は余程の場合でない限り使わないほうがいい』と言われているが、今、この状態は『余程の場合』に該当すると思うので、遠慮なく使わせてもらうことにする。

 うーん。どうせだったら一気にあの場所まで戻れる魔法がいいな。

 となると、転移魔法か……。

 転移魔法といえば、遠く離れた場所にいる者同士で手紙などのやり取りが簡単にできる術式が既に存在している。ただ、その術式は大きな魔力を必要とするため、術式が込められた魔石は非常にお値段も高く、一般には流通していないし、それを持つことのできる人間は王族や有力貴族、裕福な商人達に限られている。しかもその通信手段はそんな彼等でさえも緊急連絡以外の目的で気軽に使用することはまずない。

 小さな手紙を送るだけでも相当な魔力を必要とするんだったら、人間ひとりを移動させるとなると一体どれ程の魔力が必要となるんだろうか?

 …………。


 暫し考えてみたものの、全く見当もつかないので、とりあえず身を持って体験してみることに決めた。

 もちろん難しい術式であることは間違いないと思うが、『聖魔の書』の力で構築した術式なら、既存の転移魔法ほど魔力を必要としないかもしれない。それに万が一多くの魔力を必要とするものでも、今の私はベルク国内で一番高い魔力を持った人間なのだ。普通の魔術師で補えるレベルならば、それほど問題はないかもしれない。

 聞くと見るとは大違い。

 言葉そのものの意味はちょっと違うかも知れないが、『聞いた話(本で得た知識)』と『実際に見たもの(実際の状況)』とでは大きな違いがあるという現実を、この僅か数時間で嫌というほど思い知った私にそれを試さないという選択肢はない。

 よし決めた!すぐやろう。遅くなればなるほど王弟殿下に馬鹿にされる度合いも跳ね上がる。

 かといって特殊な魔法を使ったことがバレるのも困るから、すぐ近くまで転移して、そこからは大急ぎで走ってきたことにしよう!!

 早速近くに転移しようと考えたところで、自分の今いる位置も、転移する場所がどこかということもわからないことに改めて気付き愕然とする。

 確か転移魔法って予め決められた目印となる場所に物を送るという術式だったような。

 ところが、ここはどこも同じような景色が広がっているだけの森。目印になりそうな物など思い当たらなかった。

 どうしよう……。


 少しだけ悩んだ結果。


 物じゃなくても、いいよね!目印があればいいんだから!!

 疲れすぎていて変なテンションになってしまい、やたらポジティブになっていた私は、すぐにあの場所で一番目立つ王弟殿下の顔を思い浮かべ、そこから少し離れた位置に移動するという事をイメージした。

 途端に頭の中に古代魔法語の呪文が浮かんでくる。

 その言葉を口にすると──。


 一瞬の浮遊感と共に、いきなり視界が大きくブレた。

 思わず反射的に目を閉じてしまった私が、いきなり何かにぶつかったような衝撃に驚き、目を開けた瞬間に見たものは──。




 ゆらゆらと揺らめく炎。バラバラに散らばった小枝。驚いた様子のディルクさん。


 そして──。


 明らかに不機嫌そうな王弟殿下の顔だった。


「何でこんな真似したのか、遅くなった理由も含めてじっくり聞かせてもらおうじゃねぇか」


 確かに少し離れた場所ってだけで、具体的な距離とかは考えなかったけどさ……。

 王弟殿下との距離、推定1メートル。

 この距離ってどうなの!?

 私は自分の失敗を覚り、盛大に顔を引きつらせたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

婚約破棄ですか? でしたら貴方様には、その代償を払っていただきますね

柚木ゆず
ファンタジー
 婚約者であるクリストフ様は、私の罪を捏造して婚約破棄を宣言されました。  ……クリストフ様。貴方様は気付いていないと思いますが、そちらは契約違反となります。ですのでこれから、その代償を受けていただきますね。

処理中です...