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38.『冒険』の始まり
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ギルドに私の名前を登録し、旅に必要な全ての準備を調えた私達はあっという間に王都を後にした。
馬に揺られ、先頭を行く王弟殿下の後ろ姿をぼんやり眺めながら、私はあらためてエセルバート公爵であるカイル様の偉大さを実感していた。
エセルバート公爵家を出て、最初に向かった所は王都にある冒険者ギルドだった。
ギルドに私の名前を登録するにあたり、まずは身元の確認というものが不可欠となる。
私の詐称しまくりな身分と経歴では登録自体ができないのではないかと内心冷や汗ものだったのだが──。
そこはエセルバート公爵カイル様からの紹介状というスーパーアイテムであっさり解決。
登録審査は拍子抜けするほどあっさり終わった。
そんな感じで、ものの数分でギルドの建物を出た私は、晴れて新米冒険者アーサー・ロイドとしての一歩を踏み出したのだった。
私達は今、王都から一番近い魔物の生息地である『魔の森』へと向かっている。
まずは初心者らしく王都から一番近い森で、ギルドに買い取って貰えそうな素材の収集をすることになったのだ。
私は初めての経験に少しだけ不安に駆られながらも、何がなんでも野宿という事態を避けるべく、懸命に自分を奮い立たせていた。
お風呂や洗濯は浄化の魔法でどうにかなるとはいっても、食べる物はお伽噺のように魔法で簡単に出てくる訳ではない。
それに、いくら今は男だということになってるとはいっても、大自然の中で男性三人と一緒に適当に雑魚寝するという事態は出来ることなら避けたいと思っている。
一応お年頃の女の子なので、色々憚られることもある。
何もかも失ってしまった私ではあるが、乙女心と羞恥心は失っていないつもりだ。
王弟殿下曰く、宿に泊まれるかどうかは私の手腕にかかってるらしいので、ここは意地でも頑張るしかない。
日暮れまであと少し。
これから先の旅の軍資金とまではいかなくても、今晩の食事と寝床を確保するくらいの成果をあげて、夜になる前に次の街に辿り着きたいなどと虫がいいことを考えていたのだが。
どう考えても無理っぽいよね……。
それに、何をどれだけ手に入れればいくらになるかさっぱりわからない……。
ギルドに行った時にそういう一覧表みたいな物は掲示してなかった気がするし……。
う~ん。困った……。
そもそもいくらあれば宿に四人で泊まれるかいうことすらもわからない。
そこで私は初めて、自分が世の中の色んな値段の相場というものをろくに知らない事に気が付いたのだ。
貴族の令嬢らしくないと散々言われ続けてきた私だが、それは所詮、貴族の中での感覚であって、世間一般では充分に世間知らずのお嬢様だったのだと痛感させられた。
「おい、小僧。馬に乗ったまま寝てんじゃねぇぞ」
「……寝てません」
「じゃあ、ボーッとしてんじゃねぇよ。ホントに落ちるぞ」
いつの間にか私と並んで馬を駆けさせていた王弟殿下に声を掛けられ、私はようやくそこで自分が随分と考え事に夢中になっていた事に気が付いた。
「……ちょっと考え事してただけです」
私の答えに、王弟殿下は何故か私達の後ろを走っていたディルクさんとクルトさんに片手を挙げて合図を出し、馬の速度を緩めていった。
私も王弟殿下に倣って馬の速度を緩めると、並ぶようにしてゆっくり馬を歩かせていく。
「で、そんなに顔色悪くするほど何が気になってんだ?」
私は自分の世間知らずを実感していたとはとても言えず、仕方なく尤もらしい理由を口にした。
「いや……。ギルドってこんなに簡単に登録できるんだな、とかそんな事です」
私の言葉を聞いた途端、王弟殿下は『なんだそんな事か』とでも言いたげな、つまらなそうな表情になった。
この調子では、先程まで考えていたことを正直に話したところで馬鹿にされるだけだろうから絶対に言いたくない。
「そりゃそうだろ。お前の身元はエセルバート公爵家と王族である俺が保証することになってんだからな」
「え?」
エセルバート公爵家だけでなく、王弟殿下までもが私の身元保証人ってどういう事?
全く聞いてないんですけど……。
私が内心首を傾げていると。
「……ちょっと休憩するか」
王弟殿下が後ろの二人に再び合図を出し、馬を止めた。
まだ森に入ってからそんなに時間が経っていないので、私としては休憩よりもさっさとやることをやって次の街でゆっくり身体を休めたいという気持ちのほうが強かったのだが、王弟殿下の決定に異を唱えられるはずもないので、大人しく指示に従う事にした。
私が自分の馬を木に繋いでいると、既に自分の馬を繋ぎ終わった男性陣が集まって話をしている姿が見えた。
自分のペースで動いていたら待たせてしまうということに気付いた私は急いで馬を繋ぎ終わると、慌てて男性陣の元へと向かう事にする。
ところが。
焦ってしまったのがいけなかったのか、私の元々の性格の問題なのか。
ろくに足元を見ずに駆け出した私は、地中から大きく張り出した木の根にうっかり躓つまずいてしまったのだ。
──絶対転ぶっ!!
一瞬のうちにこれから訪れる衝撃と痛みを覚悟したのだが、ラッキーなことに(?)予想していたような事態は起こらなかった。
「何やってんだ。お前は……」
呆れたような声と共に宙に浮いていた私の身体がゆっくりと地面に着地する。
何が起こったのかわからず目を白黒させている私に、
「転ぶ寸前に風魔法で身体を浮かせたんだよ」
と、王弟殿下がご丁寧に説明してくれた。
どうやら魔法を使って助けてくれたということらしい。
お陰でみっともなく転がらずに済んだことを知り、私はすぐに体勢を整えると王弟殿下に頭を下げた。
「……申し訳ございませんでした」
「お前もうちょっと気をつけろよ。こんなことくらいでいちいちケガしてたら、この先やっていけねぇぞ」
「……はい。スミマセン……」
「──まだ何にも旅らしいことしてない内からこの状態じゃ、先が思いやられるぜ……」
どこか遠い目をしてため息を吐いた王弟殿下に、私はただただ自分が情けなくなってくる。
魔物と遭遇して戦う前にうっかり転んでケガなんかして、魔力を消費する人間は私くらいのものなのだろう。
軽く落ち込む私を他所に、男性陣は二、三言言葉を交わすと、すぐに散り散りに行動し始めた。
もしかしたらすぐにでも魔物狩りに出るのかもしれない。
そう意識した途端、私の中の緊張感が一気に高まっていく。
ひとりだけ状況把握が出来ていない私は、自己判断で勝手な真似をしないよう、まずは王弟殿下の指示を仰ぐことにした。
すると。
「今日は初日だし、とりあえず移動はこの辺にしておくことになった。──お前も準備手伝ってこい」
「え?」
「今日はここで野宿だぞ」
冒険初日の終了と共に、あっさりと今夜の宿泊場所がここに決定した事を告げられ、私は一気に脱力したのだった。
馬に揺られ、先頭を行く王弟殿下の後ろ姿をぼんやり眺めながら、私はあらためてエセルバート公爵であるカイル様の偉大さを実感していた。
エセルバート公爵家を出て、最初に向かった所は王都にある冒険者ギルドだった。
ギルドに私の名前を登録するにあたり、まずは身元の確認というものが不可欠となる。
私の詐称しまくりな身分と経歴では登録自体ができないのではないかと内心冷や汗ものだったのだが──。
そこはエセルバート公爵カイル様からの紹介状というスーパーアイテムであっさり解決。
登録審査は拍子抜けするほどあっさり終わった。
そんな感じで、ものの数分でギルドの建物を出た私は、晴れて新米冒険者アーサー・ロイドとしての一歩を踏み出したのだった。
私達は今、王都から一番近い魔物の生息地である『魔の森』へと向かっている。
まずは初心者らしく王都から一番近い森で、ギルドに買い取って貰えそうな素材の収集をすることになったのだ。
私は初めての経験に少しだけ不安に駆られながらも、何がなんでも野宿という事態を避けるべく、懸命に自分を奮い立たせていた。
お風呂や洗濯は浄化の魔法でどうにかなるとはいっても、食べる物はお伽噺のように魔法で簡単に出てくる訳ではない。
それに、いくら今は男だということになってるとはいっても、大自然の中で男性三人と一緒に適当に雑魚寝するという事態は出来ることなら避けたいと思っている。
一応お年頃の女の子なので、色々憚られることもある。
何もかも失ってしまった私ではあるが、乙女心と羞恥心は失っていないつもりだ。
王弟殿下曰く、宿に泊まれるかどうかは私の手腕にかかってるらしいので、ここは意地でも頑張るしかない。
日暮れまであと少し。
これから先の旅の軍資金とまではいかなくても、今晩の食事と寝床を確保するくらいの成果をあげて、夜になる前に次の街に辿り着きたいなどと虫がいいことを考えていたのだが。
どう考えても無理っぽいよね……。
それに、何をどれだけ手に入れればいくらになるかさっぱりわからない……。
ギルドに行った時にそういう一覧表みたいな物は掲示してなかった気がするし……。
う~ん。困った……。
そもそもいくらあれば宿に四人で泊まれるかいうことすらもわからない。
そこで私は初めて、自分が世の中の色んな値段の相場というものをろくに知らない事に気が付いたのだ。
貴族の令嬢らしくないと散々言われ続けてきた私だが、それは所詮、貴族の中での感覚であって、世間一般では充分に世間知らずのお嬢様だったのだと痛感させられた。
「おい、小僧。馬に乗ったまま寝てんじゃねぇぞ」
「……寝てません」
「じゃあ、ボーッとしてんじゃねぇよ。ホントに落ちるぞ」
いつの間にか私と並んで馬を駆けさせていた王弟殿下に声を掛けられ、私はようやくそこで自分が随分と考え事に夢中になっていた事に気が付いた。
「……ちょっと考え事してただけです」
私の答えに、王弟殿下は何故か私達の後ろを走っていたディルクさんとクルトさんに片手を挙げて合図を出し、馬の速度を緩めていった。
私も王弟殿下に倣って馬の速度を緩めると、並ぶようにしてゆっくり馬を歩かせていく。
「で、そんなに顔色悪くするほど何が気になってんだ?」
私は自分の世間知らずを実感していたとはとても言えず、仕方なく尤もらしい理由を口にした。
「いや……。ギルドってこんなに簡単に登録できるんだな、とかそんな事です」
私の言葉を聞いた途端、王弟殿下は『なんだそんな事か』とでも言いたげな、つまらなそうな表情になった。
この調子では、先程まで考えていたことを正直に話したところで馬鹿にされるだけだろうから絶対に言いたくない。
「そりゃそうだろ。お前の身元はエセルバート公爵家と王族である俺が保証することになってんだからな」
「え?」
エセルバート公爵家だけでなく、王弟殿下までもが私の身元保証人ってどういう事?
全く聞いてないんですけど……。
私が内心首を傾げていると。
「……ちょっと休憩するか」
王弟殿下が後ろの二人に再び合図を出し、馬を止めた。
まだ森に入ってからそんなに時間が経っていないので、私としては休憩よりもさっさとやることをやって次の街でゆっくり身体を休めたいという気持ちのほうが強かったのだが、王弟殿下の決定に異を唱えられるはずもないので、大人しく指示に従う事にした。
私が自分の馬を木に繋いでいると、既に自分の馬を繋ぎ終わった男性陣が集まって話をしている姿が見えた。
自分のペースで動いていたら待たせてしまうということに気付いた私は急いで馬を繋ぎ終わると、慌てて男性陣の元へと向かう事にする。
ところが。
焦ってしまったのがいけなかったのか、私の元々の性格の問題なのか。
ろくに足元を見ずに駆け出した私は、地中から大きく張り出した木の根にうっかり躓つまずいてしまったのだ。
──絶対転ぶっ!!
一瞬のうちにこれから訪れる衝撃と痛みを覚悟したのだが、ラッキーなことに(?)予想していたような事態は起こらなかった。
「何やってんだ。お前は……」
呆れたような声と共に宙に浮いていた私の身体がゆっくりと地面に着地する。
何が起こったのかわからず目を白黒させている私に、
「転ぶ寸前に風魔法で身体を浮かせたんだよ」
と、王弟殿下がご丁寧に説明してくれた。
どうやら魔法を使って助けてくれたということらしい。
お陰でみっともなく転がらずに済んだことを知り、私はすぐに体勢を整えると王弟殿下に頭を下げた。
「……申し訳ございませんでした」
「お前もうちょっと気をつけろよ。こんなことくらいでいちいちケガしてたら、この先やっていけねぇぞ」
「……はい。スミマセン……」
「──まだ何にも旅らしいことしてない内からこの状態じゃ、先が思いやられるぜ……」
どこか遠い目をしてため息を吐いた王弟殿下に、私はただただ自分が情けなくなってくる。
魔物と遭遇して戦う前にうっかり転んでケガなんかして、魔力を消費する人間は私くらいのものなのだろう。
軽く落ち込む私を他所に、男性陣は二、三言言葉を交わすと、すぐに散り散りに行動し始めた。
もしかしたらすぐにでも魔物狩りに出るのかもしれない。
そう意識した途端、私の中の緊張感が一気に高まっていく。
ひとりだけ状況把握が出来ていない私は、自己判断で勝手な真似をしないよう、まずは王弟殿下の指示を仰ぐことにした。
すると。
「今日は初日だし、とりあえず移動はこの辺にしておくことになった。──お前も準備手伝ってこい」
「え?」
「今日はここで野宿だぞ」
冒険初日の終了と共に、あっさりと今夜の宿泊場所がここに決定した事を告げられ、私は一気に脱力したのだった。
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