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36.決意

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「ちょっと待ってください!急に旅に出るってどういう事ですか!?」


 王弟殿下の斬新過ぎる提案に、さすがのカイル様も慌てているらしく、口調が随分砕けている。


「どういうって言われてもなぁ。……強いて言うならコイツに今必要だと思うから?」


 のんびりとした口調の上、何故か疑問系で言葉を返されたカイル様は、苛立ったように語気を荒げた。


「だ、か、ら。──何でそんなことが必要なのかって聞いてるんですっ!ここじゃダメなんですかっ?!」


 それは私も切に聞きたい。

 せっかく環境が整っているここを出て、わざわざ旅に出なきゃいけない理由は何でしょう?


「ここじゃコイツの弱点を克服できないからだよ」


 しれっと答えた王弟殿下に、カイル様が訝し気な視線を向ける。


「……弱点?」

「コイツ、実は結構世間知らずなんじゃねぇ?でもって、知識だけは豊富にある頭でっかちだろ?」


 うっ……、当たってます。

 こんな短時間で私の事を正確に理解出来るなんて、王弟殿下はなかなか観察眼が優れている人物らしい。


「こういうタイプは実践で現実と知識とのズレをまず理解して、その場に合った対応ができるように感覚を修正していくしかないんだよ」

「……実践ならしておりますが」

「それは、お前が手配した人間相手だろうが。衣食住が保証されてて命の危険がないとわかってるここじゃ、コイツはいつまで経っても小賢しい知識を頭の中で捏ねくり回してからしか行動しようとしねぇ。
そんなんだから、立合いで相手から予想がつかない事をされると剣の動きに対応出来なかったり、新しい術式を生み出すとかっていう、正しい答えが用意されてるわけじゃねぇような事が出来ねぇんだよ」


 王弟殿下の話を聞いて、私は妙に自分の中で納得できる部分があった。

 確かに私はまず自分が知識として取り入れて、完全に理解してからでないと行動に反映できないという面がある。

 言われてみれば私は突発的な出来事に弱い。
 知識はあるし、冷静であれば対応策も難なく弾き出せるのだが、それを一瞬で判断して行動に移すということが得意ではないのだ。

 それに王弟殿下の言うとおり、答えが用意されていないものを過程も含めて一から考えて、尚且つ他者にもわかるよう説明するということも結構苦手だったりする。

 私は物凄く不器用な人間なのだ。

 カイル様も今までの私の行動を見てきて思い当たる節があるのか、複雑な表情をしていた。


「実際の現場に立ったら、頭で考えてから行動してたんじゃ間に合わねぇんだよ。自分を殺そうと襲いかかってくる敵が、お前の考えが纏まるまで待っててくれるのか?即座に行動しなきゃ確実に殺られるぞ。
──コイツはそれを一回経験しなきゃ理解できねぇんだよ」


 前半は私に、後半はカイル様に向けてそう言い放つ。


「しかし、いきなり旅に出ると仰られても……」


 いくら死ぬ気で頑張れと言っても、ホントに死ぬような目に合いかねない旅に送り出すのはカイル様も気が引けるのだろう。

 明らかに納得し難いと思っているのが伝わってくる言葉に、王弟殿下から冷やかな視線が送られた。


「誰もお前にも付き合ってくれとは言ってない。だから代わりにお前のトコの人間を貸してくれといってるんだ。それだったら問題はないし、すぐにでも出発できるだろうが」

「え!?すぐ?!」


 思わず声を上げた私に、王弟殿下から容赦ない言葉が浴びせられた。


「あ?何だ、小僧。まさかこの俺に教えを乞う立場でありながら、俺の行動に文句つけようってか?」


 その口調だけ聞くと本当にチンピラか何かにしか思えないが、こういう強引で有無を云わせない雰囲気で物事を勝手に進めてくるところは、さすがに王太子殿下と血が繋がっている王家の人間なのだと実感させられる。


「イイエ。メッソウモゴザイマセン」


 私はアレコレ考えることは諦めて、素直に王弟殿下の方針に従うことに決めた。

 だって、こういう場合、いくら何言っても結局やるしかないって、王太子殿下とのやり取りで嫌というほど思い知らされてるからね……。


「ほら、本人の承諾も得られた事だし、準備が整い次第すぐ出発するぞ」

「……わかりました」


 カイル様もこの状態の王弟殿下には逆らうだけ無駄だと思ったのか、渋い表情ながらも了承の返事をせざるを得なかったようだ。


「とりあえず、入学に間に合うようにはするけど、ギリギリまで戻るつもりねぇから」

「えっ!?」


 またしてもうっかり驚きの声を上げた私に、当然のことながら王弟殿下からの鋭い視線が飛んでくる。


「いくら魔力が高くとも、たった二ヶ月で俺達が魔法学校を卒業した時と同等のレベルになるには、はっきり言って命懸けでそれこそ血を吐くような努力をしないと不可能だってわかってるか?
それにな、お前は未だに誰かにやらされてるつもりでいるんだろうが、実際付き合わされて迷惑してるのは周りの人間のほうだってことをいい加減自覚しろ。当事者であるお前がそんな甘ったれた考えじゃ、確実にこの旅で死人が出るぞ。
──まあ、一番に死ぬのは中途半端な覚悟しかないお前だと思うがな」


 その言葉を聞いた途端、私は頭を思い切り殴られたような衝撃を受けた。

 王弟殿下から指摘された内容に言葉もでない。

 確かに私は『聖魔の書』の一件で、無理矢理巻き込まれた挙げ句、色んな大事な物を失った被害者だが、私を『天才魔術師としてデビューさせる』という無謀な目的を達成するために付き合わされている人達もまた被害者であるということに、指摘されるまで気付きもしなかったのだ。

 私の甘えが原因で時間やお金だけでなく、誰かの命までも無駄にする可能性を突き付けられ、情けなくも自分の命が消えるという事を明確に実感した時と同様、底知れない恐怖で勝手に身体が震え出すのを止められない。
 私は寒さを堪えるように、自分で自分の身体を両手で抱き締めてしまった。


 すると──。

 自然と俯き加減になっていた私の視界に黒い影が入り込んできたと思った瞬間、その影が完全に私を覆っていった。

 反射的に顔を上げると、私のすぐ目の前まで来ていた王弟殿下が粗野な手付きですっかり短くなった私の銀の髪をグチャグチャにかき混ぜていく。
 呆気にとられた私は、不躾にも王弟殿下の顔をまじまじと見てしまった。


「どっちにしたって、やるしかねぇんだろ?だったらシャキッとしろ!人間は命の大切さを知った上で、それこそ死ぬ気になりゃ何でも出来るんだよ。まだ何にもしてないうちからビビってんじゃねぇ!!」


 王弟殿下の乱暴だが尤もな言葉のお陰でいつの間に震えが止まっていた私は、大きく深呼吸して気持ちを落ちつかせると、自分の決意を目力に込めるようにして、王弟殿下の藍色の瞳を真っ直ぐ見つめた。


「王弟殿下。改めてよろしくお願いいたします」


 その言葉を聞いた王弟殿下は、「こういうの、ガラじゃねぇんだけど……」と呟きながら、ちょっとはにかんだように笑ってくれたのだった。
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