33 / 71
33.天才の苦悩
しおりを挟む
カイル様の言葉にどう反応を返したらいいのか迷っていると、それを言い出した当の本人に困ったように笑われてしまった。
「悪かった。困らせるつもりで言ったんじゃないんだが……」
そう言いながら、カイル様の大きな手がすっかり短くなってしまった私の髪をグシャグシャとかき回す。
──これって、もしかして自分の発言を有耶無耶にしようとしてるってことなのかな?
それとも話してしまった後の私の反応を見て、冗談で済ませたほうがいいと判断したってこと?
でもって、話す気はなかったのに、つい言ってしまった事を後悔してるとか……?
いつもとは違い積極的なスキンシップを図ってくるカイル様の今の心境を推測してみたものの、色々鈍い私では察することはできそうになかった。
本当はここで聞かなかったことにするのが貴族としての正しいやり方なのだろうが、今の私は平民のアーサーということになっていることを理由に、あえてそういう暗黙の了解的なものは無視することに決めた。
だって、どう考えても気になるよね!?
カイル様も呪われてるかもしれないんだよ!!
私は逸る気持ちを抑えつつ、なるべく落ち着いた口調を心掛けながら話を切り出した。
ところが。
「もし、その話が本当だったら……、……え?」
そう口を開いてすぐに、カイル様の大きな手が私の額辺りに翳され、視界が一瞬塞がれる。
そしてその手はすぐに私の頭の上に戻り、優しい手付きで私の銀色に近いブロンドを撫でていった。
……これは一体どういうことでしょう??
いつもと違う優しい接触の意味がわからず、私は内心首を捻る。
以前の私だったらこんな接触にドキッとさせられ、のぼせ上がるところだが、今の私は大丈夫。いくら愚かであろうとも、少しは学習するのが人間だ。
相手は普段私のことを欠片も女子扱いしないカイル様だ。
これにはなんの意味もないことはわかっている。
もしこの行動に何か意味があるのだとしたら、この話をここで有耶無耶にしようという魂胆だけだろう。
私はすぐに冷静さを取り戻すと、『誤魔化されませんよ!』という意味を目力に込めてカイル様をジッと見上げた。
目があったカイル様は困ったように笑うと、髪を撫でていた手を離し、一歩後ろに下がってから、あらためて私と向かい合う。
私は気にせず、先程の言葉の続きを口にした。
「──で、カイル様の対価は何だったんですか?」
「まず気になるのがそこってことは、お前相当気にしてるんだな……」
しみじみとそう呟かれ、私は若干イラッとした。
「私の事はいいんです。さっさとカイル様の話をしてください」
怒ったような口調になった私にカイル様が苦笑しながらも、今度は誤魔化さずに答えてくれた。
「俺の対価は瞳の色だ。大きな魔力必要とするような上級魔法を使うと、瞳の色がピンクっぽい紫色に変わる」
「………へぇ」
勿体ぶっていたわりに、羨ましいほど大したことのない対価を聞かされ、私は急にカイル様の事情に対する興味を無くしてしまった。
「……そんなあからさまにガッカリされると、その先の話がしづらいだろうが」
いえ、なんかべつに聞く気も失せたのでもう結構です。
という訳にもいかないようなので、気を取り直して話題を進めていく。
「なんか私とは随分違うんだなぁ、と思いまして……」
はっきり言ってズルい。
私も目の色が変わる程度だったら良かったのに……。
すっかり淋しくなってしまった自分の胸元を見て、せめて髪の毛だけで終わってたらと思わずにはいられない。
「まあ、それは生まれ持った魔力の差ってものもあるからな」
カイル様の説明によると、カイル様自身の元々の魔力は普通の人よりは遥かに多い。
しかし、魔術書と契約する前は王弟殿下のほうが魔力が高く、柔軟な発想で新たな術式を生み出そうとしていた王弟殿下は幼い頃からカイル様の憧れの人だったらしい。
他にもかつての王弟殿下がいかに優れた人物だったのかということを滔々と説明されたが、凡人の私には、何ソレ?自慢?とツッコミたくなるような話ばかりだった。
話を聞く限り、カイル様が魔術書の力で100点の天才になったと考えるなら、何もしなかった頃の王弟殿下の能力は98点。カイル様の能力は97点といったところだろう。
魔術書と契約しても合格点にも到達しない私に、何もしなくても97点の人が『俺、天才じゃないんだ。98点のヤツもいるから。俺が100点になったのは、お前と同じ道具を使ったからであって、本来の実力じゃない』と、ずっと抱えてきたらしい葛藤を吐露されたところで、正直全く心に響かない。
私はこれ以上、天才の自慢話、もとい、苦悩を聞く気になれず、切りのよさそうなところで話を次の疑問点のほうに移してみた。
「しかし意外でした。まさかカイル様も『聖魔の書』と契約してるなんて」
「俺が契約したのは、『聖魔の書』じゃない。一冊の魔術書が契約できる人間は一人だけだ。その契約は契約者が死ぬまで有効だから、そいつが生きている間は、他の人間は契約できない」
じゃあ、死ぬまでこの呪いは有効ってことですか……?
──ということは私の胸も一生このままってことに……。
絶望的な気持ちになっている私に、更なる追い討ちが待っていた。
「俺が契約したのは『聖霊の書』というもので、我がエセルバート家が昔から所蔵してる魔術書だ。お前が契約した『聖魔の書』のような禁術は載ってないが、興味深い術式が数多く載っている」
「え……?禁術がない?」
「ああ、どういうものが載っているかは言えないが、所謂禁術と云われている類いのものは『聖霊の書』には載っていないんだ。
一概にどうとは言えないが、禁術は難しい魔法であると同時に消費する魔力量も大きい。お前の対価の大きさも、単に魔力の問題だけじゃなくて、その辺りが関係しているのかもしれないと俺は考えている」
その情報、教えて貰わないほうが良かったかもしれません。
「悪かった。困らせるつもりで言ったんじゃないんだが……」
そう言いながら、カイル様の大きな手がすっかり短くなってしまった私の髪をグシャグシャとかき回す。
──これって、もしかして自分の発言を有耶無耶にしようとしてるってことなのかな?
それとも話してしまった後の私の反応を見て、冗談で済ませたほうがいいと判断したってこと?
でもって、話す気はなかったのに、つい言ってしまった事を後悔してるとか……?
いつもとは違い積極的なスキンシップを図ってくるカイル様の今の心境を推測してみたものの、色々鈍い私では察することはできそうになかった。
本当はここで聞かなかったことにするのが貴族としての正しいやり方なのだろうが、今の私は平民のアーサーということになっていることを理由に、あえてそういう暗黙の了解的なものは無視することに決めた。
だって、どう考えても気になるよね!?
カイル様も呪われてるかもしれないんだよ!!
私は逸る気持ちを抑えつつ、なるべく落ち着いた口調を心掛けながら話を切り出した。
ところが。
「もし、その話が本当だったら……、……え?」
そう口を開いてすぐに、カイル様の大きな手が私の額辺りに翳され、視界が一瞬塞がれる。
そしてその手はすぐに私の頭の上に戻り、優しい手付きで私の銀色に近いブロンドを撫でていった。
……これは一体どういうことでしょう??
いつもと違う優しい接触の意味がわからず、私は内心首を捻る。
以前の私だったらこんな接触にドキッとさせられ、のぼせ上がるところだが、今の私は大丈夫。いくら愚かであろうとも、少しは学習するのが人間だ。
相手は普段私のことを欠片も女子扱いしないカイル様だ。
これにはなんの意味もないことはわかっている。
もしこの行動に何か意味があるのだとしたら、この話をここで有耶無耶にしようという魂胆だけだろう。
私はすぐに冷静さを取り戻すと、『誤魔化されませんよ!』という意味を目力に込めてカイル様をジッと見上げた。
目があったカイル様は困ったように笑うと、髪を撫でていた手を離し、一歩後ろに下がってから、あらためて私と向かい合う。
私は気にせず、先程の言葉の続きを口にした。
「──で、カイル様の対価は何だったんですか?」
「まず気になるのがそこってことは、お前相当気にしてるんだな……」
しみじみとそう呟かれ、私は若干イラッとした。
「私の事はいいんです。さっさとカイル様の話をしてください」
怒ったような口調になった私にカイル様が苦笑しながらも、今度は誤魔化さずに答えてくれた。
「俺の対価は瞳の色だ。大きな魔力必要とするような上級魔法を使うと、瞳の色がピンクっぽい紫色に変わる」
「………へぇ」
勿体ぶっていたわりに、羨ましいほど大したことのない対価を聞かされ、私は急にカイル様の事情に対する興味を無くしてしまった。
「……そんなあからさまにガッカリされると、その先の話がしづらいだろうが」
いえ、なんかべつに聞く気も失せたのでもう結構です。
という訳にもいかないようなので、気を取り直して話題を進めていく。
「なんか私とは随分違うんだなぁ、と思いまして……」
はっきり言ってズルい。
私も目の色が変わる程度だったら良かったのに……。
すっかり淋しくなってしまった自分の胸元を見て、せめて髪の毛だけで終わってたらと思わずにはいられない。
「まあ、それは生まれ持った魔力の差ってものもあるからな」
カイル様の説明によると、カイル様自身の元々の魔力は普通の人よりは遥かに多い。
しかし、魔術書と契約する前は王弟殿下のほうが魔力が高く、柔軟な発想で新たな術式を生み出そうとしていた王弟殿下は幼い頃からカイル様の憧れの人だったらしい。
他にもかつての王弟殿下がいかに優れた人物だったのかということを滔々と説明されたが、凡人の私には、何ソレ?自慢?とツッコミたくなるような話ばかりだった。
話を聞く限り、カイル様が魔術書の力で100点の天才になったと考えるなら、何もしなかった頃の王弟殿下の能力は98点。カイル様の能力は97点といったところだろう。
魔術書と契約しても合格点にも到達しない私に、何もしなくても97点の人が『俺、天才じゃないんだ。98点のヤツもいるから。俺が100点になったのは、お前と同じ道具を使ったからであって、本来の実力じゃない』と、ずっと抱えてきたらしい葛藤を吐露されたところで、正直全く心に響かない。
私はこれ以上、天才の自慢話、もとい、苦悩を聞く気になれず、切りのよさそうなところで話を次の疑問点のほうに移してみた。
「しかし意外でした。まさかカイル様も『聖魔の書』と契約してるなんて」
「俺が契約したのは、『聖魔の書』じゃない。一冊の魔術書が契約できる人間は一人だけだ。その契約は契約者が死ぬまで有効だから、そいつが生きている間は、他の人間は契約できない」
じゃあ、死ぬまでこの呪いは有効ってことですか……?
──ということは私の胸も一生このままってことに……。
絶望的な気持ちになっている私に、更なる追い討ちが待っていた。
「俺が契約したのは『聖霊の書』というもので、我がエセルバート家が昔から所蔵してる魔術書だ。お前が契約した『聖魔の書』のような禁術は載ってないが、興味深い術式が数多く載っている」
「え……?禁術がない?」
「ああ、どういうものが載っているかは言えないが、所謂禁術と云われている類いのものは『聖霊の書』には載っていないんだ。
一概にどうとは言えないが、禁術は難しい魔法であると同時に消費する魔力量も大きい。お前の対価の大きさも、単に魔力の問題だけじゃなくて、その辺りが関係しているのかもしれないと俺は考えている」
その情報、教えて貰わないほうが良かったかもしれません。
0
お気に入りに追加
218
あなたにおすすめの小説
婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが
マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって?
まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ?
※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。
※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
婚約者すらいない私に、離縁状が届いたのですが・・・・・・。
夢草 蝶
恋愛
侯爵家の末姫で、人付き合いが好きではないシェーラは、邸の敷地から出ることなく過ごしていた。
そのため、当然婚約者もいない。
なのにある日、何故かシェーラ宛に離縁状が届く。
差出人の名前に覚えのなかったシェーラは、間違いだろうとその離縁状を燃やしてしまう。
すると後日、見知らぬ男が怒りの形相で邸に押し掛けてきて──?
父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる
兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。
とある婚約破棄の顛末
瀬織董李
ファンタジー
男爵令嬢に入れあげ生徒会の仕事を疎かにした挙げ句、婚約者の公爵令嬢に婚約破棄を告げた王太子。
あっさりと受け入れられて拍子抜けするが、それには理由があった。
まあ、なおざりにされたら心は離れるよね。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
「婚約を破棄したい」と私に何度も言うのなら、皆にも知ってもらいましょう
天宮有
恋愛
「お前との婚約を破棄したい」それが伯爵令嬢ルナの婚約者モグルド王子の口癖だ。
侯爵令嬢ヒリスが好きなモグルドは、ルナを蔑み暴言を吐いていた。
その暴言によって、モグルドはルナとの婚約を破棄することとなる。
ヒリスを新しい婚約者にした後にモグルドはルナの力を知るも、全てが遅かった。
【完結済】病弱な姉に婚約者を寝取られたので、我慢するのをやめる事にしました。
夜乃トバリ
恋愛
シシュリカ・レーンには姉がいる。儚げで美しい姉――病弱で、家族に愛される姉、使用人に慕われる聖女のような姉がいる――。
優しい優しいエウリカは、私が家族に可愛がられそうになるとすぐに体調を崩す。
今までは、気のせいだと思っていた。あんな場面を見るまでは……。
※他の作品と書き方が違います※
『メリヌの結末』と言う、おまけの話(補足)を追加しました。この後、当日中に『レウリオ』を投稿予定です。一時的に完結から外れますが、本日中に完結設定に戻します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる