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28.隠された事情 ※三人称
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ロザリーが出ていった扉を見ながら、部屋に残された男性三人は思い思いの表情を見せていた。
フェリクスは不機嫌そうに。国王であるクリスティアン・エルドレッド・フォン・ベルクは、いたたまれないというように。カイルは難しい表情で黙り込んでいる。
「父上、ここは私に任せて下さる筈ではなかったのですか?」
「う……、すまん。ロザリーがあまりに可哀想でつい……」
ここに来る前の打ち合わせでは、あくまでも内々の話で済ませる為に、フェリクスに全ての采配を任せるということになっていたはずだ。
「何のために私が前面に出る形にしたのか、よく考えてみて下さい」
「……ホントにすまん」
叱られた子供のように悄気かえるクリスティアンを見て、フェリクスは呆れたような顔をした。
ロザリーを『聖魔の書』と契約させて、フェリクスの子飼いになる事を承諾させるには、少々悪どい手ではあるが、本当に処刑されるという切羽詰まった状況で救済案を出すのが一番手っ取り早く、確実な方法だった。
クリスティアンはその状況に真実味を持たせる為に国王の存在があったほうが都合が良かったので同席してもらったに過ぎない。
フェリクスがもうクリスティアンには用はないとばかりにカイルの方に視線を移すと、クリスティアンは苦笑いしながら部屋を出ていった。
いくら息子に邪険に扱われようと、クリスティアンは多忙を極めるベルク王国の国王であることに変わりはなく、おそらく政務に戻ったものと思われた。
フェリクスはクリスティアンが出ていくと、やれやれとばかりにため息を吐きながらソファーに座り、カイルにも向かい側の席を勧めた。
「カイルには何から何までお世話になる事になりそうだけど、優秀な後進を育てるのは先人の義務だと思って頼むよ」
そう言ったフェリクスは心なしか元気がないように感じられる。カイルはそれを気にかけながらも口を開いた。
「仰ることは御尤もだと思いますが、三ヶ月でズブの素人を一流の魔術師に仕立てあげろとは、フェリクス殿下もなかなか無茶苦茶仰いますね。魔法は『聖魔の書』の影響を受けていることを考えれば無理とは言えないでしょうが、男子の必修科目である剣術のほうは難しいと思いますよ」
「身体強化の魔法を駆使して頑張ってもらうしかないな。それに全然似てないとはいえ、エリオットの妹だ。ちょっとくらい素質があるんじゃないかと思ってるんだけどなぁ」
「……本当にこのような決着でよろしかったのですか?」
「何?どういう意味?もしかして、ホントにロザリーを罪人として処刑したほうが良かった?」
冗談とも本気ともつかない返事を返してきたフェリクスに、カイルは躊躇いがちに自分の思ったことを口にした。
「……危険な存在だとは思います。『聖魔の書』に選ばれた存在というだけでも危険だというのに、契約までさせるとは……。──正直、正気の沙汰とは思えませんでした。しかもわざわざその存在を表に出そうというのですから尚更です。ただ手元に置くだけならば、他に方法がなかった訳ではないでしょう?」
カイルは以前から、フェリクスが失われた『聖魔の書』について、並々ならぬ感心を示していたことを知っていた。
──それは『聖魔の書』とそれと契約することによって得られる魔力を欲していたからだということも。
普段は理想の王子様といわれながらも、その実、本当の感情を見せず掴み処のないような態度ばかり取るフェリクスではあるが、『聖魔の書』の話になると普段とは違った熱の篭った反応を見せるのだ。
正直、カイルがロザリーに対して、『聖魔の書』に選ばれた存在なのではないかという疑念を抱いた時、フェリクスにその事を伝えるべきか迷った。
違った場合も、そうだった場合も、結局フェリクスにとって良い結果にならないことがわかっていたので、あえて伝えないほうを選択したのだが、それが裏目に出たようだ。
昨夜、王宮に戻った王妃からの報告を聞いて何か察するものがあったのだろう。
フェリクスは呼んでもいないのにわざわざエリオットと共に図書館に現れてしまい、待ち合わせ場所でその姿を確認することになってしまったカイルは、不覚にも一瞬動揺した。
「他の方法って何?もしかしてロザリーと結婚とか?確かにクレイストン伯爵家の娘なら身分的には王太子妃としてギリギリ及第点ってとこだよね。──でもね、僕が自分の伴侶に望むのは、ただ魔力の高い女性じゃなくて、高い魔力を生まれ持った女性なんだ」
「それは……!!」
「まあ、でも遺伝子もあてにならないけどね。魔術特化のエセルバート公爵家出身の母親を持っても、僕みたいにそこそこの人間しか生まれないこともあるし、魔力なんてそこそこしか持たなかったはずの女性から魔力の高い叔父上が生まれる事だってある」
王族は軒並み高い魔力を持って生まれてくる。
それが嘗ては王族の証であり、尊敬と崇拝の対象となるものだった。
しかしそれは、魔力を失わないためにより優れた遺伝子同士を掛け合わせた結果でもあり、その効果は、必ずしも約束されたものではない。
近年は魔力の高さよりも統治者としての能力のほうが重要視される傾向にあるため、それほど気にする必要もなくなってきているのが現状だ。
ところが。
ベルク王国は国王を中心に政治が成されている国ではあるが、残念ながらそれに付き従う臣下の心は一枚岩ではない。
高い魔力を持つアルフレッドを王に推す声も少なからずあるのが実状だ。
高い魔力=王の資質。
──という考え方は魔力を持つ者が減りつつある近年、廃れつつある考え方だというのに、まだその昔ながらの凝り固まった思想を捨てきれない人間もいるのだ。
現国王であるクリスティアンは歴代の王より少しだけ魔力が弱い。しかし、国を統べる者としての能力は歴代の王達に劣るところなどない。
それがわかっているからこそ、アルフレッドは無用な争いの種にならぬように、女好きで無能な振りをしながらも生涯独身を貫こうとしていると言われている。
そして残念なことに、次代の王となる立場である王太子のフェリクスは、父親のクリスティアンよりも更に魔力が弱い。
だからフェリクスはその存在を知った時からずっと探していたのだ。
手に入れれば、失われたはずの古の魔法が自在に使えるようになり、契約をすれば高い魔力が得られるという『聖魔の書』を。
──誰にも文句を言わせない立派な王として立つために。
念願叶って『聖魔の書』は見つかったが、残念ながらその力はフェリクス自身のものとはならなかった。
しかし、百年以上ぶりに顕現した『聖魔の書』を前に、フェリクスはみすみすその存在を見逃す気にはなれなかったのだ。
自分の能力にはならないが、自分の手足として最大限に活用することは出来る。
人を上手く使うということもまた上に立つ者に必要な資質だ。
フェリクスは複雑な気持ちになりながらも、即座にそちらの道を選び取った。
それがロザリーという人間の意思を無視して、その人生を無理矢理ねじ曲げてしまうことになっても、国の為の駒にすると決めたのだ。
「僕はロザリーをそういう意味での駒に選ぶことは考えていないよ。せっかくの能力を王宮の奥に閉じ込めておくなんて、それこそ宝の持ち腐れだよね?」
「それはそうですが……」
フェリクスの想いはわかったが、やはりカイルは複雑な思いが拭いきれないらしく、浮かない表情をしている。
「ロザリーが可哀想か……。確かに全てを捨てさせるのはやり過ぎだったと言えないこともないよねー。でも、選ばれた人間を亡き者にして僕が強引に契約するよりは良かったんじゃない?髪の毛のことは、僕も予想外だったけど、てっきりカイルみたいなことになる程度だと思ってたからさ~」
「それは……」
冗談とも本気ともつかない発言にカイルは言葉を詰まらせた。
その時。
『ぎゃぁぁぁーーーっ!!』
突如聞こえてきた悲鳴に、二人は何事かと一瞬顔を見合わせると、すぐに部屋を飛び出して、隣の部屋にいるはずのロザリーの元へと向かったのだった。
フェリクスは不機嫌そうに。国王であるクリスティアン・エルドレッド・フォン・ベルクは、いたたまれないというように。カイルは難しい表情で黙り込んでいる。
「父上、ここは私に任せて下さる筈ではなかったのですか?」
「う……、すまん。ロザリーがあまりに可哀想でつい……」
ここに来る前の打ち合わせでは、あくまでも内々の話で済ませる為に、フェリクスに全ての采配を任せるということになっていたはずだ。
「何のために私が前面に出る形にしたのか、よく考えてみて下さい」
「……ホントにすまん」
叱られた子供のように悄気かえるクリスティアンを見て、フェリクスは呆れたような顔をした。
ロザリーを『聖魔の書』と契約させて、フェリクスの子飼いになる事を承諾させるには、少々悪どい手ではあるが、本当に処刑されるという切羽詰まった状況で救済案を出すのが一番手っ取り早く、確実な方法だった。
クリスティアンはその状況に真実味を持たせる為に国王の存在があったほうが都合が良かったので同席してもらったに過ぎない。
フェリクスがもうクリスティアンには用はないとばかりにカイルの方に視線を移すと、クリスティアンは苦笑いしながら部屋を出ていった。
いくら息子に邪険に扱われようと、クリスティアンは多忙を極めるベルク王国の国王であることに変わりはなく、おそらく政務に戻ったものと思われた。
フェリクスはクリスティアンが出ていくと、やれやれとばかりにため息を吐きながらソファーに座り、カイルにも向かい側の席を勧めた。
「カイルには何から何までお世話になる事になりそうだけど、優秀な後進を育てるのは先人の義務だと思って頼むよ」
そう言ったフェリクスは心なしか元気がないように感じられる。カイルはそれを気にかけながらも口を開いた。
「仰ることは御尤もだと思いますが、三ヶ月でズブの素人を一流の魔術師に仕立てあげろとは、フェリクス殿下もなかなか無茶苦茶仰いますね。魔法は『聖魔の書』の影響を受けていることを考えれば無理とは言えないでしょうが、男子の必修科目である剣術のほうは難しいと思いますよ」
「身体強化の魔法を駆使して頑張ってもらうしかないな。それに全然似てないとはいえ、エリオットの妹だ。ちょっとくらい素質があるんじゃないかと思ってるんだけどなぁ」
「……本当にこのような決着でよろしかったのですか?」
「何?どういう意味?もしかして、ホントにロザリーを罪人として処刑したほうが良かった?」
冗談とも本気ともつかない返事を返してきたフェリクスに、カイルは躊躇いがちに自分の思ったことを口にした。
「……危険な存在だとは思います。『聖魔の書』に選ばれた存在というだけでも危険だというのに、契約までさせるとは……。──正直、正気の沙汰とは思えませんでした。しかもわざわざその存在を表に出そうというのですから尚更です。ただ手元に置くだけならば、他に方法がなかった訳ではないでしょう?」
カイルは以前から、フェリクスが失われた『聖魔の書』について、並々ならぬ感心を示していたことを知っていた。
──それは『聖魔の書』とそれと契約することによって得られる魔力を欲していたからだということも。
普段は理想の王子様といわれながらも、その実、本当の感情を見せず掴み処のないような態度ばかり取るフェリクスではあるが、『聖魔の書』の話になると普段とは違った熱の篭った反応を見せるのだ。
正直、カイルがロザリーに対して、『聖魔の書』に選ばれた存在なのではないかという疑念を抱いた時、フェリクスにその事を伝えるべきか迷った。
違った場合も、そうだった場合も、結局フェリクスにとって良い結果にならないことがわかっていたので、あえて伝えないほうを選択したのだが、それが裏目に出たようだ。
昨夜、王宮に戻った王妃からの報告を聞いて何か察するものがあったのだろう。
フェリクスは呼んでもいないのにわざわざエリオットと共に図書館に現れてしまい、待ち合わせ場所でその姿を確認することになってしまったカイルは、不覚にも一瞬動揺した。
「他の方法って何?もしかしてロザリーと結婚とか?確かにクレイストン伯爵家の娘なら身分的には王太子妃としてギリギリ及第点ってとこだよね。──でもね、僕が自分の伴侶に望むのは、ただ魔力の高い女性じゃなくて、高い魔力を生まれ持った女性なんだ」
「それは……!!」
「まあ、でも遺伝子もあてにならないけどね。魔術特化のエセルバート公爵家出身の母親を持っても、僕みたいにそこそこの人間しか生まれないこともあるし、魔力なんてそこそこしか持たなかったはずの女性から魔力の高い叔父上が生まれる事だってある」
王族は軒並み高い魔力を持って生まれてくる。
それが嘗ては王族の証であり、尊敬と崇拝の対象となるものだった。
しかしそれは、魔力を失わないためにより優れた遺伝子同士を掛け合わせた結果でもあり、その効果は、必ずしも約束されたものではない。
近年は魔力の高さよりも統治者としての能力のほうが重要視される傾向にあるため、それほど気にする必要もなくなってきているのが現状だ。
ところが。
ベルク王国は国王を中心に政治が成されている国ではあるが、残念ながらそれに付き従う臣下の心は一枚岩ではない。
高い魔力を持つアルフレッドを王に推す声も少なからずあるのが実状だ。
高い魔力=王の資質。
──という考え方は魔力を持つ者が減りつつある近年、廃れつつある考え方だというのに、まだその昔ながらの凝り固まった思想を捨てきれない人間もいるのだ。
現国王であるクリスティアンは歴代の王より少しだけ魔力が弱い。しかし、国を統べる者としての能力は歴代の王達に劣るところなどない。
それがわかっているからこそ、アルフレッドは無用な争いの種にならぬように、女好きで無能な振りをしながらも生涯独身を貫こうとしていると言われている。
そして残念なことに、次代の王となる立場である王太子のフェリクスは、父親のクリスティアンよりも更に魔力が弱い。
だからフェリクスはその存在を知った時からずっと探していたのだ。
手に入れれば、失われたはずの古の魔法が自在に使えるようになり、契約をすれば高い魔力が得られるという『聖魔の書』を。
──誰にも文句を言わせない立派な王として立つために。
念願叶って『聖魔の書』は見つかったが、残念ながらその力はフェリクス自身のものとはならなかった。
しかし、百年以上ぶりに顕現した『聖魔の書』を前に、フェリクスはみすみすその存在を見逃す気にはなれなかったのだ。
自分の能力にはならないが、自分の手足として最大限に活用することは出来る。
人を上手く使うということもまた上に立つ者に必要な資質だ。
フェリクスは複雑な気持ちになりながらも、即座にそちらの道を選び取った。
それがロザリーという人間の意思を無視して、その人生を無理矢理ねじ曲げてしまうことになっても、国の為の駒にすると決めたのだ。
「僕はロザリーをそういう意味での駒に選ぶことは考えていないよ。せっかくの能力を王宮の奥に閉じ込めておくなんて、それこそ宝の持ち腐れだよね?」
「それはそうですが……」
フェリクスの想いはわかったが、やはりカイルは複雑な思いが拭いきれないらしく、浮かない表情をしている。
「ロザリーが可哀想か……。確かに全てを捨てさせるのはやり過ぎだったと言えないこともないよねー。でも、選ばれた人間を亡き者にして僕が強引に契約するよりは良かったんじゃない?髪の毛のことは、僕も予想外だったけど、てっきりカイルみたいなことになる程度だと思ってたからさ~」
「それは……」
冗談とも本気ともつかない発言にカイルは言葉を詰まらせた。
その時。
『ぎゃぁぁぁーーーっ!!』
突如聞こえてきた悲鳴に、二人は何事かと一瞬顔を見合わせると、すぐに部屋を飛び出して、隣の部屋にいるはずのロザリーの元へと向かったのだった。
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