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27.王太子殿下の計画

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    思わず驚きの声をあげた私に、王太子殿下から生温かい視線が向けられている。
 ついでにいうのなら、その視線だけでものすごーく馬鹿にされているのがよく伝わってきた。
 今にも、『キミ、ホントに知らなかったの?馬鹿なの?』と黒い笑顔で言われそうな雰囲気だ。

 王太子殿下の隣に立っている国王陛下やその後ろにいるカイル様までもが、可哀想な子を見るような視線を向けてくるのがわかる。


 知らなかった訳じゃないんです!頭になかっただけで!!

 ついでに言うのなら、今の『えーーーっ!!」は、知らなかった事を聞かされた驚きではなく、『えーーーっ!!何で私がそんな面倒な事に!!』という意味だったんですけど……。


 でもそんな事を馬鹿正直に説明すれば、またしても王太子殿下の不興を買うことは目に見えている。
 それならば残念な子だと思われてたほうがまだマシかもしれない。

 一応ありとあらゆる本を読んできた私は、知識だけは豊富にある。

 残念ながら、それを咄嗟に活かせるだけの頭の回転の良さが足りないだけで……。

 なので王族の側で仕える魔術師が男だけという理由も知識としては知っているのだ。


 王族の側で仕えるということは、栄誉であるとともに、それに見合うだけの実力が要求される。

 魔術師は頭脳労働職というイメージが強いが、王族の側で仕える魔術師となると、どうしても王族の護衛という役割も切り離せないものとなるため、近衛騎士と同等の実力が必要なのだ。

 正直女性だと体力的な点で結構キツいし、騎士道精神溢れる男性にとって、女性という『護るべき存在』だと教えられてきた相手に護られる、護らせるということをさせるのは、憚られるべき事態なのだそうだ。


 ぶっちゃけ女に護られるなんて男のプライドが許さないだけってことだと思うんだけどねー。


 だから王族の側で仕える魔術師は男だけ。優秀な女性魔術師は、ほとんどが研究職に就くらしい。

 私の場合は単なる魔術師ではなく、王太子殿下の側に仕える魔術師という役割を強制的に求められていため、今の慣習に従うのならば、必然的に性別を変えて生きていかなければならないという訳なのだ。

 どれひとつとっても面倒なことばかりで、正直私には荷が重い。


「物思いに耽ってるとこ悪いけどさぁ、時間もないし、キミが僕の駒となるために絶対こなして貰いたい必須過程を発表するね~。一度しか言わないからキミのその残念な脳ミソにもしっかり刻んでおいてよー。そのくらいのことが出来ないと、天才魔術師になんてなれないからね」

「は!?天才魔術師?!」

「あのねぇ、いくらキミが『聖魔の書』と契約した魔術師だと言ったって、それを公にする訳にはいかない以上、それなりにちゃんとした段階を踏んでのし上がって来てくれないと、僕の側で仕える人間にすることなんて出来ないでしょ。ただでさえ平民出身の設定なんだから、カイル並み、いやそれ以上の天才魔術師じゃないと、僕の側近になんてなれないんだよ。わかる?」


 ……言っている事はわかります。可能か不可能かといわれると、不明だとしか言えないけど。

 無理だと思う事も認めないと言われているので、とりあえず曖昧に笑っておいた。


「僕はキミを天才魔術師としてデビューさせるつもりだから」


 その言葉で始まった王太子殿下の構想は、はっきり言って妄想レベルと言ってもいいほど無茶苦茶なものだった。


「まず、今日から三ヶ月の間、キミはエセルバート公爵家でカイルから指導を受けて、完璧に魔術を使いこなせるようになってくれ。それと同時に男としての立ち振舞いも身に付けて、出来れば剣術なんかも出来るようになっているといいかもな」

「え、それって男性としての立ち振舞い以外は魔法学校で教わる事なのでは……?」


 私が口にした疑問に対し、すかさず王太子殿下から鋭いツッコミが飛んできた。


「あ、まぁーーいっ!!キミは天才としてデビューするんだよ!天才は教えられなくても人並み以上に出来るから天才なんだ。だったら入学前に魔法学校で習うレベルのことがこなせるようになってて当然だろ!?」


 ──それってズルっていうんじゃないのでしょうか?


 そう言いたい気持ちをグッと抑え、王太子殿下の計画に耳を傾ける。


「それから魔法学校に入学したら、試験は全て満点を取ることは当たり前として、キミには飛び級で早目に卒業してもらうから」

「はいっ!?」


 今サラッと全て満点って言いました!?しかも飛び級とは……!?


「魔法学校は入学した時は皆同じクラスでも、出来るレベルでクラスが変わっていくんだ。キミの場合は初期課程をすっ飛ばして上級課程まで一気に飛び級することが第一段階。そして、誰よりも早く卒業してもらう」

「はぁ」


 まるで現実味のない話に、私はつい気のない相槌を打ってしまった。


「成績優秀者はきっちり一年間在籍しなくても、決められた課程を身に付けることが出来れば、飛び級で卒業することが出来るシステムなんだ。ちなみにカイルは半年も掛からず卒業した。僕もカイルほど優秀じゃないけど、八ヶ月くらいで卒業したよ。キミには是非、カイル以上の短期間で卒業してもらいたい。皆がアッと驚くような最短記録を期待しているよ」


 まだ入学すらしてないのに、もう卒業の催促ですか……。


「それで卒業が決まった段階で、王立騎士団からキミにスカウトをかけるから、快く了承してくれ。配属はカイルのところの第一師団になる。そこである程度実践で研鑽を積んだら、華々しい成果をあげて貰う予定だ。それでやっと僕の目に留まるという寸法だ。──天才魔術師としてデビューするには最適なプランだと思うんだけど」


 それって噂に聞く出来レースというものですよね……?しかも華々しい成果ってなにすりゃいいんでしょうか?

 私の頭の中は疑問で一杯だが、質問をすることすらも認められないような雰囲気なので、とりあえず黙っておくことにした。


「名前もロザリーじゃ都合が悪いから何か別の名前を付けないとな~。よかったら僕が考えてあげようか。王族から名前を考えて貰うなんて栄誉なことだよね?」


 そう言った王太子殿下の目がキラリと光った気がした。

 ……嫌な予感しかしない。


「名前は『アーサー』がいいんじゃない?確かキミ憧れてたんだよね?その架空の人物に。憧れの人から名前を貰うって、結構よくある名前の付け方でしょ?」


 そういう意味の憧れではないことくらいわかってるくせに、こんなことにまで傷口に塩を塗るような小技を折り込んでくるとは。いちいち人の心を抉るための芸が細かいな……。


「……ありがとうございます」


 相手は王族だと必死に自分に言い聞かせ、私は低頭しながら心の篭らない御礼を述べた。


 王太子殿下にはその話してないはずなのに、誰だ?!余計な情報を流した奴は!?

 低頭しながら容疑者のひとりであるカイル様を軽く睨むと、緩く首を横に振られてしまった。

 ──ということは、犯人は王妃様か……。

 昨日興味津々に私の話を聞いていた王妃様の表情を思い出し、遠い目になってしまった。


 そんな私に王太子殿下は容赦なく次の行動を要求してくる。


「じゃあ、早速アーサーになるために着替えて来てくれる?隣の部屋に着替えが用意してあるはずだから。必要なら侍女をつけるけど?」


 普通の貴族の令嬢はひとりで着替えも出来ないと聞くが、私は平気だ。コルセットなどのひとりで着れないようなアイテムが必要となるようなドレスを着るのではなければ、全ての仕度は自分で出来る。


「大丈夫です。自分で出来ます」


 私は王太子殿下とは目を合わせずにそう答えると、その隣にいらっしゃる国王陛下に一礼してから、そそくさと部屋を後にしたのだった。
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