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20.実証実験
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「ここ、いつまでも貸し切りにしておく訳にもいかないから、サクッとやっちゃってよ」
随分と思い切りのいい王太子殿下がニッコリ笑顔で、私に『おまじない』をかけるよう催促している。
私としては、嫌な予感しかしないのでやりたくないのだが……。
不敬になるかもしれないとは思いつつも、どういうつもりでそう言ったのか少しでもわかればと思い、王太子殿下の表情をじっと窺ってみた。
「もしかして僕じゃ不満なのかなー?これでも世間じゃ人気の王子様なんだけど?」
「いえ、そういう訳ではございませんが」
見た目は間違いなく、完璧な王子様だ。
おそらく普段は巷の乙女達の理想どおりの言動もお手の物なのだろう。
でも私はこの短い接触で、この理想の王子様が物語の悪役並みに極悪非道だということは、薄々どころか、結構はっきり確信している。
だから余計これが罠じゃない保証は無いわけで。
『おまじない』を唱えた途端、現行犯として罪に問われては敵わない。
効き目があるかないかという事ではなく、そういう行為をしたという事実が重要視されるのは確実だ。
相手は王族と高位貴族。
この二人が黒だといえば、今のところ極々薄いグレーの私でもあっという間に真っ黒になってしまう。
そんな私の疑念が伝わったのか、王太子殿下は急に胡散臭い王子様スマイルを止め、真面目な表情になった。
「心配いらないよ。今ここで僕にすることに関しては、どんな結果になっても罪には問わないことを約束しよう」
王族がここまで言った以上、約束を違えるとは思えないが、私はなんとなく嫌な予感が拭えないまま、不承不承頷いた。
「じゃあ、カイルとエリオットは少し離れてて。彼女もじっと見られてたらやりづらいだろうし」
二人が少し離れたところで、王太子殿下が更に私との距離を縮めてきた。
近すぎる距離に咄嗟に身体を引いてしまった私を抱き寄せた王太子殿下は、おもむろに私の耳に唇を寄せると、非常に素敵な声で言葉を紡ぎだした。
「誰かに惚れる自分なんて想像も出来ないから楽しみだよ。よろしくね」
黒い笑顔でなされた甘い囁きを受けて、私の中に芽生えた気持ちは、間違いなく『恐怖』であり、私は一刻も早くこの実証実験を済ませて無事に家に帰ることを固く決意した。
斯くして、私は不本意ながら王太子殿下に向かって『おまじない』をかけてみることになったのだが──。
最後の言葉を口にし終わったところで、目の前にいる王太子殿下の様子を確認したところ、俯き加減にはなっているが、今までと変わったところなど無さそうだった。
やはりこれは眉唾物だったのだとわかり、私は大きく安堵のため息を吐いた。
ところが。
「状態異常解除!!」
カイル様の険しい声が聞こえた途端、私は兄によって腕を引かれ、すぐに王太子殿下から引き離された。
「殿下!ご無事ですか!?」
「……ああ、大丈夫だ。一応元に戻った、と思う」
カイル様の焦ったような呼び掛けに、どこか呆然とした様子で答える王太子殿下。
……なんだか雲行きが怪しい。
「……ヤバかった。危うく自我っていうの?そういう自由意思みたいなモノ全部持っていかれるところだった。多分ロザリーの目を見たらアウトだったと思う。やっぱり僕じゃ太刀打ちできなかったか~。叔父上にしてもカイルにしても、よく平気いられたなぁ。結構強力だったぞ、コレ」
感心したような王太子殿下に対し、カイル様は気遣わし気な視線を送っている。
「この手の魔法は基本的に、術者本人よりも魔力が上のものには通用しませんから」
「僕はやっぱりロザリーより下かー。まあそうだと思ったから、あえてこの役割に進んで立候補したんだけどさ」
全く話が見えずに兄に拘束されたままキョトンとしている私に、王太子殿下はご丁寧にも実証実験の結果を説明してくれた。
「結論から言うと、キミ、『黒』だよ」
「え!?」
「キミのいうところの『おまじない』とやらは、魔法で間違いない。しかも超強力な精神干渉系。でもってその本は、本物の古代の魔術書で、百年以上前に失われた王家の秘宝だね。その名も『聖魔の書』」
最初の一言がショック過ぎて、後の話は全く私の耳には入ってこなかった。
かろうじて聞こえたのは『聖魔の書』という最後の言葉だけ。
ぼんやりとした頭で「聖と魔だなんて、良いのか悪いのかはっきりしない名前だな」と、どうでもいい事を考えてしまった。
人間ショックが大きいと、色んな機能が低下するらしい。
思考能力だけでなく、身体中の力すらも抜けていく感じがする。
今にもこの場に崩れ落ちそうになっている私を支えてくれているつもりなのか、ただ拘束しているだけなのかはわからないが、私の腕をしっかりと掴んでいる兄の手だけが今の私をかろうじて立たせている状態だ。
ただ呆然と立っているだけしかできない私に、王太子殿下が歩み寄る。
兄の腕の力が強くなったことによって、私はようやく自分が罪人として拘束されているのだということを自覚した。
王太子殿下は私の目の前に立つと、つぶさに私を観察している。
そして、フッと馬鹿にしたように嗤うと、少々芝居がかったような大袈裟な動作を交えながら、おどけたような口調でこう言った。
「喜びたまえ!君はこの魔術書に選ばれた天才魔術師なんだよ!!」
私はその言葉の意味を正しく理解できるまでに、かなりの時間を要してしまう。
そして少しだけ機能し出した頭で一番に考えた事。それは。
選ばれたって、呪われたと同義語じゃ、なかったよ、ねぇ……?
随分と思い切りのいい王太子殿下がニッコリ笑顔で、私に『おまじない』をかけるよう催促している。
私としては、嫌な予感しかしないのでやりたくないのだが……。
不敬になるかもしれないとは思いつつも、どういうつもりでそう言ったのか少しでもわかればと思い、王太子殿下の表情をじっと窺ってみた。
「もしかして僕じゃ不満なのかなー?これでも世間じゃ人気の王子様なんだけど?」
「いえ、そういう訳ではございませんが」
見た目は間違いなく、完璧な王子様だ。
おそらく普段は巷の乙女達の理想どおりの言動もお手の物なのだろう。
でも私はこの短い接触で、この理想の王子様が物語の悪役並みに極悪非道だということは、薄々どころか、結構はっきり確信している。
だから余計これが罠じゃない保証は無いわけで。
『おまじない』を唱えた途端、現行犯として罪に問われては敵わない。
効き目があるかないかという事ではなく、そういう行為をしたという事実が重要視されるのは確実だ。
相手は王族と高位貴族。
この二人が黒だといえば、今のところ極々薄いグレーの私でもあっという間に真っ黒になってしまう。
そんな私の疑念が伝わったのか、王太子殿下は急に胡散臭い王子様スマイルを止め、真面目な表情になった。
「心配いらないよ。今ここで僕にすることに関しては、どんな結果になっても罪には問わないことを約束しよう」
王族がここまで言った以上、約束を違えるとは思えないが、私はなんとなく嫌な予感が拭えないまま、不承不承頷いた。
「じゃあ、カイルとエリオットは少し離れてて。彼女もじっと見られてたらやりづらいだろうし」
二人が少し離れたところで、王太子殿下が更に私との距離を縮めてきた。
近すぎる距離に咄嗟に身体を引いてしまった私を抱き寄せた王太子殿下は、おもむろに私の耳に唇を寄せると、非常に素敵な声で言葉を紡ぎだした。
「誰かに惚れる自分なんて想像も出来ないから楽しみだよ。よろしくね」
黒い笑顔でなされた甘い囁きを受けて、私の中に芽生えた気持ちは、間違いなく『恐怖』であり、私は一刻も早くこの実証実験を済ませて無事に家に帰ることを固く決意した。
斯くして、私は不本意ながら王太子殿下に向かって『おまじない』をかけてみることになったのだが──。
最後の言葉を口にし終わったところで、目の前にいる王太子殿下の様子を確認したところ、俯き加減にはなっているが、今までと変わったところなど無さそうだった。
やはりこれは眉唾物だったのだとわかり、私は大きく安堵のため息を吐いた。
ところが。
「状態異常解除!!」
カイル様の険しい声が聞こえた途端、私は兄によって腕を引かれ、すぐに王太子殿下から引き離された。
「殿下!ご無事ですか!?」
「……ああ、大丈夫だ。一応元に戻った、と思う」
カイル様の焦ったような呼び掛けに、どこか呆然とした様子で答える王太子殿下。
……なんだか雲行きが怪しい。
「……ヤバかった。危うく自我っていうの?そういう自由意思みたいなモノ全部持っていかれるところだった。多分ロザリーの目を見たらアウトだったと思う。やっぱり僕じゃ太刀打ちできなかったか~。叔父上にしてもカイルにしても、よく平気いられたなぁ。結構強力だったぞ、コレ」
感心したような王太子殿下に対し、カイル様は気遣わし気な視線を送っている。
「この手の魔法は基本的に、術者本人よりも魔力が上のものには通用しませんから」
「僕はやっぱりロザリーより下かー。まあそうだと思ったから、あえてこの役割に進んで立候補したんだけどさ」
全く話が見えずに兄に拘束されたままキョトンとしている私に、王太子殿下はご丁寧にも実証実験の結果を説明してくれた。
「結論から言うと、キミ、『黒』だよ」
「え!?」
「キミのいうところの『おまじない』とやらは、魔法で間違いない。しかも超強力な精神干渉系。でもってその本は、本物の古代の魔術書で、百年以上前に失われた王家の秘宝だね。その名も『聖魔の書』」
最初の一言がショック過ぎて、後の話は全く私の耳には入ってこなかった。
かろうじて聞こえたのは『聖魔の書』という最後の言葉だけ。
ぼんやりとした頭で「聖と魔だなんて、良いのか悪いのかはっきりしない名前だな」と、どうでもいい事を考えてしまった。
人間ショックが大きいと、色んな機能が低下するらしい。
思考能力だけでなく、身体中の力すらも抜けていく感じがする。
今にもこの場に崩れ落ちそうになっている私を支えてくれているつもりなのか、ただ拘束しているだけなのかはわからないが、私の腕をしっかりと掴んでいる兄の手だけが今の私をかろうじて立たせている状態だ。
ただ呆然と立っているだけしかできない私に、王太子殿下が歩み寄る。
兄の腕の力が強くなったことによって、私はようやく自分が罪人として拘束されているのだということを自覚した。
王太子殿下は私の目の前に立つと、つぶさに私を観察している。
そして、フッと馬鹿にしたように嗤うと、少々芝居がかったような大袈裟な動作を交えながら、おどけたような口調でこう言った。
「喜びたまえ!君はこの魔術書に選ばれた天才魔術師なんだよ!!」
私はその言葉の意味を正しく理解できるまでに、かなりの時間を要してしまう。
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