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19.王太子殿下の提案

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    兄の言った言葉の意味が理解出来ず、脳が正常な活動を始めるまでに結構な時間がかかってしまった。

 何も書かれていないって、どういうこと!?


「お兄様、ちょっと失礼致しますわ!!」


 私は少し離れた位置にいた兄に近寄ると、その手にあった本を半ば強引に奪い取った。
 その様子を黙って見ていた王太子殿下とカイル様は目が点になっている。

 おそらく彼等の周りにはこんな無作法な真似をする女性はいないのだろう。
 私だって普段他人の目がある時は、一応貴族の令嬢らしく振る舞っているつもりだし、多少油断している時でもここまでガサツではないつもりだ。

 しかし今は高貴な方の目があるだとか、自分が貴族の令嬢だとかいうことは二の次になるほどの緊急事態がおきている。
 今はただ一秒でも早く、兄が言った言葉の真偽を確認せねばならない。

 私は兄から奪い取った本をすぐに開くと、急いで中身を確認した。


 あ………。


「……なんだ。……あるじゃない。はぁ~、よかった~」


 適当に開いた頁に、しっかりと書かれていた文字を見て、私は安堵のため息を吐いた。
 念のためと思い、他にも数頁捲ってみたが、何も書かれていない頁などどこにも見当たらなかった。

 チラリと男性陣のほうを窺うと、三者三様ではあるがいずれも優れない表情になっている。
 その表情を見て、私の心の中に安堵とは別の感情が芽生え始めた。

 兄がどういうつもりで嘘を吐いたのかはわからないが、昨日はろくに事の真相を確かめもせずに問答無用で私を断罪しようとしたくらいだ。
 もしかしたら何らかの意図があって故意に私を騙そうとしたのかもしれない。

 私の心の中に兄に対する怒りが沸々と湧いてくる。

 そんなに私を罪人にしたいわけ!?

 どういうつもりなのか問いただそうと口を開きかけた時、まるで私の言葉を遮るように王太子殿下が胡散臭い笑顔を浮かべて話しかけてきた。


「ねえ、ロザリー。君が叔父上に使ったっていう『おまじない』はどれ?」

「え……?あ、はい、これですけど……」


 王太子殿下の問い掛けに、私は一時的に怒りの感情を隠し、慌てて該当する頁を探してから開いて見せた。


「ふーん。これか~」


 王太子殿下は大して興味もなさそうに呟くと、再び私に笑顔を向けてきた。


「すごいね~。こんなの読めるんだー」


 おそらく褒め言葉だろうとは思われるのだが、その声のトーンからは少しもその言葉に合ったような感情が伝わってこない。
 笑顔同様、胡散臭いことこの上ないその言葉に、私はカイル様と同様に、王太子殿下への警戒も強めた。兄に対しては言わずもがな。

 よく考えてみたら、私以外のメンバーは私の言うことを全く信じていない人達だ。
 私の不用意な一言が文字どおり命取りになる可能性だってある。

 私は気を引き締め直してから、慎重に言葉を選んで答えていくことにした。


「わたくしもここに書かれている文字が完璧に読めるというよりは、だいたいの意味がわかるといった程度ですの」

「すごいね~。ロザリーって、実は天才なんじゃない?」

「……お褒めいただき光栄ですわ」


 余裕を見せるため、ニッコリ笑ってそう言ってみたものの、どうしても若干顔がひきつってしまうことは否めない。この辺りはどうしても経験というものがものを云うのだろう。
 こういうやり取りがしれっと出来るようになれば、立派な淑女になったということなのだろうが……。

 王太子殿下は少しだけ真面目な表情で私の顔をじっと見た後、すぐにカイル様へと向き直った。


「ねえ、カイル。ロザリーが本当の天才かどうか知りたくない?」


 え?なに!?どういうこと?!

 そりゃこの本を読めた時、自分でも実は天才なんじゃないかと自画自賛したけど、私が天才かどうかなんてどうすればわかるわけ?

 それとも、暗に何とかと何とかは紙一重だということを言おうとしているだけだったりして……。

 訳のわからない私は、とりあえず二人のやり取りを黙って見守る事にした。


 王太子殿下の冗談か本気かよくわからない言葉に、カイル様は難しい表情で黙り込んでいる。


「試してみる価値はあると思うんだよね~。何せ彼女はこの本に選ばれた人間みたいだから」

「まだそうと決まったわけではありません」

「だから試してみようって言ってるんだけど」

「……危険すぎます」

「カイルがいるんだから大丈夫。それがダメなら最悪術者本人を排除すればいいんだから問題ないって。──出来るよな?エリオット?」

「勿論です」


 少しの躊躇いもなく涼しい顔でそう返事をした兄を、カイル様は驚きの表情で見つめている。

 二人がこれから何をしようとしているのかよくわからないが、何か不測の事態がおこった場合、問答無用で兄に排除されるのは私なのだろうということだけはよくわかった。

 適当そうに見えるがさすがは王族。容赦ない。

 それに比べたら昨日から私に対して厳しい態度のカイル様のほうが、随分と優しい人間に見えるから不思議だ。

 この人は何だかんだ言っても、感情がわりと顔に出やすいタイプだから考えていることがわかりやすい。

 逆に胡散臭い笑顔を浮かべて、感情が乗っていない適当な言葉ばかりかけてくる王太子殿下のほうが余程恐ろしい。
 絶対零度の凍気を放つ兄よりも、残酷さや情け容赦のなさは上だと見た。

 王太子殿下が何を試すつもりかはわからないが、ここから先は一瞬たりとも気を抜けない。
 私はしっかりと男性陣を見据えると、王太子殿下の言葉を待った。

 すると、王太子殿下は私のすぐ側まで歩みより、おもむろに私の手を取ると、両手で包み込むようにしてぎゅっと握ってきた。

 私は不覚にもドキッとしてしまう。

 早くも王太子殿下のペースに乗せられていることはわかったが、男性に免疫のない私ではこの親密な接触に太刀打ちできるほどの鋼の心は持ち合わせていなかった。

 赤くならなかっただけヨシとしよう……。

 これから何をさせられるのかということを考えれば、赤くなってる暇はない。緊張で自然と身体が強張っていく。


「じゃあ、ロザリー。早速僕に向かってやってみてくれる?叔父上に試したのと同じ『おまじない』。そんでもってホントにキミに惚れちゃったらごめんね~」


 ものすっごく軽い調子、しかもウィンク付きでそう言われたことにより、身構えて緊張していたはずの私はどう対処したらいいのかわからず、ただただ絶句してしまったのだった。

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