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15.潔白の証明 その3
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「幻の、魔術……?」
まるで現実感のない言葉を茫然と呟いた私に、厳しい表情をしたままのカイル様が尚も詰め寄る。
「お前、この呪文をどこで手に入れた?」
「どこって、……図書館にあった本ですけど?」
「図書館だと!?」
「……はい」
カイル様の深刻そうな雰囲気に気圧されて忘れそうになっていたが、これはあくまでも図書館の本に載っていたものだ。
しかもその本は閉架図書になってはいたが、特に閲覧禁止というわけでもなく普通に棚にあった本である。
そんな誰でもが見れるような扱いをされている本が、幻の魔術の本だとは絶対に思えない。
しかも本当に私が口にした言葉が『今は使われていない古代の魔法言語』ならば、そもそもその本自体読めるわけがないのだ。
もしかしたらカイル様は、安直な考えで行動し、デビュタントの機会を棒に振った私をからかっているのかもしれない。
危うく騙されるところだった。
カイル様がそういうつもりだというなら、ここで私が少しくらい言い返しても不敬にはならないだろうと思い始めた私は、すかさず反撃に転じた。
「私には図書館に普通に置いてあった本が、そんな御大層な内容の本だとはとても思えないんですが。それに幻とまで言われてる本なのに、魔力の欠片もない普通の人間が読むことってできるものなのですか?」
私の言葉に、カイル様は少しだけ何かを考えるように黙り込むと、兄のほうに視線を向けた。
「本当にロザリーに魔力はないのか?」
「……少なくとも12歳の時に受けた検査では皆無でしたが」
「そうか」
カイル様はまた何かを考え込んでいるのか、再び沈黙してしまった。
当初の予定では、身元と魔力が無いことが証明できれば無罪放免だったはずなのに、何でこんな大袈裟なことになってるんだろう……?
チラリと兄のほうを見ると、こちらも何かを考え込んでいる様子だった。
「ロザリー、それは本当に図書館の本だったのか?」
「ええ。閉架図書扱いでしたけど、確かに図書館の本でした」
「本の題名は?」
「わかりません」
「何だと?」
カイル様の眉が跳ね上がる。
おそらく私が適当な事を言って誤魔化そうとしていると誤解したのかもしれない。
それならば、ちゃんと説明しなければならないと思い、本の特徴を出来るだけ詳しく説明した。
「古い本だったせいか表紙にも背表紙にも題名は書いてありませんでした。でも中身を見たら色んな『おまじない』が載っていたので、『おまじない』の本だと思います」
「具体的な内容は?どういうものが載っていて、どういう文字で書かれていたんだ?」
「どう、と言われましても、他には自分の容姿を理想どおりのものに変えるとか、天気を変えるとかとかそういうものが載っていて、文字は……」
そこまで言い掛けてふと気付く。
あれ?そういえば、あれって何語だったんだろう?今までに見たことのない文字だったような気がするんだけど……。
なのに私にはその内容がわかるって、よく考えたらおかしいよね!?
そもそも何故見たことのない文字が読めたと思ったのか?
あの時は自分を天才なのではないかと自賛したものだが、よく考えればおかしいの一言に尽きる。
──私はそんな当たり前のことに今更ながらに気付いて絶句した。
自慢じゃないが私は語学が大の得意だ。
クレイストン伯爵家は貿易や海運を取り仕切る仕事をしているため、我が家には外国からのお客様も多く訪れる。そのため両親の教育方針も語学に力を入れるというものになっていた。
しかも私の場合は、本を読むことが好きすぎて、まだ読んだことのない本を読むために色んな語学を独学で学んだという経緯もある。
外国語だけでなく、古語もある程度読めるだけの語学力を身に付けていると自負していたからこそ、私は自分の実力を過信していた部分があったのだろう。
だからこそ、あの時図書館で見た古びた本は全く知らない言語で書かれているということはわかったはずなのに、その内容を理解出来てしまったことで、自分が天才だと勘違いしていたが、実はとんでもない事だったのだ。
今更ながらにあの本が一体どういう内容でどういう言語で書かれていたのか詳細を思いだそうとしても、漠然としたことしか思い出せない。
おまじないの言葉は何故か一言一句忘れることなくわかるのに……。
「文字は、言われてみれば見たことのない文字でした」
自分の鈍さ加減にさすがに嫌気が差し始めていた私は、半分投げ遣りな気持ちでそう答えた。
「……そうか。で、さっきお前が唱えようとしていた呪文はどういう内容だ?」
「だから、何度も申し上げましたとおり『恋のおまじない』です」
「お前がなんと解釈したかではなく、正確な内容を確認してるんだが」
少し苛立ったようなカイル様の声にあっさり怯んだ私は、あの時書かれていた文字から感じた情報をなるべく正解に話すことにした。
「『好きな人に振り向いてもらう』といった意味だったと思います。心変わりした相手や自分に興味がなかった相手にも有効な『おまじない』だと解釈できる内容でした」
「まさか精神干渉系の魔法か……!!」
そう呟いたカイル様だけでなく、ソファーに座ったままでいた王妃様や、兄までもが顔色を悪くしている。
私には皆がそんな表情になった意味がわからず困惑する。
「精神干渉系の魔法……?」
馴染みのない言葉をただ復唱していると、カイル様が苦々しい表情でご丁寧にもその言葉の意味を説明してくれた。
「ようするに、その人の意思をねじ曲げて無理矢理気持ちを支配する魔法だな」
「は?え!?えぇーーーっ!?」
全く以てあり得ないとしか云えない説明に、私は驚きのあまりつい大声をあげてしまった。
途端に兄から鋭い視線が飛んできたことは言うまでもない。
私は慌てて持っていたことすら忘れてかけていた扇を取り出して拡げると、レディにあるまじき大声を出してしまったことを誤魔化すように口許を隠してみたのだった。
まるで現実感のない言葉を茫然と呟いた私に、厳しい表情をしたままのカイル様が尚も詰め寄る。
「お前、この呪文をどこで手に入れた?」
「どこって、……図書館にあった本ですけど?」
「図書館だと!?」
「……はい」
カイル様の深刻そうな雰囲気に気圧されて忘れそうになっていたが、これはあくまでも図書館の本に載っていたものだ。
しかもその本は閉架図書になってはいたが、特に閲覧禁止というわけでもなく普通に棚にあった本である。
そんな誰でもが見れるような扱いをされている本が、幻の魔術の本だとは絶対に思えない。
しかも本当に私が口にした言葉が『今は使われていない古代の魔法言語』ならば、そもそもその本自体読めるわけがないのだ。
もしかしたらカイル様は、安直な考えで行動し、デビュタントの機会を棒に振った私をからかっているのかもしれない。
危うく騙されるところだった。
カイル様がそういうつもりだというなら、ここで私が少しくらい言い返しても不敬にはならないだろうと思い始めた私は、すかさず反撃に転じた。
「私には図書館に普通に置いてあった本が、そんな御大層な内容の本だとはとても思えないんですが。それに幻とまで言われてる本なのに、魔力の欠片もない普通の人間が読むことってできるものなのですか?」
私の言葉に、カイル様は少しだけ何かを考えるように黙り込むと、兄のほうに視線を向けた。
「本当にロザリーに魔力はないのか?」
「……少なくとも12歳の時に受けた検査では皆無でしたが」
「そうか」
カイル様はまた何かを考え込んでいるのか、再び沈黙してしまった。
当初の予定では、身元と魔力が無いことが証明できれば無罪放免だったはずなのに、何でこんな大袈裟なことになってるんだろう……?
チラリと兄のほうを見ると、こちらも何かを考え込んでいる様子だった。
「ロザリー、それは本当に図書館の本だったのか?」
「ええ。閉架図書扱いでしたけど、確かに図書館の本でした」
「本の題名は?」
「わかりません」
「何だと?」
カイル様の眉が跳ね上がる。
おそらく私が適当な事を言って誤魔化そうとしていると誤解したのかもしれない。
それならば、ちゃんと説明しなければならないと思い、本の特徴を出来るだけ詳しく説明した。
「古い本だったせいか表紙にも背表紙にも題名は書いてありませんでした。でも中身を見たら色んな『おまじない』が載っていたので、『おまじない』の本だと思います」
「具体的な内容は?どういうものが載っていて、どういう文字で書かれていたんだ?」
「どう、と言われましても、他には自分の容姿を理想どおりのものに変えるとか、天気を変えるとかとかそういうものが載っていて、文字は……」
そこまで言い掛けてふと気付く。
あれ?そういえば、あれって何語だったんだろう?今までに見たことのない文字だったような気がするんだけど……。
なのに私にはその内容がわかるって、よく考えたらおかしいよね!?
そもそも何故見たことのない文字が読めたと思ったのか?
あの時は自分を天才なのではないかと自賛したものだが、よく考えればおかしいの一言に尽きる。
──私はそんな当たり前のことに今更ながらに気付いて絶句した。
自慢じゃないが私は語学が大の得意だ。
クレイストン伯爵家は貿易や海運を取り仕切る仕事をしているため、我が家には外国からのお客様も多く訪れる。そのため両親の教育方針も語学に力を入れるというものになっていた。
しかも私の場合は、本を読むことが好きすぎて、まだ読んだことのない本を読むために色んな語学を独学で学んだという経緯もある。
外国語だけでなく、古語もある程度読めるだけの語学力を身に付けていると自負していたからこそ、私は自分の実力を過信していた部分があったのだろう。
だからこそ、あの時図書館で見た古びた本は全く知らない言語で書かれているということはわかったはずなのに、その内容を理解出来てしまったことで、自分が天才だと勘違いしていたが、実はとんでもない事だったのだ。
今更ながらにあの本が一体どういう内容でどういう言語で書かれていたのか詳細を思いだそうとしても、漠然としたことしか思い出せない。
おまじないの言葉は何故か一言一句忘れることなくわかるのに……。
「文字は、言われてみれば見たことのない文字でした」
自分の鈍さ加減にさすがに嫌気が差し始めていた私は、半分投げ遣りな気持ちでそう答えた。
「……そうか。で、さっきお前が唱えようとしていた呪文はどういう内容だ?」
「だから、何度も申し上げましたとおり『恋のおまじない』です」
「お前がなんと解釈したかではなく、正確な内容を確認してるんだが」
少し苛立ったようなカイル様の声にあっさり怯んだ私は、あの時書かれていた文字から感じた情報をなるべく正解に話すことにした。
「『好きな人に振り向いてもらう』といった意味だったと思います。心変わりした相手や自分に興味がなかった相手にも有効な『おまじない』だと解釈できる内容でした」
「まさか精神干渉系の魔法か……!!」
そう呟いたカイル様だけでなく、ソファーに座ったままでいた王妃様や、兄までもが顔色を悪くしている。
私には皆がそんな表情になった意味がわからず困惑する。
「精神干渉系の魔法……?」
馴染みのない言葉をただ復唱していると、カイル様が苦々しい表情でご丁寧にもその言葉の意味を説明してくれた。
「ようするに、その人の意思をねじ曲げて無理矢理気持ちを支配する魔法だな」
「は?え!?えぇーーーっ!?」
全く以てあり得ないとしか云えない説明に、私は驚きのあまりつい大声をあげてしまった。
途端に兄から鋭い視線が飛んできたことは言うまでもない。
私は慌てて持っていたことすら忘れてかけていた扇を取り出して拡げると、レディにあるまじき大声を出してしまったことを誤魔化すように口許を隠してみたのだった。
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