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14.潔白の証明 その2

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「だから、実際にロザリーから『おまじない』をかけてもらえばいいのよ。そうすればそれが魔法だったかどうかすぐにわかるのじゃなくて?」


 単純だけど全く思い付きもしなかった提案を王妃様からされ、私はしばし無言になった。

 あれをやれと?しかも兄の目の前で。一体誰に?

 そんな私の疑問はすぐに解決することになった。


「じゃあ、ロザリー。早速カイルに向かってやってちょうだい。こう見えてもカイルは絶大な魔力量を誇る天才魔術師ですもの。もし魔法だとしても絶対になんとかしてくれるわ」


 絶対無理。

 いくら眉唾物の『おまじない』だとわかっていても、恋のおまじないを好きでもない相手に向かってやるのはいい気がしない。

 それに何より恥ずかしい……。

 どんな羞恥プレイだ。衆人環視の中で『恋のおまじない』を唱えなければならないなんて。
『おまじない』というものはこっそりやるからこそ効果があるのではないのだろうか?

 カイル様のほうを見ると私同様物凄く嫌そうな顔をしている。


「大丈夫よ。アルフレッドにも効かなかったのですもの。もっと魔力の強いカイルには絶対に効かないわ」


 嫌な太鼓判を押してくれると共に、私が一番秘密にしておきたかったことをあっさり暴露してくれた王妃様の言葉に、もう私は泣きそうだった。


「なるほど。よりにもよって王弟殿下に……」


 隣から地を這うような低い声が聞こえてきたことで、私はビクリと身体を震わせた。

 恐る恐る兄の顔を見ると──。


 ──笑顔だった。それこそ凍りつくような。

 ……恐すぎる。


「馬鹿だ、馬鹿だと思っていたが、まさかここまでとはな。本の読みすぎで夢物語と現実の区別もつかなくなったのか?この頭の中に詰まっているのは何だ?おが屑か?それとも頭自体が飾りなのか?飾りのほうがマシかもな」


 氷の微笑を浮かべた兄に至極冷静な口調で罵られ、私の気力は一気に削り取られていく。

 もう色々と考えることに疲れてしまった私は、さっさと終わらせて帰りたいとしか思えなくなってきた。


「………。わかりました。すぐにやります。やらせていただきます」


 私は半ば自棄になりながらソファーから立ち上がると、カイル様も渋々といった様子で重い腰を上げた。

 さすがに王妃様や兄に『おまじない』の言葉を聞かれるのは恥ずかしいので、率先して部屋の隅のほうへと移動する。


 壁際まできた私はカイル様と向き合って立つと、一度軽く深呼吸をしてから、本日二度目となる『おまじない』の言葉を口にすることにした。

 カイル様の黄昏時の空のような青紫色の瞳が、私の全てを探るように見ているのが気になって落ち着かない。

 ところが、最初の一節を唱え始めたところで、カイル様の顔色があきらかに変わっていった。


「ちょっとまて!」

「はい?」


 まだ半分も唱え終わらないうちにカイル様からの静止がかかってしまった。
 私はそれがどういうことなのかわからず、小首を傾げて次の指示を待つ。


 もうこれで終わりにしてくれないかな……。

 呑気にそんな事を考えていた私だったのだが。


「お前、その呪文どこから手に入れた!?」


 鬼気迫る表情で尋ねてきたカイル様が恐ろしくて、思わず後退りしてしまった。


「え……?どこって……」


 私は突然おまじないに強い興味を示したカイル様に戸惑いを隠せない。

 いくら鈍い私でも、カイル様が純粋に恋のおまじないに興味があって私にそう尋ねているのではないことくらいはわかる。

 多分状況が芳しくないほうに傾いていることも。


 カイル様は気持ちを落ち着かせるためか、一回ゆっくり瞬きをすると、私の腕をガッチリと掴んで真っ直ぐ私の瞳を覗き込んできた。

 まるで私の心の中を探っているかのような強い眼差しに、私は底知れぬ恐ろしさを感じてしまう。


「……どうして、……そんなこと……」


 震える唇で私はようやくその言葉だけ口にすることができた私に、カイル様は硬い声で答えてくれた。


「──その言葉はな、今は使われていない古代の魔法言語で、誰も使える者がいないことから『幻の魔術』、とされているものだ」


 私はカイル様の口から告げられた内容に絶句した。

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