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10.察した疑惑

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「その様子では本当にあの方が王弟殿下だと知らなかったらしいな」


 カイル様が呆れたようにそう言ったのがわかったが、今の私にはその言葉を理解するだけの心の余裕はない。

 王族の方の名前はおいそれと口にできるものではないが、貴族に生まれた者ならば誰でもが名前を知っている。


 アルフレッド・ヘンリック・フォン・ベルク王弟殿下。

 現国王陛下の腹違いの弟だ。


 先代王とその正妃様の間に現国王以外の子供が出来なかったことから迎えられた側室の子で、現国王陛下とは親子ほどとまではいかなくとも、かなり歳が離れている。

 そうは言っても確か私よりも八歳ほど年上だった筈だ。

 そして未だに独身。

 彼が本当は王族じゃないかと考えた時には、王太子殿下のことしか頭に浮かばなかったからすっかり失念していたが、該当しそうな人物ならもうひとりいたのだ。

 何故先程王妃様とカイル様からあの方の名前を聞いた時に気付かなかったのか。自分の鈍さ加減が嫌になる。


 でも気付かなかった私も相当だと思うが、王弟殿下にも非はあるんじゃないかと思うのだ。

 絶対口に出しては言えないが……。

 どこの世界に庶民が利用するような公園にフラリとひとりでやってきて、のんびり昼寝をしている王族がいるというのか!

 そんなことは物語だから通用するのであって、実際にそんな事をして、もしもその身になにかあったらどうするつもりなのだろう。

 物語と現実の区別がついていなかった私が言うのもなんだが、本当によく無事でいられたものだと感心する。

 刺客とかに狙われたらどうするつもりだったんだろう?

 ──そこまで考えて、私は初めてあることに思い至った。

 そしてこの部屋で目が覚めてから行われた会話を反芻していくうち、段々とその考えについての確信を深めていく。

 もしかして、私がカイル様に疑われてる理由って、王族に魔法で害をなそうとしたというとんでもない容疑が掛けられているせいではないのだろうか。


『王族に仇なす国賊』


 その言葉が脳裏に浮かんだ途端、一気に血の気が引いていく。おそらく私の顔色は完全に色を失っているに違いない。
 私はショックのあまり卒倒しそうになっている自分を叱咤しながら必死に意識を保ち続けた。

 今ここで意識を失ってしまったら、そのまま罪人として捕らえられてしまう可能性だってあるのだ。
 なんとか自分の潔白を証明しないことには、おちおち倒れてもいられない。

 私は無い知恵を懸命に振り絞って、今自分がすべきことを必死に考えた。


 まずは、私がロザリー・クレイストンであるという証明。そして、私に魔力が無いということを明らかにしなければならない。

 そのためには──。


「わたくしの兄をここへ呼んでいただくことは出来ませんか?」

「……お前の兄だと?」

「はい。わたくしは今日兄と共にこちらに参りました。兄ならばわたくしの身元を証明することが出来ると思います」

「……確かお前はクレイストン伯爵家の娘だと言ったな。ということは──」


 どうやらカイル様は私の次兄のことを知っているらしい。


「兄は近衛騎士団に所属するエリオット・クレイストンでございます。王太子殿下の護衛としてお仕えしている身ですので、王妃様もカイル様も兄の顔はご存知ではないかと思うのですが……」


 恐る恐る王妃様のほうを窺うと、ニッコリと微笑まれてしまった。

 その笑顔があきらかに何かを企んでいるように感じるのは気のせいか。


「エリオットのことならよく知っているわ。──カイル。今すぐ彼をここに呼んでちょうだい。彼は妹可愛さに下手な庇いだてをするような人間じゃないから大丈夫よ。
わたくしは彼を信用してるの。彼が絶対に王族を裏切らないということを、経験で知っているから」


 私の次兄のエリオットは、王妃様の仰るとおり家族の情というものに流されて判断を誤るような人間ではない。

 兄がここまで王族から絶大な信頼をされていたことは嬉しい誤算だった。私のことは信用出来なくても、兄のいうことならば信じて貰える可能性が高い。

 ただ、次兄は自分にも他人にも厳しく、周りの人間にも自分と同等のスタンスを望むような人間なのだ。王族を害そうとした容疑を掛けられた妹など、問答無用で切り捨てる可能性もなくはない。


「わかった。お前の兄をここに呼ぼう。でもそれだけで潔白の証明になるわけじゃないことだけは覚えておけ。──お前に関しては不可解なことがありすぎるからな」


 カイル様は明らかに不承不承といった感じで、私の次兄をここに呼ぶことを承諾してくれた。

 私はこれからここに来る兄が、少なくとも私の身元だけは保証してくれることを切に願っていた。

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