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9.恥の上塗り

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「という訳でございまして……」


 私は自分の身の潔白を証明するために、あの方と出会ってから今日『おまじない』を使うに至った経緯までを包み隠さず話す羽目になっていた。

 話が進むにつれ、段々と二人が残念な子を見るような目になっているのがわかる。

 ものすごくいたたまれないが、途中で話を切り上げる訳にもいかず、恥を忍んで全てを話した。


 その結果。


 不思議なことに人に話すことによって気持ちの整理ができ、客観的に自分の所業を見ることができるようになった私が感じたのは──。


 ──イタい……。イタすぎる!私!!

 まさしく黒歴史以外の何物でもない。

 それを国の最高位の女性や、見ず知らずの男性に知られるなんて……。


 羞恥に耐えきれず叫びだしそうになる自分を必死に堪えて、なんとか二人の前に冷静を装って座っているが 許されるのならば今すぐここから逃げ出したい。

 私の告白を聞いて、より一層厳しい視線を向けてくるカイル様と、生温かい視線を送ってくる王妃様に、正直身の置き所がなかった。

 この場に存在することが、本当にいたたまれない……。

 あんな不様に転んだ姿を見られただけでなく、ちょっと思い込みが激しいとしか思えない妄想じみた考えで行動し、結果的に他人の情事を盗み見していたことまで知られた挙げ句、眉唾ものの『おまじない』まで試したと自ら暴露してしまったのだ。

 まさに恥の上塗りとしか言い様がない現状に切なくなってきた。


「で、お前の使ったそれはあくまでも『おまじない』だというのだな」

「……はい」

「では、あの時俺が感じた魔法の波動はどう説明するつもりだ?」

「魔法の、波動……?」


 そうは言われても魔法が使えない私では、例え誰かが魔法を使っていたとしてもその気配に気付くことは出来ないだろう。

 わからないものはわからないとしか言い様がないが、そう言ったところで信じて貰えるかは不明だ。


 私はなんと答えたら良いのかわからず、言葉を詰まらせた。


「──では、質問を変えよう。お前はアルフレッド様を見かけて追いかけた、と言っているが、何故目眩ましの魔法を使って会場を抜け出したあの方に気付くことができたんだ?」

「え……?」

「目眩ましの魔法使っているあの方の行動に気付けるのは、かなりの魔力のある人間だけのはずなんだがな」

「そんな……!」


 私は確かにこの目で彼の姿を見たのだ。それで後を追いかけた。絶対に間違いない。


「魔力で察知できたんじゃなければ何だというんだ?──まさか本気で運命だとか愛の力だとか言い出すんじゃないだろうな?」


 カイル様の言い方は、あきらかに先程私が話した内容を馬鹿にしているのが丸わかりなのだが、さっきまでの私は半ば本気でその運命を信じていただけに強く否定できないのが悲しい。


「もし本当に運命だの、愛の力だのというものがあったとしても、あの方の相手は絶対にお前のような小娘じゃないことだけは確かだ」


 その一言には、さすがの私もカチンときた。

 いくら馬鹿にされるような真似をしたと自覚していても、何を言われても平気な訳ではないのだ。

 私は自分の容姿がそれほど優れていないことは知っていたし、あの人に会うまでは大して気にもしていなかった。でも今日が初対面の人間に貶されて笑っていられるほどおめでたい人間ではない。

 私は先程まで在らぬ疑いを掛けられて弱気になっていた自分を鼓舞するかように、目の前にいる男性を真っ直ぐ見据えた。


「それは一体どういう意味で仰ったのか、お聞きしても?」

「どういうって……」


 毅然とした態度でそう言い放った私を見て、男性は少しだけ気まずそうに視線を逸らした。


「カイル。今のは完全に貴方が悪いわ。誤解されるような言葉を口にした自覚はあるのでしょう?」

「…………。……はい。申し訳ありません」

「わたくしにではなく、ロザリーに謝ってちょうだい」

「───。……悪かった」


 王妃様から注意を受け、カイル様は渋々といった感じがありありとわかる謝罪してくれた。

 そんなふうに謝られても、全く許す気にはなれないが、許さない訳にもいかないことくらいはわかっている。

 貴族というものは良くも悪くも身分の差というものがはっきりとしているため、どんなに許し難いことあったとしても、自分より身分上の人から謝られたら許さない訳にはいかないのだ。
 私だって一応伯爵令嬢である以上、そのくらいは承知している。


「……お気になさらず」


 私はあくまでも義務的に許しの言葉を口にした。

 おそらくそういう気持ちが態度に滲み出ていたのだろう。目が合った王妃様に困ったように笑われてしまった。


「カイルは別に貴女を貶したわけじゃないの。アルフレッドの立場や日頃の行いを考えたら、貴女のような若いお嬢さんが相手というのはあり得ないと思っただけなのよ」

「立場……ですか?」


 最初の頃は、平日の昼間だというのに公園にいる彼は何者なのかということを考えたこともあった。

 でも何回か会う内に、現実の彼のことなど知りたいとも思わなくなっていった。その時はただ会えるだけで幸せだと思い込んでいたから、気にならないのだと思っていたのだが……。

 でもそれはおそらく間違いで、私にとってあの人はあくまでも『アーサー』という登場人物以外の何者でもなく、本当はどこの誰であるかなど微塵も興味がなかっただけの話だったのだ。


「ねえ、ロザリー。間違ってたらごめんなさい。貴女もしかしてアルフレッドが何者なのか知らないのではなくて?」

「えーっ、と……」


 痛いところを突かれて、どう答えようか考えていると、あきらかに狼狽えている様子の私を見たカイル様が、信じられないとばかりに大きなため息を吐いた。


「アルフレッド様は王弟殿下。──つまり現国王陛下の弟君だ」


 カイル様からもたらされた『アーサー』の真実に、私は完全に凍り付いてしまった。

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