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6.運命の一冊
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初恋の相手に告白する前にフラれてしまった私は、ショックのあまり三日ほど寝込んでしまった。
滅多に体調を崩さない、丈夫なだけが取り柄もといっても過言ではない私の突然の体調不良に、家族だけでなく、クレイストン伯爵家の使用人や、父の下で働く商人達までもが天変地異の前触れじゃないのかと面白半分に噂しあっていた。
……失礼過ぎる。
まさか失恋したせいだとも言えないので、あえて私も何も反論しなかったのだけれど。
失恋で負った心の傷は熱が下がると共に薄れていくかと思われたが、どうやらそうではないようで、いつまでもジクジクした痛みが胸に残り続けており、何かを積極的にする気にもなれない。
鬱々とした気分のまましばらく部屋に籠っていた私だったが、いつまでもこうしているわけにもいかないことに気付き、一念発起して久々に外出してみることに決めた。
──やはり私を癒してくれるのは本しかない。
そう気付いた私は、最近めっきり足が遠退いていた図書館へと向かった。
久しぶりに訪れたような気がしていた図書館は、特に何も変わっておらず、相変わらずどこかのんびりとした時間が流れていて安心できる場所だった。
顔馴染みの司書さんだけは、最近姿を見せなかった私を按じてくれるような言葉を掛けてくれたが、その後、親切にも以前お薦めしてくれた恋愛小説の続きが出たことを教えてくれたことで、私の気分は少しだけ暗くなった。
物語の主人公のように『アーサー』と結ばれることがなかった私はその小説を読む気にはなれず、恋愛とは全く関係ない別の本を読むために本棚を順に見ていくことにした。
この図書館は最近出版された本も豊富に置かれているが、何と言っても古書の蔵書がすごいのだ。
しかし、棚に並べられている本で興味を惹かれる本がなかった私は、普段公開されていない閉架図書の閲覧を司書さんに申し出ることにした。
図書館の地下にある閉架書庫は、開架図書が置かれている場所と同じだけの広さがあるため結構広い。
私が何度も利用して勝手がわかっているせいなのか、職員の人数が足りないためかはわからないが、司書さんは書庫に案内してくれた後、「終わったら鍵かけるんで声かけてください」と言い残して業務に戻っていった。
私はとりあえず古書を中心に見て回り、気になったものを手にとって見ることにしたのだが。
──そこで私の運命を変える一冊と出会うことになったのだ。
閉架書庫の一番奥にひっそりと置かれた古びた一冊の本。
背表紙や表紙にすらタイトルが書かれていないその本は、古いはずなのにどこか新しさを感じるような、初めて目にするのにどこか懐かしさを感じさせるような不思議な雰囲気を持った本だった。
私はその本を見るなりたちまち興味を惹かれ、迷うことなく手に取ると、閉架書庫に置かれている椅子へと腰掛けた。
早速表紙を開いて見たところ、見たことのない文字で書かれてはいたものの、何故かどのページを見てもおおよその意味が理解出来てしまったため、私はそのまま大して気にせず読み進めていった。
その不思議な状況を、高熱が出たせいで自分が天才になってしまったのかとも考えたが、なんだか深く理由を追求することが面倒になり、すぐに考えることをやめてしまった。
内容を見る限り、これはおそらく古い時代の『おまじない』を記した本だと思われ、そこに載っている『おまじない』は、それこそ自分の容姿を理想どおりのものに変えるというものから、天候を変えるというものまで多岐に渡っている。
その中で私が最も興味を惹かれたのは、『好きな人に振り向いてもらう』というもので、心変わりした相手や自分に興味がなかった相手にも有効な『おまじない』だったのだ。
そのページを食い入るように見た私は、そこに書かれている『おまじない』の呪文を必死に暗記した。
読めない文字の筈なのに、呪文がわかるというのは本当に不思議な現象なのだが、その時の私はそれが理解出来たし、彼の気持ちを手に入れたい一心だったこともあり、その違和感に少しも気付いていなかったのだ。
冷静に考えれば、彼との接点もない以上、直接本人に向かって唱えなければいけない『おまじない』の言葉など活躍の場があるとは思えないのだが、私は何故かもう一度彼に会える可能性があることを信じて疑っていなかった。
私だってデビュタントを控えた貴族の令嬢である。
いくら彼が高位の貴族であろうと、夜会に顔を出すようになればいつか必ず会える。……それが運命の相手なら尚更。
つまりはこの『おまじない』を必要とする瞬間が必ず訪れるはずだと確信した。
その瞬間、失恋で沈んでいた私の心が急に軽くなっていく。
人間というものは僅かでも希望があると、途端に前向きになれるものなのだと改めて感じていた。
それからの私は、心の中で何度も『おまじない』の言葉を復唱し、同時に今まで興味がなかったためにおざなりにしていたデビュタントに向けての準備を必死に頑張った。
彼に会えば私の運命が変わる!
愚かにもその時の私は、そう信じて疑わなかった。
──後日その目論見どおり、私は自分のデビュタントの夜会で彼の姿を見かけることになり、運命も大きく変わってしまうことになったのだった。
滅多に体調を崩さない、丈夫なだけが取り柄もといっても過言ではない私の突然の体調不良に、家族だけでなく、クレイストン伯爵家の使用人や、父の下で働く商人達までもが天変地異の前触れじゃないのかと面白半分に噂しあっていた。
……失礼過ぎる。
まさか失恋したせいだとも言えないので、あえて私も何も反論しなかったのだけれど。
失恋で負った心の傷は熱が下がると共に薄れていくかと思われたが、どうやらそうではないようで、いつまでもジクジクした痛みが胸に残り続けており、何かを積極的にする気にもなれない。
鬱々とした気分のまましばらく部屋に籠っていた私だったが、いつまでもこうしているわけにもいかないことに気付き、一念発起して久々に外出してみることに決めた。
──やはり私を癒してくれるのは本しかない。
そう気付いた私は、最近めっきり足が遠退いていた図書館へと向かった。
久しぶりに訪れたような気がしていた図書館は、特に何も変わっておらず、相変わらずどこかのんびりとした時間が流れていて安心できる場所だった。
顔馴染みの司書さんだけは、最近姿を見せなかった私を按じてくれるような言葉を掛けてくれたが、その後、親切にも以前お薦めしてくれた恋愛小説の続きが出たことを教えてくれたことで、私の気分は少しだけ暗くなった。
物語の主人公のように『アーサー』と結ばれることがなかった私はその小説を読む気にはなれず、恋愛とは全く関係ない別の本を読むために本棚を順に見ていくことにした。
この図書館は最近出版された本も豊富に置かれているが、何と言っても古書の蔵書がすごいのだ。
しかし、棚に並べられている本で興味を惹かれる本がなかった私は、普段公開されていない閉架図書の閲覧を司書さんに申し出ることにした。
図書館の地下にある閉架書庫は、開架図書が置かれている場所と同じだけの広さがあるため結構広い。
私が何度も利用して勝手がわかっているせいなのか、職員の人数が足りないためかはわからないが、司書さんは書庫に案内してくれた後、「終わったら鍵かけるんで声かけてください」と言い残して業務に戻っていった。
私はとりあえず古書を中心に見て回り、気になったものを手にとって見ることにしたのだが。
──そこで私の運命を変える一冊と出会うことになったのだ。
閉架書庫の一番奥にひっそりと置かれた古びた一冊の本。
背表紙や表紙にすらタイトルが書かれていないその本は、古いはずなのにどこか新しさを感じるような、初めて目にするのにどこか懐かしさを感じさせるような不思議な雰囲気を持った本だった。
私はその本を見るなりたちまち興味を惹かれ、迷うことなく手に取ると、閉架書庫に置かれている椅子へと腰掛けた。
早速表紙を開いて見たところ、見たことのない文字で書かれてはいたものの、何故かどのページを見てもおおよその意味が理解出来てしまったため、私はそのまま大して気にせず読み進めていった。
その不思議な状況を、高熱が出たせいで自分が天才になってしまったのかとも考えたが、なんだか深く理由を追求することが面倒になり、すぐに考えることをやめてしまった。
内容を見る限り、これはおそらく古い時代の『おまじない』を記した本だと思われ、そこに載っている『おまじない』は、それこそ自分の容姿を理想どおりのものに変えるというものから、天候を変えるというものまで多岐に渡っている。
その中で私が最も興味を惹かれたのは、『好きな人に振り向いてもらう』というもので、心変わりした相手や自分に興味がなかった相手にも有効な『おまじない』だったのだ。
そのページを食い入るように見た私は、そこに書かれている『おまじない』の呪文を必死に暗記した。
読めない文字の筈なのに、呪文がわかるというのは本当に不思議な現象なのだが、その時の私はそれが理解出来たし、彼の気持ちを手に入れたい一心だったこともあり、その違和感に少しも気付いていなかったのだ。
冷静に考えれば、彼との接点もない以上、直接本人に向かって唱えなければいけない『おまじない』の言葉など活躍の場があるとは思えないのだが、私は何故かもう一度彼に会える可能性があることを信じて疑っていなかった。
私だってデビュタントを控えた貴族の令嬢である。
いくら彼が高位の貴族であろうと、夜会に顔を出すようになればいつか必ず会える。……それが運命の相手なら尚更。
つまりはこの『おまじない』を必要とする瞬間が必ず訪れるはずだと確信した。
その瞬間、失恋で沈んでいた私の心が急に軽くなっていく。
人間というものは僅かでも希望があると、途端に前向きになれるものなのだと改めて感じていた。
それからの私は、心の中で何度も『おまじない』の言葉を復唱し、同時に今まで興味がなかったためにおざなりにしていたデビュタントに向けての準備を必死に頑張った。
彼に会えば私の運命が変わる!
愚かにもその時の私は、そう信じて疑わなかった。
──後日その目論見どおり、私は自分のデビュタントの夜会で彼の姿を見かけることになり、運命も大きく変わってしまうことになったのだった。
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