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番外SS

兄たちの思い 2 【アルベール視点】

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 リンドバルを離れてからの俺は、当時ドルマキアの侵攻に対し徹底抗戦の構えを見せていたマレニセンに渡り、祖国も立場も名前も男としてのプライドさえ捨て、幼い頃からの友人であり、当時若くしてマレニセン王国の国王となっていたブルクハルトに跪いた。
 亡命したとはいえ、あっさりと敵国の属国になった国の元王子に対する周囲の風当たりはかなり強く、マレニセンという国において俺という存在は新たな火種を生み出しかねない危険な人物と見做されてしまった。
 その結果、俺を受け入れてくれたブルクハルトにまで不信感を抱く者が現れ始めたのだ。

 しかし、厄介事の種にしかならないと思われた俺に対しブルクハルトは。

『能力のあるなしに生まれも国も関係ない。その能力を俺の為に使ってくれるっていうんなら誰であっても喜んで利用させてもらうさ。でもな、いくら旧知の仲だっていっても特別扱いする気は更々ない。──自分の能力に見合った居場所を自力でもぎ取れないヤツに用はないからな』

 わざと周囲の人間達にも聞こえるような声でそう言い放ったのだ。
 徹底した能力主義を掲げるブルクハルト。
 俺のことにかこつけて、暗に肩書きばかりで使えないヤツはいらないと、グダグダ言ってくる連中を一蹴しただけでなく、誰にでもチャンスがあるのだということを広く知らしめたのだ。
 でも残念な事に、それで納得しない人間はいるわけで。
 ブルクハルトが俺に対していくつかの条件を課すことで、表面上だけとはいえ、やっと周囲を大人しくさせることに成功した。

 その条件とは。

・元王子という身分であろうと一切特別扱いはしない事。
・マレニセンが不利益を被るような事があった場合、即国外追放とする事。
・求められるレベルの実力が備わってないと見做された場合は、速やかに職を辞す事。
・ドルマキアとの問題が解決するまではブルクハルトの直属として仕える事。
・ブルクハルトの許可なくマレニセンから出ない事。

 受け入れる以外の選択肢が無かった俺は、その条件を全て了承し、マレニセンの『アドリアン・ディヴリー』として生きる事になったのだ。

 それからというもの、俺は祖国の人間に『裏切り者』とそしりを受けても、マレニセンの人間に『腰抜けの弱小国の王子は、自分が生き延びるために大国の王の愛妾という立場に身を落とした恥知らず』だと揶揄されても、ただ粛々とブルクハルトの下で自分の果たすべき役目を全うした。

 一方、名を『エドガー・ラバール』と変えていたエルネストは、天才と云わしめるほどの武芸の才を如何なく発揮して戦場を駆け抜け、後にマレニセン帝国に統合される事になる国でメキメキと頭角を現し、少しずつその名を知られるようになっていた。
 やがて近隣諸国が統合してマレニセン帝国が誕生し、俺とエルネストが再び同じ国の人間として再会を果たした頃。

 ──ジェラリアを犠牲にしてまで生き延びていた筈の祖国リンドバルは、実に呆気なく滅亡した。

 その知らせが届く直前、どういう伝手を辿ったのか、リンドバルにいる母から一通の手紙が届いた。
 そこにはジェラリアがドルマキアの王族の血を引く子供であったこと。
 ジェラリアをドルマキアに送り出すことに反対しなかったのは、ドルマキアとリンドバルという二つの国の王族の血を引くジェラリアが、これ以上リンドバルで不当な扱いを受ける事を避けるためだったこと。
 でもすぐにそれが間違いだと気付かされたことなどがしたためられていた。
 それに続いて、ドルマキアでジェラリアが受けた仕打ちと、そんな境遇に追いやってしまった事に対する懺悔の言葉が少し乱れた文字で綴られており、リンドバル王妃である母の深い哀しみと後悔の念が伝わってくるようだった。
 そしてこの時点で既に死を覚悟していたのか、自分が持ったままでいるわけにもいかないからと、ファウスティーナ様の形見の指輪が同封されていたのだ。
 その時俺は、ジェラリアの為にと思ってがむしゃらにやってきた事が全て無駄だったのだと痛感させられるのと共に、リンドバルを出ることにしたあの夜、無理にでもジェラリアを攫って逃げなかった自分を死ぬほど呪った。

 それ以来、ドルマキアに対する激しい憎悪は常に胸の内で荒々しくのたうち回り、その焼け爛れるような不快な熱さはいつまでも消えることなくこの身を苛み続け、俺ががむしゃらに前に進み続ける原動力となっていった。


◇◆◇◆


 女神が生まれたという伝説が残る湖の畔にひっそりと建てられた小さな石造りの祭壇。
 一見女神を祀るために造られたようにも見えるそれは、父である国王の命により建てられたファウスティーナ様のための特別な場所だ。
 本来王族は王家の墓地に埋葬されるのが慣例なのだが、父は彼女をこの場所で眠らせる決断をした。
 この場所を選んだのは、王族でありながら未婚のまま子供を産んだ挙げ句に自らの命を断った彼女に下した罰なのか、それとも歳の離れた妹に対する愛情だったのかはわからない。
 しかしドルマキアの侵攻時に王宮だけでなく王家の墓地までも荒らされてしまったことを考えると、ここを彼女の永眠の地として選んだことは結果的に良かったのかもしれない。

 今回、七年間一度も足を踏み入れることのなかったこの地にやってきたのは、今やマレニセンの一部となったこの場所で、次々と不穏な動きが察知され、その後処理を迅速に行う必要性があったからだった。
 結局企ては全て未遂に終わり、表面上は平穏を取り戻したように見えるが、この地に燻り続ける火種は、いつ勢いを取り戻してもおかしくない状態だ。
 旧リンドバル王国の国民は、国や王家に対する親愛の情が深い。
 元王子としては、今でもそんな風に思われているほど素晴らしい国だったことを誇りに思うべきなんだろうが……
 俺にとっては相変わらず、ジェラリアを犠牲にしてまで存在する価値なんてない国であり、俺の後悔の全てが詰まった地のままだ。
 ドルマキアからリンドバルを奪還し、ジェラリアと再会したことで、自分の中にわだかまっていた色んな気持ちが少しずつ整理されていくような気がしていた。
 ところがいざこの場所に来てみると、記憶の中にあるものと然程大きく変わるところのない風景に、懐かしさよりも悔恨の念ばかりが次々湧き上がってきて、正直感情を持て余してしまっている状態だ。
 
 祭壇の前に跪き、持ってきた花束を手向ける。
 ドルマキア王族を象徴するような紫色の花は、ここに来る直前に渡されたものだ。
 俺にとっては忌々しいことこの上ない色だが、今回俺がこの場所を訪れることを聞きつけたクラウスがわざわざこの日のために手配したものだと聞かされた後だけに、無下に扱うことはできなかった。

「………………ファウスティーナ様、ずっと会いに来ることができずに申し訳ありませんでした」

 言いたいことは山のようにあるはずなのに、なかなか言葉が続かない。
 実力主義を掲げるマレニセン帝国において宰相位を任されるほど明晰であるはずの頭脳は、こういう時にはなんの役にも立たないらしい。

「──まさかジェラリアまでドルマキアの男を選ぶとは思ってもみませんでした」

 しばらくの間、頭の中で考えをまとめてみたものの、結局口からでたのは恨み言のような言葉だけだった。
 そんな自分が嫌になり再び黙り込んでいると、背後によく慣れた気配を感じ、俺は溜息と共に立ち上がった。

「……来なくていいと言ったはずだが?」
「そろそろいいかと思って迎えに来たんだが、早すぎたみたいだな」
「七年分だぞ。積もる話があるんだよ」

 本当はまだ何も言えていない状態だが、それをこの男に伝えるつもりはない。

「そりゃあ悪かったな」

 謝罪の言葉を口にしながらも微妙にニヤけた顔をしているところを見ると、俺がどういう状態だったのか、長い付き合いのコイツにはバレバレだったということだろう。
 ブルクハルトは普段粗野に振る舞ってはいるが、妙に勘のいいところがある上に、意外と人をよく見ているから。

「話し足りないって言うんなら、また来ればいいだけだろうが。お前がその気になれば、ここに来る時間を確保することも容易いだろ」

 そしてこんな風に何気ない言葉で、考え過ぎて身動きが取れない状態に陥っている俺の心を軽くしてくれるのだから敵わない。

「……今日ここを訪れることに意味があるって言ったの忘れたのか?」

 気恥ずかしさを誤魔化すためにわざと呆れたような表情をすると、ブルクハルトがそんなことは知らないとばかりに肩をすくめた。

「だったら、今日に相応しい言葉だけさっさと言っとけよ」

 もっともな指摘に、俺は苦笑いしながら再びファウスティーナ様の前に跪いた。
 ブルクハルトがさり気なく距離をとってくれている気配を背中に感じながら、俺はさっきとは比べ物にならないほど穏やかな気持ちで口を開いた。

「ジェラリアに会わせてくださりありがとうございます。あなたが命がけで守ったジェラリアは、今頃愛する人と幸せな誕生日を迎えているはずです」

 本当は気に食わないっていう言葉は、心の中だけで付け加えておく。

「──また会いに来ます。今度は三人で」

 そんな日が来ることを願いながら、俺はそっと目を閉じてファウスティーナ様へ祈りを捧げた。
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