セカンドライフ!

みなみ ゆうき

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68.色んな事情を知りました! その2

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壱琉先輩が嵐のように去っていき、やっとひとりになれた俺は、誰に気兼ねすることなく素の格好に戻ると、戻ってきたばかりの鞄からスマホを取り出した。


散々迷惑かけた壬生先輩に、まずは俺は大丈夫だって連絡しとかないとな。
ちゃんと話すのはまた夜にでもするとして。


そう考えてスマホの電源を入れたその時。

来客を告げるチャイムが鳴った。


ヤベェ。俺、もう出れる格好してねぇし。

っていうか、このタイミングで訪ねて来るとかって嫌な感じしかしねぇけど……。

出る気はないが一応インターフォンのモニターを確認しようと立ち上がると、そこに到着する前にガチャリとロックが解除される音がして入り口のドアが開いた。

え!?颯真!?

流石に気不味さを感じ、思わず身構えると。


「あれ? 俺、部屋間違えてないよね? なんか外人さんがいるんだけど」


部屋に入るなり第一声で少々間の抜けたコメントを放ってくれた楓に、俺は大爆笑した。






訪ねて来てくれた楓にソファーを勧め、俺はキッチンでお茶の用意をしてからリビングへと戻った。

まだ微妙に笑いが収まらない俺を見て、楓がジト目になっている。


「そんなに笑うことないだろー。 普段の光希が変装だってのは知ってたけど、こんな『超絶イケメン外人風』だとは聞いてなかったんだよ」


楓の拗ねたようなその口調は壱琉先輩とは違いあざとさとは無縁のもので、俺は何のてらいもないその言葉に心の底からホッとした。

やっぱり楓は癒される。それは第一印象から変わってない。

俺はローテーブルに二人分のカップを置くと、楓の隣に腰を下ろした。


「で、どうしたんだよ? 珍しいよな、楓がひとりで訪ねて来るなんて。紘斗は一緒じゃねぇのか?」


楓と紘斗はクラスも一緒、部屋も一緒でいつも一緒に行動しているイメージがある。
なので、楓ひとりという状態が俺にとっては非常に珍しく感じてしまったのだ。

紘斗も楓と同じく、裏表のない自然体な感じのヤツで、この二人と話すのは密かな俺の癒しとなっている。


ところが。


「紘斗は後で俺の荷物持ってきてくれるんだ」


その発言を聞いて、俺の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。


「楓の荷物って?」

「あ、俺、今日から暫く光希の同居人になったから。 よろしく!」

「は?」


言われた意味が理解出来ずに聞き返した俺に、楓は少しだけ表情を翳らせながら、二階堂から俺の事情を聞いたことと、皆で話し合った結果、暫くの間、楓と颯真の部屋を交換するということに決めたことを話してくれた。

事情を説明された俺はただ唖然としていた。


──二階堂め。 わかったって言ったよな? 俺の気持ちを汲んでくれたんじゃねぇのかよ……。

あの返事は何だったのかと、若干恨みがましい気持ちが沸いてきたその時。


バッチーン


「痛ってーッ!!」


楓に背中を思い切り叩かれた。

いくら楓が俺より小柄だからって、男の力は結構強い。 痛みに顔を顰めながら楓を見ると。


「あのなー、お前が俺らを巻き込まないようにしてくれてんのはわかるけど、お前が俺らを大事に思ってくれるのと同じで俺らだって光希の事が大事なんだよ! そりゃ、大した力になれないかもしれないけどさ。
でもこんな時くらい頼れって!ひとりで大丈夫なんて悲しいこと言うなよ!!傷つけられて平気な人間なんていないんだからな!!」


物凄い剣幕で叱られた。

感情が高ぶっているのか若干涙目で捲し立ててくる楓を見ながら、俺は自分の心の中で何かが剥がれ落ちていくような奇妙な感覚を味わっていた。


「……心配かけてゴメン」

「謝る内容が違う」

「──皆の気持ち、考えなくてゴメン」

「なんかそれも違う気がするけど、まあ、ヨシとしてやる。
光希はさー、もうちょっと俺らに甘えたほういいと思う。『三人寄れば文殊の知恵』っていう言葉もあるじゃん。 俺なんて頼りないかもしれないけどさー、いざって時の閃きは結構自信あるし」


なんか微妙に話がズレてる気がしないでもないが、俺はそう言ってくれた楓の気持ちが嬉しくて、自然と『ありがとう』という言葉が口から出ていた。

それを聞いた楓は照れ臭そうに視線を逸らす。


「俺なんて紘斗に甘えっぱなしだよ。 むしろ紘斗なしじゃ生きていけないくらいだしー」

「お前らホントに仲良いよな」


何気なく言ったその一言に、楓が一瞬躊躇いのような表情を見せた。

あれ?なんかマズいこと言ったかな?

まともに友達付き合いをしてこなかったせいで、他人の心の機微に疎い俺は、イマイチそういうボーダーライン的なものがよくわからないのだ。


「あー、光希には言ってなかったけど。──俺と紘斗、付き合ってるんだ」

「そっか」


俺の返事に楓は驚いたような表情になる。


「抵抗ないの!?ここじゃ男同士って普通だけど、光希はそうじゃないんだよね?!」


あ、成る程。


「いや、べつにお互いに好きで付き合ってるんならいいと思うけど」


俺は正直男同士の恋愛とかってよくわかんないけど、楓と紘斗ならお似合いの二人だと素直に思えた。

恋愛感情もないのに男とセックスした俺よりよっぽど健全だしな。

それに、本人達の元々の性格が良いせいもあると思うけど、二人の醸し出す空気感が妙に心地良いのにはこういう要素もあったんだなと素直に納得した。

多分幸せオーラっていうか、上手くいってる人間特有の余裕が本人達にも周りにも良い影響を与えているんだろう。


ここ最近、他人から向けられる感情といえば、ギラギラかドロドロかネチネチというありがたくないものばかりだったせいか、ホワホワとした温かい気持ちが心に沁みる。


なんとなくまったりムードになりかけ、俺がここ数日なかった癒しの時間を味わっていたのも束の間。

楓の口から飛び出した話に、俺は凪いだ心が一気に波立った。


楓の話によると、楓が来る直前まで壱琉先輩の親衛隊によってこのフロア一帯が封鎖されていて、誰も入れない状態だったらしい。

さっき壱琉先輩とのやり取りを誰かに見咎められずに済んだのは、偶然ではなくヤツらによって作り出されたシチュエーションだったというわけだ。

……ドM隊長。何してくれてんだよ。


「それで、桜庭様の親衛隊に制裁されたんじゃないかって噂になってて。とにかく光希のことが心配だったから、荷物は紘斗に任せて俺だけ先に来たんだ」

「……そっか。ありがとな」


随分心配をかけてしまったことが申し訳ないと感じると共に、そう思って貰えることがなんだか妙に面映ゆい。


「壱琉先輩が生徒会室に忘れた俺の荷物を届けてくれたんだよ。親衛隊の人達は俺がまた有らぬ誤解を受けるのを防いでくれてたらしいんだけどな」


結局、今の話を聞く限り、火に油を注いでるようにしか思えない。
善意の結果なのか、作為的なものなのか……。

難しい表情で黙り込んでいると。


「あのさ……」


楓が躊躇いがちに口を開いた。


「ん?」

「ホントはひとりのほういいとか、誰か他に一緒にいて欲しい人がいるんなら遠慮なく言ってよ」


そう言った楓はどこか悲愴感漂う表情で。

一緒にいて欲しい人がいるのはお前のほうだろ、なんて茶化せる雰囲気じゃなく。

これは多分俺が無理矢理ヤラれそうになったことを聞いていて気遣ってくれてるのだろうということがよくわかった。


……そりゃスッゲェムカついてるけど、それほどダメージ受けてないっつーか、俺の中ではもう今更おきてしまったことはしょうがない的な感じなんだよな。


「気ぃ遣わせてゴメンな。俺はホントに大丈夫だから。
でも来てくれたのが楓で良かったよ。」

「そっか……」


俺の謝罪に楓はまだ浮かない表情を残しつつも、笑顔で頷いてくれた。


そして。


「──俺さ、中二の時、寮の部屋で同室だったヤツに襲われたことあるんだ。……未遂で済んだけど」


突然切り出された楓の過去に、俺は思わず息を飲んだ。


「そういうことがあってすぐに部屋変えしてもらって、同室になったのが同じクラスだった紘斗なんだ。 紘斗はさ、ひとりになりたいのにひとりでいたくないっていう我が儘な俺に適度な距離感で接してくれて、でもいつも気に掛けてくれて、根気よく話聞いてくれてさ。
……そんな紘斗のことがいつの間にか好きになって、辛い時期を乗り越えられたんだけど、って。
あ、最後ノロケになっちゃった……!なんかゴメンっ!!」


自分の発言に慌て出した楓に俺は軽く吹き出してしまった。

それまでの深刻な空気が少し薄れ、楓が少しだけばつの悪そうな表情になる。


「あー、話はズレたし、何が言いたいかっていうと!
だから、光希も、嫌だとか、苦しいとか、悔しいとかそういう気持ち、全部俺らに吐き出しちゃっていいんだよ、ってこと。
よく辛いことは忘れたほうがいいって言われるけど、忘れたふりは出来ても、忘れることなんか出来っこないんだから、下手に溜め込まず、その都度気持ちを外に出すのが一番だと俺は思うんだよね」


溜め込んだ気持ちか……。

そう考えてふと気付く。


──そもそも俺、溜め込めるほど心の引き出し持ってないかも……。


今回の事にしても、他の人間からどう思うかと聞かれればムカつくとか、そう言った素直な感想は言えるけど、それが常に頭にあって離れなくて苦しいとか、そういったものはない。

思い起こせば、俺が人生でスゲー悩んだのって、顔だけ王子とかって言われてインポになって引きこもってたあの時だけかもな。


──もしかしたら、他人に対する好意も同じことなのかもしれない。

好きか嫌いかって聞かれたらすぐに答えられるけど、四六時中頭から離れないほど好きとかそういう気持ち、今まで一度だって感じたことがない。


そう気付いたら、俺って結構ダメなヤツなんじゃないかという思いが急激に強くなる。

今なら颯真が怒り出した気持ちもぼんやりとだが理解出来なくもない、……気がする。


「なんか俺って、欠陥だらけの人間なんだな……」

「完璧な人なんていないよ」

「……そうだよな」


ちょっと前まで完璧な人間だと自惚れていた自分が恥ずかしい。

そう再認識した途端。

ドッと疲れが押し寄せてくる。


「……なんか、スゲー疲れた」

「色んなことがあったんだから当たり前だよ。ちょっと眠ったら? 良かったら眠るまでトントンしてやろっか?」


揶揄うような楓の言葉に、俺は苦笑いした。


「ガキじゃねぇっての」


しかし。


「遠慮すんなよ」


楓は半ば強引に俺を膝枕すると、規則正しいリズムで背中をトントンと優しく叩き始めたのだ。


俺は赤ん坊かよとか、なんか紘斗に申し訳ないなーとか、思いつつも、予想外の心地よさにすぐに睡魔に襲われる。


「……そういえば、紘斗とどこまでいってんの?」


眠りにつく寸前。純粋な好奇心でそう尋ねてみると。


「実はさ、それがトラウマっつーの? そういう感じで未だに紘斗とエッチ出来てないんだよね。 でも、紘斗はそれでいいって言ってくれてさ。一緒にいられるだけでいいって、笑って言ってくれるんだけど……。 
俺も手を繋いで、キスしてギュッと抱き合って、一緒のベッドで眠るだけですごく幸せ。ホントはエッチもしてみたいな、って思う時もあるけど、紘斗のことまで怖くなっちゃったらどうしようって思うと踏み出せなくて……」


この部屋に二人だけであるにも関わらず、声を潜めてお悩み相談してくるような感じになっている楓がなんか可愛い。

同じ『出来ない』でも俺の勃たなくなった事情とはあまりに違いすぎて、なんか悩みを聞くことすら申し訳なく感じてしまう。


俺のセックスはいつでもデートのオプションで、好きだからしたいなんて気持ちを持ったことはないし、特定の誰かと一緒にいるだけで幸せなんて気分、味わったこともない。


不覚にもちょっとだけ羨ましいと思ってしまったのは……。


──俺の胸の中だけに秘めておくことにした。


それにしても、手を繋いで一緒に眠るだけでも幸せな人、──か。


そんな人、会ったことないなぁ……。


そんな事を考えながら久方ぶりに性的な意味を一切含まない触れ合いに安堵した俺は、小さな子供のように楓に背中をトントンされながらそのまま眠ってしまったのだった。




◇◆◇◆




【楓視点】


光希が安心して眠ってくれたのは良かったものの、自分の力じゃベッドまで運ぶことが出来ないことに気付いた俺は、もうすぐ来る予定になっている紘斗を待つことに決めた。


とりあえず、思ってたより光希が元気そうで良かった……。

穏やかな表情で眠る光希に、ホッと胸を撫で下ろす。


二階堂から光希の身に起こったことを聞いた時は、正直自分の時のことを思い出して血の気がひいた。

でも、紘斗が側にいてくれたから、もうあれは過去の事だと割りきって話を聞くことが出来たのだ。

それに俺は未遂で済んだけど、光希は結果的に好きでもない相手と関係を持つことになり、そのせいで今、余計大変な目にあっている。

ホントに理不尽だ。

俺の経験から言って、ああいうことがあった後、ひとりでいるのも怖いし、かといって自分を性的な対象として見てくる可能性がある相手と一緒じゃ安心出来ない。

そういうことを嫌というほど知ってる俺としては、俺の時の紘斗とまではいかなくても少しでも光希の力になれればと思い、二階堂の提案に一も二もなく賛成した。


眠ってくれたのはいいけど、このままここで眠らせとくのもな……。 とりあえず何か掛けるもの取ってくるか。

光希を起こさないよう、そっと立ち上がったその時。

タイミングよく来客を告げるチャイムが鳴った。


紘斗が来たのだと思い込んでいた俺は、よく確認もせずにすぐにドアを開けたのだが──。


ドアの向こういたのは予想外の人物で。

俺はその人物に対して、警戒せずにはいられなかった。


何でこの人が訪ねて来るんだよ……。

このタイミングでこの人物がこの部屋を訪れたということを他の誰かに知られてしまうのは、光希にとって更に良くない結果を生み出してしまう。

俺は素早く部屋の外を確認し、人影がないことを確認すると、やんわりと断りの言葉を口にした。


「……申し訳ありませんが、光希は今眠ったばかりでして」

「そうか。……少しだけ入れてもらえないか。顔を見たらすぐに帰る」


突然の来訪者は一応俺に伺いをたててから、部屋の中へと足を踏み入れる。

その人はリビングのソファーで寝入っている光希を見つけると、今まで誰にも見せたことのないような柔らかい表情で、僅かに口元を緩ませた。

そしてその場に跪くと、光希の髪に触れようとしたところで躊躇った様子で腕を下ろす。

俺はただ、その人物がすることを少し離れた位置から黙って見守っているしかなかった。


「ベッドに運んだほうがよさそうだな。 部屋は?」

「あ、こっちです」


突然話し掛けられた俺は、慌てて光希の部屋の扉を開けた。

その人はそっと光希を抱き上げると、光希を起こさないよう気遣いながら部屋へと連れていく。

そしてベッドに下ろして光希にブランケットを掛けると、拍子抜けするくらいあっさりと視線を外し、部屋を出てきた。


ところが、扉を締める寸前。

その人の瞳がほんの一瞬だけ。

──切なそうに揺れた。


光希は気付いてないだろうけど、この人、たぶん光希のことが好きなんだ……。

それがわかった途端、俺は自分のことでもないのに胸がツキンと痛んだ気がした。

何と声を掛けていいのかわからず、ただ佇む俺に、その人はいつも皆に見せるのと変わらない表情になると。


「俺が来たことは言わなくていい。……悪かったな」


一言そう言い残し、部屋を去っていった。


俺は物凄くモヤモヤした気持ちを抱えながら、早くこの胸の中にある気持ちを吐き出したくて。


【早く来て】


紘斗にメッセージを送ったのだった。
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