告白ごっこ

みなみ ゆうき

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45.リセット②(瑠衣視点)

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あの人──倉木黎斗りとさんと出会ったのは、中三の春。

そこそこ大きな規模の会社の社長をしている父に、海外支社から戻ってきたばかりの新しい秘書だと紹介されたのがきっかけだった。

倉木さんはお父さんの仕事の都合で幼い頃から海外と日本を行き来していたこともあって、英語だけじゃなく他の外国語なんかも堪能で、当時海外留学を視野に入れて勉強していた俺にとって倉木さんという人は、色んな話を聞かせてくれる上に語学の習得にも協力してくれる先生的なポジションの人だったのだ。


父が許可してくれたこともあって、俺は倉木さんと直接連絡を取り合うようになり、二人きりで会うようになった。

話題も経験も豊富なあの人の話は聞いていて為になったし楽しくて。
世間知らずな俺はすぐにあの人に傾倒していき、好感が好意に、そしてその気持ちが恋になるのにそれほど時間はかからなかった。

ちょっとした理由を見つけては連絡する、なんて、今から思えば完全に浮かれきった真似をしていたのは、初めての恋に気持ちが全て持っていかれてたから。
そしてそんな俺の気持ちはたぶんあの人にはバレバレだったと思う。

あの人があえて俺の気持ちの変化に気付かない振りをしていたは、優しさだったのか、大人の狡さだったのか。

どっちにしても俺から動かない限り、あの人から積極的に関係を進めることは絶対になかったと思う。


──俺にだって葛藤はあった。

初めて好きになった人が十歳以上年上ってだけじゃなく、父親の会社の人で。しかも俺と同じ男だってことに悩まなかったわけじゃない。

でも胸の内に芽生えた気持ちを抑えることは日に日に難しくなっていき、ついにはその想いを言葉にせずにはいられなくなっていた。


『やっぱり倉木さんの事、好きだな……』


夏休みに入る直前のある日の夜。
二人きりの車内で、運転する彼の横顔を眺めているうちに無意識に零れ落ちていた言葉。

言った自分にビックリして、すぐに後悔していると。


『嬉しいよ』


あの人はちょっとはにかんだような笑顔でそう言ってくれたのだ。

俺は自分の気持ちが否定されることがなかった上に、その後も倉木さんが俺の事を避けることはなく、むしろ親密さを増したことで、倉木さんは俺の恋人で、俺達は所謂お付き合いというものをしている関係なんだと勘違いしていた。


あの時のことをよく思い出してみれば、あの人が俺を好きだと言ったわけでも気持ちを返してくれるような言葉を言ったわけでもなかったことがわかるのに、否定や拒否をされなかったってだけで、すっかり気持ちを受け入れてもらえたものだと思い込んでた。

決定的な言葉は何ひとつ言わないくせに、期待させて気持ちを繋ぎとめるような真似をする。

高崎が同じようなことをしてた時には、上手いやり口だなって思いながら冷静にアイツのすることを見てられたけど、あの時の俺は倉木さんに夢中になるあまり、あの人がどういうつもりであんな態度をとっていたのかってことに全然気付けていなかった。


倉木さんがどう感じてどうしたかったのか。ホントのところは何もわからない。でも倉木さんにとっての俺は、俺が望んでいたような関係の相手じゃなかったってことだけはよくわかる。

あの人が俺の事を少しでも大事に思っていてくれたのなら、ただの失恋で済んだ話で。
俺にとってどんなに辛いことでも、中途半端な優しさなんて見せずにちゃんと拒んでくれれば、あんなに傷つくことはなかったんじゃないかって、つい恨みがましい気持ちにさせられる。

実際のところは、最低で不誠実な相手の本性も見抜けずに初めての恋に浮かれまくってた過去の自分がただひたすらに恥ずかしくて、考えれば考えるほど自分のバカさ加減が嫌になるってだけの話だけど、あの時の俺にとってはあの恋が自分の全てで、失ったら生きていけないとすら思えるほど大事なものだったのだ。


その倉木さんはあの時も今も姉の婚約者であることに変わりはない。

倉木さんは海外支社勤務時代に、父の紹介で同じ国に留学していた姉と知り合っていた。
俺には全く知らされていなかったけど、たぶん父は倉木さんを自分の後継にするつもりで目をかけていて、お互いの相性が良ければ姉と結婚させて自分の身内に引き入るつもりでいたんだろう。
その目論見は見事当たったとういう訳だ。

長男なのに後継として期待されていなかったことについてはどうでもいいし、むしろ他にやりたいことがあるって言った俺に、『自分の人生なんだから好きにすればいい。けど中途半端な真似をして、後になってからグダグダ悩んだり後悔ばかりで前を向けない人間にだけはなるな』と言ってくれた父親には感謝してる。

残念ながら結果的にはその言葉のとおりには出来ずに、後悔で立ち止まったまま動けなくなっちゃったけど、俺を家に縛り付けようとはせずに自由にさせてくれたからこそ、俺の時間はまた動き出すことが出来た。


周りの人間は学校での一件で俺が深く傷付いたから、実家を離れたいと言い出したんだと思ってるらしい。
両親でさえもそう思ってるからこそ、俺が家を離れて馴染みのなかった土地でひとりで暮らす事に賛成してくれた。

あの人との間にあった事が原因だなんて夢にも思っていないだろう。
学校でのことなんて身体の傷が痛んだくらいで、倉木さんの裏切りを知ったことに比べたら全然大したことじゃなかったっていうのに。


そもそも俺が大ケガをしたのは、三階にあった教室の窓から飛び降りたからという、かなり衝撃的なもの。

普通に考えりゃ無事でいられる訳がないのに、あの人が俺を抱いてる最中に言った『誰にも触れさせたくない』なんて言葉を真に受けて、俺に触れようとした連中から逃げるためにそんなバカな真似をした。

病院を訪れた倉木さんにその事を告げると顔色を無くしてたから、さすがにマズいと思ったんだろう。
その後、姿を見せるどころか連絡すらもこなくなったと思ったら、帰国した姉から倉木さんと婚約しているって話を聞かされた。

もちろん姉も俺達の間にあったことなんて何も知らない。

今考えるとなんて酷いヤツだと軽蔑すらしてるけど、あの時はただただショックで、現実と向き合うことが出来ずにあの人の前から逃げることしか出来なかった。



暫くの間は何をしてもどこに行ってもあの人のことを思い出して辛かった。

将来に向けて色々と考えていたことでさえも、あの人との日々に結びついてしまうために、全てが目を背けたくなるようなものに変わってしまった。

それくらい俺の全てがあの人に侵食されていると気付いた時には、絶望感に苛まれた。

その相手が二度と会わない人ならともかく、今後も事あるごとに顔を合わせる可能性が高い人だったから尚更。


今でもまだ、何かにつけあの頃の事を思い出しては切ない気持ちになったりもするけれど、それは単なる感傷であって、相手への未練じゃない。

──やっとそう思えるようになったのに。



高崎達の賭けの話を偶然聞いてしまうことになった前日。

家族以外誰にも教えてないはずの新しい番号のスマホに、見覚えのある番号からSMSが送られてきたのだ。

俺はその文字を目にした途端。

あの時味わわされた絶望感が蘇るのと同時に、例えようのないほどの怒りが込み上げ。
ぶつけどころのない感情が胸の内に渦巻いたまま燻り続け、苛立ちを抑えることが出来なかった。
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