告白ごっこ

みなみ ゆうき

文字の大きさ
上 下
42 / 50

42.リスタート⑦(昴流視点)

しおりを挟む
電話の向こう側で泣いている梅原にかける言葉は見つからない。

梅原よりも確実に酷く瑠衣を傷つけたであろう俺が、お為ごかしに何か言ったところで慰めにもならないだろう。

やがてひとしきり泣いたことで落ち着いたのか、梅原が静かに呟いた。


『もう少し話してもいいですか?』


その問い掛けに対し、俺は咄嗟に聞きたくないと思ってしまった。


嫌な予感がした。

梅原は直接的に瑠衣に何があったのかなんて言ってないはずなのに、その内容が俺にとって絶対に心穏やかではいられないようなものの気がしてならず、頭の中に警鐘音が響き渡る。

梅原に声をかけられてからの俺は、誰かの口から語られる瑠衣の話なんて聞きたくないと思ったり、瑠衣のことなら何でも知りたいと思ったり。
挙げ句に今度はまた聞きたくないと思うなんて、どんだけ俺は自分勝手な人間なんだって思うけど、今回ばかりは嫌な予感が拭えず、俺はどうにかして梅原がこれから話す内容を変えるか、やめさせることが出来ないかと必死に考えた。

しかし、今まで胸の内に秘め続けていた後悔を口にしたことで、抑えられていたものが一気に溢れ出したのか、梅原は俺が言葉を紡ぎ出す前に話し始めてしまう。


『最初は着替えの時に瑠衣の身体にキスマークらしきものが付いてたっていう、ホントかウソかもわからないような話から始まったんです。……実際にそれっぽいものを見たってヤツもいたし、あれはそんなんじゃないっていうヤツもいました。俺はそれを直接見たわけじゃないし、そんな事を言って騒ぎ立てているヤツらも、普段からすぐに下世話な話をしたがる連中だったので、本気にしてなかったんですけど……』


瑠衣の身体にキスマーク。それだけでも俺の受けた衝撃は相当なものだった。

やっぱりどうにかして梅原の話をやめさせるべきだったと後悔しても、もう遅い。

むしろここでストップをかけて、話が中途半端になってしまったら、その先を無駄に想像してずっとグダグダ考えてそうだ。

梅原はそんな俺の葛藤に気付くことなく話を続ける。


『そんな噂がたってから、着替えの時にやたらとみんなが瑠衣をジロジロと見るようになって……。瑠衣はそれを嫌がって、人目を避けて着替えるようになりました。でもそんな風にしてること以外、瑠衣の態度は何も変わらなかったし、俺達もいつもの調子で『瑠衣はそこら辺の女子より可愛いから、ちょっとしたことでもすぐネタにされるんだな』くらいしか思ってなくて。さっき話したとおり、俺自身もたとえそれが本当のことでも瑠衣は瑠衣だって思ってたんです。でも結局、俺は瑠衣のことを傷つけた……』


そこで梅原がひとつ深いため息を吐いた。


『……あの日、俺はたまたま都内にいる従兄弟のところに遊びに行ってたんです。その帰り、最寄り駅まで歩いている時に、見覚えのある車が信号待ちをしてるのが目に入りました。遠目からだったけど、助手席に瑠衣が乗ってるのが見えて、偶然だなって思ってたら。その直後、ほんの一瞬だったけど、その……、二人の距離が近付くなって……。
…………運転席にいた人が瑠衣にキスしたように見えたんです』


心臓がズキリと痛んだ。焼け付くような胸の痛み。そこから熱い何かが溢れ出て、俺の頭の中を沸騰させていく。

過去のこととはいえ、瑠衣に触れた人間がいたんだとわかったら、今まで感じたことのない強烈な感情が胸の内を支配した。

──たぶんこれは嫉妬だ。


「……見えたってだけだろ?」


自分で思ってるよりも随分と抑揚のない声が出た。
でもそんな事を気にしてる気持ちの余裕はない。


『……そうですね。……もしかしたら、ちょっと顔の距離が近かったせいでそう見えたのかもしれません。でもその後の瑠衣は、ちょっと驚いたような顔をした後、見たこともないような綺麗な表情で本当に嬉しそうに笑ったんです。二人がどんな関係だったのかはわかりません。……でも瑠衣があの人の事を好きなんだろうなってことだけはわかりました。その途端、瑠衣が男に抱かれてるんじゃないかっていう噂が、頭を過ぎってしまったんです。事実かどうかもわからないのに、一度でもそんな風に思ってしまったら、俺、どうしたらいいのかわからなくなって……』


俺もどう気持ちの整理をつけたらいいのかわからない。

確固たる証拠がないとはいえ、男に抱かれていたかもしれない瑠衣。

俺の部屋に来た時、俺の事を拒否したのは、何とも思ってないヤツとヤれるほど神経太くないからだって言ってたくせに、本当はソイツのことを忘れられないからこそ、他の人間には触れられたくないってことだったんじゃないのかと、勘繰ってしまいそうだ。

──そもそも瑠衣は今でもソイツと関係があるのか?

そう思ったところで。


「その相手って……?」


思わず口をついて出てしまい、すぐに後悔する。

知ったところでどうにもならないどころか、ボンヤリとした輪郭が少しハッキリしてしまうことで現実味を帯び、胸の痛みが増しただけだった。

やっぱりいいと、自分の言ったことを取り消そうとしたその時。

先に梅原が口を開いた。


『……瑠衣のお父さんの秘書をしている倉木さんって人です。時々学校まで瑠衣を迎えに来たりしてて、俺も何度か会ったことあって……。あの当時、瑠衣のお父さんに頼まれて、たまに瑠衣の勉強を見てるって言ってたから、二人が一緒にいること自体は不自然じゃなかったんですけど……』

「……そんな人が社長の息子に手を出すかな? 噂のせいで勘違いしただけじゃない? 社会的な立場を考えたら、リスクが高すぎる」

『確かにそうですよね。高崎君の言うとおり、あの時の俺は噂に振り回されて冷静に物事が判断出来なくなってたんだと思います。瑠衣が倉木さんに懐いていたの散々見てたのに、勝手に誤解して、ひとりで無駄に悩んで瑠衣を傷付けて……。俺、ホントにバカだった……』


梅原は俺の言葉に納得した様子だったものの、俺自身は少しも納得出来ておらず、胸の奥で嫉妬という気持ちがチリチリと燻り続けていた。

この胸の痛みを消すにはまだ足りない。

瑠衣とソイツの今の関係性がハッキリしないことには安心出来そうになかった。


「……その人今も瑠衣と仲良いのかな?」


否定して欲しくて言った言葉。

今でも仲が良いとか言われたら、醜い気持ちがまた大きくなってしまいそうだな、なんて思っていると。


『それはさすがにわからないです。でも瑠衣のお姉さんに連絡してくれた人が教えてくれたんですけど、倉木さん、春に瑠衣のお姉さんと結婚するらしくて』


予想もしていなかった話に驚かされた。


「は?」

『俺、勝手に瑠衣のこと誤解してたからそういう意味でも心配してたんですけど、瑠衣にしてみたら大きなお世話どころか、一方的な思い込みで心配されて迷惑ですよね』


どこ吹っ切れた様子でそう言った梅原。
俺は何故か同意の言葉を口にすることが出来なかった。
しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

小石の恋

キザキ ケイ
BL
やや無口な平凡な男子高校生の律紀は、ひょんなことから学校一の有名人、天道 至先輩と知り合う。 助けてもらったお礼を言って、それで終わりのはずだったのに。 なぜか先輩は律紀にしつこく絡んできて、連れ回されて、平凡な日常がどんどん侵食されていく。 果たして律紀は逃げ切ることができるのか。

ハルとアキ

花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』 双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。 しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!? 「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。 だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。 〝俺〟を愛してーー どうか気づいて。お願い、気づかないで」 ---------------------------------------- 【目次】 ・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉 ・各キャラクターの今後について ・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉 ・リクエスト編 ・番外編 ・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉 ・番外編 ---------------------------------------- *表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) * ※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。 ※心理描写を大切に書いてます。 ※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪

思い出して欲しい二人

春色悠
BL
 喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。  そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。  一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。  そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

処理中です...