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31.接近⑩
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瑠衣が部屋を出て行った後暫く放心状態だった俺は、一層激しくなってきた雨の音で我に返った。
反射的に窓の外に目を向けると、大粒の雨がすごい勢いで窓に叩きつけられているのが見える。
帰ってきた時よりも格段に強くなっている雨と風。
嵐としか言い様のない天候に、すっかり停止していた思考回路が一気に動き出すのと同時に、さっきこの部屋で起こった現実を思い出しハッとした。
本当に馬鹿としか言い様がない。今頃になって瑠衣をこんな天気の中、ひとりで帰してしまったっていう最悪な事実に気付くなんて……!
「……瑠衣!」
俺は瑠衣の名前を呼びながら、大慌てで部屋を出た。
玄関にむかうと、そこにあったはずの瑠衣の靴は既になく、わずかに残っている濡れた跡だけが、瑠衣が確かにここにいたんだということを主張していた。
俺のほうを一切見ようともせずに部屋を去っていった瑠衣。
その姿を思い出し、胸がずんと重くなる。
あれからどのくらい時間が経ったのかはわからない。
もしかしたらもうとっくに家に着いているのかもしれない。
でも今追いかけたらまだ間に合う可能性があるんじゃないかと思ったら、後先考えずに家を飛び出していた。
勢いが衰える気配もない雨の中、傘もささずに走り出す。
容赦なく打ち付けてくる雨は、あっという間に俺の全身をびしょ濡れにしていった。
じっとりと湿って張り付いてくる服の感覚が不快だし、横殴りの雨のせいで目を開けていられない。
きっと瑠衣も今の俺と同じような状態になったんだろうなって思ったら、胸が痛んだ。
ちゃんと話をしなかった自分が悪いのに、抑えの効かない身勝手な感情を瑠衣にぶつけようとした上に、儘ならない自分の気持ちばかりに気を取られ、出ていった瑠衣をすぐに追いかけなかったことが悔やまれる。
泣くのを堪えるようにギュッと目を閉じていた瑠衣は、あの時いったい何を思っていたんだろう……。
あんな風にするつもりじゃなかったのに……。
考える度、後悔の気持ちは益々膨らみ、焦りは急激に大きくなっていき。
──いつもより格段に身体が重く感じられた。
◇◆◇◆
結局のところ。
駅まで行っても瑠衣を見つけることは出来ず、俺はひとりで家に戻る羽目になっていた。
濡れた服に構うことなく乱暴にドアを開け部屋に入ると、バッグに入れっぱなしだったスマホを取り出し、瑠衣に電話をかけた。
本当は家になんて帰らずに、そのまま瑠衣のところに行きたかった。
──でもそうすることが出来なかったのは、全て俺が不甲斐なかったせいだ。
瑠衣とは色んな話をしたつもりでいた。それなのに……。
瑠衣の家にむかうために電車に乗ろうと考えたところで、俺は瑠衣がどこに住んでいるか全く知らないことに気が付いたのだ。
毎日のようにいっぱい喋って、すっかり瑠衣のことを知ってるつもりになっていた。
でもこうなってみて初めて、俺が知ってる瑠衣の情報は、『高嶋瑠衣』という名前とメッセージアプリのIDだけだったということに気付かされる。
俺が忘れてるだけか……?
──いや、そんな筈はない。
だったら何で?
自問自答を繰り返す度、不安な気持ちに押し潰されそうになる。
軽快なコール音が聞こえる度、自分の身勝手さが引き起こした結果がどんどんと重くのし掛かってくるような気さえして。心臓があり得ないほどドクドクと嫌な音をたてて派手に脈打ち、スマホを持つ手が震えて仕方なかった。
とにかく瑠衣と話がしたい。
その一心で瑠衣が電話に出てくれるのをじっと待つ。
でも俺の願いも虚しく、しつこいくらいに鳴らしたコールが瑠衣の声に切り替わることはなかった。
もしかしたら着信音を消してるせいで気付いてないだけなのかもしれない。
そんな淡い期待をしながら、少しの時間をおいて何度も通話ボタンをタップする。
本当は心のどこかでそうじゃないことは感じていても、今はまだ良い方向にだけ考えていたかった。
夜も更けてきた頃。
何度電話をしても繋がらない現実に、俺は漸く直接話すことを諦め、縋るような気持ちで瑠衣にメッセージを送った。
《今日はゴメン》
どんな言葉よりも先にまずは謝罪の言葉を送信する。
しかし、その後に続く適切な言葉が何も思い付かず手が止まった。
『ちょっとテンパってて』『怖がらせるつもりじゃなかった』
言い訳にしかならない言葉がいくつも浮かんでくるものの、どれも俺の卑怯さが浮き彫りになるだけだということに気付き、心底自分が情けなくなる。
そして散々悩んだ挙げ句。
《瑠衣に聞いてもらいたいことがある》
《メールじゃなくてちゃんと話したい》
そう打ち込んで返事を待った。
でもいくら待ってもそれらのメッセージに既読がつくこともないまま日付が変わり、俺は変化のない画面をずっと見つめながら眠れない夜を過ごした。
それから丸一日が経っても瑠衣からのリアクションはなかった。
いつもの俺ならそんなことをされた時点でとっくに相手に興味がなくなっていてもおかしくないのに、瑠衣に対しての気持ちに変化はない。
それどころか、好きっていう気持ちはどんどん大きくなって今にも溢れそうになっていた。
だからしつこく連絡するのは逆効果かもしれないと思いつつも、もう一度だけメッセージを打ち込んだ。
《好きだよ》
シンプルだけど、嘘偽りのない俺の気持ち。
──次は絶対ちゃんと俺の口から伝えるから。
そう固く決意しながら、送信ボタンをタップした。
******************
お読みいただきありがとうございます。
長らく休止しておりましたが、ようやく更新することが出来ました。
休止中に感想いただいた方、ありがとうございました。またBL小説大賞期間中に応援いただいた方、本当にありがとうございました。
お礼が遅くなってしまい申し訳ございません。
引き続きお付き合いいただけるとありがたいです。
2021.2.6
みなみゆうき
反射的に窓の外に目を向けると、大粒の雨がすごい勢いで窓に叩きつけられているのが見える。
帰ってきた時よりも格段に強くなっている雨と風。
嵐としか言い様のない天候に、すっかり停止していた思考回路が一気に動き出すのと同時に、さっきこの部屋で起こった現実を思い出しハッとした。
本当に馬鹿としか言い様がない。今頃になって瑠衣をこんな天気の中、ひとりで帰してしまったっていう最悪な事実に気付くなんて……!
「……瑠衣!」
俺は瑠衣の名前を呼びながら、大慌てで部屋を出た。
玄関にむかうと、そこにあったはずの瑠衣の靴は既になく、わずかに残っている濡れた跡だけが、瑠衣が確かにここにいたんだということを主張していた。
俺のほうを一切見ようともせずに部屋を去っていった瑠衣。
その姿を思い出し、胸がずんと重くなる。
あれからどのくらい時間が経ったのかはわからない。
もしかしたらもうとっくに家に着いているのかもしれない。
でも今追いかけたらまだ間に合う可能性があるんじゃないかと思ったら、後先考えずに家を飛び出していた。
勢いが衰える気配もない雨の中、傘もささずに走り出す。
容赦なく打ち付けてくる雨は、あっという間に俺の全身をびしょ濡れにしていった。
じっとりと湿って張り付いてくる服の感覚が不快だし、横殴りの雨のせいで目を開けていられない。
きっと瑠衣も今の俺と同じような状態になったんだろうなって思ったら、胸が痛んだ。
ちゃんと話をしなかった自分が悪いのに、抑えの効かない身勝手な感情を瑠衣にぶつけようとした上に、儘ならない自分の気持ちばかりに気を取られ、出ていった瑠衣をすぐに追いかけなかったことが悔やまれる。
泣くのを堪えるようにギュッと目を閉じていた瑠衣は、あの時いったい何を思っていたんだろう……。
あんな風にするつもりじゃなかったのに……。
考える度、後悔の気持ちは益々膨らみ、焦りは急激に大きくなっていき。
──いつもより格段に身体が重く感じられた。
◇◆◇◆
結局のところ。
駅まで行っても瑠衣を見つけることは出来ず、俺はひとりで家に戻る羽目になっていた。
濡れた服に構うことなく乱暴にドアを開け部屋に入ると、バッグに入れっぱなしだったスマホを取り出し、瑠衣に電話をかけた。
本当は家になんて帰らずに、そのまま瑠衣のところに行きたかった。
──でもそうすることが出来なかったのは、全て俺が不甲斐なかったせいだ。
瑠衣とは色んな話をしたつもりでいた。それなのに……。
瑠衣の家にむかうために電車に乗ろうと考えたところで、俺は瑠衣がどこに住んでいるか全く知らないことに気が付いたのだ。
毎日のようにいっぱい喋って、すっかり瑠衣のことを知ってるつもりになっていた。
でもこうなってみて初めて、俺が知ってる瑠衣の情報は、『高嶋瑠衣』という名前とメッセージアプリのIDだけだったということに気付かされる。
俺が忘れてるだけか……?
──いや、そんな筈はない。
だったら何で?
自問自答を繰り返す度、不安な気持ちに押し潰されそうになる。
軽快なコール音が聞こえる度、自分の身勝手さが引き起こした結果がどんどんと重くのし掛かってくるような気さえして。心臓があり得ないほどドクドクと嫌な音をたてて派手に脈打ち、スマホを持つ手が震えて仕方なかった。
とにかく瑠衣と話がしたい。
その一心で瑠衣が電話に出てくれるのをじっと待つ。
でも俺の願いも虚しく、しつこいくらいに鳴らしたコールが瑠衣の声に切り替わることはなかった。
もしかしたら着信音を消してるせいで気付いてないだけなのかもしれない。
そんな淡い期待をしながら、少しの時間をおいて何度も通話ボタンをタップする。
本当は心のどこかでそうじゃないことは感じていても、今はまだ良い方向にだけ考えていたかった。
夜も更けてきた頃。
何度電話をしても繋がらない現実に、俺は漸く直接話すことを諦め、縋るような気持ちで瑠衣にメッセージを送った。
《今日はゴメン》
どんな言葉よりも先にまずは謝罪の言葉を送信する。
しかし、その後に続く適切な言葉が何も思い付かず手が止まった。
『ちょっとテンパってて』『怖がらせるつもりじゃなかった』
言い訳にしかならない言葉がいくつも浮かんでくるものの、どれも俺の卑怯さが浮き彫りになるだけだということに気付き、心底自分が情けなくなる。
そして散々悩んだ挙げ句。
《瑠衣に聞いてもらいたいことがある》
《メールじゃなくてちゃんと話したい》
そう打ち込んで返事を待った。
でもいくら待ってもそれらのメッセージに既読がつくこともないまま日付が変わり、俺は変化のない画面をずっと見つめながら眠れない夜を過ごした。
それから丸一日が経っても瑠衣からのリアクションはなかった。
いつもの俺ならそんなことをされた時点でとっくに相手に興味がなくなっていてもおかしくないのに、瑠衣に対しての気持ちに変化はない。
それどころか、好きっていう気持ちはどんどん大きくなって今にも溢れそうになっていた。
だからしつこく連絡するのは逆効果かもしれないと思いつつも、もう一度だけメッセージを打ち込んだ。
《好きだよ》
シンプルだけど、嘘偽りのない俺の気持ち。
──次は絶対ちゃんと俺の口から伝えるから。
そう固く決意しながら、送信ボタンをタップした。
******************
お読みいただきありがとうございます。
長らく休止しておりましたが、ようやく更新することが出来ました。
休止中に感想いただいた方、ありがとうございました。またBL小説大賞期間中に応援いただいた方、本当にありがとうございました。
お礼が遅くなってしまい申し訳ございません。
引き続きお付き合いいただけるとありがたいです。
2021.2.6
みなみゆうき
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