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「ラナは本当に、忍耐が強……いいえ、人を頼る、という言葉を知らないのかしら?  少し反省する為にも、今日はガイ様と即刻帰宅。以後、式を終えて私の学園での新学期が始まっても、暫くはセレンディス家の新妻として、ガイ様の世話をする事。私の側役は暫くは屋敷使えのシオーネと、護衛は王国竜騎士団の方々に交代でして頂く手筈になっているから心配いらないわ。さあ、ガイ様、不束者ですが、持って帰って下さいませ」

「シオーネが?!  そんな、狡い……ではなく、何故任務完遂しましたのに、反省をしなければならないのですか、アリアナ様?!  ちょっと、ガイからも何か言ってやって下さいまし!!  」


あれから直ぐにガイが馬で現れたかと思うと、後から到着した馬車にお嬢様が乗っておられて、私は大変驚きました。
直ぐ様駆け寄った所、開口一番にこの様なお叱りを受けてしまったのです。
確かに、後ろでは大蜘蛛アラクネが煙りを吐き出す黒い塊になっていて、お嬢様にお見せするには見苦しいものだとは思うのですが、それにしたってあんまりでございます。

慌てた私の問い掛けにガイは無言を貫くし、ミレニスさんは怒り心頭なのか、頬を膨らませつつホムラに何やら耳打ちしていて、ガイはそんなミレニスさんの様子を見ていた私を抱き抱えて元の大きさに戻ったホムラの背に乗り、そのまま浮上したのです。私の命令も無しに!!
シズルもちゃっかりガイの肩に止まっているではないですか!  いつの間にそんな打ち合わせが?!

「ホムラ!  何で?  お嬢様を置いて帰るなど許されないわ!  戻って!  」

「……慌てなくとも、ちゃんと竜騎士団の護衛が付いているから大丈夫だ。それよりも、お前はさっきのアリアナ嬢の言葉の意味を分かっているのか?  」

「実質謹慎と言う事なのでしょう?!  早くお許しを頂かないとっ」

そう言ってガイを伺えば、これ以上無い程冷たい視線が私を貫き、焦っている筈なのに、自然と口が閉じてしまいます。

「……俺は言ったよな?  大切な人が死ぬのは怖いと。だから、俺の手が届く所へ居て欲しいと」

「………はい。聞きました」

そう口にしたガイの迫力が凄すぎて、居た堪れずに私は視線を下へ向けてしまいます。

「それが、上級討伐対象を1人で相手した挙句、武器を手放し、足に怪我を負う所だったと?  下手をしたら命が危なかった、いや、今回はホムラに助けられただけで、倒せたのはお前の実力じゃない、運が良かっただけだ」

「それは……分かってます。一か八かで……うぐっ」

私のお腹を抱えていたガイの腕の力が更に強くなり、変な声が出てしまったではないですか!!  
けれど、ガイから漂う気配が絶対零度過ぎて、顔を確認するのも恐ろしい。
と言うか、いつそこまでの内容を聞いたのですか?  私がお嬢様に叱られたのはほんの一瞬の筈ですよ??

「そういう場合は、安全確保が最も取るべき行動だろうが!!  お前だけなら腕試し気分でも良いだろう……全く良くは無いが。だが、今回はミレニス嬢の補佐であって、お前の馬鹿な行いをする機会じゃなかった。それなのに、お前はやった。ミレニス嬢が怪我をしていたら、どう償うつもりだった?  」

「それは、私が命に代えても……ぐ、ぐぇっ」

腕の力が強過ぎて、これは下手な矯正下着よりも威力があります!  内臓がっ、息がっ!  それより、淑女として声がどうかと思うんですけれど?!

「俺の前から居なくなるのが平気だと?  」

そう言うと、ガイの腕が腹部からするりと離れ、今度は覆い被さる様に後ろから腕に包まれて、私はやっと冷静になれた気が致しました。
私の軽率な行動は、大切な方々の信頼を裏切ってしまったのです。

それに、前回の砂竜サンドワームでの皆の心の傷も突いてしまったかも知れません。


「……そういうつもりは無かったのです。あの、ガイやミレニスさんの事を蔑ろにしたつもりは無かったのですよ?  勿論、お嬢様の事も。戦いに夢中になり過ぎてしまったんです……ごめんなさい、ガイ。心配掛けましたね」

「……ああ」

「……怒っていますか?  」

「そうだな」

「どうしたら許して下さいますか?  私の出来る範囲でしたら、何だって仰って下さいましね?  」

そう言うと、ぐいっと後ろに肩を引かれ、私はやや仰向けになり、自然と覗き込んでいるガイと目が合いました。
ガイの青い瞳には、先程までの怒りが微塵も見えません。怒っていない……そんな訳はありませんね。暫くじっと見つめ合っていると、ガイの口角がくいっと、上がりました。
あら?これは……嫌な予感が致します。

「ならば、今日から寝室は一緒が良い。今日も明日も大して変わらなだろう?  寝るその瞬間までこの手で掴んでおかなければ、ラナは直ぐにふらりと何処かへ行ってしまいそうで、気が気じゃないんだ」

「……寝室を……いっ?!  」

脳が認識するのが少し遅れている間に、ガイの表情はあのからかいを含んだ笑顔に変わり、私は内容に驚いて声も出ません!  なんて事を言ってるんですか、この人?!  
そんな、いくら式が明日だからって、婚前の男女が同じ部屋など、破廉恥です!  
何より御両親になんて伝える気なのでしょうか??  恥ずかし過ぎます!!  ホムラ!  エストルド家の町屋敷へ向かって……何で無視なの?!  一体ミレニスさんに何て言われたの?!

「自分で言ったんだからな?  勿論守れるだろう?  それに、今回の事はホムラも頭に来ているだろうからな、暫く言う事は聞かないんじゃないか?  」

「なっ?!  私の心を読まないで下さいまし!!  しかも何でホムラの事までっ?  」

「シズルの雰囲気で凡そ分かる」

「いやー!!  他のお願いにして下さいっ!!  恥ずかしくてご家族に顔向け出来ません!!  」

「嫌だ。言質は取ったんだ。自分の言った事は責任持たないとな?  」

「もう~!!  この人本当こういう所があるんでした!  」

「くくっ、楽しみだな。ラナ?  」

「そんな事はっ……否定したら気不味い話しです、これはっ!  何て事っ!!  」

「……これは暫く退屈しなくて済みそうだ。アリアナ嬢のお陰だな。後でお礼の菓子でも送っておこう」

「からかいがしつこいんです!  」

顔を真っ赤にして怒れば、ガイは実に楽しげに笑うので、それがからかいなのか本気なのか判断しかねる私は、王都が近付くにつれ更に茹で上がる顔を何とか直そうと必死に平常心を装うのでした。
それを見て一層笑うガイの言う事など、聞かなくても良い気もして参ります。
……けれど、確かに無茶をしてしまったのは紛れもなく自分です。

しかし、これは承服しかねます!!




ーーーーーー




どれだけ、手に力を入れて、どれだけ、歯を食いしばったか。

ラナは気付いていなかったが、遠目から大蜘蛛とのやりとりを俺は見ていた。正確には俺達は、だ。どれだけ俺が助けに入りたいと言っても、頑なに頷かないアリアナ嬢に、あいつには悪いが殺意まで沸いた程だ。


『命の危険があり、尚且つミレニスさんに動きがあって、初めて助けに入って下さい。でなければ、今日2人で出掛けた意味が無くなってしまうのです。……無事婚姻式を迎えたいのならば、どうか耐えて下さい』


そう毅然と言う割に、真っ白な肌が更に蒼白くなるまで硬く握った手を見せられたら、飛び出す事は出来なかった。

もし、あの時……ミレニス嬢が赤兎ルビーラビットを使わなければ……俺はどうしていただろうか?下手をしたらここいら一帯を氷土に変えていたかも知れない。




「……そう言えば、2人の寝室を見るのは初めてだったな?  一応、うちの家具職人には流行りを取り入れたものをと頼んで色々と作らせたんだ、気に入ってくれると良いんだが」

「ですから、今日は無理!  無理なんです!  明日なら、その、いっ……良いですけれど……」

ラナが顔を真っ赤にして俺を仰ぎ見る姿と言ったら、何と表現したら良いのか分からない程に愛おしさが込み上げて、あの大蜘蛛アラクネ相手に手出し出来なかった苦しさが溶けて無くなって行く様だ。
……まあ、どんなに愛らしくとも、意見を変えるつもりは全く無いんだが。


未来視には正直うんざりだが、こんな時間が得られたのだから、あの苦行とも言える耐えた時間はきっと無駄では無いのだろう。もう、これ以上事件は起きないでくれると良いのだが……。いや、ラナが飛び出さなければ……。

……俺がしっかりと見ていなければ無理そうな気もする。これでは命がいくつあっても足りない。


そう思いつつ、俺は腕の中で悶えるラナを再び強く抱き締めたのだった。


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