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あれから余り眠れないままに、本日、卒業パーティーを迎える事となりました。

卒業生は午前中に式典を終えて、そのまま立食での昼食を取り、一旦寮に戻ってから用意を整えて夕方に開催されるパーティーへと赴きます。
その間、下級生は休み扱いなのですが、其々長期休みの為の準備をしたり、朝からパーティーの準備に勤しんだり、卒業生に挨拶に行ったりと様々です。


お嬢様の本日のドレスは、王太子殿下が前々から用意していた、デビュタントの為の白いドレスです。

只、裾に向かって殿下の髪色と同じ金色がグラデーションで入っており、胸元にも同じく金刺繍が施され、やはり未来の王太子妃に相応しい意匠となっております。
袖は七分袖で大胆なフリルが施されていて肌の露出は少ないものの、いつもより少しばかり開いた胸元には、これまた殿下の瞳と同じ紫色の大振りのアメジストが主張する金のネックレスが輝き、イヤリングも同様です。もう、全身が殿下一色と言っても過言ではございません!
  ……ちょっとやり過ぎな気も致します。



そうして、私はお嬢様の準備を粛々とこなし、出来栄えに見惚れて至福の時を過ごしていたのですが、自分も用意をせねばならず、寮の侍女仲間に手伝って貰いドレスに着替え……今は自室で1人、ネックレスと睨めっこ状態です。

いやいやいや、確かにお嬢様のネックレスの方が一回り大きいので何も躊躇せずとも付ければ良いのですが、生まれて初めての大きさ、そして高価な品に腰が引けます。
これを付けて有事の際に果たしてお嬢様とネックレスを守りきる事が出来るのでしょうか?!  いえ、そんな事態にはならないとは思いますけれど…。

ええい!  ままよ!  と、私は観念してネックレスを首に付けます。お、重い。何だか色んな意味で重い…そして次にイヤリング……お嬢様とは違って揺れるタイプでは無く、石の大きさを主張した一粒タイプを付けると、以外や以外、ドレスと喧嘩せずにしっくりと来ました。
金具が外れないか再度チェックを済ませて、私はお嬢様のお部屋へと戻ります。


「まあ!  ラナ、素敵よ!  ガイ様も喜ぶわ、きっと!  」

「そうだと良いのですけれど、落とさないか心配になります……」

「……ラナ、走ったり跳んだりしなければ平気なのよ?  」

お嬢様に褒めて頂いたのは嬉しいのですが、心配の方が大き過ぎて落ち着きません。
何だかこそばゆい思いをしつつ、会場である学園の大広間の控え室にお嬢様をエスコート致します。今日はホムラもシズルもお留守番です。



まだ時間には少し早く、私は椅子へ腰掛けるお嬢様にお水を勧めます。これから何が始まるのか、きっとお嬢様が一番緊張している筈ですから。

ずっと沈黙していたお嬢様と私でしたが、広間の方が賑やかになって来た気配を感じて、更に緊張感が増しました。無意識に手を握り過ぎていて掌が痛くなって初めて気付きましたので、こんな調子で果たして殿下とジョセフィーネ様を目前にして、私は冷静でいられるのでしょうか??

即刻燃やさない事を、自分に祈ります。

お嬢様に視線を送れば、弱々しくも微笑まれ、やはり水だけでは無く、何か甘い物もお取りして来ようかと私が立ち上がった時でした。控え室の扉がノックされ、私は慌ててお嬢様に振り向きました。


お嬢様が、静かに……けれどしっかりと頷くのを確認して、私は中から扉を開けました。


そこには、ノックをしたであろうトール・ベガモットと、やや後ろに殿下の腕にしっかりと腕を絡めたジョセフィーネ様の姿がございます。そしてその後ろに……目が死んでいるガイも。
ジョセフィーネ様は勝ち誇ったような余り品の宜しくない笑みを浮かべ、私では無くお嬢様を真っ直ぐに見下ろしていました。


「……あら、何故此方にアリアナ様がいらっしゃいますの?  今日の殿下がエスコートして下さるのは私でしてよ?  場所をお間違えでは?  」

私はその言葉にかっと顔が熱くなるのを感じました。

この恥知らずな令嬢は、何を頓珍漢な事を言っているのでしょう?  別に殿下が貴女を選んだ訳でもないのに。これは、単に約束を通しただけの話であるのに!

「……ジョセフィーネ様、私は間違ってはおりません。私は、殿下御自らここに来るようにと仰せ付かっておりましたから」

アリアナ様は緩りと立ち上がると、殿下に向かって礼をされました。

「まあ?  まさか、殿下とも在ろうお方が淑女を両手にエスコートなどされませんわよね?  私の約束事を聞いて頂いたのですから!  」

……ぶん殴りたい。は!  いけない。耐えてみせなければ、お嬢様のお立場を悪くしてしまう一方ですから。


「いや、ジョセフィーネ嬢。貴女のエスコートはここまでだよ。その腕を離して貰えるかな?  」

黙っていた殿下がにこりと外行きの笑顔を貼り付けてジョセフィーネ様の腕をやんわりと外されました。もっと早く出来なかったのでしょうか?

「は?  殿下、それは約束が違うのではございませんこと?  」

ジョセフィーネ様が目を剥くと、殿下は貼り付けた笑顔のまま、こてん、と首を傾げました。殿方がしても可愛くないから辞めて下さいまし。

「私は会場までエスコートをするとは言ったが、中までするとは言っていないよ?  貴女は確認もせずに、それで良いと言ったじゃないか?  違うかな?  」

「な、普通エスコートと言えば、会場内までではありませんか!  それが紳士というものでしょう?!  」

「しかし、私はそう約束していないのだから、そうとしか言えないし、それ以上もするつもりは無いよ。大丈夫、貴女のエスコート役はきちんと呼んである」

「え?な、何でっ」

ジョセフィーネ様が状況に付いて行けておりませんが、勿論私も同じです。殿下が用意周到な事だけは分かりますが。ならばエスコート自体約束しなければ良いですのに……

私が眉間に皺を寄せていると、扉がまたノックされました。殿下が了承すると、端正な顔立ちの男性が、正装姿で控え室に入って来ました。……何処かで見た様な感じが致します。


「…お兄様?どうしてここに?!  」


成る程、通りで。この男性はジョセフィーネ様のお兄様なのですね、ちょっと目がキツイ所などが似ています。

「……殿下に御連絡頂いたのだ。この恥知らずが。婚約者候補ならばまだ目を瞑れるが、婚約者が既に決定している殿下にエスコートを頼むなど、親族でもあるまいに……ジョセフィーネ、お前はそれでも公爵家の人間か!」

「でっですが、アリアナ様は婚約者に相応しい方では無いのです!  如何わしい殿方を交えての茶会を開いて学園の風紀を乱し、剰え殿下の御命を危険に晒したのです!!  ここは、私が……」

「例えそうだとして、お前がしゃしゃり出る筋合いは無い!!  何様のつもりだ!  茶会?  王太子妃になれば要人の会食や茶会の装飾、用意全てを任されるのだ、良い勉強だろう!!  命が危険に?  それはその場にいたアリアナ嬢とて同じ事!  しかも、彼女は果敢にも砂竜サンドワームの前に戻ったらしいじゃないか!  お前にその度胸はあるのか?!  無いだろう!!  」

「っ!!  酷いっ!!  だって、お父様が……」


涙目になったジョセフィーネ様に、お兄様がはあっ、と大きな溜め息を漏らされました。あの、私達の入り込む隙が無いのですけれど……。

「あの色ボケは引退した。私が今の当主だ。ジョセフィーネ、今までの我が儘は通らんからな。覚悟すると良い」

「っ!!そんなっ……何故今っ」

それを聞いて、ジョセフィーネ様が驚愕の表情をされました。が、直ぐにアリアナ様を睨み付けます。私は咄嗟にお嬢様を庇う様に立つ位置をずらしました。……殿下、いつの間にお嬢様の隣に?!今回ばかりは守りとしては花丸を差し上げます!!

「何故! 何故!  いつも貴女が優遇されるのよ?!  私は婚約者候補にも上がれず、幼い頃から比べられ、1つだって褒められやしない!!  貴女が居るからいつもいつもっ!  」

「ジョセフィーネ様……」

辛うじて涙は流されていないのは、公爵家足る矜持なのでしょう。しかし、ジョセフィーネ様はその整った顔を歪められ、歯を食いしばっておられる姿は痛ましさすら感じます。

確かに、アリアナ様は完璧です。
けれど、それは努力があるからこそ。表面に出さないだけなのです。それを、ただ外側から羨んで、妬んで、挙句に乏しめるなど、お門違いも甚だしい。


「ジョセフィーネ様」


「………」


お嬢様の問いかけに、ジョセフィーネ様は答えません。


「貴女は何に囚われて居るのですか?  」
 
「………」

「公爵家という地位ですか?  王太子妃という身分ですか?  婚約者に選ばれる栄誉ですか?  貴女の欲しいものはなんですか?  」

「……っそんなの、王太子妃なんて、誰だって憧れるに決まっているじゃない!!  それを、易々と手に入れて、当たり前の顔をして……」

「貴女はそれに対して、何か努力をされましたか?  」

「……は?  」

「……確かに、婚約者についてはもう幼い頃から決まっておりましたが、そうでなくとも、勉学に秀でるだとか、語学に秀でて強みがあるとか、何か磨いて参りましたか?  磨いていたら、私よりも王太子妃に相応しい…と話に上がるのではないですか?  」

「………どうせ、上がっていても殿下が頷かなければ同じでしょ?!  」

「……では、努力して来なかったと?  淑女教育は皆様同じく受けるのです。それ以外に、殿下のお側で役立ちたいともせず、何も努力も無く隣に立てるなどと、本気でお思いなのですか?!  殿下が頷かない?  正当な理由で御目に止まる。そんな努力もせずに、我が儘ばかり……恥を知りなさい」

「………何よ、なんなのよ、偉そうにっ!」

ジョセフィーネ様が激昂していると言うのに、お嬢様はずっと、それこそ扉が開いた瞬間から、淑女の笑みを称えておりました。が、更にその笑みを深くされました。


「……偉いですよ。私は王太子妃になるのですから。貴女とは違いますの。お戯れも程々になさいませ?  ジョセフィーネ様?  いえ、ジョセフィーネさん?  」


「っなん……!!」

「お嬢様……?」

何時もはこんなことを口にされる方では無いのです。けれど、お嬢様は私に視線を寄越すと、小さく首を振りました。ジョセフィーネ様は項垂れていて視界に入ってはいない様ですが。

「良いの、これで」

と、小さく呟かれ、私はそのまま黙りました。お嬢様が良しとされるならば、私には何も言う権利はございません。


「……愚妹が不敬を働き申し訳無い……。私達はこれで……」

ジョセフィーネ様はお兄様の手で無理矢理頭を下げさせられています。


「いやいや、マーレイ殿。ここで帰られては困ります。祝いの席を設けてあるのですから……お忘れですか?取り潰さぬ代わりに当主交代で手を打ったのは、まだ代償が残っているからだと……覚えているでしょう?  」

「取り潰し?!  お義兄様っ!  」

「騒ぐな。……承知致しております。王太子殿下……」

取り潰し?!御家取り潰しの事でしょうか?!慌てるジョセフィーネ様に、苦渋な顔のお兄様……いえ、マーレイ様。そして満面の笑顔の殿下。
……何ですか、この状況……

これ以上の何を……いえ、それにしたって庇うどころかお嬢様にあんな言葉をあの愛らしいお口から吐かせるなんて、そのお嬢様の肩に乗せている手をはたき落として差し上げましょうか!?  王太子殿下様?!




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