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体の弱い母のお陰……?で長く世話になった乳母に、その後生まれて偶々同じく育てられたスチュワートと俺は、2歳も違うのに乳兄弟として何処へ行くにも一緒だった。


スチュワートは幼い頃から狡賢くて、何でも熟せて一通り出来てしまう。子供心に、『王族って狡い』と思わせる程に、奴は万能だった。既に幼児の時点で。俺にも薄っすら王族の血が入っている筈なのだが、生憎と属性は氷のみだし、不器用だった。誇れるのは魔力量ぐらいで。

でも仲が悪い訳でも無く、性格が正反対故にお互い楽だったのかも知れない。親が王宮へ行く度、俺はスチュワートと遊んでいた。




ある日、エストルドの大事なお姫様、アリアナ嬢が5歳になったのでお披露目する……と、エストルド家のお披露目会に招待された俺達は、親に連れられて挨拶へ赴いた。


其処には、自身の親の陰に隠れながら、頬を染めて此方を伺う人形の様な女の子が居た。いや、遠目では本当に人形かと思っていた。そして俺は、生まれて初めて隣で恋が生まれる瞬間を目撃した。

当時7歳のスチュワートは、その人形の様なアリアナ嬢に釘付けになっていて、何をするにもそつなくこなす癖に挨拶すら忘れて見惚れていた。

俺はそのスチュワートに釘付けで、お互いの両親は不思議そうに見ていたのを覚えている。いや、本当にその時は驚いたからな。


それからの奴の行動は早かった。

婚約したい…いや、アリアナ嬢と結婚したいと両親、つまり国王陛下と王妃に頼み、直ぐにエストルドへ陛下と共に頭を下げに行き説得したらしい。普通なら手紙のやり取りで、後は親同士の話しで済むのに奴は直談判した。

何処にそんな行動力を隠していたんだと問えば、『親に任せて無かった事にされたく無い』と言って退けたのだから、大したもんだ。後、『後手に回って誰かに取られると嫌だ』とも言っていたが、俺の中ではスチュワートは『狡い』から『凄え奴』に変わった。


その後は足繁くエストルド家へ通っていて、俺を連れて行く日は断トツに少なかった。曰く、『見せると減る』らしい。減るか。

が、偶に俺も2人のお守り役として連れて行ってくれてはいた。俺にとってはアリアナ嬢は『喋るお人形』としか認識に無いし、一応幼馴染なのだが、スチュワートが散々会わせなかったので、お互い何となくの知り合いに落ち着いていた。



アリアナ嬢が7歳の頃、珍しくスチュワートと一緒にエストルド家へお邪魔した日、相変わらずスチュワートはアリアナ嬢を愛で、結婚したいと口にしていた。いや、人格が違い過ぎる。恋は人格を変えるのかと、11歳の俺は少し引いていた。

アリアナ嬢は困った様にはの字に眉を下げて、首を振る。終に振られたのかと面白くなって様子を見ていると、

「駄目なの。私は、大きくなったら死んでしまうから……スティはね、ピンクの髪の女の子と結婚するのよ?  」

と、何時もよりはっきりとした口調で言ったのだ。その断言の仕方、この子は『未来視』を持っているのかも知れない。でも子供の言う事だし……とどうしたら良いのか俺が考えていると、スチュワートはアリアナ嬢の両腕をしっかりと握って、顔を付き合わせていた。

「いつ?!  アリアナ、それはいつの話し?!  」

その顔は真剣で、アリアナ嬢は戸惑っていたのだが、俺はスチュワートの雰囲気に口を挟めなかった。

「…んと、学園?  に入ったら。あ、スティも居たの!けど凄く悲しそうだった…。ごめんなさい」

その謝罪の言葉は必死なスチュワートに対してなのか、自分が死ぬ事に対してなのか、はたまた残して行く未来のスチュワートに対してなのか。アリアナ嬢は泣きそうになりながら、結んでいた手を引き抜いて、しきりにスチュワートの頭を撫でた。

「……僕はアリアナと結婚出来ないの?  」

「なんか大っきい怪物が出て来て、皆頑張るけど駄目なの。私が死なないと、お話が始まらないの。決まっている事なの……」

「嫌だ」

「スティ……」

「嫌だ……」

「うん、ごめんなさい……」

そうして2人共泣き出した。スチュワートの悔し泣きしか見た事の無かった俺は、どうして良いのか分からず、わんわんと無く2人の頭を撫で続けたのだった。



「アリアナ、自分が死ぬ事は決して誰にも言ってはいけないよ」

一頻ひとしきり泣いてから、エストルド家から帰る時。アリアナ嬢の肩をしっかりと掴んで、スチュワートはそう言い聞かせていた。

「誰にも?  」

「そう、誰にも」

「スティにも?  」

「う、うーん……でも、何処で誰かに聞かれたらアリアナが連れて行かれてしまうし……」

「私、どこかへ行くの?!  」

「そう、アリアナが死ぬって聞かれたら、大人達に連れて行かれて、僕達は二度と会えなくなるんだ」

「それはダメ!  」

「うん、だから死ぬ話しは秘密だよ!  分かった?  」

「うん、うん!  言わない!  誰にも言わない!  」

「うん、良い子だね。アリアナ」

「ふふふっ」

……後半からいちゃいちゃを見せられ若干半目になっていた俺だったが、そんなにもアリアナ嬢と離れたくないのならばと、今日の話しは無かった事にした。

バレたらアリアナ嬢は神殿へと連れられ、一生涯結婚もせずに女神に身を捧げて生きて行く事になるだろう。そうすれば死ぬ事は無いかも知れないが、それでは2人共幸せになれない。



その後、8歳になって直ぐにアリアナ嬢の『魔法解除魔法』が発動してしまい、他の貴族から婚約反対や、次々と新しい縁談が舞い込む様になり、スチュワートの受難は続いた。自然とアリアナ嬢の死については詳しく言及する事も無くなり、彼女もその後口にする事は無かったのだが、スチュワートは決して忘れてはいなかった。

魔法の鍛錬も、剣の鍛錬も熱心にやっていたし、勉強も頑張っていた。

まだ入学していないのに、学園の歴史や地理や詳しい行事まで調べ、起こり得るアリアナ嬢の死へと対策していた。元々出来る奴が死にものぐるいで何でもやるから更に箔がついて、あいつへ言いよる女性は年々増え、有力貴族の心象を悪くしない様にと躱す術を見付け、仮面を被り、時には力で捩じ伏せて、そうやって全てアリアナ嬢に捧げて生きていた。

俺からすれば、スチュワートは、『死に囚われてしまった』様に見えた。それは、既にアリアナ嬢への愛なのか執着なのか、側から見てる俺にも分からなくなる程。


その間、アリアナ嬢も『綺麗な人形』がその綺麗なままの女性へと成長していた。けれど、何処かスチュワートと少し距離を置いている様に見えた。仲は悪く無いが、一歩踏み込まないと言うか、申し訳無さそうに微笑む事が増えて行った。

その要因は自分が近い未来死ぬ事かも知れないし、魔法の事かも知れない。そして、婚約の事。アリアナ嬢が何処まで何を知っているのか聞き出せば良いのかも知れないが、スチュワートはそれをしない。囚われているから出来ないのだ。
言葉にして、詳しく聞いて、それでも防げなかったら、きっとあいつの心は死ぬ。いや、そのまま後を追うかも知れない。

それを本能的に本人も気付いている。から、質が悪い。今ある毎日を楽しむ事が出来ない。楽しんだら楽しんだだけ失った時を考えると怖くて仕方ないのだ。


アリアナ嬢とて、魔法自体は珍しいし、その美貌だ。言いよる貴族は沢山いる。婚約を反対されるのは、単にスチュワートの『付与魔法』に対して『魔法解除魔法』だと反対の印象が良くない、それだけだ。そう、そんな下らない理由だ。

だから婚約解消は成されないし、娘を溺愛するエストルド家は縁談を蹴りまくり、スチュワートはたかる虫捕りに余念が無かった。アリアナ嬢と付き合いがあるのは婚約者がいる女性だけ。しかも、スチュワート側の男性達と婚約している者のみ。

それもこれも、把握出来なくなるのが嫌だから。

が、俺は心配していた。いくら死なせたく無いと言って、彼女の友人関係を操作して、それでお互い幸せなのか?  と。こいつはこのままアリアナ嬢が死ぬ前に死ぬんじゃないかと思うぐらい何事もやり過ぎていて、見ていてハラハラした。


そんなあいつに光明が差したのは、ラナだ。


俺が初手で印象最悪にしてしまった、ラナ・レインが、エストルド家に雇われてアリアナ嬢付きになった。成績で言えば、王族付きの護衛に直ぐにでも上がれると言うのに、その話しを蹴ってまで。あいつは美しいアリアナ嬢を敬愛し、従順で、けれど確かな意思を持ってアリアナ嬢を慈しんだ。寄って来る男を威嚇し、牽制し、過保護な程にアリアナ嬢を護る。

それで、スチュワートの肩の荷が一つ減った。

そう、虫捕りをしなくて済んだのだ。スチュワート自体も警戒対象だったのには笑ったが、希代の竜使いがアリアナ嬢の側に居るだけで、スチュワートの心がどれだけ救われたか。アリアナ嬢の死の予感が、力強い彼女が側に居るだけで遠ざかる様な気がしたのだ。この俺ですら。


ラナは知らない。

何処までも鬱屈していた気持ちを少しだけ軌道修正してくれた事に、スチュワートが感謝している事を。



『だからさ、ガイにミス・レインを落として貰わないと困るんだよ。今後、私とアリアナが2人で居る時、ぎすぎすされても邪魔だろう?  』


いつの間にか僕から私呼びに変わったスチュワートは、真面目な顔でそう言っていた。奴は気付いていない。その発言が、未来を含んで言っていたのを。隣に、常にアリアナ嬢が居ると無意識に思っているのを。




ーーーーーー




「確かに、怖くて仕方がないかも知れない」

アリアナ嬢の未来視の説明を受けた後、部屋を出て直ぐに泣きじゃくるラナを宥めつつ、彼女の部屋へ送った。女子寮だが、砂竜討伐で意識不明になってから看病に通っていた為、寮長は顔パスで通してくれる様になった。

と言うか、多分あの時死にそうな顔の俺を見て、何も言わない事にしたのかも知れない。あの時の記憶が曖昧だ。ひたすらに砂竜に全力の魔法をお見舞いして、倒した後はスチュワートの警護を交代し、文字通りホムラに乗って飛んで帰ったのだ。

青い顔をしてベッドで眠るラナを見て、スチュワートが抱いていた感情はこんなにきついものだったのかと強く思ったのは覚えている。



ベッドにラナを座らせ、恥ずかしがる彼女の顔を奪ったハンカチで拭いてやる。最初嫌がっていたが、直ぐに大人しくなるのが面白い。そうしたら、つい言葉が漏れ出てしまった。

「……何が怖いんですの?ガイに怖いものなんてありまして?  」

何気に失礼な事を言っているが、照れ隠しなのは既にバレている。ラナは意外に顔に出やすいのだ。本人は気付いていない様だが。

「……大切な人が死ぬのは、俺でも怖い」

「……そうですね、私も怖くて仕方なかったです……」

泣き止んだのか、節目がちに俯くラナ。ほつれた赤い髪が、唇に止まっている。それを取ってやると、橙色の瞳が俺を捉えた。

「……だから、側に居てくれないか?ラナが死にそうになって、目が覚めない間辛くて仕方なかった。一緒に、この手が届く所に居て欲しい」

直ぐに何かしら返事があるかと思ったが、ラナは真っ赤になるだけで俺を見続けている。

「……わ、私、男性に耐性が無くてっ」

「うん」

あったら困る。それこそ俺だってスチュワート程では無いが、虫捕りは散々してきた。飛竜を育成するレイン家と繋がりを持ちたい家は多い。

「あの、こんな時何て言うのかっ、わ、分からないんですもん……」

そう言って少し剥れた、叱られた子供の様な表情になる。それは反則だろう?!

「良いか悪いかで言ってくれて良い」

「わ、悪くなんてありません!  」

思っても無い好感触な返事が返って来て、余りのラナの可愛さに思わず天井を仰いでいた俺は、姿勢を戻して彼女の肩を両手で掴んだ。

「良いのか?!  」

顔を覗き込めば、視線が泳いでいる。けれど、顔が真っ赤で茹で蛸もびっくりな程だ。

「ガイこそ、こんな私で良いんですの?!  私、その、頑固でしたし……」

それは今更なのだが、可愛い事を言ってくれる。俺は嬉しくてうつむく彼女を抱き締めた。

「良くなければ、誰が求婚するものか!  もう無しは受けないからな、言質は取ったぞ!  」

「もうっ、本当しつこいですわ、この人!  」

そう言いながらもくすくすと笑う彼女の声が俺の耳元で遊ぶ。

「しつこいに決まってる。5年も片思いしたからな」

「えっ?!  」

「あの時に言ったんだ。『ラナ・レイン。この調子だとお前、俺以外と結婚出来なそうだなぁ』って。既に俺に目を付けられたからな。……当たっただろう?  」

えっ、えっ?と驚きの声を上げるラナ。悪戯が成功したみたいな、達成感に似た感情が湧いて、思わず笑ってしまう。

「後、この結婚はもう了承を取ってある。何も心配は要らないからな」


「えええっ?!  」


流石にその声は大き過ぎて、俺は少しだけ、眉を潜めたのだった。


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