ある日、王子様を踏んでしまいました。ええ、両足で、です。

芹澤©️

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31、あべこべな主従

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フェリクス様が小舟を止めていた縄を解くと、桟橋の私の手を取り誘導してくれた。
それに甘えて、不安定に揺れる小舟に腰を下ろす。

ぎっ、と木造特有の軋み音を鳴らし、彼が漕が出すと舟はゆっくりと動き出した。

「……マキナ達を置いて来て良かったのですか?  」

「目が覚めたリサを一人連れて行くのと、まだ一角獣が居て三人共が魅了されるのを防がないといけない状況を考えると、リサ一人を連れて行く方が対処しやすい。置いて行ってまた魅入られて湖を泳ぎ出したら困るからな」

「魅了……されたのですね?  一角獣ユニコーンに……」

とにかく側へ行かなければいけないと、あの焦燥感は魔法によるものだった。フェリクス様が止めなければ、今頃湖の真ん中くらいには居たかも知れない。……流石に泳ぎはしないけど。

「奴は、純潔な者を誘き寄せるのだ。でなければ、言い伝え通りにか弱い少女がそのかいなに魔物を抱き寄せるものか。あの見た目、そして魅了魔法あってこそだろう。あんな対岸で作用するとは予想外だったが」

「……仕留めたのですか?  」

「いや、逃げられた。繁殖期が終えると力は弱くなるものだが、だったせいで力が強かったな。角を切り落とすだけで、後はするりと避けられた」

どんな魔法を使ったのか。あのキラキラとした針を思い出して、あれでどうやって角を落としたと言うのだろう。

「不用意に一人で出歩いてすみませんでした」

「いや……多分呼ばれたのだろう」

呼ばれた?  一角獣ユニコーンに、私が?

「……心が不安定な時程、魅了魔法が効きやすい。早く起きたのは、その、夢見が悪かったのだろう?  」

夢。どちらかと言えば、懐かしいぐらいだったけれど、それが心に隙をもたらしたのだろうか?

「……些細な昔の思い出が夢に現れたのです。もう何年も前の事が」

「辛かったのか?」

「……いいえ、寧ろ良い思い出だったと思うのですが、余りに懐かし過ぎて、少し感傷に浸っていたのかも知れません」

思い出したのは、とても優しい笑顔だった。
きっと、彼があのまま元気で居てくれたら、私は今頃彼と結婚して……。
でもそれは考えても詮無き事だ。私は今別の未来の真っ只中であるし、今後結婚などしないで、立派な薬屋を立ち上げるのだから。

「そうか。……因みに一番目と二番目のどちらか?  」

「はい?  」

「昔の話だ。家族の事で感傷に浸る訳ではあるまい?  一番目と二番目、どちらの婚約者だった?  」

「い、一番目ですが……」

私がおずおずと答えると、彼は安堵の溜息を吐いた。何故。

「……そうか。無理に押し込めず、その思い出は取っておくと良い。二番目だったら速攻で捨てろと言っていた所だ」

「……私そこまでお話ししました?  」

「……これでも、噂渦めく王宮の出だからな」

「成る程……?  」

何処まで知っているのか聞きたい様な、聞きたくない様な。というか、辺境の地の私の話が王宮奥深くまで浸透しているのかと思うと、怖くて二度と行きたくない。もしかして彼はあの晩餐会に居たのだろうか……?  挨拶の時は居なかった筈……。

私が頭を抱えていると、フェリクス様は漕いでいた手を離すと、何やら舟底に手を当てた。途端に、ごうっと舟が物凄い勢いで進み始め、私は舟のへりに捕まった。

「ちょっ?!  フェリクス様??  」

「……腕が疲れた。どれだけ広いのだこの湖は」

恐らく風魔法なのだろうけれど、速さと浮遊感とが交互に襲い、体験した事のない感覚が体に圧をかけて来る。

「待っ……ぶつかります!!  」

どんどん対岸が迫って来て、私はぎゅっと目を瞑った。その瞬間、舟ががたりと急停止して、反動で私の体が前方へ浮いた。

「?!  」

「おっと」

宙に浮いて、そのまま草腹に転がり込んだのが分かった。けれど、思っていたより痛くない。恐る恐る目を開ければ、フェリクス様の顔が間近にあって、私は慌てて体を起こそう……として、がっちり抱き抱えられている事に気が付いた。

「?!  、大丈夫ですか?!  フェリクス様!!  」

「しまった。勢いが良すぎた……怪我はないか?  」

「私は平気です!  フェリクス様は?!  お怪我は??  」

「草が柔らかくて命拾いしたな。何とも加減が難しい」

私は焦り過ぎて涙が滲んだ。

「……もう、心臓に悪いことはやめて下さい!!  」

『悪かった』と言いつつ、フェリクス様は腕を離してくれた。従者を守って主人が怪我するなんて笑えない話だ。私だって受け身ぐらいは取れる……筈だ。怖かったのと、フェリクス様の行動と、焦りとで訳の分からない怒りが込み上げて来て、私は頬を膨らませた。

「……何だ、その面白い顔は」

「破天荒な主人を持つ私の、憤りを表してます」

フェリクス様は無言で私の頬を突く。この人……絶対悪いと思ってない。怖かった。あの速さは本当に怖かった。何でこんな平気なのだろう、この人。

「帰りもあれでは困ります」

「二度目は大丈夫、加減する」

「今度は水の中に突っ込むとか嫌ですよ?!  」

「大丈夫だ……多分。それよりほら、あそこに角が転がってるぞ」

多分という言葉が恐ろしい。が、私は目的の角を見つけて、それどころではなかった。まだ投げ出された余韻か、ふらつく体に鞭打って立ち上がると、恐る恐る角へ近付く。

「……他の気配は無いか。もう二、三本欲しい所だが」

「そんな、贅沢な事言えないですよ……見て下さい、私の腕より長いですよ?!  」

草むらに、根元に赤が混じった白い角が転がっている。

「寧ろ腕を広げたぐらいじゃないか?  ……の角だな、通りで力も強い筈だ」

赤目とは、たまに出現するその種の中でも一等力の強い個体の事だ。まさか、只でさえ手に入らない角で赤目の物を手に出来るなんて、なんという幸運だろう。

「……これなら、上級回復薬ハイポーションが何百本も作れます!  勿論、フェリクス様の分を差し引いてもです!!  私、上級回復薬ハイポーションを作るのは初めてです!!  」

「……そうか、良かったな」

フェリクス様が優しく笑う。これを手に入れられたのだから、さっきの爆走事故は許してあげても良い。

角は、朝日を浴びてきらきらと水晶の様に輝いている。私は宝物を大事に鞄へ入れた。フェリクス様特製の空間収納箱アイテムボックスは、角がとても長いのにすんなり入って、少し動揺したけれど。


「……どうする?  森へ入りたいか?  」

「いえ、フェリクス様が足りているのでしたら、私はこれで。早くマキナ達に見せたいです!  」

もう良いだろう。これだけあれば、いざという時の上級回復薬ハイポーションがストック出来る。


「俺のはその赤混じりの根元を貰う。惜しい気もしないではないが、戻るか。そろそろあの二人も起きているかも知れない」


フェリクス様の言葉に、私は頷く。あの二人の喜ぶ顔が見るのが楽しみだ。


私達は、またあの爆走運転で対岸まで戻った。今度は後半から失速してくれたので、草むらに転がる事は無かった。

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