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30、花火の思い出

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『というのは冗談だ。黙っていられたから、お返しだ』

と言ってフェリクス様は魔物寄せの香は直ぐに仕舞ってくれたのだが、王族的冗談ロイヤルジョークは笑えない。気持ち的に疲れを感じながら、私達はやっと林に辿り着いた。

若葉が芽吹いている筈なのだが、その色は青ではなく赤く染まり、風に揺れている。今日は夕暮れの青と赤のグラデーションが色濃く、湖に反射しているのが幻想的だ。遠くに見える小舟にちらほらと明かりが付き始める。あと少しで日が沈むだろう。

そんな中、きっと他の人達はあの夕暮れの色を、綺麗だ素敵だと大事な人と語らうのだろうけど、私達は下を向き、草を掻き分ける。

「どう、ありそう?  」

「うーん、ぼちぼちランタン付けないと駄目かも」

「でもランタン付けたら片手が塞がるし、もうちょい行けるんじゃね?  」
 
私達が使うのは魔石を使う魔道ランタンだ。普通の蝋燭ランタンよりも光源が安定しているので、専らこちらを使っている。

「何だ、お前達は光魔法を使わないのか?  」

フェリクス様がそう言うと、片手を上げて見せた。その手から光が生まれ、辺りを照らしている。

「これでどうか?  」

私達は暫し固まってから、はっと意識を取り戻した。

「……ありがとうございます」

「え、何これめちゃくちゃ便利なんだけど?!  」

「光源を安定させるの死ぬほど難しいんだぞ。出来たら俺も苦労しねぇよ」

大抵の人に光属性があるけれど、光を放つ事は出来ても、安定させて光らせるのはとても難しい。そして何より地味に魔力を喰う。普通は無難に魔道ランタンを使うだろう。


色々と魔法のコツを知りたいのを置いておいて、私達は有難く周囲を探索した。



辺りを調べ尽くし、薬草は採取出来たけれど、角は見つからない。

「やっぱ『暗き森』に入るしかねぇか……」

「……湖が見える辺りなら大丈夫じゃない? 


「何が起こるか分かんねぇ所だからな……」

一般的に『暗き森』に入ってはならない、なんて決まりは無い。誰も入らないだけだ。
砦内の者は許しも無く森へ入るのは見回り部隊や討伐隊以外は禁止だ。場合によっては罰せられる可能性もある。バレれば……の話だけれど。

魔物が他より凶暴な上、方位磁石が効かない。奥へ入ってしまえば鬱蒼と茂る木々が景色を同じに見せ、自身がどこにいるのか分からなくなってしまうし、脅威なのは兎に角その広さだ。砦から湖まで大きく遠回りしたものの、馬車で半日でようやく森の端なのだ。迷って出て来れなくなる可能性が大きい。

慣れている騎士団でさえ、丈夫な大蜘蛛の糸巻きを何本も用意して道しるべにして見回りに行くのだ。素人が遊び半分で足を踏み入れたら、どうなるかは明らかだ。

「糸巻きならいくつか持って来たけど……」

「なら、明日は小舟で端に行って、小舟の周りだけ見てみよう!  今日は戻ってご飯にしようよ」

フェリクス様の光魔法はあるけれど、流石にこれだけ暗くなれば探索は難しい。私達は、ゲルへ戻る事にした。

その時、ドォンと音がして、夜空へ花火が打ち上がった。

「もうそんな時間なんだねー!  綺麗綺麗」

「あの花火の魔法の方が楽なんだよなぁ……何だかな……」

「あ!  フェリクス様、ランタンに切り替えますから明かりを消して頂けますか?  流石に戻れば目立ちますし……魔力の残りはどうですか?  」

「流石に一刻は長かったな、まあ寝れば治る」

「言って下さい!  倒れますよ?!  」

「ついな。次から気をつける」

皆の居る中で倒れなくて良かった。漏れなく簀巻きにされる所だ。私は内心冷や汗をかきつつ、斜めがけの袋からランタンを取り出した。

「湖面に花火が反射して、明るいね」

「花火で十分明るいけど、足元気をつけて」

「あの紫の花火はどうやってんだ?  」

「魔法と魔石の粉を合わせてるな、あれは」

私達は疲れも忘れて、花火を堪能しながらゲルへと無事に辿り着いた。
その後は買っておいたスープや焼き飯を食べ、フェリクス様は焼き魚を丸ごと食べるのに戦々恐々していたりと、とても楽しい時間となった。

 そうしてお腹も一杯になり、疲れもあって皆早くに眠りについた。







『楽しかった?  来年も来ようね』

久しぶりに夢を見て、目が覚めた。あれは、一番目の婚約者の声だった。

婚約して、当たり障りのない手紙のやり取りや贈り物のやり取りをしていた。贈り物は親が決めていたし、実際会う事もない。手紙だけが唯一自分でした婚約者らしい行いだった。

ただ一度だけ、私と私の両親と、彼と彼の両親とで、この湖開きに来た事があった。勿論ゲルは別々だったけど、屋台に興奮して父に怒られたり、湖畔に反射する花火にはしゃいだりして、初めての湖開きは何となく覚えている。
きっと彼にとってはどうしようもなく子供に見えただろう。私も婚約者なんてピンと来ていなかった。

只、花火に照らされた彼の顔ははっきり思い出せた。困った妹を見る様な、優しい眼差し。





私は腕輪に魔力を込めて気配を少なくすると、音を立てない様に扉代わりの布を捲り、ゲルを出た。

きんと冷えた空気が辺りに立ち込め、朝靄が湖面に漂っている。昨日遅くまで騒いでいたのか、私以外起きている人は居ない。

何となく湖の近くに行く。

薄靄が湖と陸地の境目を覆い隠していて、夕暮れとはまた趣きが違う、静寂が支配する美しさがそこにある。

湖面からふと、『暗き森』を見ると、白い……一角獣ユニコーンが此方を見ていた。見ているかは分からない程離れている。けれど、は確かに私を見ていた。


どうしよう。何故か直ぐに彼処へ行かなければならない気がして、私の心臓は早鐘を打ち始めた。


どうする?!  小舟で行ってみようか??  


小舟を繋いでいる桟橋へ早足で行こうとして、肩を掴まれた。フェリクス様が私の肩を掴んでいたのだ。

「行くな。今行けば戻って来れなくなる」

「でも、私行かなきゃ……」

とにかく行かなきゃ。頭の中はそればかり浮かんでくる。

「呪い返しが弱かったか?  これだから力の強い種族は厄介な……、首を跳ねるか」

フェリクス様の周りにチカチカと眩い光が光っては消えて、消えてはまたきらりと光って……それが細かな針の様な物で、全てが対岸に向かっている……とぼんやり思っていると、いきなり意識が戻った気がした。

いや、私は今まで起きていた。けれど、のだ。

「……フェリクス様、私起きてましたよね?  」

我ながら頓珍漢な質問だが、これが一番しっくり来る言葉だった。

「……ああ、おはよう。目覚めついでにちょっとこれから行く所へ付いて来てくれるか?  」


そう言って、私の手を掴んだフェリクス様が向かった先は、小舟の繋がった桟橋だった。

 
「角が落ちている筈だ。対岸へ行くぞ」


私は更に目が覚めた気がした。

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